静寂、リアライズ(1)
対神武器研究所。
それは、本社ビル内部に存在する部署の一つであり、巨大な実験室を所有するが、それとは別に本部を据える規模の大きい部署である。
所長であるソルトア・リヴォークは現在二十八歳。 十代後半から歴史的な発見や膨大な研究結果を残してきたものの、その功績は大きく目立つ事はなかった。
それはルドルフ・ダウナーが後に登場し、圧倒的な研究結果を生み出した為である。 故にソルトアが天才と呼ばれたのはごく僅かな年数だけであり、その後はルドルフの才能に生まれてしまう形となった。
元々、レーヴァテインプロジェクトはソルトア・リヴォークが主任を務めるはずの計画だった。 企画立案当初、ソルトアは先代社長から任命される事間違いなしとまで呼ばれていたのだが、その後スヴィア・レンブラムの申し出によって当時全く知られていなかった少年、ルドルフ・ダウナーが大抜擢されたわけである。
故に旧世代のレーヴァテインプロジェクトに対して強い思い入れを持ち、それを完遂できなかった事をソルトアという男はいまだに後悔していた。
そう、後にレーヴァテインプロジェクトと呼ばれる事になった、スヴィア・レンブラムとリフィル・レンブラムが実行に移した計画は、元々の意味でのレーヴァテインプロジェクトとは大きく異なっていた。
その、『本来成されるべきであった計画』が頓挫し、いつの間にか摩り替わっていた理由には、四年前のアーティフェクタ暴走事故が挙げられる。
ソルトアはその事件の当日、ユグドラシルの間にはいなかった。 ユグドラシルの間にソルトアが入った事は、一度もないのである。
それだけ機密性の高い場所であり、いかに研究者と言えども容易には立ち入る事を許されない場所……それが逆にソルトアの命を救ったと言えるだろう。
そうして結果、旧レーヴァテインプロジェクトの内容と本質を受け継ぐ人間が一人、生き残る結果になったのである。
リフィルとスヴィアの画策によりソルトアは一般部署に飛ばされ、その後に続くリイド・レンブラムを中心としたレーヴァテインプロジェクト……いうなれば『第弐レーヴァテインプロジェクト』に参加する事はなかった。
しかしスヴィアとリフィルがジェネシスに与える影響が断ち切られた今、彼が表舞台に戻ってくる事は難しい事ではなかった。 ルドルフの影に埋もれたとはいえ、れっきとした天才の一人なのだから。
そしてそれは、社内に根付いた一握の不安のような存在でもあった。 彼が心酔している第壱レーヴァテインプロジェクトの内容は、今のジェネシスの体質とは大きく異なるものだったからである。
「…………若干精神面に不安要素あり、か……」
端末を片付け、ゼクスが呟いた。
場所は対神武器研究所、本社内研究室。 誰も居ない真っ暗な深夜の研究室の中、ゼクスはデスクの上に腰掛けていた。
ソルトアのデータは完全に把握しているつもりだったが、それを改めて検討してみたのには勿論ゼクスなりの理由があった。
それは勿論ゼクス本人の私見だったのだが、ソルトア・リヴォークという人間がゼクスの瞳には疑問に映った、ということである。
つまり、信用に足る人物なのかどうか判断しかねる状況、というのがゼクスの本音だった。
しばらくそうして脳内で検討を繰り返していると、待ち人は時間よりも早く姿を現した。 純白の高級スーツに身を包んだ所長は、研究室に入るなりにっこりと微笑んだ。
「いつも早いんだね、ゼクス」
ゼクスは何も言わず立ち上がり、頷いた。 それから上着のポケットから封書を取り出し、それをソルトアに手渡す。
「確かに受け取ったよ」
封書を仕舞い、それからゼクスを見下ろす。 背の低いゼクスと視線を合わせるため、ソルトアはその場に屈んだ。
「それで、あの方は何か他に言っていなかったのかい?」
「……なにも、聞いていない。 全ての指示は、封書の中に」
「そうか。 君はあくまでもメッセンジャーの役割に徹するというわけだね」
ゼクスは何も答えなかった。 しかしそれが答えでもある。 ソルトアは何度か小さく頷くと立ち上がり、ゼクスの肩を叩く。
「あの方によろしく伝えてくれよ。 計画は今のところ、何事も無く進められている。 早ければ近々、全てが変わるはずさ」
「わかった」
ゼクスの返答に満足げに微笑むと、ソルトアは足取りも軽く研究所を後にした。
