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集え、紅き御旗の下に(6)

これで長かった一話が終わります


少女が抱きかかえた一振りの刀はその小柄な身体には似合わず、ずっしりとした重みを有している。

それは少女に与えられたたった一つの役割。 そして運命だった。

物心が付く頃にはそうして武器を手にし、毎日人を殺すための訓練と人を守るための訓練を重ねた。

そうする事が余りに当たり前すぎて疑問さえ抱かず、ただただそうして月日を浪費した。

そう、それを浪費といわずして何と言おうか。 本来ならば無邪気に遊びまわりたい年頃の少女が、血生臭いこの世の暗黒だけを学び続ける事が。

スティングレイを名乗る一族は、代々そうして生きてきた。 ジェネシスに席を置くようになってからもそれは変わらず、その家に生まれたオリカもまた同じ。

生まれた時からレーヴァテインプロジェクトの一部として組み込まれていた少女は、ゆがんだ心のまま成長していった。

磨かれるのは研ぎ澄まされた殺戮能力だけ。 そこに表情はなく、言葉はなく、無駄はない。

ゆっくりと大人になり、そうして思う。 何のために手に刃を取り、そして何のために殺めるのか。

生まれてから死ぬまでそうした刹那の合間を縫うような儚い道を歩むのは一体何故なのか。

他人に定められた運命が、そして役割が、自分にとって全てであるという事の寂しさ。 それさえもわからないまま、ただじっと抱きかかえた刀だけを見つめていた。

銀色に輝く刀身は全てを包み隠さず映し出す。 無差別なその輝きに映りこむ血まみれの自分の姿に、何の違和感も抱かない日々。

意味を探していたのかもしれない。 自分が狂っている原因を。 そしてそれをみつけ……どうしたかったのか。


「あなたが、オリカ・スティングレイ?」


上から聞こえた声にうつむいたままうなずいたオリカが、その声の主の事を覚えていないのは無理もない話だった。

女は小さなオリカの手を取り、有無も言わずに歩き出す。 そう、少女が立ち入ってはいけない禁じられた領域へ。


「見えるかしら?」


そして開け放たれた扉の向こう、少女は目を輝かせた。

広がる一面の白い砂の大地。 その中央に聳え立つ巨大な世界樹。 そして――――、


「あそこで眠る男の子が、あなたの生きる理由になる」


「…………生きる、理由?」


「ええ。 そしてきっとあなたは自らの意思で選び取る。 彼の為に、世界さえ犠牲にするような選択だって」


女は黒い髪をなびかせながらそう悲しげにつぶやいた。 光りがまぶしくてその表情は伺えず、ただオリカは少年の事を眺めていた。

それは二人の距離をあらわすようにとても遠く。 手を伸ばしても走っても近づくにはあまりに遠く。 そしてそれを成すことは許されず。


「あなたが守るべき人……。 リイド・レンブラムよ。 覚えておきなさい」


「リイド……。 レンブラム……?」



まるで天使のようだ。 そう、オリカは考えていた。

穏やかに今は眠り続けるその人を、守ってあげなければならないと思った。

そうしていつか、自分の手にした力が無駄などではなかったのだと証明できたのなら、それはどれだけ有意義な人生だろう。

無色透明だった世界が一気に色づくのを感じる。 つま先から頭のてっぺんまで駆け抜けるような衝動。 うずうずと、胸を焦がす焦燥感。

強くならなくては。 強くならなくては。 強くならなくては。 ただただそんな思いが胸のうちを駆け抜けるのは、きっと偶然などではなかった。

同じ世界に同一の存在が在り、そしてそれが邂逅を果たした時――。 力と技術と記憶が、ゆっくりと溶け合い交錯する。

オリカはそのとき受け継いだのだ。 これから一生をかけて貫き通す熱い思いと、自らの人生を棒に振る定めを。


強くならなければいけなかった。 見守っているだけでよかった。

触れられなくてもよかった。 ただ、守ることさえ出来ればそれで満足だった。

そのはずだった。 リイドが遠い存在でも、傍に居ることが出来なくても。

一生をかけて愛するに値する人物なのだと、そう信じていた。

それでも時々無性に会いたくなり、家の前まで歩いた。

沢山の場所でリイドを思い、その姿を見て胸を撫で下ろす日々。

