言葉、託して(1)
お久しぶりです…。
「今日はここまでにしよっか」
オリカの一言でメアリーは息をついた。 頬を汗が伝い、疲労感が全身を襲う。
ぐったりとした様子で立ち上がり、自らがつい先ほどまで座していたリアライズを振り返り、思う事がある。
「あの、司令?」
「うん? なぁに?」
「あの……何だか、リアライズに誰かが干渉している気がするんです」
それは始めは微かな違和感だった。
リアライズという機械に接続している間、メアリーはその『直感』を極限まで研ぎ澄ませることが出来る。
その間、世界中でおきていることや世界中で発せられている『力』の源を感じることが出来る。
しかし、世界のどこにもメアリーの存在を感じることが出来るものはいない。 メアリーに『聞かれている』と自覚する事は誰にも出来ないのだ。
それが当たり前であるはずなのに、メアリーはいつしか自分以外の誰かがこの世界を見ているかのような、そんな感覚を覚え始める。
ここ数日の間にその違和感はどんどん日に増して強くなり、先ほどメアリーは確かに自分以外の誰かが直ぐ傍にいるかのような感覚を覚えたのだ。
「うーん……他にリアライズと同じような機械を持ってる人がいるってこと?」
「そうじゃなくて……メアリーも上手くはいえないですけど、ただ……」
「ただ?」
「ただ……なんていうか」
優しく聞き返すオリカから顔を逸らし、指先を口元に当て、メアリーは答えた。
「その人はずっと、メアリーたちの事を……この世界を見てきたんだろうなって、思います」
遠く離れた地、エルサイムの宮殿からルクレツィアは町を見下ろしていた。
暁の光に照らされ、甲冑姿の騎士は真紅の眩しさに目を細める。
「それで、世界は護られるのか?」
問いかける言葉は闇と共に光の帯へ消えた。
部屋の奥、真紅のソファの上に腰掛ける一人の女が、組んだ足を揺らしながら微かに微笑んだ。
「護る、という言葉が的確かどうかはわからないけどね。 ただボクは……そうしたほうがいいと思うだけで」
振り返るルクレツィアの視線の先、女は――――メルキオール・レンブラムは微笑んでいた。
その邪気のない笑顔を見てルクレツィアが感じるのは、何故か安堵ではなく不安だった。
しかしそれでももう後戻りは出来ない。 騎士であり王である事を決意した女は、暁を背に静かに息をついた。
「大丈夫だよ」
そんなルクレツィアに、メルキオールは笑いかける。
「ボクはね、ずうっと。 この世界のことを、見てきたんだからね――」
美しい天使のような、囁き声で……。
⇒言葉、託して(1)
「おっかえりぃ〜っ!! リイドくんっ!!」
「う、うわあっ!?」
宇宙ステーション『フロンティア』の調査を終え戻ってきたレーヴァテイン。 そのコックピットから降り立った瞬間、ユピテルはオリカの熱い抱擁を受けていた。
抱擁、というよりは飛びつかれたという表現が的確。 その凄まじい勢いを受け流す為、オリカを抱きとめると同時にその場でくるりと回って見せた。
「オリカ・スティングレイ……えっと、どうしたの?」
「どうしたの、っていうか……だってきみは『リイド・レンブラム』なんでしょ? だったらこうじゃないと変じゃない」
「そうなの?」
「どうして私に振るんですか? 私の知った事ではありませんから」
困ったようなユピテルの視線は縋るようにアイリスを捕らえていたが、腕を組んだアイリスはどこか不機嫌そうに視線をそらした。
暑苦しい宇宙用のパイロットスーツの胸元を大きく広げ、汗ばんだ身体に新しい空気を取り込むと、ようやく地上に帰ってきたという実感がわく。
深く息をつき、アイリスは重力下であるという当たり前であり最も偉大な幸福を味わっていた。 縛っていた髪を解き、無意識のうちに視線だけでユピテルを追っていた。
「オリカ、くっつきすぎじゃない?」
「いいのいいの〜! ん〜、ちゃんとリイドくんのにおいがする〜!」
「なんというか……犬みたいだね、きみは」
「わんわんっ!」
いつになく明るいオリカを見て、何やら不思議な感情がふつふつとアイリスの心の奥底から沸きあがろうとしていた。
