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いつか、その日が来る前に(4)

「あなたには期待していますよ、ルクレツィア。 あなたはとても優れている」


大きな剣を抱いた幼い少女は頭上からかけられる言葉に怯えていた。

ぎゅっと抱いた剣。 それは彼女に与えられた生まれつく宿命。 永久にあり方を決定し、それ以外の全てを奪い去る呪われた刃。

薄暗い場所から飛び出して、少女が与えられたのは自由の空と、守るべき人々。

荒廃しきった世界に与えられた居場所が、どれだけ少女を縛り、どれだけ追い詰めただろうか。


「私には、世界なんてない……」


小さく呟いた言葉。

その後流す事はなかった涙が、銀の刃を謎って消えた。




「ちょっとばかし急ごしらえだが、準備は出来てるぜ」


格納庫にずらりと並べられた数々の機体の中でも特筆して存在感を示す一つの機体。

足元に立った少女は、その機体のパイロットであり、今まさに戦場に赴こうとしている。


「ま、色々と改造を加えた分時間はかかったが……完成したぜ。 可変人型戦闘機、『リヴァイアサン』だ」


それは蒼きヨルムンガルドの面影を残しながらも、完全に最新型の装備に換装された最新鋭機。

少女はそれを見上げ、何故かふっと微笑んだ。 その理由は本人にもわからなかったし、無論傍らにいたルドルフにもわからなかった。

ただ振り返り、ルドルフに白い歯を見せ無邪気に笑いかける。


「ありがと! これであたし、もっと戦える!」


「おう。 まあ、こいつはアーティファクトをサポートして戦う事を前提に考えられた最新鋭機でだな……」


「じゃあ、行ってくるわね!」


「ああ……っておい!? 話を聞け! こいつはレーヴァとセットになって初めて強力な効果をだなあっ!!」


リヴァイアサンの瞳に火が灯り、ゆっくりと頭を上げると既にルドルフはあきらめて退散を始めていた。 そうしなければまき沿いをくらい、踏み潰されそうな気がしたからである。


「おい、このばか女!! 一人で突っ走るんじゃねえ!!」


「ありがとールドルフ! お礼は後でね!」


「礼はいいから命令無視すんじゃねえええ!」


ルドルフの言葉を無視してカタパルトエレベータで空に向かって飛んでいくリヴァイアサンを見送り、白衣をなびかせながらルドルフは笑っていた。


「あーあ……いっちまった」


ため息をつき、上着のポケットに両手を突っ込んで振り返る。


「なかなか似合ってるじゃねえか」


そこにはジェネシスのパイロットスーツに着替えたシドとオリカの姿があった。

レーヴァテインを見上げたシドは強く拳を握り締める。 帽子を脱いだオリカはそれをルドルフの頭に載せるとウインクを浮かべて微笑んだ。


「それじゃ、ちょっくらいってくるね」


「って、おいおい……オリカが出るのか? 何も司令官自ら出撃しなくても……」


「ううん。 これは私が出ておいたほうがいいの。 色々な意味でね」


いざとなればレーヴァのコントロールをシドから奪う事が出来るオリカならば、シドの裏切りを確実に防ぐ事が出来る。

同時にシドは今までエクスカリバーに乗っていたため、刀剣戦術に優れている。 弓使いであるマルドゥークなどより、イザナギのほうが相性がよい。

そして何より、強力なアーティフェクタであるエクスカリバーをしとめるには、史上最強のレーヴァテインで迎え撃つしかない。


「ルドルフ君は失念してるのかもしれないけど――」


長く伸びた髪を背後で括り、オリカは鋭い目つきで微笑む。


「私より、レーヴァテインをうまく使える人はこの世にいないんだよ」


長い事忘れていた、戦闘の意識に気持ちを切り替えながらオリカは歩いていく。

通り過ぎていくその横顔を眺め、少年二人は引きつった笑顔を浮かべていた。


「お前もあれと一緒に戦うとか……ほんと、ご愁傷様だぜ」


「ははは……。 なんか昔っからあのねーちゃんはおっかねえさ……」


「しかし、良いのか? お前の体、本当にもう――」


言葉をさえぎるように人差し指をルドルフの唇に当てると、シドは首を横に振る。


「これは、おいらの戦いさ」


それが答えで、そしてそれはもう変わらないことが確かだった。

もちろんルドルフはそれをどうこうするつもりはない。 ただ、覚悟の程を知りたかっただけのこと。


「そうかい。 じゃあ潔く、散ってこいよ」


「おうさ!」


ガッツポーズを浮かべ、レーヴァテインに乗り込んでいくシドを見送り、ルドルフは目を細めた。


「まったく……どいつもこいつも」


巨躯が巻き起こす風に帽子を片手で押さえ、少年は漆黒のレーヴァテインを見送っていた。



⇒いつか、その日が来る前に(4)



