集え、紅き御旗の下に(2)
「人は、やはり絶えず争い続ける愚かな生き物ですよ」
ジェネシスアーティフェクタ第二運用本部。
巨大な滑走路にずらりと並んでいたSFやヨルムンガルドの足元に、同盟軍のパイロットたちは両手を頭の後ろに組んで立ち尽くしていた。
突然の自体に彼らが成すすべもなかったのも、抵抗することが難しかったのも無理のない話である。
アサルトライフルの銃口を彼らに突きつけているのは、彼らが守ろうとしていたジェネシスの軍服を纏った少年少女なのだから。
同盟軍の兵士の中にはその突然の支配をよしと思わないものもいた。 当然、反撃しようとするものも少なくはなかった。
しかし隊長であるサーギス・バーティローウの判断により彼らは抵抗することをやめた。
それはもちろん、同盟関係にあるジェネシスの突然の裏切りにあったとしても、まだ友好を取り戻す手段があると信じているからに他ならない。
一部の人間の先走りであり、ジェネシス全体の総意ではない反乱である可能性も少なくはない。 むしろサーギスはその可能性を疑っていた。
彼はカグラ・シンリュウジという少女は安易に状況を掻き乱すようなことをしない聡明な人間である事を知っている。 その社長の死をまだ知らない彼がカグラを信じて両手を挙げたのは不幸な偶然だったのかもしれない。
銃口を背中に押し付けられながらぞろぞろと隊列を組んで移動を強制される同盟軍。 それは、決して滑走路だけの話ではなかった。
普段と変わらないヴァルハラの街並みの中、ちらほらと仮面をつけたジェネシスの兵士の姿が見て取れる。 彼らはゆっくりと市街地に溶け込み、まるで最初からそこにいたかのように人々を監視していた。
情報は制限され、民衆はジェネシスでおきている異変に気づく事はなかった。 本社内の数々のショップも通常通りに営業が行われていたし、外部にカグラの死を知らせる人間は一人も居なかった。
「故に、最も強い者が全ての人類を管理すべきなんです。 そうでなければ、人はいつまで経っても幼稚な争いを繰り返す。 だから、東方連合もエルサイムもジェネシスに逆らう。 それはかつての時代では考えられないことだったでしょう? ジェネシスが最強として君臨し、無類の力を誇る魔剣レーヴァテインを振りかざしていた時、世界はジェネシスに畏怖と敬意を抱いていた。 平等、同じ立場などという狂言がジェネシスを弱くし、人の世界の拮抗していたバランスを崩壊させた」
エルサイムへと上陸する海岸に、無数の航空母艦が迫っていた。
ジェネシスのエンブレムを刻まれたそれの腹からあふれ出した無数のヘイムダルたちが次々と海岸に降り立ち、その両手に持った重火器で民家を攻撃する。
広がる草原を火薬で焼き尽くし、逃げ惑う人々に弾丸の雨を降らせる。
虐殺、という以外に言葉が見つからなかった。 何故同盟国であるジェネシスの攻撃を受けるのか何もわからないまま、エルサイムの民衆は蹂躙された。
「世界に二人の王はいらない。 王者は常に一人でいい。 まがい物が下らない主義主張を繰り返すからいざこざが絶えないんです。 神と戦う事が先決だと誰もがわかっているのに、力をあわせねば生き残れないと誰もがわかっているのに、それを成そうとしない。 まったくばかばかしく愚かな存在ですよ、人間というやつは」
エルサイム城下町を守るため、次々と出撃する騎士たちも圧倒的な物量の前に成すすべもなく撃墜されていく。
避難は間に合わず、空から降り注ぐ激しい空爆にさらされた古き伝統を残した町はただの瓦礫へと姿を変えていく。
燃える大地を闊歩する巨大な機械仕掛けの神々の隊列は足並みを揃え、じりじりと一歩ずつ人々に近づいていく。
自分たちの世界を守ろうと必死で戦う騎士たちは、しかし絶望の叫びと共に炎に消えた。
「故に王は一人でいいんです。 だから王とは常に一人なのです。 そう、この世界は人の手で完璧に管理されてこそ意味を成すのですから」
