表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/57

流星、輪舞曲(4)


巨大な爆発による炎は吹き荒れ、エアリオ・ウイリオたちを吹き飛ばしていく。


「何だっ!?」


ゼクスをつれその場を立ち去ろうとしていたエアリオが振り返ると、崩れた外壁から一気に吹き抜けていく空気が生み出す強風に煽られ、思わず体勢を崩しそうになる。

出入り口付近の手すりに手を伸ばし、しがみつく。 宇宙空間へと吹き出る風はしばらくすると止む。 フロンティアの管理AIであるフラロージュが外壁の応急封鎖を行い、酸素の放出量を調整するのに数分しか要さなかった。

とはいえ壁が完全にふさがるわけではない。 相変わらず空気は抜け続けている状態であり手早く脱出しなければならないのは変わりなかったのだが、エアリオにはそうも行かない理由があった。

宇宙用の装備のおかげで完全な無酸素状態でもある程度は活動が可能だ。 で、あれば目前に迫った男に対して質問くらいせねば割に合わないだろう。


「よお、お前が本物オリジン……イヴってやつか?」


「……キリデラ!? おまえ、なんでここに……っ!?」


そこで機銃を携えた迷彩服の男にエアリオは見覚えがあった。

羅業事件を引き起こした元凶である男。 非常に細く、しかししっかりと筋肉のついた無駄のない体躯。 鍛え上げられた肉体と経験に対する自身に満ち溢れた瞳。 蓄えた、というよりは面倒で剃らなかったのであろう伸びた髭。

いるはずもないと思っていた自分たち以外の人間が目の前に……しかも、よりによってキリデラが目の前に現れ、エアリオは動揺を隠せなかった。 しかしそんなエアリオとは対照的にキリデラのほうは特に銃を構えるでもなく、欠伸をしながら退屈そうにのんびりとした様子でエアリオを見下ろしている。


「……俺様はなぁ、イヴ。 もう降りたんだよ」


「…………は?」


思い切り怪訝な表情を浮かべるエアリオ。 キリデラの様子はあっけらかんとしすぎていて、敵意の欠片さえ感じられない。


「てめぇが俺様に新しい世界を見せてくれるかと思ったが……どうもそうでもなかったらしいな。 でも羅業の時は楽しかったなぁ! てめーを拉致っといて正解だったぜ」


けらけらと笑うキリデラを見て、むしろエアリオはおぞましさを感じていた。

何故なのか。 どうしてこうまで『なんともない』のか。 あの戦いでキリデラは部下を失い沢山の仲間を殺し、ジェネシスと東方連合の関係を悪化させただけではなく自らの帰る場所さえ失ったというのに。

まるで、遊びに行った帰り道、子供が無邪気にはしゃぎながらその日の出来事を振り返るかのように、キリデラは生き生きとしていた。

無論、そんなものは正常ではない。 そしてキリデラを目前に据えた今、確信する。

あの事件をキリデラは悪意で引き起こしたのではない。 そんな感情は、キリデラには存在しないのだ。

じりじりと後退した。 関わると良くない事になることだけはエアリオにもわかる。 しかしキリデラの背後から飛来した――壁に大穴をぶち空けた存在に、エアリオはその時ようやく気づいたのだ。

黒い闇を背に、最初からそこに跪いていた。 何故それほどまでに巨大なものに目がいかなかったのかと問いかければ、エアリオ自身が首を傾げることだろう。

だが、キリデラ。 その男は巨大な存在に匹敵するほど危険であり、エアリオの目を引く存在だったのだ。


「……なんだ、それは。 まさか……、」


「アーティフェクタ――――お前らは、そう呼ぶんだってな?」


人型の機械神。 四つの瞳をぎらぎらと輝かせながら、そのアーティフェクタはエアリオを見つめていた、

深緑のカラーリング。 背中に翼はなく、頭部からケーブル状に延びた八本のユニットが生きているかのように揺らめいていた。

レーヴァテインともエクスカリバーともトライデントとも異なる、より生物的なデザイン。 エアリオがそれを見た瞬間感じたのは、『龍』のイメージだった。


「紹介するぜ。 俺様のアーティフェクタ――――『オロチ』だ」


楽しそうに語るキリデラを見て戦慄する。


どこかで棺の開く音がした。




⇒流星、輪舞曲(4)




