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流星、輪舞曲(3)


「これが、『フロンティア』――――」


それは、本来ならば人類の夢を叶える第一歩となるはずの場所だった。

闇に浮かぶ銀色の箱。 今も周囲を回転し続ける制御輪に囲まれ、フロンティアの機能は健在だった。


「こちらタナトス。 予定通りメインゲートにドッキング成功。 開錠します」


ふわふわと、無重力の中を漂う三つの機体。 漆黒の機体がマニピュレータで扉を開放し、重苦しいはずのそれは音もなく開いていった。

コンソールを操作するエアリオは眉をしかめる。 不思議な事に、フロンティア周囲には強力な電波障害が発生しており、通信が途絶しそうになっていたからである。

レーヴァテインに装備されている通信機器も所詮は後付のものであり、それ自体は他の機体のものとかわらない。 ユピテルもそれにすぐ気づき、タナトスとヘイムダルにそれぞれ通信用のアンカーを打ち込んだ。


「ここからは有線通信に切り替えてくれ。 強力な電波障害が発生している。 管制室、応答願います」


エアリオの呼びかけに応えはなかった。 小さくため息を漏らし、状況記録用のレコーダーを起動する。

細かくバーニアを噴出し機体制御を行い、ヘイムダルも二機に続いて移動するものの、やはりなれない宇宙空間のせいかアイリスは困惑気味だった。


「通信途絶状態で有線で移動ですか……。 厄介ですね」


「愚痴るな。 気密扉の中に入ったら気圧の再調整を行う。 以後マニュアル通りに」


「了解」


ゼクスとアイリスの声が重なる。 三つの機体がステーションに格納され、漂いながら格納庫に到着する。

フロンティアはいくつかのブロックにわかれた宇宙ステーションである。 資材や宇宙船などのドックを始め、観測施設、研究施設、さらには居住区が存在する。

今のところどの部分に『棺』が落下したのかは明白ではなく、巨大な機体のままで移動するわけにも行かないため、一同は格納庫に機体を固定しコックピットから出る事にした。

尤も、巨大な人型兵器を格納するようなつくりにはなっていないため、殆ど乗り離したような状態だったが。

上下左右の感覚のない無重力空間ではあったが、『下』方向へ働く力は存在する。 重力は限りなくゼロに近く地球上とは比べ物にならなかったが、時間をかけることで床に下りることが出来た。


「一応重力は存在するんですね」


「データによると、ここは元々はきちんとした重力が存在するブロックだったようだが、今はきちんと機能していないようだな。 通路まで出ればリフトが存在するはずだから、そこまで我慢だ」


エアリオとアイリスがそうして会話を交わしている間にもゼクスは周囲を調べていた。

壊れたコンピュータを漁ってみたり、残された資材を覗いてみたりするものの、これといって異常は見当たらない。 勿論使い物にはならないが、めちゃくちゃに破壊されているわけではなかった。


「とりあえず奥まで行くんでしょ? ここにいてもしょうがないし」


ユピテルの提案に従い、四人とも通路に出る事にした。

通路は完全に重力が存在しない空間だったが、壁に埋め込まれたベルトコンベアとそこに取り付けられた手すりに捕まることで快適に移動する事が出来た。


「それにしても、ちゃんと動いているのが不思議ですね……。 天使たちはここを攻撃しなかったんでしょうか」


移民計画テラフォーミングの月面施設もシャトルも調査団も何一つ残っていないというのが通説ですが、この場所は例外のようですね」


「とりあえず、棺を探そう。 見つけたら……連絡しようにも通信機が動かないな」


「記憶力と体内時計の強い人間ごとに二組にわかれない? エアリオと『同じ力』ならボクにもあるし」


「……じゃあ、時間を決めて再集合にしよう。 組み合わせと場所は――」


こうして四人は二組に分かれることになった。

ユピテルは当然アイリスと行動すると言い出し、自然とアイリス、ユピテル組とエアリオ、ゼクス組に別れることとなった。

分かれ道で集まる事を確認し、四人はそれぞれ別の方向へと進み始めた。




⇒流星、輪舞曲(3)




