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集え、紅き御旗の下に(5)

いつまで続くんだこの話

「……なんだ? 敵の攻撃の手が、止んだ……?」


カタパルトエレベータ内でライフルを構えていたヘイムダルたちが次々に銃口を下ろした。

次から次へと無限に降り注ぐ敵勢力に必死で抵抗をしていたイオスたちだったが、ぱったりと止まった敵の進軍に思わず呆気に取られていた。


「……とりあえず外の様子を見に行こう。 何人かついてきてくれ。 残りはここで待機」


「副隊長、あっちで戦ってる機体は?」


振り返ると格納庫の奥で刃を交えているウロボロスとタナトスの姿があった。 当然助太刀するのが筋ではあるが、イオスは眉をひそめる。

二つの機体の戦いは互角――それどころかウロボロスのほうが押しているようにさえ見えた。 すぐすぐどうにかなるわけではなく完全に足止めが成功している以上、あわてて対応する必要はない。

何よりあそこにわざわざ残って待ち構えていたのだ。 カロードにも何か考えがあるのだろうと判断した。


「あっちは様子を見ていてくれ。 とにかく地上に――――ッ!?」


突然ヴァルハラを襲った地響き。 きしむ鉄の音に不安をあおられながら見上げる先はエレベータの向かうはずだった場所、地上。


「何が起きているんだ……?」



海が割れていた。

黄金のアーティフェクタが手のひらから放った黄金の光は大地を吹き飛ばし、プレートを蒸発させただけでは飽き足らず海を割り、雲を消し飛ばし、ぐつぐつと煮えたぎる紅蓮の世界を作り出す。

凄まじい熱量にゆれる大気。 攻撃の対象となったレーヴァテインの装甲が溶け出しているのは、攻撃を受けたからではない。


「回避したのにこのダメージ――。 直撃したらアウト間違いなし、か!」


「カイト! こいつら……強いよっ!!」


相対する二機のアーティフェクタの戦いを邪魔せぬようにとの計らいなのか、周辺にぞろぞろと集まるタナトスたちはオリカとエリザベスへ次々と襲い掛かる。

絶え間なく行われる攻撃の一撃は今までのものとは違う。 ヘイムダルとは全く異なる超高性能の機体が量産されている事実――。 次世代機に改良を加えたリヴァイアサンとてその場に立っているのがやっとの状況であった。

攻撃のダメージは一撃で甚大だった。 レーヴァの全身を覆うフォゾン装甲が何故か再構築出来ず、機能不全のままゆっくりと立ち上がる。


「そんな……一撃でレーヴァの装甲が無力化されるなんてこと……あるはずがっ!!」


「レーヴァテインの光装甲は所詮周囲のフォゾンを収束してのもの――。 教えてあげましょう」


黄金の機体の翼が激しく羽ばたくと同時に周囲の機体の動きが緩慢になっていく。 レーヴァテインもまたきしむような重圧に押しつぶされそうになる。


「アーティフェクタ同士の戦いでは、よりフォゾンを支配した者が有利――当然のことでしょう? この空間において最も力のある存在が『力』を得る……ごく自然な流れです」


「その声、やっぱりヴェクターか……! なんであんたがそんな機体に乗っている!」


「これは私のアーティフェクタですからね。 別に当然の事。 月より呼び出したアーティフェクタ――このロンギヌスの主は、私なのですから」


「『ロンギヌス』……ッ!? そいつが五機目のアーティフェクタだとでも言うのかよ!?」


「何番目かは問題ではないでしょう。 ただこの機体をレーヴァテインと一緒にされては困りますね」


再び手の平の眼光に宿る黄金の光。 一点に収束、圧縮されたフォゾンが矢となり放たれる時、ティアマトは回避行動に移る。

しかし、その攻撃は超圧量。 極太の光線はかわすというよりは逃げるという言葉が正解となる。 プレートごとなぎ払い、右から左へと荒野へ変えていく攻撃から逃げまわり、空中で神経を研ぎ澄ます。


「エンリルッ!!」


「は……はいっ!!」


二人の間にある境界線が一瞬で開放される。

心を一つに重ねた瞬間ティアマトの瞳は輝きを取り戻し、フォゾン装甲も形状を取り戻していく。

一気に加速したティアマトは銃剣による射撃を連射しながら近づき、真正面から十字に切りかかる。

ロンギヌスは何もせず、ただその場に立っていた。 直撃した十字の刃の閃光は確実に会心の一撃と呼べる破壊力を持っている――そのはずだった。


「それが、私と貴方たちとの差です」


周囲に放出された光の波動がティアマトを弾き飛ばす。

空中を回転しながら静止するティアマト。 その両手に構えていた銃剣の刃のほうが、ぼろぼろに砕けて折れかけていた。


「な――っ!?」


「……ロンギヌスの装甲を構築しているフォゾン濃度が尋常の数値ではありません。 フォゾン同士が打ち合えば、密度の強いほうが勝つ……。 でも、ウガルルムもウリディシムも、私の構築出来る中で最高の圧力を持つ武器のはずなのに……」