その後姿が完全に闇の向こうに消え去るのを見届けてから、ゼクスは深くため息をつく。 そしてその場で首をかしげた。
何故ため息などつくのか。 見当もつかない自分自身の感情に、戸惑っていたのかもしれない。
後悔などという言葉を使うつもりはなかったが、感傷、のようなものに浸るくらいは許されるのかもしれない。
闇の中再びついたため息は、やはり闇の中に溶けていった。
「……メアリー。 メアリーちゃん」
「っ」
暗闇の中に囚われていた意識をしっかりと手繰り寄せ、現実に回帰する。
メアリー・メイは巨大な機械の塊の上に築かれた玉座に腰掛けていた。 その服装はパイロット用のスーツに近く、同様に周囲から伸びてきた様々なケーブルが全身に接続されていた。
アーティフェクタ第二運用本部。 それはメアリーの所属する部署であり、ジェネシス本社ビル地下ではなく、ジェネシス本社が存在する最下層プレートに存在する。
本社ビルからもある程度離れているが、交通の利便的には不便ではない。 ただ今は、レーヴァテインの暴走に伴い、第二本部と第一本部を直通するエレベータが不通になっている為、若干不便ではあった。
その第二本部の一室、薄暗い部屋の中、様々な回線が張り巡らされた部屋がある。 現在その部屋に正式な名称はつけられていないが、職員たちはそこを『メアリーの部屋』、『リアライズ』などと呼んでいた。
無論その名称の所以となるものがそこにはある。 そしてその部屋こそ、第二本部が設立された最大の理由といってもいいだろう。
第二本部は数の増えた機動兵器の管制を行う為に設立された、というのが表だった理由であり、その役割も確かに担っているのだが、極端な話それは隠れ蓑に過ぎない。
本社にも知られていないその部屋こそが、第二本部を設立するのに絶対的に必要だった最大の理由だと言えるのだ。
「メアリーちゃん、大丈夫?」
「……はっ、はいです! ちょっと、寝ちゃってただけです!」
「それは大丈夫じゃないんじゃないかなぁ〜」
「はうあ!?」
間抜けなやり取りが続く。 メアリーが見下ろす場所にはオリカ・スティングレイが腕を組んで笑っていた。
超巨大な機械の塊は、れっきとした意味を持つものである。 通称リアライズシステムと呼ばれるそれは、メアリーにしか操る事の出来ない、メアリーのためだけに生み出された装置だった。
気づけば少女の身体は汗まみれだった。 リアライズシステムはメアリーの身体に大きな負担をかける。 それは体感しているメアリーでさえ気づかないほど表面的には何もないが、他の部分で必ずしわ寄せはやってくるのである。
その事を鑑みれば、オリカが中止の指示を出したのも当然のことだった。 玉座から降りたメアリーは解いた髪を揺らしながらオリカの元まで駆け寄った。
「すいません、司令……。 また失敗しちゃいました」
「いいんだよ、あせらなくても。 リアライズのほうがまだ調整できてないのかもしれない。 またもう少し、考えてみるから」
くしゃくしゃとメアリーの頭を撫で回すオリカ。 その笑顔にほっと胸を撫で下ろし、メアリーはオリカの胸に飛び込んだ。
小柄な少女の身体を抱きとめながら、オリカは考えていた。 リアライズシステムが有効に発動しないのは、なぜなのか。
それはきっと機械的な問題ではなく、世界的な問題だとオリカは考える。 比喩などではなく、シンプルにそうなのではないかと。
だが、急ぐ必要があるだろう。 このままいつまでも発動できないままというわけにもいかない。 多少メアリーに無理をさせてでも、実験を継続させるべきなのではないか。
そんな思考も、少女の笑顔を見ていると途切れてしまう。 かつては目的の為ならば全てを犠牲に出来た少女は、気づけば優しさが足かせになる年齢になってしまっていたのである。
「ねぇメアリー。 きみが聞いている歌は、どうすればみんなに届くのかな?」
その質問の答えをメアリーは持ち合わせていない。 当然のことだった。 しかし小首をかしげ、それから呟いた。
「きっと、思いは一方通行じゃ届かないんだと思います」
その言葉の意味は、なんとなくわかっていた。
かつての自分を思い返し、オリカはメアリーを抱きしめる腕の力をほんの少し強めた。
⇒静寂、リアライズ(1)
「……はあ〜」
ため息と共に立ち上る白い湯気をぼんやりと見送っていた。