司令官の席はソルトアにとって極上だった。
今彼は、ジェネシスで最も『力』を自由に操る事が出来る立場に居る。
男にとっては上層部の考えや世界の行く末など興味はなかった。
ただ、その場所に座している事。 それこそ至上の幸福なのだから。
⇒集え、紅き御旗の下に(2)
「それって、事実上の世界征服の開始ってこと……!?」
エリザベスの声は大きすぎた。 広々とした医務室の中に響き渡り、その場に居た全員がじろりと少女を見つめる。
ジェネシスの世界への侵略は既に始まっていた。 手始めにエルサイムへと向かった戦力が既に交戦中であり、エルサイム陥落まで時間はそうかからない。
手筈は完璧だった。 社長であるカグラさえ感づけないところで、対神武器研究所によって秘密裏に量産されていたヘイムダル、さらに用意されていた兵力が一斉に開放され、社内を制圧すると同時にエルサイムへ進軍を開始した。
それは明らかに計画的な『犯行』だと言えた。 イレギュラーがあったとすれば、ルクレツィアの攻撃を受けた事により急遽最初の攻撃目標をエルサイムにしなければならなくなったこと、それにより兵力を二分せねばならなかったことくらいである。
それは『逆らう者には処罰を』というスタイルを貫くためには必要なデモンストレーションだった。 できればまずは社内を統治してから行動に移りたいのがジェネシス首脳陣の考えだったが、いたし方の無い事である。
そもそも、社内の殆どの部署の制圧は完了していた。 社長無き今、カグラお抱えだった私兵の抵抗も止みつつある。 元々戦闘に特化しているわけではない事務系統の職員たちは銃さえ手にしていれば従わせるのは容易だったし、社内の半分以上の人間が今回のクーデターに賛同していたこともあり、問題は何も起こらなかった。
唯一手綱を握ることが出来なかったアーティフェクタ運用本部もオリカ・スティングレイを抑えられ、動けない状態にある。 ジェネシスは完全にジェネシスによって制圧されたといっても過言ではなかった。
「そもそも、首謀者は誰なのよ……? 二年前のクーデターの時の首謀者は、今は副社長なんでしょ?」
「ああ。 二年前の首謀者はハロルド・フラクトル……カイトくんの父親だね。 彼はジェネシスという会社が抱える様々な問題や在り方に異議を唱えるべく行動した、というのはとりあえずご存知かな?」
マグカップを傾けながら語るアルバに一同はうなずいた。
元々ジェネシスという企業は金の為に、勢力拡大の為に戦う自己中心的な組織だった。 その大元となる前社長、ゴウゾウの時代にフロンティアから科学者を取り込んで神の研究をしていた事からして、既に人類に対し友好的でなかったのは言うまでもないだろう。
レーヴァテインという力を手に入れても、ジェネシスはいずれ世界を支配するための力としか見ていなかった。 故にジェネシスは多くの人々から恨みを買うような外道と言える行為を行ってきたのである。
そんな会社の在り方、そして真のレーヴァテイン・プロジェクト――――ゴウゾウ・シンリュウジが提唱した人類の支配を阻止するため、ハロルドは行動を起こしたのである。
無論それは間違ったやり方であり、妻でありカイトの母であるソラリス・フラクトルの仇討ちという個人的な感情が介入したからこそハロルドの行いは破壊と死を伴うものだった。
結果、ラグナロク――ハロルドは元々ジェネシスに所属していたサマエル・ルヴェールと面識があった――の手を借りるという強行手段をとったのである。
それによる凄惨な被害は、しかし当然ジェネシスのあり方に異議を唱える事に成功したのである。 本当は誰もが「これでいいのか?」という思いを抱えていた。
その後、ラグナロクとの戦い、最上神話級ユピテルとの戦闘を経てレーヴァテインという剣をなくしたジェネシスは、体制の変化と世界への貢献を目指してきたわけである。