「ただ頑丈なだけだとお考えですか?」


巨躯が空へと舞い上がり、加速する。 レーヴァテインに猛然と突撃してきたロンギヌスはレーヴァテインの頭を鷲づかみにすると、そのまま翼を広げて真下のプレート向かって下降する。


「膂力も、速度も、ロンギヌスはあらゆるアーティフェクタを凌駕する」


大地へめり込むレーヴァテイン。 プレートが罅割れ、ロンギヌスの瞳が輝くとさらに下へ、下へと加速する。

プレートを完全に突き破り、さらに下へ下へ。 次から次へとプレートを突き破りながら下降し、ジェネシス本社ビルのある最下層まで叩き落とされる。

大地にめり込み身動きの取れないレーヴァテインを執拗に殴り、踏み潰し、掴み上げた頭ごと宙に放り投げると、強く握り締めた拳で打ち上げる。

みしりと、激しい衝撃。 レーヴァテインの装甲を完全に貫通したただのパンチはレーヴァの腹部へとめり込み、血飛沫を巻き上げながら空中に向かって吹き飛ばす。


「うわああああああああっ!?」


玩具のように放り出されたレーヴァテインは途中何度も何度もロンギヌスに攻撃を加えられ、気づけば滑走路のあるプレートまで戻されていた。 尤もそのプレートは既に半壊し、傾き始めているような場所だったが。


「オリカ! レーヴァテインがッ!!」


「……カイトくんっ!!」


大地に伏したティアマトの装甲は半壊し、既に原型をとどめていない。 たった一瞬の戦闘で、再起不能に近い損害を受けてしまった。

余りにも振り回され、巨大な暴力にさらされたカイトは気を失いかけていた。 しかし必死で歯を食いしばり、背後を振り返る。


「エンリル……」


エンリルは無言だった。 だらりと全身から力が抜け、蒼白な表情からは生気が感じられない。

上着の上からでもわかる。 腹部は激しく負傷し、大量の血液が滴り落ちていた。 口元からゆっくりと紅い血があふれ出し、意識を失った頬を伝い落ちる。

次の瞬間、ティアマトの装甲は光の粒になって消滅していた。 残されたのは腹部を破損した生身のレーヴァテインのみ――。


「他愛ないものですね、レーヴァテイン」


レーヴァの目の前に降り立ったロンギヌスは瞳を輝かせる。


「早すぎる結末です」


かざした黄金の炎が火を噴こうとしている。

動く事すらままならないレーヴァテインの頭を踏みつけ、ロンギヌスに光が収束する。

次の瞬間、まばゆい光は周囲を包み込んでいた。



⇒集え、紅き御旗の下に(5)



「ロンギヌスの『メギドの火』だ……。 外はもう、決着がついている」


「ロンギヌス……!?」


「……父さんの、アーティフェクタだ」


甲高い金属音が鳴り響いた。

互いに距離を置く二機の機体。 両手に実刀を構えたウロボロスと鎌を振り回すタナトスの戦いは両者一歩も譲らないまま膠着状態を続けていた。

性能においてはタナトスが圧倒的に有利。 しかしカロードはウロボロスという旧世代のカスタム機でそのタナトスを完全に封殺していた。

タナトスの動きはすばやく的確であり、さらに瞬間的に移動する能力を備えている。 通常はその緩急のある動きについていけず、一瞬で勝負がついてしまうだろう。

しかしカロードは違った。 その転送先を予測しすばやく対応する。 明言しておくが、カロードに特殊な能力が備わっているわけではない。 無論バイオニクルとして通常より五感が優れているのは事実だが、その程度で追いつけるような力ではなないのだ。

では、何故カロードはタナトスと互角に争う事が出来るのか? 