エルサイム城の中は予想以上に広く、そして警備は厳重だった。

何とか塔を抜け出したアイリスとユピテルだったが、城内をうろつく警備兵たちに行動を制限され、今は物陰に隠れて様子を伺っていた。


「とりあえず君を助けたまではいいけど……」


申し訳なさそうにちらりとアイリスを見るユピテル。 視線の先、アイリスは涙をぬぐいながら悔しそうに歯を食いしばっていた。

自分が悪いのだろうか? と考えながら頭を掻き乱すユピテルだったが、原因は本人にもよくわかっていない。

ただこぼれる涙をぬぐいながら、ユピテルの手をぎゅっと握り締めていた。


「そろそろ、落ち着かない? あの兵士なんか、ボク一人なら倒してこれちゃうんだけど……これだとどうにも」


「……やめなさい! 彼らが……彼らが悪いわけじゃないんです」


「じゃあ、誰が悪いの?」


「それは……」


「悔しいけどそれが現実だよ、アイリス。 ボクたちはこのままここで立ち往生するわけにはいかない。 わかるだろう? ボクがここにいるということは、レーヴァテインは動かない」


「……」


しかし、つないだ手は離れることがなかった。 ため息を漏らしたユピテルは、大きく迂回し人気の無い道へ移動することにした。

長い長い宮殿の通路を駆け抜け、たどり着いたのは城内にある崩れかけた聖堂だった。

ステンドグラスから差し込む虹色が床を照らし上げ、なぎ倒された赤い椅子が無残に左右に散っていた。

光の降り注ぐそこはまるでステージだった。 巨大な十字架を前に、二人は静かに息を付く。


「このままだと見つかるのは時間の問題だな……」


「……」


「気になるのかい? この場所が……」


「……ここは?」


「化け物が『神』と呼ばれるより以前、ここには神様を信じる人たちが集まっていた。 そして祈りを捧げ、己を見つめなおしていたんだ」


十字架はまぶしかった。 そしてアイリスは静かに目を閉じる、

瞼の裏側に浮かび上がった景色は、巨大な十字の景色だった。 その麓にとても……とても大きい玉座があった。

広がる花畑。 流れる水の音――。 そんな見覚えのない景色が浮かび、思わず顔をしかめる。


「何……いまの……」


ずきりと、背中が痛んだ。 それがユグドラ因子から発せられているものである事に気づくのにしばらくの時間を要した。

それは、じくじくと。 ゆっくりアイリスの身体を蝕むかのように広がっていく。

やがて心臓さえも多い尽くし、握りつぶすのではないか? そんな錯覚に陥りそうになるものの、痛みはすっと何事もなかったかのように引いてしまった。

ふと、ユピテルを見ると、なんともいえない表情で十字架を見つめていた。 その表情は哀しげであり、しかしどこか優しさに満ち溢れている。

ずっと遠く。 ここではないどこかを眺めるような少年は、とても孤独に見えた。 誰とも違う、どの世界とも違う、なじめない存在。

だからだろうか、気になってしまうのは。 助けてあげたいと思ってしまうのは。


「ユピテル、あの……」


そっと手を伸ばす。 もう一度触れてみれば判る気がした。

しかし、それはかなう事はなかった。 聖堂の扉が開く音がして二人はあわてて振り返った。


「やっぱりここデスか。 アイリスサン」


「マーガレット……」


マーガレットの手にライフルが握られている事を意識するよりも早く、少女は引き金を引いた。

飛び出した弾丸はユピテルの胸を貫き、少年は背後に吹き飛ばされ、十字架の足元に横たわった。