雨を吸い込んで重く冷たくなった服を脱ぎ捨てて飛び込む湯船はとても心地よく、久しぶりに『生きている』という感触を味わう事が出来た気がする。
ただまあ、気になることがあるとすれば……周りには他にも裸で湯船に使っている女性がいるということなのだが。
「なんでみんな、恥ずかしくないんだろ……」
白濁色に染まったお湯に深く沈む。 顔が赤くなっているのがばれなければ僥倖だ。
この国、日本と言うのはちょっと変わっている。 集団で風呂に入る習慣というのはいかがなものなのだろうか。
まぁ、大きなお風呂に入るのは気持ちのいいことなので、たまには悪くもないと思うけれど。
タオルで巻いた頭、その隙間から漏れる長すぎる前髪を指先でいじる。
何故伸びたのか。 きればいいだけの話なのに、私はそれがずっと心の中に引っかかっていた。
先輩との再会から、数時間が経過した。
数時間、というのは私自身の感覚であり、この場所では私の知る時間間隔を確かめるすべがないので、確かな事はわからない。
先輩が言うには、ここは日本という国らしいこと。 この世界には神はいないということ。 そして、この国はとても平和だということ。
陸の大地。 天然の自然。 偽りのない笑顔。 苦痛を知らない空。 暖かすぎて胸に突き刺さるような、生ぬるい空気。
一つ一つの感触が、私をこの世界からはじき出したがっているかのように、癇に障る――――。
「やめよ……」
考えたところでわかるようなことではない。
ユグドラシルという、この世のものではないものにかかわるのならば。
それくらいはきっと、覚悟していて当たり前だって、誰もが言うだろうから。
「……先輩、もう出ちゃったかな?」
ここは銭湯という施設で、周囲の住民が共同で利用する施設らしい。
みんなで入るお風呂、というものらしい。 概念的には理解できるけど、感覚的には不思議なものだ。
男女で入る湯船が別れているそうだけれど、そういう問題ではないだろう。 人前で裸になるという習慣が既におかしいのだ。
日本とは狂気の国だ……。 私は他に入っている数少ない女性客が全員いなくなるタイミングを見計らい、湯船から飛び出した。
長湯しすぎたせいで少しだけ頭がぼーっとしている。 しかしあの白いお湯から飛び出せばもうそこはほら、裸なわけで。 うーん。
髪を拭きながら暖簾をくぐり外に出ると、先輩は雨の音に耳を澄ませていた。
出入り口である扉の付近、壁に手をあてぼんやりと空を眺めるその姿はとても素敵で、腹が立つほど心臓がどきどきしていた。
「先輩」
「……おかえり。 なんか、長かったね妙に」
「先輩が早すぎるんですよ」
わしわしと髪を拭く。 服はどっちにしろ濡れているので本当に気持ち悪いが、今はひとまず我慢するしかないだろう。
気候は暖かく、それは今の状況にとってみれば僥倖であると言えた。 それでも濡れた服は体温を奪い去り、少し……かなり、寒い。
タオルを頭の上に乗せたまま腕を組んでため息をつくと、先輩は私を見て苦笑していた。
「何ですか?」
「いや。 アイリス、ちゃんと頭拭いた?」
「えっ? あっ、いやっ、その……っ」
先輩は徐に私の背後に立つと、タオルで髪を拭いてくれた。 子供扱いされているようで無性に恥ずかしかったが、手馴れたその指の動きは心地よかった。
「…………なんか、なれてませんか?」
疑問を率直に投げかけると、先輩は楽しそうに語ってくれた。
「エアリオがさ。 髪濡れっぱなしで家の中ウロつくから、ボクがよく頭拭いてたんだよ。 あいつホント、なんていうか……てきとーだからさ」
それはわかる。 あの人はなんていうか、てきとーだ。
懐かしい感触を楽しんでいるかのような先輩の仕草に、ちょっとだけエアリオに嫉妬する。 いつもこうしてもらってたんだろうか。 全く……。
「そういえばアイリス……背、伸びたよね」
「……あれからもう、二年ですから。 でも伸びたのは、先輩の方じゃないですか?」
なんというか、最後に彼を見た時まだ彼は幼さを残すきれいな容姿をしていた気がする。
けれど今は一回りたくましくなって、なんというか……きれいというよりは、かっこいいという表現に変わったような気がする。
背はちょっぴりだけど伸びたっていうのに、先輩はそれよりぜんぜん大きくなっていて、私たちの背格好は前と変わらないままだった。 むしろ差が開いてしまっただろうか?