棺は、月のユグドラシルより放たれた。


それは意味もなく、目的もなく、ただ放り出されたわけではない。

明確な意味と目的を持って、完全なる理由を有して現れたのだ。

そしてそのうちの一つ、棺に眠りし『月のアーティフェクタ』、オロチは目を覚ました。

彼がやってきたのはフロンティアの研究ブロックだった。 上記の通り、オロチは意味もなくそこを目指したわけではない。

地上のアーティフェクタは三機。 何の為に存在していたのか、それを覚えているだろうか。

レーヴァテイン、トライデント、エクスカリバー。 神の刃の名を持つ三つの機神は地上のユグドラシルを守る守護者だった。

そして月に同様のものが存在するとして、そこに同様に三機のアーティフェクタが眠っていたとして何のおかしなことがあるのか。

月のアダムと地球のイヴ。 二つの存在をそれぞれ守る為に存在する彼らは、この世の真実の法則に法り活動している。

オロチその例外ではない。 そしてオロチは運命に導かれるように、自らの主と出会っただけの話であった。

そしてその事を、ユピテルは無論知っていた。 これから先この世界にどんな危機が訪れるのか、そんな事はとうの昔に理解している。

通路を急ぐアイリスの背中を見つめながら、ユピテルは目を細めた。 月のアーティフェクタの目覚め。 それは、物語が最終段階に移行した事を示している。

ユピテルという少年は、長い時間の中で数々の世界を渡り、多くの知識を吸収している。 故にこの状況は容易に想定できるものだった。

だからこそ落ち着いているし、事前に準備も怠らなかった。 しかし、彼の興味はアイリスがどのような行動に出るのか……その一点に集約している。


「どこに行くんだい、アイリス? そっちは爆発のあったエリアとは逆だよ」


「一度格納庫に戻ってヘイムダルで向かった方が早いわ!」


正論である。 しかしユピテルはポケットに手を突っ込んだまま無重力な通路にふわふわと浮いていた。


「……ユピテル!?」


「行くなら勝手にどうぞ。 ボクは……あれと戦うわけにはいかないし」


「……ああ、そうっ! 貴方なんかいなくても何も問題はないわ! そうよね、馬鹿みたい……何を考えているんでしょうね、私はっ!」


思い切り怒鳴りつけると、アイリスはその場を後にした。 心のどこかでユピテルを頼りに思っている自分がいることを、改めて実感したのだ。

それがまた気に入らない。 だからこそ、逆に意固地になりユピテルの力は頼らないようにと思うのは無理もないことだった。

そんな性格である事をユピテルは理解している。 しかし、それでは間に合わない――。


「どうしたものかな、ボクは」




「どうするんだ、イヴ? この状況で」


そんな事はエアリオにも当然わからなかった。

エアリオは徒手空拳。 それに対して相手はアーティフェクタである。 それこそ勝ち目なんてものは皆無。 戦う選択はない。

しかし、逃げ出す事をキリデラが良しとするとは思えなかった。 それにエアリオは気絶したゼクスを背負った状態であり、機敏に動く事は出来ない。

さて、どうしたものか。 必死で打開策を考えてみるものの八方塞でありどうにもならない。 アイリスの助けが来る事は勿論信じているが、確実に間に合うとも限らない。


「おまえこそ、どうやってここに来たんだ? 通常の機体では宇宙には来られないし、シャトルなんてあっても保持している国はおまえを信用しないだろう」


故に、当然結果は苦し紛れの時間稼ぎとなった。

しかしキリデラは予想以上にエアリオとの会話に食いつき、楽しそうに返答する。


「別にどこでもいいだろ? ま、俺の雇い主がそれだけの技術力と資金、それにやばい思想の持ち主だって事だ」


当然だが、今の世界で宇宙は非常に危険な場所だとされている。

つい数年前までは神々に対抗する手段さえ満足に保有しなかった人類が宇宙……敵の領域にまで手を伸ばす事は無謀だとされてきた。

故に、ジェネシスのカタパルトエレベータは異例の存在だったと言える。 カタパルトエレベータ自体、レーヴァテインがあったからこそ使えたものであり、宇宙空間に人が手を伸ばす為に十分な足がかりと呼ぶには苦しいものがあるだろう。

