流星、輪舞曲(2)
「それで、アイリスはあいつを許す事にしたのか?」
「……許す、というのとは少し違うと思いますが……」
「とりあえず殺すとか、そういう風には考えてないんだな」
「――そう、ですね。 そう、なります」
リイド・レンブラムが戻ってきたという話は即座に広まった。
司令部に顔を出したリイド・レンブラム……もといユピテルは、直ぐに様々な人に囲まれて身動きも取れなくなってしまった。
沢山の人の笑顔に囲まれながら戸惑うユピテル。 私はそんな彼をエアリオと一緒に遠巻きに眺めていた。
『ユピテル』であることがばれてしまえば、彼はここにはいられないだろう。 彼はそれだけ多くの恨みを買っているのだ。 当然の事だといえる。
だから対外的には『ユピテル』ではなく『リイド・レンブラム』であるという事になった。 勿論この事事態が極秘だが、ジェネシス内部で活動する以上様々な人に会うことになる。 最低限必要なコミュニケーション相手が存在する以上、一応リイドであるということになったのである。
しかし、だませない人は勿論存在する。 ラグナロク出身の三人……カロード、ミリアルド、エリザベス。 彼らはかつてユピテルと戦った経験があることや、天使に対する直感が鋭いことから直ぐに正体を見破ってしまった。
ただラグナロク出身にも差は存在するらしく、ユピテルのことに気づいたのはごく一部だけだった。 それは救いとも言えるだろう。
上層部も『ユピテル』であるという事実を認識しており、その危険性を即座に指摘してくる事となったが、カグラさんの計らいと司令が責任を負うという形で、滞在を許可したようだ。
何より危険性と同じだけユピテルには人類の希望が詰まっている。 世界移動の方法、その圧倒的戦闘能力の秘密――。 ジェネシスとしては彼を念入りにしらべその力をモノにしたいというのが本音なのだろう。 そうでなければ滞在を許すはずがない。
勿論監視はつく事になった。 私もその一人だ。 しかしユピテル本人の唯一の願いが『私の同行』であり、その要求を呑む意味も勿論あったのだろう。
話を戻す。 ユピテルであるという事を見抜いた人物は私以外にも二人存在していた。
一人はオリカ司令。 彼女は不思議な事に一発で見抜いてしまった。 理由を尋ねると、
『ユピテルとリイドくんとじゃ、気配が違うもん〜。 それに、もし彼が本当にリイドくんなら、私はその心を何となく読めるからね』
とのことらしい。
記憶のフィードバックがオリカさんにもあったらしいという話は前もって聞いてはいたのだが、そこまでわかるものかと驚いたものだ。
やはり只者ではない。 特にリイド・レンブラムという存在を見抜く力に関してだけならば彼女は恐らく最強だろう。
そしてもう一人見抜いた人物がいる。 それが彼女、エアリオ・ウイリオだった。
腕を組み、壁を背にするエアリオは何の表情も浮かべずにユピテルを見つめていた。 しかし何となく、彼女の考えている事はわかる。
きっと彼女はユピテルを通じてかつての自分を見ていたのだと思う。 そしてエアリオだけに限定すれば、彼女はユピテルに特になんの恨みもないはずだ。
勿論スヴィアを殺したというレッテルはどうやっても剥がせないのだろうが、エアリオ自身、強い罪悪感を抱えているだけに、人の罪をとがめるような事は出来ないと考えているのだろう。
「実際に見るのは初めてだが……本当にそっくりだな、リイドに」
「……そうですね」
以前ヴェクターが言っていたように、エアリオには『因果を見通す力』がある。 それは『予知』だけではなく、『過去』さえも見透かす事が出来るらしい。
常にその力を発揮しているわけではないと本人は語ってくれたが、その気になれば大分前後を見通す事が出来るらしく、彼女をだます事は出来なかった。
それはある意味好都合でもある。 それは今後の私たちの成すべき事を考えれば、当然思いつくことだった。
「リイド兄ちゃん! 生きてるって信じてたよ!」
見ると、子供たちが『リイド』の周りに集まっていた。
みんな訓練を早めに切り上げて駆けつけたのだろう。 子供たち……ラグナロク出身の訓練生たちはリイドに駆け寄り、大騒ぎになっていた。