時にはリイドを狙う存在と戦い、一人返り血を浴び、傷だらけになる毎日。

それでもよかった。 門前から見上げるリイドの部屋の窓を見ていると、時々ひょっこり顔を覗かせるその姿をうかがう事が出来たから。

だから、どんな日も。 来るつど来るつどめぐり来る季節の中、ただひたすらに見守っていた。

それが悲恋であるということを、とっくにオリカは理解していた。

夢の中でしかであえない二人の距離は、この窓一枚を隔てて尚強固。 何度手を伸ばしても届かないから、それが判っているから。


それでも守れればよかった。 笑顔でいてほしかった。 なのに、守れなかった。



『……行っちゃうのかな? リイド君』


『……うん。 もう、決めた事だから』


あの日どうして、止めることが出来なかったのだろうと。 ただただ、人知れず後悔を続けていた。


『リイド君、本当にそれでいいの!? そんなので、本当にいいの!? ねぇ、だって、リイド君は…この世界が大事なんじゃなかったの!?』


うそ、だった。

それはリイドのためなどではなかった。 そのときオリカの胸の内にあったのは、ただリイドを引きとめようとする方法を考える身勝手な自分の姿だけ。

必至で言い訳を考えては言葉を選ぶ瞬間。


『オリカ……みんなをお願い』


リイドは、とても遠くを見つめていた。

自分が居なくなってしまった世界の事を、最期まで気にかけていた。

だから、『みんなをお願い』。 それはリイドが変わった事を、そして自分も変わらなければならないことを示していた。

沢山の出会いがあった。 この世界に生きている事を実感できた。 リイドと近づき、触れ合う事が出来る距離になり、世界の輪は広がった。

リイドが繋げた。 沢山の思い。 それを守り抜くことには、とても大きな意味がある。

日常は誰が欠けてもいけないのだとリイドは言った。 そしてその日常こそ、帰るべき場所であるということ。

いつか、誰もが笑っていられる場所を作る事。 それが、リイドが自分に望んだ事なのだと思うから。



ただその、約束を果たすためだけに――――。




「今の私たちじゃ、ロンギヌスには勝てない」


オリカの一言が戦場に小さく響き渡る。

その指揮下にいた全ての戦士たちが思わず息を呑む。 それは当然誰にも判りきっていた事だった。

いくら倒しても次から次へと沸いてくるタナトスはきりがない。 疲弊しきった戦力と、装甲を失ったレーヴァテインでは乗り切るどころか戦場を維持するだけでも難しい。

しかしそれでも踏ん張っていたのは彼らが強い思いを胸にロンギヌスに向かっていたから。 その思いをオリカはとても高く買っている。

だからこそこんなところで全滅するわけにはいかないのだ。 せめてレーヴァテインだけでも……いや、この場にいる全員を生かして逃がさねばならない。


だから。


「あなたの相手は、私がしてあげる」


大地に突き刺さった鎌を引き抜き、それを構える。

漆黒のヘイムダルの瞳が輝き、圧倒的な存在感を放つロンギヌスの前にたった一人で立ちふさがる。


「……正気ですか?」


それはヴェクターの素直な感想だった。 そんなことが出来るわけがない。 誰もがそう思っていた。

実際にそれは無理な話だったろう。 成し遂げようとするオリカ本人が絶対に無理だとさえ思っているのだから。

それでも、ここで終わるわけには行かない。 だからこそ、ここで自分が限界以上を見せねばならないのだ。

軽く奇跡くらい起こす覚悟で居なければ、世界は変えられない――。


「無論」


両手に構えた対の鎌を大地に付き、研ぎ澄まされた殺気を放ち微笑む。


「恐れなさい。 私があなたの――死神よ」



⇒集え、紅き御旗の下に(6)



「…………なにが、おきてるんだ?」


エレベータを上りきったイオスたちが目撃したのは、この世ならざる光景だった。

燃え盛るプレート。 倒壊しかかったその上で、黒い死神が演舞を繰り広げていた。

近づく無数のタナトスを次々となぎ倒すその姿はどう見てもヘイムダルなのに。 旧世代機のはずなのに。 最新鋭の化け物のような機体を次々にねじ伏せている。

相手の武装を奪い、首を刎ね、腕をもぎ、足を切断し、世界を血と炎の赤に染め上げんと前進する。 その歩みはひどくゆっくりなのに、誰もが息を呑むほどの気迫に満ち満ちていた。