気にしていないふりをしながらも、視線はちゃっかりと二人を追いかけている。 オリカは演技でああしているのだ。 そうだ、元々オリカ・スティングレイはああいう人間だった。 司令になったからといっていきなりリイドに対する態度が変化していてはおかしいから、周りをごまかす為にああしているのだ……。
繰り返しそんな言葉を頭の中で反芻してみるが、気持ちは落ち着かない。 どこかざわざわした思いが脳裏を駆け巡り、その場を離れるに離れられない。
「おい、オリカ……。 一応こっちは疲れてるんだ。 さっさと報告を済ませて休みたいんだが……」
その場で宇宙用スーツを脱ぎ去り、下着同様の格好になったエアリオの一言でオリカはようやくユピテルにしがみつくのをやめた。
「エアリオちゃん、ものすごい格好になってるけど、更衣室いかないの?」
「それまでがまんできない……。 こんな動きづらい服初めてだ……」
シャツでぱたぱたと胸元を仰ぎながら舌を出して暑がるエアリオ。 どこからか現れたエンリルがまるで従者のようにエアリオの服を着替えさせる。
「でもでも、エアリオちゃん、ちゃんと彼のこと観察してみた?」
「ん……? ゆぴて……リイドをか?」
そういわれてエアリオだけでなくアイリス、エンリルも同時にユピテルを見つめた。
「リイドマニアの私が言うんだから間違いないよ。 彼はねぇ、精神以外はもう完全にリイド・レンブラムそのっものだよ! 肌触りも〜、匂いも〜、リイドくんそのものなんだよ! う〜ん、長い間お預け食らっていたこの感触……しーあーわーせー」
「「「 ………… 」」」
一同は息を呑んだ。
確かにそれもそうだ。 当たり前だが、二人の存在は非常に非常に酷似している。 同じだと言っても過言ではないのだ。
そんな存在が目の前にいる。 少女たちはそれぞれ異なる関係をリイドと構築していたとはいえ、その誰もがリイドに『会いたい』という気持ちを抱いていた。
それが本物ではないにせよ、目の前にいるのである。 それをほうっておいて知らん振りしてしまって、本当によいものか?
「確かに、私もそう思います……。 以前、リイド・レンブラムと会った時に感じたものと全く同じものを彼から感じます」
エンリルの発言にエアリオとアイリスは顔を見合わせる。
しばらくじっと見詰め合った後、先に動いたのはエアリオだった。
「オ、オリカ……もういいだろ。 リイドのパートナーはわたしだ。 あとの面倒はわたしがみる」
「あっ!! ずるいよ! そんなこと言ったら私なんか司令官だもんねー! リイドくんはー、私が責任以って面倒見てあげるから!」
二人は笑いながらユピテルの腕を片方ずつ掴み、引っ張り合う。 間に入ったユピテルは困惑し、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「わたしはリイドと同じ屋根の下で暮らしてたんだぞ? おまえよりリイドにくわしいに決まってるだろ!」
「詳しさだったら私に勝るものはいないよ! リイド君の事を毎日毎日考えて生活する事はや十八年っ! 私以上にリイド君の事を想ってる人は存在しないよ〜〜〜〜!」
「生まれた瞬間から見てたわけないだろ!? わたしは毎日リイドに甲斐甲斐しく世話をしてもらってたぞ! あいつが選んだパートナーがわたしなんだっ!」
「そんなの関係ないもん! ないもんないもんないもんっ!! だって別世界じゃ私結構リイドくんといいところまでいってたんだよ!? 私が一番リイドくんと一緒にいるのが自然なの〜〜〜〜!」
「ばか! その結果どうなった!? 母親になってただろう!」
「お母さんでもいいもん近親相姦でもいいもんリイドくんが大好きなんだもーーーーん!」
「何が近親相姦だ!? そんなこといってるやつに任せられない! やっぱりわたしが面倒を見る!」
「エアリオちゃんだって何するかわかんないでしょ!? そもそも記憶喪失になってリイドくんを悲しませたくせに、虫がいいんじゃないの!?」