「でもみんなも知っているとおり、ハロルドは今やカグラの右腕……。 共にジェネシスを変えていくために尽力していたんだ。 彼が首謀者ということはありえない」
「……彼は、カイトさんと向き合う事で少し変わることが出来たんだと思います。 こんなやり方を望むような事はないのでは」
「そもそもハロルドは今行方不明中です。 カグラの傍にいたはずですから、もしかしたら……」
「そんな……! 死んだ……ってこと?」
エリザベスの悲痛な声に重苦しい空気が広がっていく。 確認すれば確認するほど、状況の悪化をかみ締めるだけ。
「ハロルドの安否はともかく、今回の件……僕が思うに、首謀者は居ないと思うんだ」
「……どういうことですか?」
「うん。 つまり、今回の件――――クーデターではなく、内部権力の変化だと言えるだろうね」
元々社長が絶対的権力を持っているジェネシスとは言え、カグラの代からはしばらくの間、ジェネシス各部署の首脳陣が運営を行っていた。
それはカグラが未熟であったことなどが理由であるが、何はともあれカグラ以外にも実際にジェネシスを運営していた過去は存在するのである。
その間、彼らは社長であるゴウゾウが死去している事を隠蔽し続けた。 し続けることが可能な程、ジェネシスは優れた技術力と情報操作能力を持つのである。
要は、その再現が起ころうとしていた。 つまりカグラ亡き今、ジェネシスを動かしているのは社員の首脳陣……いわば、『会社そのもの』が意思を持って動いている状態にあるのである。
「その中の誰か一人を止めれば収拾するわけじゃない。 だから、ハロルドの時より今回はやっかいだね」
「そんな……。 ジェネシスという存在そのものが、今世界を支配しようとしているってこと?」
「早い話がその通り。 そして上層部の狙いはユグドラシル――いや、オペレーション・メビウスだね」
オペレーション・メビウスとは『リイド・レンブラムを救出する計画』ではなく、元々秘密裏に進められていたものである。
計画の発端は旧レーヴァテインプロジェクトとほぼ同時期。 世界を掌握した後、ジェネシスがどこへ行くのかを想定したものだった。
「つまり、レーヴァテイン、エクスカリバー、トライデント。 三つのアーティフェクタと神々の侵略という『事件』を利用して世界を掌握したジェネシスのその後を予見してオペレーション・メビウスは画策された」
地球上の殆どの人類が死滅し、文明が断絶し、滅ぶのを待つだけのこの世界において、世界征服はそれほど困難ではない。
敵は数えるほどしか存在しない上に、神々の侵略を受け勝手に滅ぶ可能性さえある。 しかし、そんな荒れ果てた世界を手に入れたところでその後は滅びの道を迎える事にもなりえる。
「オペレーション・メビウスの本来の目的は、『別世界への移住』さ」
圧倒的戦力を持つ神の刃、そして統率しきった軍隊を所持し、世界を渡る。
それがもし可能だとしたら。 それも、天使や神も存在しないような平和な世界に移り住むことが出来たとしたら。
そうしてまた何度も何度も破滅と支配というプロセスを繰り返し、永遠の頂点を掴み取ること。
それこそがオペレーション・メビウス。 早い話が、『平行世界への侵略』を目的とした計画である。
「それは永遠の命を望む上層部にとっても最終的な目的に成り得ることですし、そのために彼らはゴウゾウに仕えていたんだろう。 ゴウゾウ亡き今、異世界への侵略などというレーヴァテインプロジェクト、そしてオペレーション・メビウスをカグラが許すはずも無い。 ですが邪魔者はいずれ抹殺し、計画を実行するつもりでいたんだろうね。 上層部はついに重い腰を上げたわけだ」
「ちょっと待ってよ……? 永遠の命って言っても、他の世界に行っても本人の寿命は変わらないでしょ? それにどんな意味があるの?」
「それは説明すると長くなるけど、とにかく永遠の命を得る方法がオペレーション・メビウスには含まれているんだよ。 彼らはエルサイムの「せい」にして、本来のレーヴァテイン・プロジェクトを実行に移すつもりだ」