「も、もう結構です! いつまでやってるんですか!?」
「え? だって気になるじゃないか、中途半端にやると後々」
「そんなとこばかり生真面目にやらないでください! もういいです離して下さい!」
「ご、ごめん」
雨音が耳に響く。
一本の傘を広げ、私たちは肩を寄せ合って歩いた。
沢山の訊ねたいことや伝えたい思いがあったはずなのに、そこにある顔をいざ見つめると、何一つ言葉は浮かばなかった。
そんな自分はきっと愚かで。 どうしようもなくて。 でも別にいいやなんて思ってしまう自分は、もっとどうしようもない。
たどり着いたのはぼろぼろのアパートだった。 桜の木が一本立っているだけの庭を超え、私たちは部屋に入る。
それがまた何もない部屋だった。 生活感というものが見当たらない、そんな部屋。 先輩は数少ない家具である箪笥から服を取り出し、私に手渡した。
「着替えてきたら?」
「は、はい」
男物のワイシャツと、黒ズボンだった。
なんというか……まあ、確かにスカートとかあったら確かにあれなんですが。
背を向けて着替えを済ませ……そのシーンは個人的理由にて割合する……私たちは畳の上、向かい合っていた。
なんというか、とにかく服がだぼだぼ過ぎたので裾を折りたたんでいると、先輩は床の上に転がって窓の向こうに見える雨空を見つめていた。
「あの……」
「うん?」
「色々と、判らない事があるんです……。 先輩はその答えを、ご存知なんですよね?」
彼はゆっくりと私へと視線を移し、それから真っ直ぐに瞳を見つめてくる。
ここはどこなのか。 そもそも何で先輩がここにいるのか。 私がここにいるのか。
気になる事は山ほどあって、でもその答えのどれもが想像もつかないことで。 だから先輩もきっと答えに詰まっているんじゃないかと思った。
でもどうしても一つだけ、訊ねなくては気がすまない事があった。 私の唇は自然とそのために動き、言葉を紡ぎだす。
「どうしてなんですか……? なんで、帰ってきてくれなかったんですか……?」
後半は声が震えていたかもしれない。 喉がからからで、もう本当に全身つかれきっていた。
先輩は実際に目の前に居て触れる事も出来て暖かくて優しくてあの頃と何も変わらないはずなのに、その返答だけが気になっていた。
約束、どうして守ってくれなかったのか。
彼は帰ってくるっていったんだ。 なのにここは、元の世界じゃない。 私たちのいた世界じゃない。 帰るってどこに? いつ? どうやって?
そもそもそんなの先輩が一方的に決めただけのことで。 だから、私は何一つ納得なんかしていないんだ。
「なんで、一人で勝手にかっこつけるんですか? それがかっこいいと思ってるんですか? だったら貴方は最低です……。 みんなの思いを裏切ったんですよ、貴方は……っ」
みんな、先輩の為に戦ってくれた。
利害関係を超えて、誰もが先輩の為にかけつけてくれたんだ。
二年前のあの日、絶望的な死の象徴を相手に、誰一人怯む事無く立ち向かう事が出来たのは、きっと心のどこかで貴方を信じていたから。
そう、私は信じていたのだ。 少なくとも、私は。 貴方が、きっと、何とかしてくれるって。
でも何とかしてくれたはいいけど、あんなのってない。 あんなのじゃ誰も救われない。 矛盾した事を言ってるのはわかってるの。 でも、そんなの嫌なんだ。
「私たちは、こんな場所に居るべき人間などでは、ないでしょう……?」
先輩は私の言葉を心の中で吟味しているかのようだった。 浮かばない表情を浮かべ、それから深く息を吐き出す。
「ごめん、アイリス」
それから彼はそんな事を言った。
「確かにオレは、みんなの期待を裏切ってしまったのかもしれない」
「…………」
互いに視線を逸らした。 何故だろう、どうしてかぎくしゃくしてしまうのは。
思い続けていた私の理想との齟齬が、ゆっくりと心を反比例させる。 汗ばんだ掌をきつく握り締めて、私は息を止めた。
「私が貴方の事……どれだけ心配したか、想像できますか……っ」
「……?」
搾り出すようにようやく口にした言葉に対し、先輩は目を丸くしていた。
「心配ってなに?」
「……〜〜〜〜ッ!!」