「――――成るほど。 これが、オリカ・スティングレイ、ですか」


ロンギヌスが始めて後退する姿勢を見せた。 距離を置き、タナトスたちを下がらせる。 返り血に染まったオリカのヘイムダルと一対一で向かい合い、空に手をかざす。

収束した光りが構築したのは黄金の長刀だった。 それは誰から見ても明らかに、イザナギの天照に酷似している。


「世界最強の干渉者――――。 『彼』はオリカという存在をそう称していましたね。 滅びが蔓延し、人が全て死に絶えた世界において尚、生存しうる存在だと」


長刀を片手で軽くいなすと大地が裂け、また一段とプレートが傾く。 このまま行けばプレートが下の階層に落下し甚大な被害が生まれることは火を見るより明らかだった。

だが誰もそんなことを気にしている余裕がない。 軽視しているわけではない。 ただ、目前の二人から目が逸らせないだけなのだ。

黄金のアーティフェクタと向かい合う漆黒の機体は絶対的に性能不足。 タナトス一機にさえかなわないはずのその機体は、魔法を使ったかのように平然とそこに無傷で立っている。

奇跡。 そう呼ぶ以外に表現の方法がない。 この世生きる全ての存在が立つ事の出来ない神秘の領域に、たかだか二十にも満たない年月を生きただけの少女が立つその理由。

風が吹けば消えそうな幻影のような景色の中、オリカは鎌を投げ捨て刀を構える。


「この通信を聞いてる全部の味方に告げる――」


コックピットの中、俯きながら唇をかみ締めた。

それは何故だろうか。 自分でも理由がわからない。 ただきっとそれは、『悔しさ』という感情だと思うから。



「生きろッ!!」



戦いが始まった。 直後、二機は激突していた。

一撃刃を交えただけでへし折れた刀を投げ捨て、鎌を拾って太刀を受ける。


「生きて、逃げなさい! そして、最期まで戦うのっ!! 運命と、世界と、そして何より……自分自身とッ!!!!」


横から一撃で全てをなぎ払うロンギヌスの攻撃。 鎌は一撃でへし折れ、ヘイムダルは不恰好な姿勢のまま吹き飛ばされ、滑走路に横転する。

全く容赦なく追い討ちをかけるロンギヌス。 ヘイムダルはただ無様に凌いでいるだけでしかないのに、その戦闘はオリカのほうが勝っているようでさえあった。

それはなぜなのか? 誰もがオリカに言葉をかけることも、引き返す事も出来ないまま。 ただ見入るようにその戦いを見つめていた。


「自分で立って、歩くのよッ!! この、『世界の歪み』を正せるのは……同じ力を持つ私たちだけなのっ!! ここで全滅するわけには行かないのよ!!」


「ふん……」


ロンギヌスの蹴りをガードした腕がひしゃげる。 ねじ切れて無様にぶら下がる腕だった部分を揺らしながら傷だらけのヘイムダルは立ち上がる。


「だから行って……。 行って、生きて! そしてロンギヌスを……世界を倒して!」


「……馬鹿いうなよ。 オリカ、勝てるわけないだろ……? 死ぬつもりかよ……」


「そ、そうよ。 あんた一人に何が出来るのよ……」


「人生は、リレーなんだよ」


残された腕で切りかかり、軽く押し返される。 出力が違いすぎるのだ。 滑走路に何度も無様に倒れ、全身から壊れかけた部品と火花を散らしながら、オリカは笑っていた。


「誰かから誰かへ。 ちょっとずつゆっくりと、受け継がれていく。 思いも力も……きっとそのためにある。 私はね、他の世界の私から、そういうのを受け取った」


リフィルがオリカにそうしたように。

スヴィアがリイドにそうしたように。

何度も何度も繰り返し営まれてきた出会いと別れ。 そして受け継いだ者たちは明日を目指し、そこでまた誰かに何かを受け渡す。

それが世界。 それが人の輪。 だからそれぞれに役目があり、死に場所があり、そしてその先に未来がある。


「――――誰か一人でも良い、辿り着いて。 この世界の未来にある、平和な場所へ。 みんなが笑って生きられる場所へ。 だから――」


くるくると、宙を舞う薙刀。 それを手に取り、オリカは目を丸くしていた。

説得するのは得意ではない。 元々喋るのは得意ではない。 だから、説得するのは難しいと思っていた。

だがそこにはもう一人武人がいた。 生きることの意味を、戦う事の意味を深く知り、覚悟を決めた人物のみがわかりあう事の出来る瞬間。