銃声が何度も響き渡る中、アイリスは目を丸くしていた。 ただ流れるユピテルの血だけが妙にリアルに床を染めていく。


「……ユピテル?」


「アナタはやっぱり何もわかってナイ。 それは、アナタの運命を狂わますワ」


再び構えられたライフル。 吐き出された弾丸は一直線にアイリス目掛け飛んで行き――――そして空中で停止していた。

上半身を起こしたユピテルがかざした手の動きに連動するように、弾丸はひしゃげて大地に転がる。 少年は立ち上がり、口元の血を拭う。


「ユピテル……!? だ、大丈夫なの?」


「それは化け物でス。 だからさっき、ワタクシも言ったでしょう?」


「いきなり心臓に弾丸ぶち込まれるとは流石に思ってなかったからね……。 驚いたけど、どうということはないよ」


平然と立ち上がる少年は胸元の傷を指先でなぞる。 そのわずかな動作だけで傷口は見る見る塞がって行った。


「マーガレット……! どうしてこんな事を!?」


「……アイリスサン。 アナタは本当に、何も知らないのデスね」


ライフルから吐き出される弾丸は目には見えない光の壁にさえぎられていた。

アイリスをかばうように前にでたユピテルはまるで呼吸するかのように攻撃を防ぐ。 フォゾンの結界は二人を守り、淡い虹の光沢がユピテルを覆っていた。


「ソレは人間ではありマセン。 そしてワタクシも、アナタも……」


「……わかってる。 そんなのわかってる! でも、そんなの……」


「サマエル・ルヴェール……その名前を、ご存知デスか?」


思いもよらなかった名前が飛び出し、アイリスは思わず息を呑む。 銃を投げ捨てるとマーガレットは崩れた椅子の上に腰掛けた。


「ワタクシもそう。 ある目的の為に作られた、ただのお人形だとしたラ?」


「……何を……?」


「ワタクシたちを作ったのは、ケイン・アークライト……。 レーヴァテインプロジェクトに関わり、そしてバイオニクルの研究をサマエルから引き継いだ男デス」


その名前が出てくる事をアイリスは何も想像していなかった。 何の予備知識もないままそれを受け、何の言葉も出てこなくなる。

ケイン・アークライト。 自分の父親は確かにジェネシスの研究員だと聞いていた。 しかし、それが自分と関係のあることだとは全く考えていなかったのである。


「どうして、その名前を……」


「どうしてもこうしても……アイリスサン? アナタのお父様ダディのお陰で、ワタクシたちバイオニクルは生み出されたのデスよ?」


「お父さんが……バイオニクルを、作った?」


「この世界に生きる沢山の人々の運命を狂わせタ。 ジェネシスさえ……ユグドラシルさえ無ければ、苦しむ必要のナイ人が、タクサン……」


マーガレットの気配に圧されるように、アイリスは一歩、また一歩とあとずさる。

やがて背中がユピテルにぶつかると、ようやく気づく。 自らの肩が小刻みに震えている事に。


「アイリス……」


ユピテルの手が肩を掴み、静かに頷く。 ここで圧し負けている場合ではないのは明らかだった。


「何も知らないのは、ジェネシスが自分たちにとって都合の良い事実を黙殺しているからにすぎませんワ? アイリスサン……アナタは正しい行いを成す人だとワタクシは信じています」


「……どういう事なの? お父さんが、一体何をしたっていうの!?」


「永遠――――。 それは、ヒトの夢……。 誰もが追い求めずにはいられなかっタ。 どちらにせよいずれは滅んでしまうこの世界を手に入れても、『永遠』はやってこない。 寿命、生活……支配。 それらを全て満たす事は、今の世界には難しい」