「……なんていうか、先輩は意外と顔が広かったんですね」
「みたいだな。 そういえば、あいつあちこちいってたからなぁ」
何はともあれ、常人ならざる直感やら超能力やらがない限り、ユピテルの演技は完璧だった。
誰もがそれをリイドだと思い込んでいる。 それは果たしていいことなのか、悪い事なのか。
勿論演技は完璧とは言え知らない事もあるだろう。 だから一応彼は記憶が少し混乱しているということになっている。
偽りの舞台でリイド・レンブラムを演じなければならなくなったユピテル。
私は彼を『リイド』と呼ぶことにする。
でも決して『先輩』とは呼べそうにない。
あくまで彼は私にとってただの『リイド』に過ぎないのだから。
「大変なのはこれからだな」
エアリオの呟きは苦笑を伴っていた。
上着のポケットに手を突っ込みながら、私はそんな言葉に耳を傾けていた。
⇒流星、輪舞曲(2)
「フォゾン化を抑える方法があるって、本当かよっ!?」
病室に響き渡るカイトの声。 挨拶に訪れたリイドの両肩を掴み、カイトは目を輝かせていた。
カイトはフォゾン化の影響が強く、まだベッド生活が続いている。 そんな彼を見て、リイドは言ったのだ。
『フォゾン化を抑える方法を教えてあげようか』、と。
「本当だよ。 そもそも君たちはフォゾン化の事に対して無知すぎるんだよ」
ベッドの傍らに並ぶ椅子に腰掛けリイドは微笑んだ。 カイトはベッドに引っ込み、咳払いをする。
「しかし、何でだ? なんか……やけに親切じゃねえか。 前は俺たちのこと殺そうとしてたのによ」
まぁ、そりゃそうだろう。 私だってそう思う。 そもそもユピテルについてはまだ判断できない事の方が多いのだ。
っと、今はリイド・レンブラムだったか……ややこしいな。 何はともあれ、ユピテルの発言には興味がある。
そんな私の態度を感じとったのか、ユピテルはウィンクを向けるとカイトの腕を手に取り、じっと見つめた。
「きみたちはエーテルというものをご存知かな」
「なんだそりゃ?」
「カイトさん、習わなかったんですか? エーテルは、フォゾンを固体化させたものです」
水、氷、霧……状態によって呼び方が変わるのは、フォゾンも同じく形が『限定されないもの』だからである。
科学的観念から見れば全くおかしな現象ではなくむしろありきたりなくらいだろう。 フォゾンというエネルギーは気体のようなもので、空気中に目には見えない状態で散布されている。
時折濃度の濃いフォゾンが光を発することから、その発光気体の状態であるエネルギーをフォゾンであるかのように錯覚しがちだが、近年ではフォゾンの別の利用法などが考えられている。
「例えば、フォゾンはエーテル……固体化させたほうが、効率よくエネルギーとして利用する事が可能なんです。 運搬にも便利ですしね。 ただ、固体化したフォゾンはモノを分解する力と生命力を促進する力が非常に強まる上、不思議なことに重量が数十倍に増幅する事から、運用が難しいといわれているんです」
「そうなのか……? それがなんだっていうんだ?」
「君たちの肉体はフォゾン化が進むとバラバラになるでしょ?」
「ああ」
「それは、肉体が『フォゾン』になってしまうからなんだ。 霧状になってしまった部分、結合部は結晶状になり砕けやすくなるしね。 これが死につながるわけだ」
「あ、お? ん……よくわからんが、アイリスはわかるか?」
わかりますよ。
「とはいえ、実はどこかがいきなりフォゾン化するわけじゃない。 その人間の体質にもよるけど、肉体の全体がゆっくりフォゾン化していくんだ。 で、ここで付け加えると……フォゾン化していくというのは実は悪い事だらけでもないんだ」
と、ユピテルは説明する。
長年にわたって研究が進められてきた『天使』、『神』が、通常の肉体ではなくフォゾンを肉体化させたもので活動するフォゾン生命体である事は周知の事実である。
彼らが化物じみた力を持つのはそのためでもある。 凄まじいエネルギーの塊である彼らは『コア』と呼ばれるものによって肉体の構成……フォゾンを管理運用し、そのために消耗していく自らの身体そのものであるフォゾンを外部から吸収し生きながらえているわけだ。