「手向けだ。 使うが良い」


「……うん。 みんなをよろしくね」


「フェイ・ウルグ……!? ちょっと、どうするつもりよ!?」


「指揮官の声が聞こえなかったのか? 一先ずこの場所を離れ体制を立て直す」


「オリカを置いていけって言うのか!?」


「もう次のチャンスはない。 今なぜ我々をまとめて攻撃しないのか不思議なくらいだ。 ロンギヌスは、オリカの為にこの状況をよしとしている」


それは道化のよう。

その気になればこのプレートごと消滅させるのは容易いはずのロンギヌスが、わざわざ刀剣武器を使ってオリカと一対一を繰り広げている。

それは手加減とも言えるだろう。 それとも情けだろうか。 とにかく、何度も続くような幸運ではない。


「引くぞ魔剣。 今戦えば全滅する」


「でも……でもよお!」


「いつまでもうだうだほざくなや! あの子の気持ち……無駄にするんか?」


「でも……なんだよそれっ!! 俺は……俺はっ!!」


振り返れば血まみれのエンリルがいる。 こちらも早く手当てをしなければ命が危ない。

どちらも救うことは出来ない。 迷う暇もないし、納得できるまで考える時間もない。

ただただ苛立ちだけが募る中、コンソールに拳をたたきつけてカイトは歯を食いしばる。


「何でこんなに弱ェえんだよ、俺は……ッ」


「大丈夫。 きっと追いかけるから」


オリカの声が聞こえた。

それはほにゃっとした、いつものゆるゆるとしたオリカの声。

いつでもその声に気が抜けて、でも結果それを乗り越えてしまう不思議なオリカの魅力。


「大丈夫だから。 先に行ってて。 リイドくんに会うまでは、死ねないもんね」


「急ぐぞ。 トライデントを乗せた空母が近くまで迎えに来ている。 この機会を逃すな」


撤退を始めるスサノオ二機と、それに手を引かれ後退するリヴァイアサン。 最期まで残っていたレーヴァテインも、やがてその場に背を向ける。


「死ぬなよオリカ!! 絶対に死ぬなよっ!!」


「――うん」


振り返ることはしなかった。 ただ空を見上げ、小さく息を付く。

コックピットの中を何度も転がりまわされ、コックピットさえ火花を上げている。 打ち付けた額から流れる血をぬぐい、オリカは前を見た。

これでいい。 これしかなかった。 そう、ヴェクターの気持ちを利用するしか。


「私、知ってたんだよ」


ロンギヌスの向こう側、悲しげにオリカを見つめるヴェクターに語りかける。


「……リフィルのこと、好きだったんだよね? だからでしょ? 私のワガママに……馬鹿げたショーに付き合ってくれたのは」


「…………何でもお見通しなのも、彼女とそっくりですねえ」


刃を下ろすロンギヌス。 二機は炎に包まれたまま、静かに対峙する。


「感傷、ですよ。 レーヴァテイン程度いつでもどうにかできる自信は無論ありますけどね。 確実に全てを進める私には珍しい気まぐれです」


「……感謝はしてる。 でも、だからってやめるわけにはいかない」


「手を引きませんか? 貴方を殺したくはない」


「……叶わないね。 恋……ってさ」


諦めるように。 ふっと微笑み。

それからまた研ぎ澄ます。 勝利する事は不可能でも、一矢報いる。 片腕だけの傷だらけのヘイムダルは再び瞳に光りを取り戻す。

ロンギヌスもまた刃を構える。 二機の間に張り詰めた空気が立ちこめ、そしてオリカは駆け出した。




「たとえそうして命を落とす日が来ても、たぶん私は、後悔しないんじゃないかな」


白い、カーテンがはためいていた。

それはまだスヴィア・レンブラムがこの世界に存在した時。

リイドを連れ出したオリカが向かったSICの一室で、二人は向かい合っていた。

ベッドの上に眠り続けるリイド。 オリカはその傍らに腰掛けると、リイドの手を取りじっと寝顔を見つめる。


「……一生、リイドに愛される事がなかったとしてもか?」


「うん」


即答だった。

スヴィアはネクタイを緩めながら窓の向こうに視線を向け、それから悲しげに微笑む。


「いつか、お前の思いがリイドに届くといいな」


「…………そうだね」


部屋を後にするスヴィア。 オリカはその後姿を悲しげに見送っていた。

この世界にはどうしていくつものすれ違う思いがあるのだろう? そしてそれらは、もう取り戻せないのだろう?