調査隊がフロンティアの調査を開始した頃。

ヴァルハラに迫るいくつかの機影があった。 それらのシルエットは戦闘機のもので、水しぶきを巻き上げながら海上を飛行している。

隊列を組み、大空を駆け巡る同盟軍の主力空母、スレイプニル。 それを護衛するように飛翔する無数のヨルムンガルドたち。

戦闘機型のシルエットの機体はヴァルハラを目視すると、大空へ舞い上がりながらその胴体を屈折させた。

同盟軍の最新鋭機、ソードファルコン。 それは、戦闘機形態への変形機構を備えた機体である。

次々と変形し、人型のシルエットになるSFソードファルコン。 その戦闘を行くSIC新機動大隊の隊長であるザーギスはアクロバティックな動きで空を舞いながら深く息をついた。


「ふむ……。 フロンティアへの調査隊は既に出発した後か。 イオス君! 残りの機動大隊を率いて本部に帰還したまえ! 後は私一人で十分だ!」


「冗談言わないでくださいよ隊長。 あんた一人にジェネシス護衛任務を任せろっていうんですか?」


迷彩柄のバンダナを巻いた青年が苦笑を浮かべる。 サーギスは凛々しい目つきでスレイプニル艦隊を見上げ、それから目を閉じた。


「『棺』の目指す場所がヴァルハラかもしれない可能性が高いとはいえ、他の場所が安全とも限らない。 SIC本社を守るものがいなくなっては問題だろう」


「それは社長に言ってくださいよ。 まあどっちにしろ、本国にはトラインデントがいるでしょうし……。 SFの性能をヴァルハラに示しておきたいんじゃないですか?」


「あのちみっこ社長の考える事はわからんが、確かにSFの性能を見せ付けてやりたい気持ちはわかる。 変形機構を備えたSFは単独の大気圏突破も可能だしな……フフフ、ヘイムダルなど旧型だということだ」


「ま、SFは軽すぎて脆いのが弱点ですけどね……。 っと、こちらSIC新機動大隊所属、ヴァリアブル2。 ジェネシス管制室、応答願います」


『こちらジェネシス管制室。 ヴァリアブル2、識別コードを確認。 既にスレイプニルには着陸許可が下りています。 続き、ヴァルアブルチームも着艦お願いします』


「ヴァルアブル2了解。 ところで、噂のレーヴァテインは見られそうですかね? 記念写真撮影なんてのは無理な相談ですか?」


『現在はヴァルハラを離れているから難しいかもしれないですね』


「ふむ……。 では、思う存分守らせてもらうとしようか、イオス君。 ヴァリアブルチーム、着艦するぞ!」


「「「 了解! 」」」



「あれもアレキサンドリアの奴が作ったのかね? 可変機構を持つ機体か……。 開発費がきちんと下りる会社はいいぜ」


滑走路にて、大空を自由に舞うSFを望遠鏡で眺めるルドルフの姿があった。 傍らにはメアリーが立ち、『歓迎』と書かれた旗を一生懸命振り回している。

度重なるヴァルハラの襲撃を理由に、SF含めるSIC新機動大隊の機体およそ四十機が防衛の為に配備されることは事前に決まっていたことだった。

しかしここにきて棺の登場により、予定を繰り上げ予定数四十機のうち三十機が先行配備される事になったのである。

次々と滑走路に下りるSFは、大地に下りると変形し、戦闘機型に戻ってずらりと並べられた。 轟音と風を巻き上げ、その母艦であるスレイプニルも五機着陸する。


「あれがソードファルコンですか! かっこいいですけど、なんで変形するんですか?」


「いい質問だなメアリー。 ソードファルコンは、大気圏外での戦闘も考慮された新時代の機体なんだよ。 宇宙空間で人型はあまり意味がないからな。 それに単騎での大気圏突破、突入および大気圏かにおけるトップスピードは従来の機体を遥かに凌駕している。 今までは自分らの身を守るだけで十分だった世界が、徐々に『世界中を守らねばいけない』ニーズに答え、生み出された合理的な機体なんだぜ」


「はう?」


ルドルフの説明はメアリーには少々難しすぎるようだった。 目を丸くする少女の頭を軽く小突き、ルドルフは笑う。


「まあともかくスゲーんだよ。 同じ開発者として、あれは評価出来る」


「かの天才、ルドルフ・ダウナーに褒めて頂けるとは……恐縮だな」


ルドルフの前にはSICの制服を身に纏ったパイロットが数名立っていた。 先頭には隊長であるサーギス・バーティローウ。 隣に服隊長のイオス・イグラートが並び、その後ろで隊員が整列していた。