二機は互いに様子を見ていた。 機体性能で圧倒するタナトスに致命傷を負わせるのは至難の業。 しかしウロボロスをしとめることも出来ないという状況が、じりじりとゼクスを追い詰めていた。


「父さんのロンギヌスは誰にも負けない……。 オリジナルのリイド・レンブラムだって。 そう、言ってたんだ」


「父さん……? お前は……」


「そうだ。 ぼくは……父さんの為に戦うんだっ!!」


焦りのためか。 それとも目の前の敵の何かがゼクスの癇に障ったのか。

恐らくは両方であろう。 痺れを切らし再び攻め込むゼクスの刃が背後から迫るというのに、ウロボロスは背面でその攻撃を受け止めていた。

片方の刃で鎌をいなし、片方の刃で即座に反撃する。 追撃する事も出来ないタナトスは仕方がなく後退。 そんなやりとりを何度も繰り返していた。


「父親……誰がお前の父親だというんだ」


「父さんは父さんだ。 父さんはぼくの父さん以外の何者でもない」


「……ふっ。 ふふふふふ」


「な……何がおかしい」


「いや、なに。 お前はやはり大きな勘違いをしているようだ」


二刀の刃を十字に構え、ウロボロスは低い姿勢でタナトスを待ち構える。


「僕やお前のような化け物に、本当の親などいると思うのか?」


「――――っ」


その言葉を聴くなり、ゼクスは攻撃に移っていた。

同じやり取りが何度も続くのは、ゼクスの攻撃が単調になっている証でもある。 そう、カロードはゼクス本人が次にどこから攻めてくるのか、それを予測して行動していたのである。

それは口で言うほど簡単な話ではない。 彼はこの日のために何度もゼクスの戦闘データを閲覧し、訓練を繰り返してきた。

どこから襲い掛かってくるのかわからない強敵――それに対抗するには並みの努力や装備では不足。 彼はこの戦いのためだけにタナトスの戦術を理解し、そして二つの実刀を用意した。