神々の弱点がコアだといわれているのはそこが理由になる。 彼らは肉体を構築する情報を送り続けているコアがなくなると、気化……ばらばらになってしまうのである。
「天使も神も元々はフォゾンの集合体だ。 それをエーテルとして固形化し、肉体に酷似した機能を与えているのはコアというわけ」
「それがどうかしたのか……?」
「この世界では擬似的にコアを再現する研究とかがなかったっけ? ボクの気のせいかもしれないけどね」
擬似的にコアを再現する研究、といえば……記憶に新しいのは羅業。 その前はホルスだろう。
なるほど、コア……つまり『心』が肉体……『在り方』を決めるものならば、あの時ホルスがイカロスに酷似した状態になったのも頷ける。
「ぶっちゃけていえば、肉体の構成をコントロールする力があればいいんだよ。 アイリスも使ってるんでしょ? ユグドラ因子」
「……因子をコアに見立てるんですか?」
「ユグドラ因子とコアは殆ど同じものだ。 特定の電子信号を人間の身体に送る第二の脳としての機能のほかに、怪我をしたりした場合外部のフォゾンを取り込み、その部分をエーテルで出来た仮の細胞で補完し修復するシステムも備えているんだよ。 ここまで言えばわかるかな」
つまり、
「「 ユグドラ因子を埋め込めば、フォゾン化をコントロール出来る? 」」
私とカイトの声は重なった。 ユピテルは笑いながら私たちの様子を眺めていた。
「それにね、エーテルで構築した仮の肉体はとても高性能なんだ。 身体能力の向上だけではなく、フォゾンの流れに敏感になるから、直感も磨けるわけ」
「……じゃあ、俺もレーヴァテインにまた乗れるようになるのか!?」
そんな方法があったなんて……。
全く盲点だったことは認めるが、私は微かな違和感を覚えていた。
だってそうだろう。 干渉者にはユグドラ因子を埋め込む実験が行われていたのに、適合者には行わなかったというのだろうか。
もしかしたらジェネシスはこの事実も知っていて、なおかつ……ということなのか。
疑問は尽きないが、ともかく道は開けたように思える。 後の事は追々調べていけばいいだろう。
何はともあれユピテルのおかげで希望がみえた。 カイトは散々喜んだ後、真面目な顔つきでユピテルと向き合った。
「よう、ユピテル」
「なんだい?」
「お前のやろうとしたことは許せることじゃねぇ。 でもよ、『借り』は『借り』だ。 だから俺は言うぜ。 『ありがとう』ってな」
「…………」
ユピテルは目を丸くしていた。 それからなんともいえない表情を浮かべ、病室を後にした。
私が気になったのは、そのあとユピテルが廊下を歩きながら、何故か寂しげな表情を浮かべていた事だったのだが……その事は一先ず置いておこう。
ユピテルの進言により、カイトはユグドラ因子を移植されることになった。 色々な準備などでまだしばらくは行動できないとの事だが、試す価値はある。
そうしている間にも私たちには次の作戦が待っていた。 それは、私たちの今後を試す意味でも大事な作戦になるだろう事は明白だった。
「それでは、今回の作戦の概要を説明します」
ユカリさんの声を皮切りに作戦会議室に映像が映し出される。
私、エアリオ、ユピテル、そしてゼクスの四人はテーブルを囲んでその映像を眺めていた。
召集がかかったのは三十分前。 どうやら内密に集められたものらしく、他にはオリカさんしか同席していない。
「今回、皆さんには宇宙に上がり、『フロンティア』の調査を行ってもらいます」
棺と呼ばれるものが地球に三つ、飛来したという事実。
そしてそのうちの三番目、P-3がフロンティアに向かったという事。
一応フロンティアの概要については前もって知っていたのだが、実際に行くとなると話は別だ。
「何でこのメンバーなのかは、目的地が宇宙である事を考慮していただければご理解いただけるかと思います」
まず、そこまでたどり着ける機体があまりにも少ない。
大気圏外で活動可能なアーティフェクタ、レーヴァテイン。 そのパイロットとしてユピテル、それからエアリオが選ばれたのは自然な流れだろう。