「昔の事をむしかえすな!! 毎日毎日リイドの事をストーキングしているような危ないやつよりはましだ!」
「エアリオちゃんだってリイドくんのこと監視してたじゃん!! その上スヴィアさんに流してたじゃん!!! スヴィアさんのことが好きだったんじゃないの!?」
「そ、それとこれとは話が別だぁっ!! とにかくリイドはわたしが〜〜〜〜っ!!!」
「やーーーーーだああ!! やだやだやだやだ! リイドくんと一緒にお昼ねすーーーるーーーのおおおおおーーーっ!!!」
「いい加減にしなさいっ!!」
格納庫に響いたアイリスの怒声に思わず場が静まり返った。
そんな中、馬鹿騒ぎについていけないと判断したのか、そそくさとその場を立ち去るゼクスがいた。 その後姿を見つめ、ユピテルは裏切られたような気持ちになっていた。
「二人ともいい加減にしてください。 それはあくまでもユピテル……リイド・レンブラムとは別物なんです。 私たちの憎むべき敵じゃないですか」
「う……それは……そうだけど」
「ぶー。 アイリスちゃんの石あたまー」
「シャラップ! とにかく離れてください。 はい、はい」
首根っこをアイリスにつかまれ、二人は唇をとんがらせたままユピテルから引っぺがされた。
ようやく開放されたユピテルはひっぱりに引っ張られた両腕をぐるぐる回しながら苦笑を浮かべていた。
「いやぁ、助かったよ……。 二人とも因子の力で腕力あがってるし、本当に腕が取れちゃうかと思った」
「あなたも最上神話級ならそれらしくもう少し毅然としていてください。 もう、女の人に強く出られないのは変わらないんですね……」
「うん?」
「なんでもありません! ともかく……」
目を閉じたまま、アイリスはユピテルの腕を掴み、ぐっと引き寄せた。
「……あ、貴女たちに任せていたらどうなることかわかりませんから、彼は私が面倒を見ます」
「「 ……え〜〜!? 」」
「……も、文句は受け付けません。 走りますよ、ユピテル!」
「あ、うん? でもボク、リイド・レンブラムってことになってるんじゃ」
「じゃあ行きますよ、リイド!」
「あーーーーっ!! こら、まてえっ!」
「……アイリスのやつ、まんまとやってくれたな」
ユピテルの手を引き、ぐんぐん遠ざかっていくアイリスの背中を見送りながら二人は残念そうにため息をもらした。
「ふふ……ふふふふっ」
「……何がおかしいんですか?」
手を繋いだままひたすらに廊下を駆け抜け、エレベータホールにたどり着く頃、ユピテルはアイリスを見て笑い始めた。
すかさず繋いでいた手を強引に振り解くと、アイリスは腕を組んで視線をそらす。
「いや。 リイド・レンブラムは、とても楽しい毎日を送っていたんだろうな、と思ってね」
「……彼は彼なりに色々大変なこともありましたからね。 全部が全部そうとも言えないと思うけど」
「そうなのかい? それでも今はきっと笑って過ごせる……なら、それは幸せな事だよ」
「……貴方がそんな事を言うんですか?」
言葉と態度は裏腹だった。 呆れたように苦笑を浮かべるアイリスの脳裏に、憎悪のような感情は存在しなかった。
無邪気に微笑むユピテルの表情から、悪意のようなものは何も感じられなかったから。
そうなってくると、だんだんと今までの自分の考え方の方が間違えていたような気がしてくる。 しかしそれを認める事は出来なかった。
ユピテルは悪しき存在ではない……そんな定義の線を引いてしまえば、そこから何かが壊れてしまうような気がしたのである。
「わかっているよ。 きみは判り易いな、本当に」
両手をポケットに突っ込むと、ユピテルは憎らしい笑顔を浮かべてアイリスの傍らを通り過ぎる。
そっと、唇を耳元に寄せ、小さく囁きながら。
「ボクはきみの仇……その事を、忘れちゃいけないよ」
「……」
振り返ったアイリスだったが、ついに視線はユピテルの表情を捉える事はなかった。
飄々と歩き去るその後ろ姿を見送り、無言で少女は壁に頭をぶつけた。
「――――以上が、ぼくらがフロンティアで知った事を全てです」
報告書を片手にゼクスが告げた一言は静かに会議室に響き渡った。