受けるため、そして払うため。 二つの動作を隙間なく行うウロボロスにうろたえるタナトスは。 そしてその言葉により頭に血が上ったゼクスは、つい手癖で攻めてしまう。

そんな状況さえカロードは自ら計算して用意していた。 本来ならばそんなものが通じるような性格には見えないゼクスも、カロードだけはわかっていた。


「熱くなりすぎるのはお互い様だな――!」


ついにタナトスの鎌が主の手を離れ、壁に突き刺さる。

突きつけられた刃はタナトスの喉元で銀色に輝く。 一歩でも動けばやられる……それは嫌でもわかっていた。


「そう。 お前は僕と同じだ」


「……え?」


「誰かの言葉の言いなりになり、それ以外に自分の生きる道がないと勝手に思い込んだ。 そしてその為に、大切な仲間を……大切な家族を裏切ってしまった」


二年前。

自らの妹に刃を向け、死を迫ったカロードの記憶の中、どうしても忘れられない景色が二つある。



『馬鹿野郎ッ!! こいつにはお前の妹が乗ってるんだぞ!? 見てわからねえのか!!』


『そんなことは見ればわかる。 だが、ラグナロクに裏切り者は必要ない――!』


あの日。 妹がつれてきた少年は、カロードに叫んでいた。


『裏切ったわけじゃねえ!! 俺たちはただリイドを帰してもらいたいだけだ!』


『理解出来ないなエリザベス。 お前も誇り高きラグナロクの蒼の旋風ならば、拿捕された時点で自害すべきだった…違うか?』


その言葉の一つ一つは心からの思いが込められていて、耳を傾けるに値する――信じるに値するものだったのに。


『元よりこの身は摂理に反している。 僕らはこの世界に生きることを許されない――! 生まれた瞬間から否定された命だ!! 貴様に何がわかる!? 何が!?』


この世界のすべてを憎み。

誰とも分かり合えないと思い込み。

自分の本当の姿に悩み。

そして、結果力を振りかざすことしか出来ない自分。


『だからって――妹を殺す兄貴がどこにいるんだよぉぉぉぉっ!!』


そんな自分が耳にした、とてもまっすぐで純粋な言葉。

その思いを知る事も、受け入れる事も。 そして本当は自分が何もかも諦めきれず、世界に対して絶望と希望を何度の行き来していた事も。

二年の間で知ったのだ。 彼はもう以前の彼ではない。 そして、自らの存在する意義を自ら手放していた事を知る。


「『諦め』が、お前を殺す」


ゼクスを見たとき、彼は気づいていたのだ。

ゼクスは同じだと。 二年前までのカロードと、同じなのだと。

だからこそ、誰かが向き合わねばならない。

だからこそ、誰かが心からの言葉を向けなければならない。

でも、うまくはできないから。


あの日、カイトがそうしたように。


「僕がお前のこれまでの人生に幕を引いてやるんだ」


「……何を言ってるんですか。 ぼくはこれから、父さんと……」


「父さんとは外で戦っているロンギヌスとかいうアーティフェクタに乗っているのか? 何者だかは知らないが、そいつが『サマエルを継ぐ者』なのだろう?」


「父さんは正当なサマエル・ルヴェールの後継者だ……! ぼくは今までずっと、父さんのために……!」


「――――どいつもこいつも、甘ったれた事をほざくんじゃない」


その言葉はカロードらしからぬ感情の篭った言葉だった。

その怒気とも取れる気迫に呑まれ、言葉を失うゼクス。 カロードは真っ直ぐにゼクスを見つめていた。


「他人に理由を求めるな。 それはお前が自分で見つける事だ。 お前のそれは、ただ他人に依存しているだけだ」


「違う、ぼくは……」


「男ならッ!!」


その瞳は揺れていた。

とても強い願いに満ちていた。

だから、受け入れられない。 しかし、目も逸らす事が出来ない。


「男なら……。 一人で立って歩け……!」


「ぼくは……。 ぼくは……っ」


力なく壁に背を預けるタナトス。 戦意を喪失したその様子を見届け、カロードは刃を引いた。

すぐに受け入れるのは難しいだろう。 当たり前のことだ。 だからカロードも反発した。 何度もぶつかり合った。

その背中を貸してやる覚悟は出来ている。 同じバイオニクルとして――何より同じ道を歩む人間として。

背を向けるウロボロス。 次の瞬間、二つの機体に同じ通信が舞い込んできた。


『お兄様! カイトが! レーヴァテインが、やられちゃうよおっ!!』


「カイトが……!? わかった、すぐに向かう!」


カロードが通信を終了し、ウロボロスを前進させようとした瞬間だった。


「――――かせない」


「……ちいっ!?」


背後で静かに倒れていたはずのタナトスが動き出し、拳を振り上げる。

刃を抜き、それに応戦しようとしたウロボロスに衝撃が走り、握り締めていた二つの刃が音を立てて地に落ちた。


「…………鎌、だと?」


ウロボロスの背を向けた先、壁に突き刺さっていたはずの鎌。 それは自ら意思を持つかのようにウロボロスに袈裟に突き刺さり、激しく火花を鳴らしていた。


「いかせ、ない……! 父さんは、ぼくが守る……!」


「…………ゼクス……ッ!! 馬鹿――野郎ッ!!」


脚部に内蔵していたフォゾン・サーベルが脚部に装着されたまま、上向きに刃を発生させる。

それはタナトスの胸に突き刺さり、背後の壁に串刺しにする。 その直後、ウロボロスの内部から光が溢れ出した。


「お前はそれで――――本当に満足、か……?」








「…………エリザベス」


そこは、カロードの私室だった。

ベッドの上に腰掛け、本を読むカロード。 そのひざの上に頭を乗せたまま寝転がり、天井を見上げているエリザベスの姿があった。

二人は時々部屋でこうして時間を共有していた。 エリザベスが一方的に甘えているだけのようでもあったが、とにかくそれは二人の大切な時間だった。

もう随分と二人はそうしていた。 ぼうっと天井を眺めているエリザベスの顔を一瞥し、カロードはぱたんと本を閉じる。