途端、顔が真っ赤になった。 何でこの人はそういうことに何一つ気づけないんだろうか。 馬鹿なんじゃないか本当に。 馬鹿なんじゃないか。 もう、馬鹿なんじゃないか。
「えっと……アイリスは怒ってるんだよね? オレが、勝手な事したから」
「怒ってますよッ!!」
「でも、心配してたの?」
「うぁ……っ! そ、そうです! 両方ですっ!!」
「両方……?」
「にっ、人間の感情と言うものは時に齟齬が発生するというか……そのっ、とにかく心の中に相反する二つの感情が両立するという、とても不可思議な現象に陥ることがあるものなのですっ」
「……ぷっ……あははっ」
「わっ……わらうなぁっ!!」
恥ずかしすぎてもう何を言っているのかさっぱりわからないけど、頭の中は冷静だ。 うん。
先輩を黙らせようと飛び掛ると、そのまま私たちは共倒れになってしまった。 共倒れという表現で大体どんな状況なのか察してくれると非常に助かる。
殆ど押し倒すような……いや、事実押し倒したわけだが、ともかくそんな状況で、暗闇の中、先輩は倒れたまま私を見上げていた。
私はただ先輩の顔の横に着いた腕が痛いな、とか……喉が渇いたな、とか……そんな事ばかりしか考えられなくて、頭の中はクールダウンしているはずなのに、なんというか、やはりきっと正常ではなかったのだろう。
「好き、なんです……貴方の事が……」
だからきっとそう、自然とこぼれたそんな言葉も、私がどうかしていた結果なのだろう。
「帰ってきて欲しいんです……。 貴方が居ない世界は、とても味気なくて……。 幸せを知ってしまったからもう、そうでなければ不幸なんです……」
私の世界は、もともと無味無臭だった。
いや、きっと味もにおいもあったはずなのに、私はそれに気づく事が出来なかった。
朝起きて学校に行って。 勉強して寝て。 そんなルーチンワークがあたりまえだった。
きっとそんな当たり前の中にあった沢山の幸せを踏みつけにして、気づけないで、私は生きていたんだ。
例えば……図書館で一人の時、窓からさしてくる夕日の赤色とか。
誰かと並ぶ台所とか。 友達と勉強する教室とか。 ちょっと苦手な体育の授業や、派手すぎる姉さんが見繕ってくれた服とか。
みんながいて、私がいて。 先輩がいてくれた。 大切なもの、一個一個少しずつ失って、ようやくその大切さに気づく事が出来る。
そんな馬鹿な生き物なのだ、私は。 人間は。 それは仕方のないことで、でも言い訳をするつもりはなかった。 ただ私は、子供だったんだと思う。
「何をすれば、戻ってきてくれますか……? 私、何でもやります。 みんなも待ってます。 みんなみんな、貴方を待ってます。 私、どうしたらいいんですか? 教えてください先輩……。 私に、何が出来るのか……」
懇願という言葉があるのだとすれば、私は今まさにそれを使いたい。
「……アイリス……」
「うそだと、思いますか? 私の目をよく見てください。 私は……いつも、上手く貴方に話す事ができません。 貴方以外にも、そうです。 でも……」
素直に言葉を話せない事も在る。 でも、皆はそんな私でも受け入れてくれた。
だからせめて瞳には真実を宿していたい。 じっと、先輩を真っ直ぐに見詰めた。
「それは……Like……じゃなくて?」
「残念ながら多分……Loveの方です」
「Loveの方か……」
「Loveの方です……」
互いに黙りこんでしまう。 先輩は身体を起こすと同時に私の身体を強く抱き寄せ、それから目を閉じた。
「そっか……。 ごめんね、アイリス」
「どうして、謝るんですか……?」
「まだボクは、帰れないから……」
「…………」
当たり前だ。
帰れるのなら、とっくに帰ってきているだろう。
帰れない理由があるから、帰ってこないんだ。
帰れるわけが、ない。
「うそつき……」
でも。
納得できないよ……そんなの。
この世界に来て二度目だ。 先輩に抱きしめられるのは。
暖かくて苦しくて、切ない。 それはきっと、それが今だけのものだと私が知っているからなんだろう。
次はない……そう。 次に先輩に会えるのは、こうして一緒に居られるのは、いつになるかもわからないんだ。
涙でぐしゃぐしゃになる視界。 先輩はどんな顔をしていただろう。