握り締め、絡める指先。 リイド・レンブラムの寝顔。 これほどまでに近くに居るのに、どこかとても遠い気がしていた。

これから先の人生、リイドをこんなに傍で見つめることが出来る日が何度訪れるだろう。

好きで好きで仕方がないのに、その距離は埋めがたく。 それはきっと、生まれ以って定めだれた二人の距離。

それを無理矢理こじ開けて、ここまできてしまった。 それはリイドのため。 リイドの心が生まれ変わるため。

でもそれだけではないことを、オリカはもう知っている。


「わがままだよね」


隣に横になり、握り締める力を少しだけ強める。


「勝手に、好きになったんだもんね」


ふと、視界が潤んで。

元気だけを、幸せだけを与えてあげたいから。 涙を流す事は出来ないから。

それでもぽろぽろと零れ落ちる涙はとめどなく、何とか笑顔を作ろうとするけど、難しく。

ただ、静かに微笑んだまま流れた涙はシーツに染みを作っていく。

差し込む白い日差しに優しく照らされながら眠るリイドの横顔。

あの頃はあんなに遠く、触れる事も叶わなかった。

指を伸ばせば触れられる頬を優しく撫で、そっと毛布に忍び込む。

息が掛かるほどの距離でただ見つめる。 それだけで幸せでどうにかなってしまいそうなはずなのに。

涙だけがただ零れ落ちて、とめどない。


「やめよう……」


きつく目を瞑る。


「期待しちゃだめだよ……」


幸せな未来や、そこにあるはずの沢山の景色。


「ばかばかしいよ……」


その中で、手をつないで笑いあう二人の姿が、どうしても―――まぶしくて消えない。

だからきっと、その夢を忘れるために。

この世界の現実の中で、生きていくために。

ほんのわずかな間、ユメをみせて――――。


眠ったままのリイドを抱きしめ、唇を重ねる。


それがいつか、現実になることさえない事だとしても。

いつか、そのユメの前に朽ち果てるとしても。

それでもきっと大丈夫。


「大好きだよ、リイドくん」



きみが笑顔と、


生きる理由と、


そして、未来をくれたから。




振り返れば沢山の思い出があった。

自分で思っている以上に、この世界のことが好きになっていた。

みんなが迷い、間違え、後悔し、それでも前に進もうと必至に生きるこの世界の中で、本当のことなんてわからないけれど。

私が思う以上に誰もが強く、弱く。 そして何度も繰り返されてきた営みの中、誰かの日常になっていくことが、とても幸せなことだと気づく。


「あーあ」


空は無情に蒼い。

どこまでも広がっていて、それはきっとリイドくんにもつながっているのだと思うから。

ただ青空の下に立って、その彼方を見つめていた。


ねえ、わかるかな?


私、とてもがんばったよ。


君と一緒にいた思い出、ちゃんと守りぬけたのかな?


いつかこの場所でもう一度出会う事が出来たのなら。


たくさんたくさん聞かせてあげたいよ。 この世界のこと。 みんなのこと。


みんなとても強くなったよ。 間違いもあったよ。 でもそれでもね、私みんなのことが大好きだよ。


「だからね、役目を果たさなきゃ」


帽子を脱いで、風を受ける。


振り返ればみんなが笑っている。


リイドくんが私に伝えたかった事。 きっとこんな、幸せなんだよね――――?


「それじゃあ――――先に行ってるね」


大きく手を振って退場しよう。

これから先、沢山の苦難がみんなを待ってるね。

それら全部を押し付けてしまうこと、どうか許してほしい。

そしてリイドくん。

君が帰ってきたこの世界に、私がいないこと、悲しまないでほしい。


だって私は、満足だから――――。



ああ、鳥になれたらよかったのに。



ずっとこの世界を飛んでいけたら良かったのに。



君の、翼に――――。





燃え盛るプレートに突き刺さる巨大な刃。

首を失い朽ち果てた漆黒のヘイムダルの胸を穿ち、大地へ突き刺す一撃。

倒壊するプレートを見下ろしながら、ロンギヌスは立ち尽くしていた。



「……シグナル、ロスト?」


無情にレーヴァテインに鳴り響いた、ヘイムダルの信号途絶のサイン。


プレートと共に、ジェネシスという一つの時代が終わりを告げようとしていた。


ここにきて、二名のキャラクターが退場しました。

カロードおにいちゃんとオリカ司令です。

二人ともお気に入りのキャラでしたが、これからカイトやアイリスが成長していく上で彼らの存在はどうしても邪魔でした。

リイドにとってイリアがそうであったように、彼らはとても大切な存在でありつつ、同時に乗り越えるべき障害としてこの世界に登場していました。

二人とも生かして進める手はもちろんありましたが、ここで退場に踏み切った理由はいろいろあります。とりあえずそれを確かめていただければな、と思います。

過去の回想始めたら大体死亡フラグですね。


特にオリカはお気に入りのキャラで展開としても色々と手伝ってもらい感謝しています。彼女がいなくなった今少しレーヴァの世界は暗くなるんだろうなあ、と思います。

なにはともあれラストスパート。最期までお付き合いいただけたら光栄です。

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