「カイトの事を考えているのか?」


「へっ? お、お兄様……どうしてわかったの?」


「最近お前の頭を悩ませているのはあいつだけのようだからな。 僕でよかったら相談に乗るぞ」


「うん……。 でも、無理なんだって」


「何がだ?」


「ミリアルドがいってた。 私たちバイオニクルと、人間とじゃ……恋はできないって」


「お前はカイトが好きなのか?」


「うん。 好きだよ?」


「ふふ……全く恥ずかしげもなく、よく言えるものだな」


「だってお兄様だもん。 隠す事なんてなにもないよ?」


真ん丸くなったエリザベスの瞳。 それを見下ろし、髪をくしゃくしゃに撫でて笑う。

その表情は二年前からは考えられないほど柔軟で、そして何より思いやりに満ち溢れた兄の笑顔だった。

カロードが笑うと、エリザベスも決まって人懐っこく笑う。 それは笑顔の連鎖とでもいうのだろうか。 無言で通じ合う兄妹のコミュニケーションだった。

そう、だから。 カロードは知るのだ。 誰かに愛を持って接すれば、愛は返されるもの。

求めるだけではなく。 救いを待つだけではなく。 自らの愛を持って接するという事。

世界に憎しみを抱き接すれば、残されるのは憎しみの連鎖のみ。 それはどんな感情でも変わらない。

変わらなければならなかったのは世界の方ではなかった。 その世界を愛せない自分自身の方だったのだ。

読みかけの本をエリザベスの手に握らせ、カロードは窓の向こうを眺める開かれたその場所から風が流れ込み、髪を撫でていく。


「お前たちなら、きっと大丈夫だ」


「……うん?」


「ああ。 大丈夫だとも」


二人は自分の心を変えてくれた。

それだけの力を、力強い思いを持って世界と向き合っている。

だからきっと、大丈夫。

そしてその思いは、二人自身がこれから前に進んでいくために必要なものだから。


「カイトをしっかりささえてやれよ」


遠く彼方、青空を見つめて。


「あいつは、危なっかしいから。 お前がしっかりしてやらなくちゃな」


身体を起こし、エリザベスはうなずく。


「うん、わかってる! だからね、『けっこんしき』の時には、お兄ちゃんにもお祝いしてもらうの。 ……っていうのは、気が早すぎるかな?」


「確かに、相手の気持ちを聞いても居ないのにそれは早すぎるな。 だが……」


風がぱらぱらと、本のページをめくっていく。


「いつか、見てみたいものだな。 僕にも、許されるものなら――――」



蒼い風が頬を撫でていく。

草原の中に荘厳と立つ教会で。 神でも天使でもなく、人の前に愛を誓う妹の姿を見送る事が出来たらどれだけ幸せだろうか。

そしてその隣を、あの少年がいつか歩いてくれるのならば。 それは、どれだけ安心できるだろうか。

いつかそんな未来が来る事を夢見て戦うのは。 どれだけ胸を振るわせるだろうか。


だから。 いつか終わるときが来ても、後悔はしない。


自分自身の役目を果たし、そして――――。



「あと、は……カイト。 お前に――――、」




ウロボロスの内部から炎が噴出し、次の瞬間、機体は爆発していた。




「くそ……っ! タナトスが動かない……!? 駆動部をやられたのか……最期の、最期に……」


炎上するウロボロスを見下ろしながらタナトスは壁に釘付けになっていた。

灼熱の炎に巻かれるコックピットの中、血まみれの首飾りから妹と少年の写真が、大地に落ちて砕け散った。




「――――邪魔が入りましたか」


今まさに『メギドの火』がレーヴァテインにトドメを刺そうとしていた時。 ロンギヌスの腕を弾き飛ばす、超遠距離からの攻撃があった。

それは超硬度を誇るロンギヌスの腕に傷を負わせる一撃。 一点に集中した破壊力は、通常兵器のものではない。


「ちょっと、助けに来るのが遅かったかな?」


舞い込む通信。 そこに映し出された少年の顔を見て、カイトは思わず苦笑を浮かべた。


「タイミングよすぎるだろ……セトォッ!!」


次の瞬間、次々と飛来する超遠距離からの砲撃がロンギヌスへ集中的、断続的に浴びせられ、黄金の機体を僅かに退けさせる事に成功する。

遥か彼方の海上。 巨大な空母の上に砲撃体制でオヴェリスクを構えるトライデントの姿があった。 目視することさえ困難な距離で、セトは迷うことなく攻撃を続ける。

その援護の中、レーヴァテインはかろうじて後退する。 しかし周囲を取り囲むタナトスたちは無防備なレーヴァテインに一斉に襲い掛かる――。


「なんや、随分アホな状況になってるやないか」


襲い掛かるタナトスの刃を防ぐ二つの機影。

その両方がその場に存在するはずのない機体――スサノオだった。


「その声……まさか……」


「ひっさしぶりやなあ、カイト!」


「マサキ……っ!」


マサキの駆るスサノオは刃でタナトスを押しのけると脚部からグレネード弾を乱射し、豪勢すぎるほどの弾幕で敵を退ける。

反対側で薙刀を構えたスサノオはその一閃でタナトスを両断すると、くるくると薙刀を振り回し、レーヴァテインの前に出る。


「聞こえるか、魔剣の」


「あんたは……?」


「我らが帝からの御言葉だ。 『借りを返す時が来た』、と――」


近づくタナトスを両断し、紫色のスサノオが振り返る。


「我が名はフェイ・ウルグ。 東方連合帝様の懐刀――。 義あって、貴様らを助太刀する」


「東方連合が……どうして」


「まあごちゃごちゃ言ってないで、今はあれをどうするか考えたほうがよさそうやで」


三機を前にしても尚、ロンギヌスの威厳は些か衰える事はない。

圧倒的な帝王の存在感でその場に立ち、レーヴァテインを見下ろす。

ロンギヌスが腕を振り上げると同時に、三つの機体は散開した。


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