「社長から話は伺っている。 稀代の天才ルドルフ殿。 私は新機動大隊ヴァリアブル1、サーギス・バーティローウ大佐だ。 こちらはイオス君」


「イオス・イグラート大尉です。 よろしく、ルドルフ君」


「社長……ってことは、姉貴か? ろくな話を伺ってなさそうだが」


「えっ? ルドルフさんって、SICの社長の弟さんなんですか?」


「言ってなかったか?」


面倒くさそうに頭を掻きながら舌打ちするルドルフを見て、代わりにイオスが語り始める。


「二人とも稀代の天才と言われてて、ヨルムンガルドもソードファルコンも、うちの社長が作ったものなんだ」


「でも、確か……SIC社長はアレキサンドリア・ロンドベル・カインドですよね?」


「名前は違うんだよ。 腹違いの姉弟ってやつだからな。 母親は同じだが、父親は別々だ。 お袋はやっぱり研究者で、優秀な子供を生むっつって各国の研究者と子供を作ってたんだよ。 俺様はジェネシスのやつ、姉貴はSICの元社長ってわけ。 はい、おしまい」


両手をパンと叩いて話の終わりを告げるルドルフ。 本人は全く気にしている様子はないが、メアリーは何やら複雑な心境だった。

尤も、実際にルドルフにとってそのような事柄は興味の対象外だった。 姉であるアレキサンドリアがどこで何をしていようと関係ないし、自分は自分、他人は他人である。


「それで、頼んでたものは持ってきてくれたのかよ?」


「ああ。 まぁ、もう直ぐ作業班が運んでくるはずだ」


巨大なコンテナがスレイプニルから引き下ろされるのを遠巻きに眺めていると、あわただしい滑走路の中、一人だけ浮いた格好で歩くエリザベスの姿があった。

黒いドレス姿の少女は周囲からも注目され、特に見慣れていないSICの人間は露骨にちらちらとのぞき見ているため、エリザベスは内心穏やかではない。


「ちょっとルドルフ……。 こんな時に呼び出して何の用よ」


不機嫌さを隠そうともせず、眉を潜めたまま立ち止まるエリザベス。 見渡すとそこには軍人が並んでおり、首をかしげずにはいられなかった。


「同盟軍……?」


「紹介するぜ。 こいつはエリザベス。 今回渡した『データ』のテストパイロットだ」


何の話か全く飲み込めないエリザベスとメアリーはぽかんと口をあけてやり取りを眺めていたが、いい加減わけのわからない状況に業を煮やしたのかエリザベスは思い切りルドルフの襟首を掴み上げ、


「何勝手に話を進めてるわけ!? 判るように説明してくれるっ!?」


「おっかねェなあ……。 ほら、お前のヨルムンガルド、大破しちまったろ? 四肢を分断されちまってるわけで……」


「それで修理が遅れてるんでしょ? だから早く修理してって前から言ってるじゃない」


「だから、修理する為のパーツを取り寄せたんだよ! 姉貴……SICの社長に頼んで!」


「はぁ?」


コンテナがヨルムンガルドによって運ばれ、ルドルフたちの前でそれが開け放たれる。

中身を見て、エリザベスは目を丸くしていた。 そこにあったのは、真新しいロールアウトしたてのSFの手足――。


「新しく手足を作ろうにも、俺様が作った量産機じゃねえから大変だ。 なんで、最新型の手足を取り寄せた。 SFの手足に改良を加えて、お前の専用機を作ってやるんだって」