ゆっくりと歩み寄るマーガレット。 腰に携えた剣が抜かれ、ステンドグラスから差し込む虹を受けて輝く。


「ジェネシスは、この世界を見捨てるつもりデス」


「なにを……何を言っているの? マーガレット、貴方が何を言っているのか、私にはわからない!」


「それは言い訳にはなりませんワ。 そんな風に知らなかったから、なんて理由で……世界を滅ぼされるわけにはいかなイ!」




「決してあなたが間違えていたわけではなかった。 ただ……気づくのが遅すぎただけの事です」


ブラインドの間から差し込むかすかな光に照らし出される社長室。 そこには拳銃を構えるヴェクターと、椅子に腰掛けたままのカグラの姿があった。

地面には血を流し倒れるハロルド、そして交戦の後を示すように数人のボディーガードが倒れている。

カグラもまた腕から血を流し、額には脂汗を浮かべながらヴェクターを見つめていた。


「あなたの推測は間違ってはいなかった。 ただ、少しだけズレていただけの事でしてね」


床に転がる死体を蹴り飛ばし、椅子を動かしその上に腰掛けるヴェクター。 眼鏡を外し、胸ポケットに収めると穏やかな笑顔を浮かべる。


「……あんたたちが不穏な動きをしている事も、この巨大すぎる会社がアタシの手に負えないってことも判ってたけど……正気? いきなりたった一人で反逆しようなんて……」


「そうですね。 これは……私のたった一人の反逆です。 この、終わり行く世界に対する……ね」


座ったまま微笑むヴェクターの身体は完全に無防備に見えた。 無論、カグラもただおしゃべりを繰り返していただけではない。

既に救援は呼んである。 緊急事態には机の下のボタン一つで救援が呼べるようになっているのである。

しかし、それはもちろんヴェクターも知っているはず。 だというのにこの悠長な状態は何か? 一握の不安が残る中、増援の兵士たちが扉を破り突入してくる。

一人一人が戦闘のプロであり、完全武装の兵士である。 それに対しヴェクターは拳銃一丁のみ、しかも椅子に座って入り口に背を向けている。

勝負は最初からついていた。 巨大な机に身を隠すように頭を下げたカグラの動作を合図に、一斉に機関銃が火を噴く。

無数の弾丸に貫かれ、ヴェクターの身体はおもちゃのようにガクガクと震え、奇妙な動作を果たした。 大量の血しぶきが部屋を覆いつくさんとばかりに飛び散り、生臭い匂いがつんと鼻を付く。

余りに大量の弾丸を受けたヴェクターの身体は崩れ落ちそうになっていた。 ずるずると、椅子からずりおち、もげそうになる手足。 完全に死んでいるようにしか見えなかった。