常識的に考え、宇宙は遠いのだ。 フォゾン技術が蔓延し、人の活動の場は果てしなく広がったはずだが、神々の襲撃により人類の多くは死滅。 都市も当然壊滅し、シャトルの打ち上げ施設などは殆ど残されていない。

残っているものでも保有しているのはジェネシス、SIC、東方連合が持っているかどうかというくらいであり、そうほいほいとどこからでも宇宙にいけるわけではない今、キリデラのバックには巨大な組織が存在していると見てまず間違いはない。

思えば当然の事だ。 特殊な腕前の人物が集められた独立部隊の隊長だったからといって、羅業を奪って使うなどということが成功するはずもない。 そもそも研究者でも科学者でもないキリデラに羅業の動かし方がわかったという事が不思議なのである。

当然、それは東方連合内部にキリデラと通じていたものが存在したということ、そして誰かがキリデラに羅業を動かすすべを授けたということになる。

そのバックスポンサーこそが今回キリデラを宇宙へ……いや、『アーティフェクタ回収』に向かわせたのだろう。


「ま、アーティフェクタには前々から興味があったからな。 『くれる』っていうなら、『ありがたく頂戴』するまでだぜ」


「アーティフェクタを使って何を企んでいるんだ、キリデラ」


「何も?」


それはごく自然な返答だった。 故に全く虚偽は含まれていない。

キリデラという男は、きっとそのままただ普通にしているだけならばとんでもなく気持ちのいい素直な男なのだろう。

ただその思いの矛先が間違った方向に向いていたとしても、キリデラは迷う事無くそれを貫き通すという非常に強い自我を持つというだけで。


「俺様はな、イヴ。 この世界も、人間も神様もどうでもいい。 ど〜〜〜でもいいんだよ。 わかるか? どうでもいいんだ。 ただ俺様は、自分が強いって、生きてるって実感したいだけだ。 んで、こんなワクワクする特別製のオモチャをくれるってんだから、まあ言う事聞いて戦ってやってもいいかな? ってえくらいなもんで、別に目的も意味も意義も理由もねぇよ」


「……ばかげてる。 おまえは自分が手にした力の責任を理解していない」


「力に責任があったか?」


それはエアリオを黙らせてしまうほど威力のあるキリデラの本心だった。


「いつ『力』が暴走した? 『力』に善悪なんてねえ。 ただ『力』は『力』だ。 強い力、弱い力……それら一つ一つに意味なんてねぇ。 ましてやそれを扱う人間程度の存在に、正義も悪もねえ。 そんなものはただのスタンスの問題だ。 戦争してりゃ、どっちにも正義はある。 どっちにも悪はある。 見方をかえりゃどっちも悪であり正義だ。 人の世は移ろい続けるもので真実も確かなものもなにもない。 あるのはただ純粋に『力』と『意志』だけだ」


両手を広げ、高らかに笑う。


「もっとシンプルに考えるんだな、嬢ちゃん! 世界なんてものはただのステージだ! 善悪なんてものはただの演出だ! あるのは力と俺! それだけだろうがよっ!!」


狂っているわけではなく、正気。

馬鹿馬鹿しさを突き詰め極めたのなら、そこまでたどり着けるのかもしれない。

キリデラは何も憎んではいないし何も望んではいない。 ただ自分を満たすかもしれないものを試してみたい……その程度にしか考えていないのだ。

エアリオはそれが恐ろしかった。 悪意でも善意でもなく膨大な力をただ振りかざすだけの人間――そんな異常な存在が何をもたらすのか、想像もつかない。

キリデラにオロチを渡してはならない。 エアリオの決意は固まった。 ゼクスを降ろし、ワイヤーで壁に固定すると一歩前に出た。


「おまえには大事なものも何もないんだろうな」


そして強く睨みつける。 しかしその視線に込めるのは怒りでも憎しみでもなく、哀れみだった。


「わたしの事を大事だと言ってくれた人がいた。 わたしをパートナーだと言ってくれた人がいた。 わたしを友達だと言ってくれた人がいた」


「それがどうした」


「それが『世界』だ」


手を振りかざし、強く振り下ろす。


「それがわたしの『世界』だよ、キリデラ。 善悪も力も関係ない……それはそうだ。 そんなものなくても人は生きていける。 大義を振り翳さなければ前に進めないのはただの『弱さ』だ。 そんなものわたしにはいらない」