「ってことは……あたしの機体、パワーアップするわけ?」


「ああ。 序に変形機能もつけてやるから……。 とりあえず離してくれ、苦しい……」


手を離すとルドルフはその場に膝を着いた。 しかし、そんな事はもうエリザベスにとってはどうでもいいことだった。

新しい手足。 武器。 それがあれば、今よりもっと戦える。 今よりもっとカイトを助けられる。 そう思うと、嬉しくてたまらなかった。


「ほら、早く改造するわよ! あいつらが戻ってくる前に、新型にするんだからっ!!」


「一日二日で出来るわけねえだろ!? おい、誰か助けてくれっ!! ちくしょう、見せるんじゃなかった!!!」


「元気ですね、ルドルフ君」


「ああ、まったくだ。 だが、子供はアレくらい元気でなければな。 ハッハッハッハ!」


アスファルトをずるずると引き摺られていくルドルフを見送り、二人はそれを笑顔で眺めていた。




「……電力が生きてるのは、何故だと思いますか?」


薄暗く、広すぎる空間。 そこはフロンティアの管制室だった。

いくつも並んだディスプレイと机、椅子。 今は無人のその空間も、かつては数百人の人々によって運用されていた。

フロンティアは無人である。 だというのに、いまだに電源は生きていた。 どこも明るく照らされ、ユピテルとアイリス、二人きりのこの空間もかつての面影に満ちている。

ただ、無人。 不気味なまでに形をのこしたその姿にアイリスは戸惑いを隠せない。

ヘルメットを外してしまっても問題がないのは、この施設の空調がまだ生存している事を示している。 ふわりと舞う髪の毛がゆっくりと地面に向かって降りていくのも、人工重力がかろうじて発生し続けている証拠だ。

とっくにヘルメットを外したユピテルは端末を操作しながら退屈そうに欠伸を浮かべていた。 真面目な作業の最中だというのに不真面目なその態度にアイリスは少々むっとする。


「聞いているんですか、ユピテル? 今大事な話をしているんですよ?」


「聞いているさアイリス。 それより今は棺がどこにあるのかを探す方が大事だろ? 今、空気が漏れてるブロックを探してるんだよ」


「……そうですか」


空気が流出している、つまり穴が開いているという事は、そこに棺が着弾した可能性が高い。

しかしユピテルがざっと調べたところ、空調管理が不可能な状態にあるブロックは全部で四十七。 全てを歩いて回るのは相当な時間と労力を必要としそうだった。


「……一つ一つ徒歩で回っていくしかないですか?」


「フロンティアにはゲートが6箇所ある。 そのうち一番近い場所に機体で移動して、しらみつぶしにしていくしかないんじゃないかな」


「……そうですか」


これから起こるであろう苦労を思い、頭を悩ませるアイリス。 しかしそんなアイリスとは対照的にユピテルは楽しそうに笑っていた。


「何がおかしいんですか?」


「いや、別に。 それよりねえ、さっき気になるものを見つけたんだけど」


それはフロンティアにて観測されたテラフォーミングの状況、そしてその様子だった。

月内部における植林、あるいは月面都市の建築……様々な歴史がそこには納められていた。


「西暦2642年……二十四年前まで、テラフォーミングは順調に進んでいた。 月における人類の生活を確立するための仕事……その様子さえ、ここには残っているんですね」


「アイリス、これ」


「これって……」


それは、数々の画像だった。

宇宙服を着用した人々に囲まれる何か。 そこはどうやら地中らしく、薄暗い空間を作業用のサーチライトが照らし出していた。

そこにあったのは、巨大な化石だった。 そしてそれがどんな存在であるのか、私は一目で判断できた。

それほどまでに禍々しい化物。 ――――そこには、沢山の神が横たわっていた。

天井からつるされる繭のようなものに包まれたものや、地べたで石化しているもの、壁にめり込んでいるものなど姿は様々だったが、ともかくそれらは全て月の地下での真実の記録だった。