「あなたは、不老不死という言葉をご存知ですか?」


誰もが我が目を疑った。

目の前の男は完全に死んだはずなのに。 高級そうなスーツはずたずたの布キレになったというのに。

だというのに。 確かに死んだというのに。 千切れそうになる腕を自らくっつけながら、ゆらりと立ち上がったのである。

誰も、何も出来なくなる。 誰もの心の中にあふれ出したのは畏怖の感情以外の何者でもない。 構えた黒い銃口がぐらつき、狙いさえ定められない。


「それは、老いず――」


かざした手。 一斉に再び放たれた銃弾は全て掻き消された。


「それは、死せず――」


放たれたのはフォゾンの波動だった。

直撃を受けた人々は内側からはじけ飛ぶようにその場で肉片へと解体され、気味の悪い音と共に床に転がった。


「そう、それは――永遠という言葉を体現した存在です」


血に染まった手で髪の毛を上げながら笑顔を浮かべる。 額から流れる血はやがて止み、傷口も見る見る修復していった。


「そんな……アンタ……人間じゃないの?」


「いえいえ、ご存知の通り、人間ですよ――――神ではない。 神にはなれなかった、出来損ないです」


ゆっくりと歩み寄るヴェクターに対し、カグラに出来る事など何もなかった。


「なんなの、アンタ……!? たくらむとか反逆とか、これはもうそんなものじゃ……」


「私の名前ですか? ウッフッフ……ご存知なんじゃないですか?」


「……サマエル……ルヴェール……」


「残念です」


銃声が鳴り響いた。

崩れ落ちるカグラの身体を見下ろしながらヴェクターは銃を上着にしまい背を向けた。


「サマエル・ルヴェールになれたのなら、どれだけよかったでしょうね」


ヴェクターが指を鳴らすと同時に部屋全体が燃え上がり、灼熱の炎に包まれる。

赤く燃え滾るそれは何もかもを掻き消すように、全てを包み込んでいった――。



「なあ、オリカねーちゃん」


「うん?」


「おいら……エクスカリバーを倒せるかな?」


海の上を疾走する漆黒の翼。 レーヴァテイン=イザナギはシドとオリカを乗せて戦場へと向かっていた。

コックピットの中で操縦桿を握り締めるシドの様子は緊張しているように見えた。 一方オリカはリラックスした様子で流れていく景色を眺めている。


「ルクレツィアは強い……。 あいつは守るべきものがあるから戦ってるんさ。 だから、生半可な気持ちじゃあいつには勝てない……」


「あ、ひどいなそれ。 私が生半可な気持ちで戦ってるって事?」


「いや! そ、そういうわけじゃないんさ! ただ……オイラ、今までずっとルクレツィアの力を借りて戦ってきたから……」


「自分自身の力で彼女を超えられるか不安なんだ?」


「う……うん」


ストレートに正面から言い切られ、顔を赤くするシド。 しかしオリカは優しく微笑み、足を組んで空を見上げた。


「大丈夫だよ、きっと」


「……な、なんでそう言い切れるんさ?」


「それはね――私が、勝利の女神だからだよっ」


前方より飛来する蒼い影。 艦隊は目前にまで迫っていた。

空中に二刀の刃を抜き、両手に構えるイザナギ。 空中で激突したレーヴァテインとエクスカリバーは空中で鍔迫り合いし、互いに剣を弾いて停止する。


「ルクレツィアかっ!?」


「シド……!? 何故お前がレーヴァテインに乗っているッ!?」


二機の激突は海を揺らした。 その高い波を潜り抜け、軍艦は見る見る進軍していく。

結果、足止めできたのはエクスカリバーだけという結果になった。 二機の剣士は刃を構え、互いににらみ合う。


「ルクレツィア! 何でこんな事をしているんさ!? わかるように説明してくれなきゃ、おいら納得いかねえよっ!」


「これは貴殿の判断か? オリカ・スティングレイ」


「違うよ? シドくんが勝手に望んだ事だもん」


「ふ……。 そうか。 シドが望んで、か……」


その言葉からすぐにエクスカリバーの雰囲気は変わった。

構える刃は重苦しい雰囲気を放ち、目前の敵を倒すという目的のためだけに存在する。

シドは戸惑っていた。 まさかルクレツィアが自分に刃を本気で向けるなど、考えていなかったのかもしれない。

しかしそれこそ甘さに他ならない。 騎士であり王である彼女は、一度手にした刃を止めることなどないのだから。


「退けとは言わない。 ただ、覚悟しろ。 今こそ聖剣のその全てを見舞う!」


「る、ルクレツィア……!? おいらは……おいらは、戦いたくない!」


「この期に及んでゴチャゴチャ言うのはナンセンスだぜ? ぼうず」


声はエクスカリバーのコックピットから聞こえてきた。

聖剣の内部、ルクレツィアの正面に座る男は一升瓶を片手に足を組み、なれなれしい笑顔を浮かべながらレーヴァテインを見つめていた。


「お、お前……誰さ!?」


「誰と言われりゃ名乗ろうじゃねえか。 俺様こそ、世界最強の男――キリデラ様だッ!!」