勿論ユピテルを完全に信用したわけではない。 故に単体の戦闘能力が高く、レーヴァテインの制御に優れるエアリオが干渉者。 蛇足だが、これは本人の意思でもある。
つまりは見極めたいということなのだろう。
大気圏外で活動可能な機体として、他にタナトスが上げられる。 パイロットはゼクス=フェンネス。 これも当然の流れである。
ヘイムダル、ヨルムンガルドは大気圏下における戦闘しか考慮されていないため、0Gでは上手く動く事が出来ない。 それ以前に単騎での大気圏突破は今まで実験もした事がない為、上手く行くかどうか全くわからない以上、レーヴァテインとタナトスが選ばれたのは当然だと言える。
では何故私がいるのか? それはユピテルが『アイリスがいかないならボクもいかないよ』と言い出したからである。
しかし私の愛機はヘイムダル。 カスタマイズされているとはいえ、宇宙空間における戦闘など私も経験がない。 だが、そこは流石ルドルフ・ダウナーである。
「アイリス機は0G装備に換装。 大気圏外への射出は特殊なカタパルトボックスで行い、帰還には開発中のフォゾンシールドを使用してください」
私のヘイムダルがどんどんゴツくなっていく……。
改良されたギャラルホルン、それに全長を覆い隠さんばかりの巨大なフォゾン・リアクター・シールド。 背部には大型の0G用ブースターユニットを装着し、大気圏外までは射出機能を持つコンテナ型カタパルトをこれまたカタパルトエレベータで射出し、空中からの二段射出により要求に応える。
こんな無茶をさせられる事になるとは考えていなかったが、仕方のないことかもしれない。 ユピテルが一緒にいる以上、それくらいは覚悟しなくては。
私が抱え込むと決めてしまったのは、そういうものなのだから。
「目的としては『棺』の発見、回収。 仮に中身が発見できた場合は、それの回収もお願いします。 内容は以上です」
質問はなかった。
何はともあれ、不思議な面子での作戦行動となる。
作戦決行は翌日。 私は静かにため息を漏らした。
「こんな形できみと会うことになるなんてね、イヴ」
ユピテルがアイリスを含む、監視の目を振り切るのは簡単なことだった。
薄暗い通路の真ん中、二人はただ何もせずに向き合っていた。 黄金と真紅の視線がぶつかり合い、しかしエアリオは視線を逸らした。
「……そうだな」
エアリオが視線を逸らした。 その事が少しだけ引っかかったユピテルは、エアリオの顎を持ち上げ顔を近づける。
二人の視線がほぼゼロ距離でぶつかり合う。 しかしやはり、エアリオは視線を逸らした。
「ボクが嫌いかい、『エアリオ・ウイリオ』」
「そうじゃない。 ただ、リイドに似すぎているだけだ」
「そう」
二人の会話はそれだけだった。 距離を離し、ユピテルは壁を背に目を伏せる。
「あいつは……。 リイドは、沢山の人に好かれているんだね」
「……え?」
「子供、大人……男、女。 国籍人種所属組織……全部関係なかった。 リイドはみんなに愛されてた。 知ってるかい、エアリオ? ボクはね、サッカーをしたんだ」
エアリオは初めて自らの意志でユピテルを見つめた。 少年はそこには存在しないボールを蹴るそぶりをして、笑ってみせる。
「『おーい、ユピテル! そっちいったぞお!』」
まるで演劇だった。 ひとりで沢山の子供たちの動作を再現してみては、わざとその時の自分を再現し、その場で盛大に転んで見せた。
「……おにいちゃんはへたくそだなぁ、ってね。 みんなが笑うんだ。 知ってるかいエアリオ? サッカーはね、手でボールをもっちゃいけないんだ」
「…………」
「ボクは、そんなことさえ知らなかったよ」
地面に座ったまま、ユピテルは苦笑を浮かべ、天を仰ぎ見た。
「また今度、サッカーを教えてくれるって。 みんなが言ってたんだ。 約束、っていうんでしょ? アイリスともしたんだ」
アイリス・アークライト。 真紅の少女。
強い瞳でユピテルを見つめながら、『約束』を求めた。
握り締めたその手は暖かく、やわらかく……しかし、神である自分が全力で握り締めたら儚く折れてしまう、か弱いものだった。
人間というものはいつもそうだ。 全力を出せば壊れてしまう。 いとおしく、ゆっくりと。 優しくふれなければ、崩れてしまう。