そこには重要な人物はあらかた揃っていた。 しかし、集まったのはジェネシス上役などではなく、運用本部のメンバーだった。
薄暗い会議室の中、響いた言葉に誰もが言葉を失っていた。 ゼクスがタナトスで録画していた映像などを実際に目にしても尚、まだ信じ難いものがある。
フロンティア探索終了から四時間が経過していた。 探査隊メンバーも既に着替えを終え、ジェネシスの制服を着用している。
その僅かな時間の間に急いで纏め上げた報告書には、彼らがフロンティアで知った事実が全て記されていた。
報告を終えるとゼクスは一礼し席に着く。 オリカは腕を組んだまま目を閉じ報告を聞いていたが、全てを聞き終え瞼を開いた。
「そっか……大変だったね。 みんなご苦労様」
「……まさかな。 二年前にはこのようなことになることは想像もしていなかった」
カロードのため息交じりの言葉。 誰もがなんと声を上げていいものか、悩んでいた。
「――そろそろ、皆にも教えておいた方がいいかな」
席を立つオリカに視線が収束する。 円卓をぐるりと囲んだ一同を見渡し、オリカは語り始めた。
「実は私は、前から知ってたの。 この世界を滅ぼそうとしているのが神ではなく人間であると言う事も、約束の場所の事もね」
「……わたしもだ。 はっきり思い出したのは、ついこの間だが……。 わたしには因果を見る力が、そしてオリカには異世界から流出してきた記憶がある。 エデンの事を知らないはずがなかったんだ」
「ちょ、ちょっと!? あたしたちはそんなのぜんぜん知らなかったわよ!? スヴィアも、サマエルだってそんなこと一言も口にしてなかったじゃない! ラグナロクだったあたしたちが知らない事がこの世界にあるなんて……」
「知らなかったのはお前だけだ。 僕はイヴの事も、アダムの事も知っていた」
「……お兄様……!?」
「お前にとってはただの憎しみの対象となる言葉でしかなかったかもしれんが……僕はサマエルの計画に加担しようと考えていた事がある人間だ。 概要だけだが、二つの存在について語られた事はある」
アダムとイヴとは、ユピテル同様最上神話級をを名乗るにふさわしい能力を持つ『神』である。
神でありながら人の姿を成し、人と同じ感情を持ち、そして人と同じ生涯を送る事が出来る。
二つの存在が持つ力はそれぞれ異なる。 『イヴ』の持つ力は、『歌声』。
絶対命令権――。 神の軍団に対して、命令を下す事が出来る力。 本来ならばイヴとは、神々を操り人を滅ぼす為の司令官に他ならないのである。
「サマエルは二年前、イヴを手にしようとしていた。 イヴには因果を見通す能力だけではなく、声により神を跪かせる力を持っている。 その力をあの男は欲していたのだろう」
「『イヴ』を手に入れようとしたのは、ラグナロクだけではありませんでした……。 私のように、ジェネシスの実験で生み出された『イヴ』の模造品も存在します……」
フロンティアで進められていたイヴの模造計画。 それは地上へと持ち帰られ、引き継がれた研究の成果として生み出されたのがエンリル・ウイリオ……スヴィアが連れていた少女だった。
「いわば、私は始まりにして終わりの人造人間――。 月での研究、そして地球に引き継がれた技術により、ジェネシスが生み出した化物です」
かつてジェネシスは、神々に対する有効な戦力を持たなかった。
スヴィア・レンブラムの登場より以前、それらに対抗する手段として絶対命令権を持つイヴを模造しようとした計画があった。
神への絶対命令権を人間が手にする……それは、神の打倒に他ならない。 それを踏み越え頭蓋を踏みつけ、命令を下す絶対なる人の守護者。 そんな女神を夢見て、ジェネシスはイヴを作った。
「それが『ジェネシス』と呼ばれる組織の所以……。 神話を創りし者の住まう場所……」
仮に神の力を悠々と振りかざす事が可能になったとしたならば、それは世界の掌握と同義。 先代のジェネシス社長であるゴウゾウ・シンリュウジはそれを夢見てフロンティアの研究を引き継いでいた。