それはいわば、冷たい炎。

蒼く心に灯った静かに燃え続ける、意志という名の炎。

その炎は一度は吹き消され、全てを忘れ逃げ出そうとまで考えた。

裏切りや敵意、後悔や悲しみ――。 数え切れない人間を取り巻く心の多くが存在し、そして人は時に歩みを止める。

沢山の想いが、『それでいいのか』という自問自答が、時に道を見失わせるのだ。

しかしそれでも、目を閉じた時瞼に浮かぶ誰かの背中が、自分を導こうと前を進む誰かの背中を、少女は覚えている。

それはいつでも目の前にあった。 当たり前みたいにそこにあって、目覚めれば『おはよう』が、眠る時には『おやすみ』があった。

悲しい時には傍にいて共に涙を流し、そして裏切ってしまった自分の手を取り走ってくれた。

そのお礼を。 傷つけてしまった心に謝罪を。 そして今、そんな自分を受け入れてくれた人々に感謝を。

まだ、何も告げていない。 そして今、強く思うのだ。

キリデラの言う事に、エアリオは共感している。

自分さえよければそれでいい。 それはとてもシンプルで誰もが当然のように思うことだ。

そんなことは思わない、なんて人はいない。 そんなことは誰にもいえない。 当たり前なのだ。 それが本能というものなのだ。

それでも何かを犠牲にして、自分の身を削って、守りたいと思うものがあるからこそ人は美しい。

過ちや醜さを踏破したその先に見る新たな景色。


難しい言葉で彩る事もない。 とても単純なことだ。


「わたしは、わたしの為にここにいる」


これ以上、悲しみを産まないために。


「おまえはここで、わたしが止める」


その時、エアリオがとった行動にキリデラは目を丸くした。

自らの胸に片手を当て、静かに息を吸い込む。 残り少ない酸素の中、エアリオはヘルメットを外し、無重力に近づいた空間の中、銀色の髪を舞わせる。

それは、『歌』だった。 とても静かで、しかし力強い。 神々しく響き渡る、神の歌。

異変は直ぐに訪れた。 状況を静観していたオロチが何か凄まじい力に押しつぶされるかのように、その場にひれ伏していくのである。


「何だ!? てめえっ、何しやがった!?」


黄金の瞳がキリデラを射抜く。

羅業に乗り、エアリオに記憶が戻った時、彼女は長い間封印していた自分自身の力を取り戻していた。

エアリオ・ウイリオ。 エデンの女神であり、始まりの神。 全ての神々の頂点に君臨する、彼女こそ『女王』なのである。

それがどんなものであれ、生けとし生ける者、それが神なら当然のように、エアリオの意志に逆らう事は出来ない。


「くそっ! イヴの力がこれほど厄介とはな……だがっ!!」


「っ!?」


エアリオの歌声の支配に徐々にオロチは抵抗の意志を見せ始める。 と同時にオロチのコックピットに向かったキリデラを見つめ、エアリオは歌を止めないままに焦っていた。

神々とはいえ、オロチは最上級の神、月に眠るアダムの守護者であるアーティフェクタだ。 つまり、アダムの近衛であるオロチに、イヴの絶対命令は最高の効果をもたらさないのだ。