「人間はどうしてあんなにもか弱いんだろうね、エアリオ。 抱きしめたら折れてしまいそうな細い体だよ……」
「アイリスは」
顔を上げた。
「あいつは、いい奴だよ。 本当に。 わたしたちにも、ワケ隔てなく接してくれる。 責任感が強くてすぐ突っ走る熱血なところも、またかわいいんだ」
「……不出来ゆえの愛らしさ、か」
「人間はそういうものだよ。 完璧のどこが楽しい? どこか機械的で、むなしくなるだけだ」
エアリオにも、『完璧』であろうとした時期があった。
いや、人生の多くをそうして過ごしてきた彼女だからこそ言えるのだ。
そんな生き方は、むなしいだけなのだと。
命令を忠実に実行し、自らの心について考えることも、他人を思うこともなかったエアリオ。
確かに客観的には完璧に見えただろう。 しかしそれだけだ。 満たされていたわけではない。
不出来でも不恰好でもいい。 係わり合いの中にこそ感動がある。 それが人間という生き物なのだから。
「きみはボクと同じ、哀れな人形のはずだった。 でも、今は違うように見える。 まるで人間みたいだ」
「存在の定義は心で引け、ユピテル。 わたしは、少なくともそう思うよ」
「心で引け、か……。 なら、エアリオ」
自らの胸に手をあて、ユピテルは笑う。
「その『心』さえ偽りのものなら、考えることに意味なんてあるのかい」
エアリオは答えなかった。
背を向け去っていくユピテル。 誰に言うでもなく、小さな声で呟いた。
「意味なんてないのさ。 意味なんてね――。 所詮、人形であるボクには……」
その言葉は暗く、胸にじわりと染み渡るような痛みを伴うのに。
顔だけは、何故か笑っていた。
そしてそれは、ユピテルの人生には珍しい、数少ない独り言の一つになった――――。
パイロットスーツを身に纏い、黒のグローブをぎゅっと深く握り締めた。
カタパルトエレベータ周辺に跪いたタナトスを見上げ、ゼクスは一人思案する。
『棺』の正体。 そしてその中身と、この後起こるであろう事態。 それらをゼクスは知っていた。
だからこそ気合を入れている。 この後待ち受ける運命を、正しい方向に導かねばならないのだから。
「正しさ、か」
何を善とし、何を悪としよう。
そんな事を考えた事はなかったが、今はそれを思案する事を悪いとは思わない。
争いに不必要な思いなら、なくなってしまえばいいと思っていた。 けれども、今は違う。
「ゼクスく〜んっ!」
手を振りながら駆け寄ってくるのはメアリーだった。 振り返ると、少女は息を切らしながら急ブレーキをかけ、しかし相殺しきらない速度でゼクスの胸に飛び込んだ。
「メアリー……?」
「ぜえはあぜえはあ……。 あのね、『いってらっしゃい』って言おうと思って。 メアリー、最近は『リアライズ』にかかりっきりだったので……」
「そんなことのためにわざわざ?」
「そんなことなんかじゃないよ! もう、素直に見送られなきゃお姉さんおこっちゃうぞ?」
「……お姉さん?」
小首をかしげるゼクスに対し、メアリーはにっこり笑って胸をたたく。
「そう、お姉さん! メアリーのほうが、年上だもんね」
「……この場合、年齢はあんまり関係ない気がするけど」
「もー! とにかくがんばってきてね! お姉さまもいっしょだから、きっと大丈夫だよ」
「お姉さまって、アイリスさんのこと?」
真紅のヘイムダルは0G装備に換装され、たった今カタパルトコンテナに格納された。
アイリスもそのコックピットで待機しているはず。 そこから視線を外し、ぽつりとつぶやいた。
「ぼく、あの人はちょっと苦手だな……」
「なんで?」
「わからない。 でも、あの人は……とても強い目をしているから」
見上げる視線の先、ヘイムダルのコックピットでアイリスはシステムを再調整していた。
『0Gとは言え使い方は今までとそれほど変わらないように調整しておいた。 無重力化での戦闘をシミュレートしたOSに積み替えてあるし、ちゃんと動くはずだぜ』
「ありがとうルドルフさん。 それで、他のみんなの様子は?」
『まず始めにレーヴァテインから打ち上げる。 お前は一番最後だ。 レーヴァはとっくにマルドゥークで出撃済み……大気圏外で待ってるぜ」