「調査隊が発見した謎の地球外生命体の記録……。 そうね、そうしたものが残っていても別におかしくはないわね……」


「それとこれ。 どうやら、このテラフォーミング計画はフロンティアだけで行われていたわけじゃないみたいだね」


宇宙ステーション、『フロンティア』それに並び、月面に作られた人工都市があった。

むしろフロンティアはその場所に物資を送り、地球との中継を担当するステーションであり、実際の計画は月面で行われていたといえる。

都市の名は『ファウンデーション』。 その場所で、月の土地改良ならびに都市の増築が行われていた。

天使による襲撃を受ける西暦2643年より前、そこでは様々な研究が繰り返されていた。 宇宙空間における極度に薄いフォゾン環境を改良するという面目で。

しかし、実際はそうではなかったのだとしる。 ファウンデーションで行われていた研究はフォゾン研究ではなく、地下に眠っていた化物……神に対するものだったのである。

その裏づけとなる様々なデータがそこには無造作に放置されていた。 それらに目を通していくたびに、アイリスの疑心は増していった。


「どういうこと……? これじゃあまるで……」


その時だった。


『おはようございます。 ようこそフロンティアへ』


部屋全体に声が響きわたった。 何事かとユピテルへ視線を向けると、どうやらユピテルがシステムをいじった結果らしい事がわかった。


『私はステーション管理システムAIのフラロージュです。 何か、お困りでしょうか?』


「管理AI……!? ユピテル?」


「だって、彼女に質問した方が早いでしょ?」


勝手な行動は問題アリだが、今はユピテルの言う事の方が正しい。 アイリスもそう判断を下した。


「フラロージュ? 少し、教えて欲しいことがあるの」


『はい。 何でしょう』


「これは私の私見だから、証拠があるわけじゃないんだけど……」


『何でしょう? 私はどんな質問にも正直に答えるように作られています』


「じゃあ、訊くわね」


思わず息を呑む。 冷や汗がゆっくりと、本当にゆっくりと……零れ落ちた。


「テラフォーミング計画の本当の目的は……神々を目覚めさせる事だったの?」



全ては三十年以上前から決まっていた事だった。



宇宙ステーション、フロンティアが建造され、それが実際に機能したのは四十年以上前の事。 それから人類は急激な速度で月面都市、ファウンデーションの建設に乗り出した。

当時、まだ国家や人種などの括りが世界に存在し、人々はまだ平等な危険に晒されていなかった時代。 先進各国の協力によって選抜された調査団はファウンデーションに移住し、月の内部調査に乗り出した。

月に移住し、後々は月を拠点に外宇宙へと居住の空間を広げていく人類の歴史の為の所業……それは、体制的に世間を欺く為の物に過ぎなかった。

実際に調査団が行っていたのは、月面への移民研究ではなく、その下に眠る神々を蘇らせる……ただその為だけの研究だった。


『調査団はその場所を約束の場所ガーデンオブエデンと名づけました』


エデンには人知を超えた施設、そして石化した神々が眠っていた。

調査団はその事を何一つ地上の人間に知らせる事無く、欺いたまま研究を十年以上続けていたのだ。 その間にいくつかのサンプルがフロンティアにも持ち込まれ、研究は進められた。


『調査団の力は、常に『いかにしてエデンを蘇らせるか』、その一点に注がれていました。 私もまた、その為に常に答えを探してきました』


「……神は、偶然目覚めたのではなく、人の手で意図的に蘇った……? そんなことって……」


「君は何も知らないんだね、アイリス」


デスクの上に腰掛けたユピテルは、大画面に映し出される様々な映像に照らし出されながら目を細めていた。


「神は最初からそこにいた。 人類が自分たちをいつか目覚めさせるだろうという事を、彼らは知っていたからね。 人の手が月に及んだとき、彼らは目覚め星を浄化する事を知っていたんだ」


「……どういうことですか?」


ボクらはね。 本物の『神様』が作った、星を初期化するプログラムなんだ」


それは、人に望まれ人を滅ぼす為に目を覚ますシステム。


「人が過ぎた力を手にし、世界を駄目にしてしまうことが確定した時、目覚めるように出来た終焉の奏者」


数多の星の輝きさえ奪おうと、その穢れた両手が空に伸ばされた時、目を覚ます本能。

星を、命を、宇宙を、世界を。 守る為に存在する守護者。

あらゆる命を浄化し、あるべき状態にする為に存在する、掃除屋。


「人は、望んで終わりを迎えるんだ」


誰がそれらを『神』と呼んだのだろう。

人に滅びを与え、大地を白く染める憎き『化物』。

それを悪魔と呼ぶことはあっても、天使、ましては神などと呼ぶことがあるだろうか。

その名称はかつてファウンデーションの人々が用いていたものを、そのままいつの間にか人々が使っていたに過ぎない。 それらを神と、救いの天使だとあがめた人間が確かにいたのだ。


「人は星を汚しすぎた。 あのまま行けば、人は地球を見捨てて宇宙へ向かう。 そこで沢山の星を殺して回るんだろう? だから、神様は断罪の役割を持つボクらを作ったのさ」