故に所詮足止め程度。 エアリオは声をいっそう大きくし、美しい歌を奏でる。

その歌を耳にして目を覚ましたゼクスはエアリオの背中を見て、確かに目撃したのだ。


「……銀色の、翼?」


うっすらと空間に浮かび上がる、フォゾンによって構築される光の翼。

それは厳密には歌ではなく、天使や神が行う、フォゾン波の放出である。

フォゾンを糧とする存在にのみ通用する、指向性の音波攻撃。

人間もフォゾンを糧とするもの。 膨大な波動に当てられれば時に錯乱症状に陥るどころか、全身の細胞がはじけとび死に至る事も在る。

しかしエアリオはそれを必死でコントロールしていた。 フォゾン生命体である神にのみ響くように、歌を調節していたのだ。


「ちっ!!オロチ、歌を止めろッ!!!」


オロチに乗り込んだキリデラの声によりオロチは一瞬、完全にエアリオの支配から逃れてしまう。 直接命令を下す自らの主の声は、エアリオの歌よりも早く届いたのだ。

背中から伸びた八本のウィング、そのうち一つがエアリオ目掛けて放たれる。 先端部からは二又の刃が突き出し、鋭い牙のように大地を貫きながらエアリオに迫る。


「くっ!」


目前まで牙が迫った瞬間、エアリオの後方頭上から飛んできた真紅の光が牙を弾き飛ばした。


「エアリオォオオオッ!!」


「ヘイムダル……アイリスかっ!?」


研究ブロックに内側から突っ込んできたヘイムダルはそのままオロチに掴みかかると、壁をぶち抜き宇宙空間に向かって突き進んでいく。

その暴風にエアリオが吹き飛ばされそうになった時、小さな手がエアリオの足を掴んでいた。


「エアリオさん…! 捕まって!」


「ゼクス……! すまん、引っ張ってくれ!」


ゼクスの手を取り、何とか出入り口から脱出するエアリオ。

研究ブロックを突き抜け宇宙空間に飛び出した二機は何度か激突を繰り返し、フロンティアの周囲を回転する慣性輪の周囲で停止した。


「なんだぁテメェ……? たかだか量産機の分際で俺様とやりあうつもりか?」


「キリデラッ! 貴方はまた……あんな事を繰り返すつもりですか!?」


「さぁね!! ひゃははははっ!!」


オロチが振りかざした掌。 それを合図とするように背後から八つの牙がヘイムダルに迫る。

四方八方から迫り来る牙は何度も軌道を変え、まるでそれぞれが意志を持つかのようにヘイムダルを追尾していく。


「きゃあああっ!?」


決してよけきれるような攻撃ではない。 何度も何度も牙に弾き飛ばされ、損傷を繰り返すヘイムダル。 凄まじい衝撃と警告音の中、顔を上げるアイリスが見たのは闇の中に浮かぶ荒れ狂う神の姿だった。

アーティフェクタ。 それは常に人類の味方として存在していたものであり、敵対した経験などアイリスにはない。 装甲を厚く構えたアイリスのヘイムダルでさえ一瞬で破壊できるほどの力……しかしまだ五体満足でいられるのは、キリデラが遊んでいるからなのだろう。


「流石はアーティフェクタだ。 最高の乗り心地だぜ」


「っ……! 貴方はどうしてアーティフェクタに!? 貴方はなんなんですか!?」


そう、アーティフェクタは二人一組で乗るもの。 通常ならば、だ。

それは何故か? 一人ではアーティフェクタ自体が持つ意志にパイロットの意志が飲み込まれ、暴走した挙句急激なフォゾン化により死亡するからである。

しかしオロチは違った。 オロチに『コックピット』などというものは存在しない。 ただコアにキリデラが取り込まれた状態にあるのである。

生身の人間ならばそれさえも不可能なことだ。 しかしキリデラは不可解な事にそれを成し遂げていた。

つまりそう、キリデラは今最悪の脅威となったのである。


「このっ!! ギャラルホルン!!」


刀剣状態に変形し、カートリッジをリロードする。

牙の動きをよけるのではなく、致命傷にならない部分で受け流し、光の刃を振り上げる。


「キリデラアアアアアアアッ!!」


「ははははははっ!!」


振り下ろした長大な刃。 羅業さえ一撃で切り伏せる威力を持つ一撃を、オロチは片手で受け止めていた。


「どしたどしたアッ!? ぬるい、ぬるすぎるぜ!!」


「ならばっ!!」


一発、二発、三発。 さらに追加で弾薬を装填し、繰り返しリロードする。

その度に光の刃の出力は増幅し、破壊の衝撃は増幅していく。


「ぬ……っははあ!! 流石に片手じゃ……受けきれねぇなあああああっ!!」


両手で光の刃を掴みあげると、あろうことかオロチは素手のままフォゾンの刃を押し返し始める。


「そんな……そんなことって……! ここまで違うものなの……? アーティフェクタは!」


「俺、最強ぉおおおおおっ!!!」


ギャラルホルンを完全に押し返すと同時に八本の牙で同時にアイリス機を貫き、延々と伸び続ける牙に圧し飛ばされ、ヘイムダルはフロンティアの外壁に釘付けにされてしまった。