エクスカリバー等、通常のアーティフェクタは確かに単身では動かす事が出来ない。 適合者と干渉者……むしろそのゴールデンルールをしっかりと守っているだけである。

しかし、その自らが座るべき場所に見知らぬキリデラが座っているという事は、決してシドにとって面白くない。


「きみ、本当に神出鬼没だね。 そっからでも沸くって感じ」


「そいつぁどうも! しかし、光栄だぜ? あんなお嬢ちゃんたちじゃなくて、お前が乗るレーヴァテインと戦えるとはな」


「光栄なんて言ってる余裕あるの? この私とレーヴァテインを目にして、生きて帰れるとは思わないほうが良いよ」


「ハハッ! ジェネシスはいいなあ! 気の強い女ばかりだあっ!!」


二機が同時に上下から繰り出した剣戟は空中で激突し、激しく大気を鳴らす。


「ルクレツィア!!」


「シド……私はお前のそういうところが――大嫌いだッ!!」



「ワタクシたちは、みんな同じ……。 みんな、イヴかアダムの代用品だった」


聖堂に響くマーガレットの声。 哀しげな表情を浮かべながら歩み寄るマーガレットを気丈ににらみつけながらも、アイリスの心は強く揺れていた。

目前で目撃してしまったユピテルの異常さ。 そして思いもよらなかった父の名前。

今はただ、受け入れがたい事実を少しでも受け入れられるようにと必死になる事しか出来なかった。 しかし、マーガレットは言葉を止めない。


「この世界のアーティフェクタ適合者は、何故存在するのかご存知デスか?」


「え……?」


「この広い世界に生き残っている僅かな人々が、何を理由とアーティフェクタに適合し、そして干渉者となるのか……。 アナタはご存知?」


「それは……ええと……」


アーティフェクタ適合者。

適合者とは、アーティフェクタに搭乗しても死ぬ事のない人間、つまりアーティフェクタのコックピットに満ち満ちたフォゾンの中でも活動する事が出来る人間を指す。

干渉者とは、その適合者と心を交わらせレーヴァに武装と力を与える存在。 そしてこれらは誰でも可能というわけではない。

選ばれた人間だけが適合者となり、干渉者となる事が出来る。 そして干渉者には皆、ユグドラ因子が埋め込まれている。

それがパイロットである少年少女が知る情報だった。 それ以上のことを知ろうとは思わなかったし、その必要もなかった。

しかし冷静に考えればその確率がいかに奇跡的であるのかがわかる。 導かれるようにアーティフェクタにそれぞれのパイロットがめぐり合うであろうか?


「それは『偶然』……? そんなものが『偶然』と呼べマスか?」


「それは……」


「最初から決まっていた事なら、きっと『必然』……ヒトはそう呼ぶのではないデスか?」


まるであたかもそうなるのが当然であるかのようにめぐり合ったそれぞれの適合者たち。

ヨーロッパのエクスカリバー。 同盟軍のトライデント。 そして、ジェネシスのレーヴァテイン。

それぞれの適合者たちはまるで導かれるようにそこに現れた。 そして当たり前のように戦い、アーティフェクタを駆る。

そんなことがありえるのだろうか? 三つの機体は、四年前の事件で散逸したもの。 そのはぐれた先に偶然パイロットが居合わせるのか?

人の半数以上が滅び、無人の土地に降り立つ可能性のほうが高い神の刃たちが、人の元に舞い降りたのは何故か?


「この世界には、たくさんの、たくさんのバイオニクルがいまス。 ワタクシも、その一人……。 そして……アーティフェクタの適合者たちも」


「……ど、どういうこと?」


「だから。 アーティフェクタに乗る事が出来る人間は、全員アダムかイヴのクローンなのデスワ」


それは、オリジナルであるリイド・レンブラムやエアリオ・ウイリオの魂を持つ存在。

ヒトという器に神の一部を移植した、人造人間にして模造神。

バイオニクルと呼ばれ、ラグナロクを形成し世界に敵対していた存在と、

そのラグナロクと戦い、レーヴァテインに乗っていた少年少女は一人残らず、同じくバイオニクルであるということ。

もちろんその中には実の姉であるイリア・アークライトも含まれる。 レーヴァテインに乗れないのは、アイリスただ一人なのだから。


「みんなが……一人残らずバイオニクル? 全員作られた命って……そんなの嘘よ! だって、私たちにはみんなちゃんと子供の頃の記憶も、親も居るじゃない!!」


「だから、その両親が研究者だったんじゃないデスか?」


「なっ……」


「それに、バイオニクルは最初から作り上げる以外にも製造方法はありますワ。 たとえばそう……死にかけた人の身体をつかう、トカ」


それは、もしもの話。

研究者であるケイン・アークライトが、自らの娘に手を加えていたとしたら。

いや、むしろ、本当の娘はアイリス一人だけで。 研究成果として生まれたのが、イリア・アークライトだったとしたら。

もしも、カイト・フラクトルが幼少のとき天使に襲われ、一度死に掛けていたとしたら。 そしてフォゾン光学に優れていた父とジェネシスの手によって、蘇生されたのだとしたら。