それは繰り返し星を守ってきたもの。

人の歴史は一つなどではなく、世界のあり方も一つなどではない。

それらを見てきたユピテルには全てがお見通しだった。 神は一方的に人を食らう。 その存在を否定する。 しかしそれを望んだのもまたほかならぬ人だった。


「ファウンデーションは狂信者たちの夢の庭さ。 約束の場所……彼らはそこに神がいることを知っていた。 救いの天使がいることをね」


「――――誰なんですか?」


アイリスの拳は強く握り締められていた。

震えるそれを隠そうともせず、アイリスはユピテルを睨みつける。


「誰がそんな事をしようと考えたんですか? 一体誰が!?」


「――サマエル・ルヴェール」


思いも寄らない名前に思わず息を呑む。


「ボクが知っているその男は、何十年、何百年とこの世界に生きている。 いや、この世界だけじゃない……どの世界にもそいつはいるんだ」


顔を上げ、ユピテルはじっとアイリスを見つめる。


「そいつが、他の世界からやってきて……星を滅ぼす計画を企てたって言ったら、きみは信じるかい?」


「…………まさか、そんな。 他の世界から……なんて」


「ありえないこと? この世界の歴史は、いつだって他の世界の誰かによって歪められてきたじゃないか。 スヴィアだってそう。 ただそれに君たちが気づいていないだけでね」


混乱する頭を抱え、思わず壁に寄りかかった。

アイリスがありえないと考えるのも無理はない話だ。 なぜならサマエル・ルヴェールという男は既に二年前に死んでいる。 死んでいる以前にそもそも、サマエルは死んだ時点の年齢でおよそ四十歳。

ありえないのだ。 テラフォーミング計画が持ち上がった時点で、サマエルはまだ生まれてすらいないはず。 そんな男が、エデンを探し当てるなど……。


「――――教えてフラロージュ。 この計画の首謀者の名前を」


『該当するデータが存在しません。 テラフォーミングはあくまでも先進国首脳の総意になります。 が、先ほどの会話に登場した人物名に該当する情報が存在します』


「……サマエル・ルヴェール」


『はい。 その人物は、エデンの研究主任です。 エデン崩壊と同時に行方不明、現在は生死不明です』


「待って……待ってよ。 じゃあその、サマエルは……二十四年前までエデンにいて行方不明になって……それで、ヴァルハラで研究者やってたということ? それで、二年前にスヴィアさんに殺されて……それなのにまだ、この世界にいるの……?」


それは最早悪寒だった。

わけのわからない情報の羅列にすっかり混乱状態に陥るアイリス。 しかしそれも無理はない事だろう。

サマエル・ルヴェール。 その名前ばかりが登場するのに、その本質……実態がまるでわからない。

時にはヴァルハラの研究者であり、ラグナロクでバイオニクルを作った男であり、しかし三十年前から月面でテラフォーミングにかかわっていた。

そして今は、その男が作ったシステムが東方連合に流れ、羅業が作らていた。

何度も死んでいるはずの男。 まるで亡霊のように、何度も何度も繰り返し現れる。


「何よそれ……。 まるで――化物じゃない」


歯軋りする。 何故か、この世界の運命全てがその一人の男掌の上で踊らされているような気がしたからだ。

そうだとしたら、どれだけそれを憎めばいいのだろう。 沢山の悲劇も、絶望も、消えていった沢山の人々も、人が築き上げてきた歴史さえも、その男に翻弄され、ただ踊らされていただけに過ぎない。

憎しみを消せるだろうか。 それは難しい問題だろう。 彼女が人であるならば、それはより難しい。

心を持つ故に、許せぬものもある。 震える拳をぶつける先も見つからず、アイリスは俯いていた。



並んでいたのは、同じ顔だった。



エアリオとゼクスが訪れたのは研究ブロックの一部だった。 そこには今も沢山の保存カプセルに入り、液体に沈む子供たちの姿があった。

エアリオがそれを見るのは始めての事だったが、それがなんであるのかは理解できた。 そしてそれは、ラグナロクの拠点でカイトたちが発見したものに酷似している。

浮かぶ子供たちの死体。 中には保存がきかなくなり腐ったものや、ばらばらに解けてしまったものもある。 エアリオはそれら一つ一つをゆっくりと見て周り、唇をかみ締めた。