つまるところの、世界征服。
「……とまあ、僕が知っている情報はこのくらいだ。 僕に出来る事も、もうそう多く残されてはいない」
深く椅子に体重を預けると、ぎしりときしむ音が響いた。 飲み干したコーヒーの注がれていたカップをテーブルに置き、アルバは眼鏡を押し上げる。
「ここから先の真実は自分たちの目で確かめるんだ」
一同の視線がアルバに集中する。 男は白衣を翻し立ち上がり、煙草に火を着ける。
「大人は子供に全てを伝えきる事が出来ないまま、その一生を終える。 真実も事実も世界の形も、僕の知っている「それ」が正しいとは限らない。 善悪の定義や未来の在り方なんてのは、若者が築き上げていくものだからね」
「……アルバ?」
一人一人、子供たちの顔を見つめるアルバ。 彼はエアリオのことも、エンリルのことも、バイオニクルたちのことも、長い間ずっと見守ってきた。
そう、彼もまたレーヴァテイン・プロジェクトに参加していた一人。 全ての真実を知り、そしてこの哀しい戦いの行く末をも知っている。
それでも、彼は何も語ろうとはしなかった。 ただ一人一人の顔を時間をかけじっくりと眺め、それから紫煙を吐き出した。
「君たちには、無限の可能性が広がっている」
それは、無限に枝分かれする可能性という名の果てしなく広がる道。
出会い、別れ。 嘆きや哀しみ……しかし中には愛や信頼、本当に心から守りたいと思えるものもある。
それを守れるのかどうか、それを阻めるのかどうか――それはすべてその時間を生きる人々の自由であり、権利であり、そして義務に他ならない。
「僕らの時代はとうに終わっている。 その事を理解できずにまだ戦いを止められない連中が居る。 でも、これから先は君たちが自分で決めて歩むんだ」
沢山の人が、バトンをつないできた。
たとえばそれは黒き異世界の救世主。
たとえばそれは愛する事を封じた母。
たとえばそれは命を燃やし戦った少女。
たとえばそれは自由を願った騎士の王。
数え切れない人々が通った道を、若者は踏み越えて行かねばならない。
そのとき両足に絡みつく草木の重さや、視界を阻む暗闇さえ、その身一つで切り開き突き進まねばならない。
あえて言おう。 それは酷な事であると。
だが、それでも。
「このまま『過去』が選んだ世界を君たちも進むのか――――あるいは君たち自身が選び取った世界を進むのか。 もう一度自分の胸に手をあててじっくりと考えてみるんだ。 残念だけど猶予は与えられない。 時間がないんだ。 今、答えを出してくれ。 君たちは何のために生きていく? この世界の未来に、何を望む?」
大人の言葉を受け、一人一人が考える。
思い出せば沢山の出来事があった。 そしてその一つ一つが今の自分を支えていて、そして今の自分を創っている自分自身のカケラ。
「わたしは――」
エアリオ・ウイリオは顔を上げ、アルバを正面から見据える。
「他の世界なんて、いらない。 支配も、誰かに作られた未来も……そんなものは必要ない。 生まれもって決まっていた運命に従って生きていくのはカンタンだ。 でも……それは、決して楽しくない」
「……私たちの過去のすべてが正しかったわけではないでしょう。 過ちや戸惑い……そうした暗闇も確かにありました。 でも今私は、この世界に生まれてきて……『この世界』でよかったと、心から思っています」
「生まれ持っていた宿命だけが全てではない。 誰かの代わりでもなく、僕は僕だ。 そう思えるようになったのだから、やはりこの世界でよかったんだろう。 自分の罪が許されるとは思えないが……贖う為に最期まで戦い抜きたいと思っている」
「そうよ。 それにあたしたち……せっかく出会えたんだから。 だから――――最期までみんなで一緒に生きぬきたいよ! だからあたしは、この世界で最期まであがきたい!」