「子供の記憶というのも、生まれた瞬間からはないデショウ? 生まれた時は、試験管の中だったとしても何の問題もありませんワ」


「そんなことあるわけない!! お父さんたちが、そんなこと……するわけないわっ!!」


「しますワ? だってワタクシも、そうして作り出された欠陥品の一人ですもの」


「うそ……うそよ!! 姉さんは確かに私の姉さんだった!!」


「そうデスね。 似すぎているくらい、アナタたちは似ていた」


「何よ……何が言いたいのよぉっ!!!」


「何も。 ただ、ワタクシも……ジェネシスもラグナロクも、みんなみんな偽者って事だけ」


それは、がつんとハンマーで後頭部を殴りつけられたような衝撃だった。

思わず膝を突き、赤い絨毯に爪を立てる。 涙が絨毯に吸い込まれ、ただ脳裏には今はもう居ない姉の姿が映し出されていた。

常に強く、アイリスの手を引いてくれた姉。 彼女もまた、自分とは違う……偽りの姉だったというのか。

受け入れたくない沢山の事実が。 信じていたものの多くが。 音を立て、崩れていく気がした。


「ルクレツィア様も、シドも例外ではありませんワ。 そしてジェネシスは、今も同じ事を繰り返そうとしていル」


「違う! ジェネシスはもう過ちを繰り返さない! そのために、みんなでこの二年間がんばって来たんだもの!!」


「……信じていたいのはわかりますが、それが事実デス。 アナタは、オペレーション・メビウスというものがどういうものだかご存知ですか?」


「オペレーション・メビウスは、先輩を助けるための計画ですっ!! 私たちは、先輩の事を……っ」


「神であるリイド・レンブラムに出来ない事をアナタたちが成すのですか? いい加減認めてしまってはどうデス……? リイド・レンブラムは死んだのだと」


「いやあっ!! そんなことない!! 先輩は私が助け出すんだっ!!」


「そうしてアナタたちが作り上げたシステムが、全ての世界を脅かしかねないとしても……?」


顔を上げるアイリスの視線の先、哀しげな瞳でアイリスを見下ろすマーガレットが立っていた。

ただ、告げるものは事実であり、避けようのない真実だと告げるその瞳に、アイリスは何も言い返すことが出来なくなる。


「ジェネシスの目的は、リイド・レンブラムを取り戻す事では無く――――異世界への、移住デス」


見開いた瞳からこぼれた雫は、空しく赤に沈んでいく……。




「この世界で生きていけないなら、別の世界にいっちまやいいんだからなあっ!! そりゃ確かにその通りだ! 天使も神も居ない世界にいければ、楽園だろうよ!!」


エクスカリバーから放たれる無数の刃を受け、イザナギは後退していく。

放たれる刃の一つ一つが必殺の威力を持って海を割っていく。 海面すれすれを飛行しながらイザナギはその攻撃を回避していた。


「そんな……。 ジェネシスがそんなことするわけないさ! そうだろ、オリカ!?」


「オリカ・スティングレイは知っていたのではないか? ジェネシスが何をたくらんでいる組織なのか」


エクスカリバーの剣が上げた水しぶきを背に、奇襲を仕掛けるイザナギ。 しかしその刃はエクスカリバーには届かず、腕に装備された盾で阻まれていた。


「お前はそれを知っていてどうにかしようと尽力していた。 一見ジェネシスに従順なフリをしているほうが動きやすかったろうしな。 それにお前は、自分がエアリオのまがい物でしかない事もとうに知っていたのだろう!?」


「うん。 私はね――生まれた時からずっと、戦う事しか与えられなかった。 きみもそうだったんでしょ? きみも、その自分の仕組まれた運命がいやだったんでしょ?」


「それは違う。 私はただ――嫌気が差しただけだ」


盾で弾かれた刀は空中を舞い、海に沈む。


「ユグドラシルやジェネシスがある限り、同じ事を何度も人は繰り返すッ!! 神を敵とする前に、まずは諸悪の根源を叩く必要があるッ!!!!」


「ジェネシスの力もなしに神を倒すの? それこそ夢物語……自分の国の非力さを改めてから口にしなよ」


「語るに及ばずッ!!!」


振り下ろされたエクスカリバーの一撃は、イザナギの残された刀をへし折り、その胸を穿つ。


「――私には迷いも、時間も残されていないのだから」


イザナギの血しぶきが海を赤く染め、引き抜かれた銀の刃が紅に輝いた。


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