手足を牙に貫かれ、身動きも取れないヘイムダル。 コックピットの中でアイリスは必死で操作を繰り返しながらダメージコントロールを行っていた。


「お願いヘイムダル……! 動いて! あれをキリデラに渡しちゃいけないの!!」


しかし、いくら動かそうとも全身が悲鳴を上げているヘイムダルに出来る事はなかった。

念の為補足するが、アイリスは決して弱くはない。 ヘイムダルカスタムも強化を繰り返され、これ以上ないほど量産機としては破格の性能に練り上げられている。

だが。 それでも。 そうまでしても。

遠すぎる。 遠い存在なのだ。 アーティフェクタは。

人の手では作り出せない神。 圧倒的過ぎる神。 それはなぜなら、神を倒す為の神。

存在の定義が破壊ならばそこに匹敵するには全てをかなぐり捨てねばならない。 何もないからこそ強い――それが、キリデラという男の強さの形だった。


「羅業の時はちょっとだけお前の事をすげぇと思ったし、今もそうだ。 たった一人でアーティフェクタに突っ込んでくるその馬鹿さは嫌いじゃないぜ?」


「貴方に好かれても意味はありませんよ……!」


「命乞いはしねえのか?」


「だったら首をつった方がマシです」


「いい女だ! だったら往生しなあああっ!!!」



蒼い閃光が、数え切れない程の光が、雨のように降り注いだ。



銀色の光を放ち、暗い闇を切り裂いて飛来する魔剣。 咄嗟に反応したオロチは牙をヘイムダルから抜き去り、光の雨を薙ぎ払う。


流転の弓矢ユウフラテス――――オーバードライブ」


宙に浮かぶ神々しいシルエット。 レーヴァテイン=マルドゥークが構える弓矢は形状を変え、まるで巨大な槍のような矢を引く。


「『約束』だからね」


コックピットの中、少年が微笑んだ。


「きみは、ボクが守る」


放たれた一撃は光よりも早くオロチに向かっていく。

回避は容易。 しかし、よけたオロチ目掛け、空間で反転する矢。 エアリオの予測能力により、オロチがどこによけるのかは全て検討がつけられている。


「ちいっ!? オロチ、かわしきれ!!」


次々とマルドゥークから放たれる光の矢が降り注ぐ中、それでもオロチは想像を絶する動きでそれを回避し続ける。

それでも尚、容赦なくマルドゥークは矢を放ち続ける。 その数はあっという間に三桁にまで増幅し、空を埋め尽くさんばかりの勢いでオロチに迫る。


「アホか!? こんなん全部、よけられるわけねぇ〜〜〜だろっ!?」


数百の矢がオロチに直撃する。 目がくらむような爆発の中から飛び出したオロチはぼろぼろになり、装甲の表面を凍結させながらもまだ原型を残していた。


「ふー……。 なんだその化物は……あ? ったく、流石にここはトンズラさせてもらうぜ」


「待ちなさい!!」


「待てといわれて待つ馬鹿がどこにいるんだよ? じゃあな、ジェネシス諸君!!」


地球に向かって落ちていくオロチの流星のような姿を見送り、一同は深く息をついた。


「無事かい? アイリス」


「……別に、助けてほしいなんて頼んでませんっ」


手を差し伸べるレーヴァテイン。 その腕を何とか取り、ヘイムダルは宙に浮かぶ。


「棺の中身はアーティフェクタ……ついでにそれはキリデラに奪われた、か。 なんだか厄介なことになったな」


エアリオの一言に誰も反応は示さなかった。 アイリスは自分がフロンティアで知ってしまった事実を脳内で反芻しながら、静かに顔を上げた。

目前に浮かぶ蒼い星は、何もアイリスに語ろうとはしない。 しかし、それが本当は美しいもので、醜いのはきっとその地上に生きるものたちだけなのだろうと思う。

いや、それも欺瞞だろう。

きっとこの世界で間違いを犯すのは。


きっと、人間だけなのだから。


「少し、話したい事が出来ました」


アイリスの声に誰もが耳を済ませる。


「聞いて、もらえますか?」


地球の重力に惹かれぬように、機体はゆっくりとフロンティアに戻っていく。

輝く星を、バックグラウンドにしながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