「たとえその先に、滅びしか待っていなかったとしてもかい?」
アルバの問いかけに同時に全員が頷いた。 それは、その場に居る人間全員の総意に他ならなかった。
全員、迷ってきた。 苦しんできた。 だからこそ、今出した答えに迷いはない。 その為にあった過去の痛みならば、今は受け入れられる。
胸を張って言えるだろう。 自分は自分で、運命など覆せるのだと。
「――そうか。 強くなったね、みんな」
子供だ子供だと思っていたものが、いつのまにか大きくなり……その背中を自分が眺め、いつのまにか追い越されている事を知る。
隠すことはない。 正直に白状しよう。 アルバもまた、この計画に加担した大人の一人である。
それは彼のプライドだった。 この世界を一つにし、いつかその力で他の世界へ渡る――――科学者であり、同時にプロジェクトの参加者である彼にとってそれは人生を賭けてやり遂げるだけの価値のあるものだった。
だが、それでも。 その生きがいを彼らに譲っても良いと思えるようになったのは何故か。
この計画を知ったとき、アルバは世界の滅亡を確実視していた。 それは今でも変わらない。 絶対的なる神に逆らう事など出来ないのは当然の真理だろう。
それでも彼は、賭けたいと思ったのだ。 滅び行く世界を変え得る事が出来るのは、若い力だと信じているから。
なにより彼らは、自分たちが手塩にかけて育ててきた、愛すべき子供たちなのだから。
「ついてきなさい」
医務室の奥の部屋へと進んでいくアルバに付き従い移動すると、そこには小さな扉があった。
扉を開いた先には広いエレベータが用意されている。 当然その事をその場の誰一人知ってはいなかった。
「隠し通路だ。 地下ブロック……ユグドラシルの間、地下牢獄、地下格納庫、それから僕の研究室に続いている。 どこも僕のIDと網膜認証、指紋認証が必要だけど、ここからなら外の兵士には気づかれないで移動できる」
「アルバ、おまえ……」
「一緒に行こう。 せめて最期はかっこつけて、みんなを安全に町の外まで連れ出して見せるよ。 さあ行こう。 まずはオリカを助けなければ」
細い出入り口を潜り抜け、エレベータに乗り込むアルバに続き、全員エレベータに乗り込むと黒い棺はゆっくりと地下に向かって進み始めた。
「しっかし参ったぜ……。 前にもこんな事があったよな」
「そうですね……。 まあ、この状況では身動きも取れませんけど」
ユカリとルドルフの二人は格納庫の隅で両手を縛られて座っていた。
周囲には二人以外にも整備員たちが拘束されており、周囲には仮面を被った警備兵たちが厳重に監視を続けていた。
司令部制圧と同時に一瞬で制圧されてしまった格納庫には次々と謎のコンテナや新武装が積み込まれている。 ヘイムダルが次々とカタパルトエレベータに吸い込まれていき、どこかへ出撃してる様子だけが見て取れた。
この状態になって既に丸半日が経過しようとしている。 流石に縛られた両手がきりきりと痛み出すのだが、身動ぎしようにもぎゅうぎゅうに押し詰められていてどうにもならない。
「おい、ユカリ! 胸を引っ込めろ! 顔に当たるだろ!」
「そんなことを言われても……。 そもそも私はオペレーターなんですけど」
「つーかこいつらさっきから何してんだ……? 何が起きてるのかわからねえが、どうせまたクーデターなんだろうな」
「クーデター……いえ、おそらくは上層部がオペレーション・メビウス実行の目処をつけたんでしょう。 レーヴァテインが再び手に入ったし、この間撃墜したエクスカリバーもこちらで修理中ですからね」
「この世の中のことにゃ興味ねえが、勝手に俺様の作った機体をどかしてわけわからん改造ヘイムダルを並べられるのは不快だぜ……。 もう少し丁重に扱ってほしいんだが」
「結構余裕ありますね、ルドルフくん」
「人間死ぬときゃ死ぬ。 腹くくってなきゃこんな世界で生きてられねえよ」
「私は結婚してからでないと流石に心残りですね……」