ゆっくりと唇を寄せる。 先輩はそれを拒む事は無く、当たり前だけど、唇は重なった。
ここまではなんとなく知っていたけれど、結局その後どうすればいいのかわからなくなり、何度か啄ばむようなキスを繰り返しながら、私は自分の恋愛経験の疎さに嫌気がさしていた。
「ねぇアイリス」
「……はい?」
「世界って、なんだろうね……」
泣いているのは私のほうなのに、何故だろう。 本当に泣いているのは、先輩の方のような気がした。
この人が抱えてるものってなんなんだろう。 それは私には想像もつかないことで。 だから、私は何も言うことができなかった。
遠く、空から降り注ぐ雨音が全ての雑音を消し去っていく。 思考が鈍くなり、なんだか全てが急速にどうでもよくなってしまった。
自暴自棄というよりは疲れすぎていて限界で、もう歩く事も出来ないような、そんな状態である。
「はれ……? なんで……せんぱい、なんかふらふらします……」
「……そりゃ、度重なる次元移動のせいだよ。 今は少しだけ眠って。 アイリス……」
それは魔法の言葉のようにどんどん私の瞼を重くする。
気づけば私は眠りの世界に引き込まれ、先輩の温もりに体重の全てを預けてしまった。
何も無くなった感覚の中、彼が髪を撫でてくれた感触だけが、幻のように記憶に残っている――――。
そうして翌日。
目を覚ますとそこに、先輩の姿は見当たらなかった。
エアリオ&カイト「「 祝! 無印レーヴァテインアクセスユニーク一万突破〜! 」」
カイト「いきなりなんだ? と思った人がいっぱいいそうだが、ともかくそういうことなんだ! みんな、どうもありがと〜っ!」
エアリオ「無印版『霹靂のレーヴァテイン』の連載開始から実質五ヶ月が過ぎ去ったわけだが、まさかユニーク一万も行くとはなぁ」
カイト「これも俺たちの活躍のおかげだなっ」
エアリオ「ん。 でもなカイト。 ふつーに一日二千とかユニークアクセスがある小説もざらなんだぞ、このサイト」
カイト「…………(空いた口がふさがらない)」
エアリオ「世の中上には上がいるということだな、うん」
カイト「それでも作者の作品の中ではぶっちぎりで多いんだし、やっぱり嬉しいと思うけどなぁ」
エアリオ「事実関係は何にせよ、本当に読者様には感謝してもしきらないな。 今のうちに媚を売っとけばおまえの人気もアップだぞ」
カイト「そういうことは言わなくていいからな!?」
〜小休止〜
エアリオ「でもま、思い返すと色々とあったな」
カイト「そうだなあ。 書き始めた頃はアクセス数も酷いもんだったからな……」
エアリオ「文章もな」
カイト「それは言うなよ!?」
エアリオ「今もけっこうひどいけどな」
カイト「ひどいな!?」
エアリオ「まあ、今は無印の話に限ることにしよう。 といっても、五ヶ月も前のことはぜんぜん覚えてないけど」
カイト「ほんと、無計画にやってきたよなあ。 きっと読んでくれている人はとても心優しい人に違いない」
エアリオ「初代の読了時間はおよそ1200分超だぞ。 暇人なんだろうな」
カイト「そういうこと仰っちゃだめだからっ!!!!」
エアリオ「冗談はさておき、本当に貴重な時間を割いてくれてありがとう。 みんなのおかげで作者は執筆活動を続ける事が出来るんだ」
カイト「いやあ、ほんとありがたいよなあ。 続編のこっちも、ユニーク3000超えたし。 このペースでいけば、初代よりは人気になれるかな?」
エアリオ「……ほんと、続編まで読んでくれる人は暇人と言うほかないが、ありがたくて仕方がないな」
カイト「よし、じゃあ感謝の気持ちを込めてお礼を言おう!」
エアリオ「ん」
エアリオ&カイト「「 みなさん、どうもありがとうございました〜! 」」
カイト「これからもレーヴァテインをよろしくなっ!」
エアリオ「見捨てないでくれー……」
カイト「……でさ、なんで急にこんなあとがき?」
エアリオ「ん?」
カイト「だってさ、ユニーク一万超えたの結構前だぞ? 日々増え続けてるわけだし……なんで今?」
エアリオ「改めて見たら作者がびっくりしたらしい。 それと、暇つぶし」
カイト「身も蓋もない!?」
本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。