「そう、ジェネシスはフロンティアの研究に貢献していたんです……。 そして生き残った研究員を吸収し、より巨大な企業へと成長した」
その時に吸収された多くの研究者の中に、その男の名前も存在していたのだ。
「サマエル・ルヴェール……。 彼は、宇宙での研究を地上に引き継いだ。 そして彼は、命を持ったイヴを作る事に成功した」
フロンティアでのイヴ量産計画には致命的な欠点があった。
天使の素体を元に生み出すイヴ・バイオニクルは培養カプセルの外に出すと数時間で死滅してしまう上、意志を持って声を出す事が出来なかった。
単純な『音』そのものに神を行使する能力はない。 旋律とすることで、ようやく効果を発揮する。
呪文、と言えばわかりやすいだろうか? 『詠唱』する事によって初めてそれは意味を成すのだ。
しかし、宇宙で作ったイヴ・バイオニクルは謳う事の出来ない欠陥品だった。 地上に降りたサマエルは研究を続け、完全なイヴ・バイオニクルを目指した。
「その結果生み出されたのが私……エンリル・ウイリオです。 私が意志を持つ事が出来たのは……決して偶然などではありませんでした」
エンリルがカロードやエリザベスのようなバイオニクルとは大きく異なる点が二つある。
まず、能力の差。 エンリルには不完全ながらも旋律を発する事が出来た。 しかし著しく情緒に欠けるため、感情的な音を奏でることが出来ず、神を従わせる完全なる兵器としては不完全であった。
しかしながら、限定的とは言え因果を見通す能力をも所持し、限りなくオリジナルイヴに近い存在であると言える。
カロードやエリザベスのようなバイオニクルは肉体強化、兵器適正を特化させたものであり、このオリジナルに順ずる能力を有していない。
次に製造方法である。 カロードやエリザベスは、『どこかの誰かの身体』にユグドラ因子を定着させ、肉体構造を改良したものである。 しかし、エンリルの身体は完全にそれとは異なるもので出来ている。
「私の身体は、木で出来ています」
自らの胸に手をあて、エンリルの呟いた言葉に誰もが目を丸くした。
「な……にが? 何言ってんの……? だってあんた、ちゃんと生きて……、」
「違うんです、エリザベスさん。 私は皆さんとは、違うんです」
首を横に振り笑うエンリル。 その身体には沢山の傷が刻まれている。
彼女の身体は元から人などではない。 人の身に神秘の力は宿らない事を、サマエルは知っていたのである。
故に彼が取った方法は、アーティフェクタと同じだった。
「ユグドラシルから特殊な方法で切り出した木材をベースに作られた生きた人形……それが私です」
ユグドラ因子は『意志』を司る回路でもある。
そこにコピーされたイヴのフォゾンパターンを木材の人形に埋め込み、培養液につける。
様々な難しい調整が必要とはいえ、やった事と言えばそれだけだった。
レーヴァテインに植えつけられたユグドラシルは、やがて材質と形を変え、レーヴァの肉体になじんでいく。
それはレーヴァテインを初めとする様々なアーティフェクタは、『本来あるべき姿』を魂とも言えるコア……ユグドラ因子に記録しているから。
故に彼らはフォゾンを取り込めば元通りに修正し、ユグドラ因子という命の塊を取り込むことで蘇生する事が出来る。
コアさえあれば何度でも、何度でも。 そんな化物のような存在と、エンリルは同等の命を持っていた。
「でも私は完全じゃなかった。 だから捨てられてしまったんです……。 それに、地上のユグドラシルには本物のイヴがいましたから。 でも、イヴは本当は目覚めないはずだった」
それが、アダムの存在に関わってくる事になる。
そしてそれを見越した上で、スヴィア・レンブラムは異世界からやってきて、そしてエアリオと共に在ったのだ。
「イヴを目覚めさせる方法は一つだけだ」
黙り込んでいたエアリオは、ゆっくりと顔を上げた。
「イヴは単体では目覚めない。 目覚めさせるおまじないは――――アダムの、口付けだ」
ゆっくりと、何かの歯車が動き出す音が聞こえる。
遥か彼方、天空の向こう側で、世界を見つめる誰かが微笑んでいた。