二人が小さな声で雑談を続けていると、兵士の一人が振り返り銃口を向けた。 あわてて黙り込むと、兵士は元の位置に戻っていく。
「気色悪いな、あいつら……。 口もきかねーし、どいつもこいつも同じような背格好じゃねえか」
「…………ルドルフ君、なにか聞こえませんか?」
「あ? 何かって……あぁ?」
二人が見上げたのは頭上だった。 小さな、とても小さな金属音が鳴っていたのである。
そこにはブラインド越しに手を振っているカイトの姿があった。 以前にも使用した通気ダクトの中を通り、潜入していたのである。
「なるほど、流石に経験者は違うぜ……」
一言も口を利かないまま出入り口を開きこっそりとコンテナの裏側に降り立つカイト。 ルドルフたちとの距離は5メートルほどあったが、カイトがウインクしているのがハッキリと見て取れた。
「あいつ確か、ユグドラ因子を埋め込む手術中なんじゃなかったか?」
「多分完了したんでしょうね。 それよりどうにかして注意をひきつけないと……」
「注意ねえ…………。 あーーーーーーーっ!! あんなところにUFOがあっ!!!!」
大声で叫びながら立ち上がったルドルフの元に兵士が集まり、銃口を向ける。 しかし流石に稀代の天才ルドルフ・ダウナーを撃つのはためらわれるのか、彼らはそれ以上動く事が無かった。
刹那、コンテナの裏側から飛び出したカイトは一直線にレーヴァテインに向かって走る。 周囲には三人の兵士が守りを固めていたが、一人はルドルフの下へ向かっていた。
二人のうち一人が猛然と駆け寄るカイトに気づき、ライフルを向ける。 しかし引き金を引いた瞬間カイトは既に目前に迫っており、ライフルを回し蹴りで弾き飛ばすと拳銃で兵士を撃ちぬいた。
隣に居た兵士は当然それに気づく。 しかしカイトが背後からハイキックを決めると、そのまま力なくその場に卒倒してしまった。
目を見張るほどの動きにさらにキレが生まれ、磨きのかかった格闘はユグドラ因子による身体能力強化がうまくいった証拠でもある。
すかさずレーヴァテインに乗り込む頃には他の兵士も集まっていたが、アーティフェクタ相手に通常の弾薬など意味を持たない。 フォゾン装甲を纏わないまま素手で兵士たちをなぎ払う。
『今だルドルフ!! 時間を稼ぐからエレベータを止めろ!!』
スピーカー越しのカイトの声が響きわたる頃には既にルドルフは端末を操作していた。
エレベータと出入り口が封鎖され、待機中だった機体を支えるハンガー部分が次々と倒壊し、機体に乗り込もうとしていた兵士たちごとドミノ倒しになっていく。
「こんなときの為に仕込んでおいてよかったぜ……。 おい、カイト! 助かったぜ、バカにしちゃあ上出来だ!」
『贅沢なやつだな……。 まあ、こっちも余計な戦いをせずに済んだ。 ありがとな』
「とりあえず出入り口溶接しちまえ。 おい野郎ども! 作業の時間だ!」
景気の良い返事と共にあわただしく駆け出すスタッフたち。 レーヴァテインのコックピットから軽やかに降り立ったカイトは前髪を掻きあげながら微笑んだ。
「無事でよかった。 まあ、アルバさんが大丈夫っていってたからそれほど心配はしてなかったけどな」
「ん? カイト、てめー髪の毛すげえ伸びたな」
カイトの後ろ髪は伸び、腰ほどまでの長さがあった。 女性もののヘアバンドで留められており、前髪はてきとーに切ったようだった。
「ああ、ユグドラ因子の影響らしいな。 いきなり伸びまくったしちゃんと切ってる暇もなかったんでそのままだ。 ロングも似合ってるだろ?」
「ぬかせボケ。 んで、他の連中と外の様子はどうなってる?」
「クーデターだ。 アルバさんが他のみんなと幽閉されてるオリカを救助してくるらしい」
「何をすればいい?」
「逃亡準備。 それから、みんなが来るまでの間の死守だ」
拳銃を手に取り、強い瞳で遠くを眺めるカイト。 その姿は何かがふっきれたように見えた。