「……わたしがいる」


ガラスケースに手を当てる。 金色に光る溶液に沈んだ少女は、エアリオによく似た顔をしていた。

その試験管の中に入ったものだけではない。 そこにある百、二百はありそうな筒の中に入った少女の顔、その全てがエアリオと同じだったのである。

死に絶える二百余りのエアリオ・ウイリオ。 それを見つめ、エアリオはこみ上げる吐き気に逆らい、その場に膝を着いた。


「わたしが、死んでいる……っ」


苦しむエアリオの後方、ゼクスもまた青ざめた表情を浮かべていた。

むしろエアリオのそれよりもよほど蒼白であり、全身ががたがたと小刻みに震えていた。

平静を装うゼクスの全身を様々な異常が襲っていた。 平静を装っては見るものの、本能がそれに逆らえないのだ。

汗が滝のように流れ出し、寒気がする。 胃が軋むような吐き気に加え、脳の内側からハンマーで叩かれているような強烈な頭痛。

前後不覚に陥り、みっともなくその場に質もちをつき、尚それから目を逸らすことが出来なかった。

カプセルの中に浮かぶ少女の瞳が、何も見ていない死者の瞳の瞳孔が、今も生きているかのように見えるのだ。


「はあっ! はあっ!!」


見たくない。 これ以上見ていてはいけないと理解はしているのに、視線を逸らすことが出来ない。


「うわあっ!! うわあああああっ!!!」


故に、その後の行動は当たり前のようだった。

落ちていた鉄パイプを拾い上げ、ガラスのケースを叩き割る。

端から端まで、並んだ少女たちを殺しに殺して回る。 死者が眠るガラスケースを次から次に叩き割り、半狂乱になりながら叫んだ。

だというのに、聞こえるのだ。 死んでいるはずの少女たちの笑い声が、確かに。

うふふ、あはは。 そんなふうに、気味の悪い笑い声が絶えず聞こえていた。 ゼクスは耳を塞ぐのに、それから逃れる事が出来ない。


「助けて! 嫌だっ!!! おとうさん!! おとうさああああんっ!!!!」


「ゼクスッ!! 落ち着け! どうしたんだ……っ!?」


「いやだあっ!! おかあさん! おとうさんっ!!! ここはこわいよ! さびしいよ……っ!!!」


暴れ狂うゼクスを背後から羽交い絞めにし、エアリオは歯を食いしばる。

常に冷静を装うゼクスが暴れ狂う様を見てなんとか冷静さを取り戻す。

やがて力を失い、気絶したゼクスを降ろし、息も絶え絶えに床に転がる『エアリオ・ウイリオ』たちの成れの果てを見下ろし、きつく目を瞑った。



『エデンはまだ、完全ではありません。 エデンを起動する為に必要な『アダム』と『イヴ』が不在のためです』


フラロージュの説明を聞きながら、アイリスは俯いていた。

暗闇の中、機械的な説明が延々と続いている。


『神を従える管理者である神である『アダム』と『イヴ』、この二つが揃って初めてエデンは目覚めます。 しかし、結局その二つが揃う前に計画は中断されました。 しかし研究はその後も地上において継続されているとフラロージュは予測します。 その理由を説明しますか?』


「結構よ……もうたくさん。 何なの、エデンって……。 なんなの?アダムとイヴって」


「きみはもう知っているはずだよ」


冷静なユピテルの声。 そうして少年は自らの胸に手を当て、冷めた笑顔を浮かべる。


「ボクが『アダム』さ。 そしてイヴは……もうわかるだろう? ボクたちは、エデンを動かす為に必要な鍵なんだよ」


「……先輩と、エアリオ……?」


「そう。 そしてレーヴァテインは……君たちが『アーティフェクタ』と呼んでいる神は、アダムとイヴを守る為の懐刀さ。 彼らはボクやエアリオ、リイドの命令に従う者。 別に意味もなくユグドラシルの周りにいるわけじゃない。 守るべき主を守る為にいるのさ」


二人の会話はそこで途切れた。 次の瞬間、けたたましく鳴り響くアラートの音で、思考は中断されてしまったからだ。


『異常事態発生。 研究ブロックにおいて、数箇所の破損を確認。 このまま被害が拡大すると、高度維持に影響が出ます。 即座に対応を願います』


「……泣いているの? アイリス」


アラームと共に点滅し始めた赤い警告灯に照らされながらアイリスは涙を拭い、背を向けた。


「貴方にはわからないわ。 きっと……。 わからないわよ」


ぎゅっと、握り締めた拳には血が滲んでいた。

管制室を去っていくアイリスを見送りながら、ユピオテルは表情を変えずに目を閉じた。


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