「そうですか……まあ、仕方ないですからね」
『貧乏くじを引いちまったみたいだな』
「ふふ、そのようです」
数分後、ゼクスを乗せたタナトスが打ち上げられ、アイリスの出番が回ってきた。
『こちら司令部。 ヘイムダルカスタムアイリス機、射出用意完了しました』
「了解。 カタパルトコンテナ、ならびにヘイムダルカスタム異常なし。 0Gフレーム正常稼動」
『カタパルトエレベータに移動。 同時に射出カウント開始。 十秒前』
銀色の無骨な箱がカタパルトエレベータに移動し、固定される。
宇宙空間用のパイロットスーツ、それから通常時は装着しないヘルメットを被り、気圧を調整。
打ち上げシステムとヘイムダルの動作を確認し、アイリスは深呼吸した。
『三秒前……二秒前…………ヘイムダルカスタム、出撃どうぞ』
「……アイリス・アークライト! ヘイムダルカスタム、射出!」
大量の火花が同時に散り、強力な閃光となってエレベータ周辺を照らしあげた。
その影を突き破るように空に向かって真っ直ぐと打ち上げられたコンテナは、あっという間に大気を貫き飛んでいく。
「予定高度に到達! コンテナ分離! 第二射出っ!!」
『了解。 射出座標を固定。 ヘイムダルカスタム第二射出、どうぞ!』
「射出ッ!!」
高度数千メートルの高さで再び光が舞い散った。
小型のカタパルトを搭載したカタパルトコンテナから、今度は生身のヘイムダルを打ち出したのである。
0G用に改良された大型のブースターが翼を広げ、七色の光を放ちながら空へとぐんぐん加速していく。
同時に空中に投げ出されたギャラルホルンを右手に抱え、左手にはフォゾンシールドを展開。 光の傘が摩擦からヘイムダルを守り、景色はぐんぐん蒼から闇へと変わっていく。
凄まじいGさえも感じない快適なコックピットの中、アイリスは始めて宇宙へ到達した。
それはとてもあっけなく、思っていたほど難しいものではない。 アイリスは深くため息をつき、背後を振り返った。
「……きれいね」
水の惑星地球。 そんな事を誰がいったのか。
何はともあれ、美しい。 今は滅びかかっているぎりぎりの星でも、そこには命があり美しさがある。
燃え尽きる前のはかない人の夢の様。 思わず息をつき、視線を前に向けると、そこにはレーヴァテインが手を伸ばしていた。
「アイリス」
ユピテルの声が聞こえる。 マルドゥークはわざわざアイリスを待って、闇の中を漂っていた。
思わず苦笑する。 真紅のヘイムダルは空中でレーヴァテインの手を取ると、共に闇の中を進み始めた。
「皆さん、行きますよ。 フロンティアまでは、まだ距離がありますから」
「わかってる」
目指すは宇宙ステーション『フロンティア』。
漆黒の闇に浮かぶ巨大な銀色の居城に、三つの機体はゆっくりと進み始めた。
気づいたら20部超えてました。 どうもありがとうございます。
とりあえず昨日今日と連休だったので一気に書いてみましたが、どうでしょうか。これからもがんばりますのでご声援お願いいたします。
というわけで、恒例の感謝オーラをくらえ!
…………。
くっ、やるな!
さて、わけがわかりませんがまあそんなわけで、いよいよこの続編も新たな展開を迎えようとしています。
今までの展開がボク的にだるかったので、執筆が中々進みませんでしたが、ここからはもう少しペースアップできるかな?と思います。
さて、現れましたユピテル。リイドが戻らない代わりに現れた彼ですが、今後は彼の活躍にも注目してもらいたいところです。
前作のラスボスだっただけに人気がどうなるのか微妙な上に、何かどういう反応が来るだろうと不安で仕方がありませんが、彼の存在がなければ物語りはきちんと終われないのです。
これで大不評で打ち切りにならないように信じたいです……。
ようやくみんなの心が一つになり、これからさらにペースアップする物語ですが、いよいよ中盤です。準主人公に昇格した前回のラスボスをどうかよろしくおねがいします。
ならびに、リイドはもう少し出てこないだろうなと思います。リイド復活を待ちわびていらっしゃる方には申し訳ないですが。
そんなわけで久々のあとがきでした。みなさん、ありがとうございます。