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瞳、その向こうに(2)


「馬鹿な……レーヴァテイン、だとォッ!?」


ヴァルハラでの乱戦は、圧倒的に襲撃者の有利であると言えた。

しかし、うちの一人がその名前を叫んだ瞬間、戦場の空気は一変したとも言えるだろう。

あらゆるものが振り返り、その名前を頭の中で反芻する。 空を舞う漆黒の陰はハイウェイに着地し、両手の銃剣を振るう。


「何故ここに『霹靂』が……!? 貴様は、二年前にぃっ!!」


「そいつは――――俺が知りたいくらいだぜぇっ!!」


近づいてきた二機のスサノオの両手足を切断し、振り上げた足で頭部を大地に叩きつける。

巨大なクレーターの中心、燃え盛る黒い陽炎の中、レーヴァテインは顔を上げた。


「すごい……! たった数分で、もう五機も制圧……!」


司令部で歓声が沸いた。 オリカは腕を組み、それから小さくため息をついた。 それは、安堵の感情から来るものだ。

オリカ・スティングレイはカイト・フラクトルを過小評価していたつもりはない。 しかし、それさえも過小評価だったのだろう。

そんな心配など要らないほど、カイトは強かった。 レーヴァテインの適合者として、それこそリイドに並びかねない天才――――。

そして、ジェネシスの歓声は同時に襲撃者にとっては絶望の号令でもある。 キョウは小さな小型のモニタで仲間たちが次々に撃墜されていくのを確認し、動揺していた。


「そんな、一瞬で五機も……。 何なん、あの化物……。 このままじゃあかん……! マサキちゃんまで、殺されてまう……っ」


モニタを片付けて駆け出した。 混乱する町の中、人の流れを無視して戦場に走る少女が一人居たところでそれを気に留めるものは誰もいなかった。


「無理だな」


その小さな言葉はマサキの操るスサノオのコックピット内部で漏らされた。

背後に拘束された歌姫は哀れむような瞳をマサキに向けていた。 レーヴァテインが出現したという事実――――それだけでもう、状況は絶望的だ。


「それがどうした! 相手があの霹靂だろうが、ぼくは……ッ!?」


「見つけたぜッ!! 最後の、スサノオ――――ッッ!!」


叫び声に意識を正面に集中する。 既にマサキは四機のヘイムダルを撃墜していた。 その残骸の陰に隠れるように後退しながら両手の刀を構える。

振り下ろされた銃剣。 それを真正面から受け止めず、機体を半回転させながら弾き飛ばし、煙幕を放出しながら上空に跳躍する。


「ダミーがあれだけあんのに、なんで場所がわかるんや!?」


「知らないのか? こいつは……ジェネシス本部のより優秀なさ索敵能力を持ってるんだよ!」


レーヴァテインの後部座席、光に照らされ、銀髪の少女がゆっくりと瞳を開く。

上空で何度も刃を打ち合わせる二機。 その後部座席で、二人の少女は確かに互いに存在を感じあった。


「「 そこに、いる 」」


二人が同時に呟いた瞬間、マサキの叫び声が青空に響き渡った。

脚部から放たれた無数のミサイル。 その執拗な弾道を射撃モードに切り替えた銃剣で撃ち落していく。


「相手がいくら強かろうが……ッ!! ジェネシス如きにぃいいいっ!!!!」


「殺すなッ!! これ以上ッ!!」


切りかかったスサノオ。 しかし弾幕の中から姿を現したティアマトは見たこともない姿をしていた。

全身を漆黒の翼で覆い、一直線に突撃してくるのである。 即座に切りつけるものの、何故か折れていたのはスサノオの刀のほうだった。


「防御能力……シールドやとっ!?」


天の石版、という能力がある。

ティアマトの翼その一枚一枚が既に対神効果を持つシールドであり、勿論それは物理的にも障壁となる。

その効果は凄まじく、その力があったゆえにかつてのスヴィア・レンブラムはあのオーディンと戦う事が出来たとも言えるだろう。

漆黒の光を放ち、刃をへし折った翼を広げ、カイトは雄叫びと共に斬りかかる。

一瞬で反応し、回避行動を取るマサキだったが、そこは機体の性能が違いすぎた。 腕を切断され、さらに頭部を撃ち抜かれ、スサノオはバランスを崩しビル郡に転倒する。


「メインカメラが……!? サブに切り替えな――ッ」


「遅いッ!!」


振り下ろされる刃。 しかし、それは直前で止まっていた。


「もうやめてえっ!! これ以上、うちらの大事なものを壊さんといてえっ!!」


悲痛な叫び声が響き渡ったからである。

その声の持ち主は誰もが逃げ去った無人の町の中、トランクを抱えて汗と涙を流しながらスサノオの傍らでレーヴァテインを睨みつけていた。

瞬間、カイトの思考が停止した。 目の前の現象を忠実に受け止める事が出来なくなったのかもしれない。


「どうしてこんなところに民間人が……」


「――――違う、あいつは」


エンリルの言葉を遮り、カイトは地上を睨みつける。


「何やってんだキョウッ!! さっさとそこをどけ!!」


「カイトちゃん、違うねん! うち……うちなあ……」


「――――……そだろ? カイト……なのか?」


銃口を突きつけた相手から聞こえた声。 カイトは目を見開き、過去の会話を思い返す。


『うんっ! あ、そや! あのなぁ、マサキちゃんも来とるんよ〜』


唇が乾く。 息を呑む。 そんな事はないと願いながら、カイトは目を閉じた。


「マサキ……なのか」


「……カイト……?」


二人の言葉が重なる時、運命が徐々に動き始めた。




⇒瞳、その向こうに(2)




「何故貴方がここに……」


突然の乱入者を前に、私の思考処理は限界に近づいていた。

この不可解な状況の中、残り二十分……あれから既に二分経過して残り十八分。 ともかくその僅かな時間の中、私は元の世界に戻らなければならない。

だというのに、なぜこうも最悪のタイミングで現れるのか。 私たちを絶望の奥底に突き落とした悪魔のような男が。

ユピテルは薄ら寒いほど先輩と同じだった。 表情さえ違えど、その他はすべて同一だったと言えるだろう。

彼はポケットに両手を突っ込んだままゆっくりと近づくと、私の目の前で笑う。


「そんなに怖がるなよ。 まだ殺しはしないさ……今はまだ、ね」


「……今はまだ?」


ユピテルとメルキオールは互いに向かい合っていた。 性別が違うだけで二人は同じものだと思う。 だからきっと、双子のようなものだった。


「久しぶりじゃないか、メルキオール。 探したよ」


「出来れば出会いたくなかったけれどね。 まあこれも運命……仕方のないことさ」


二人の態度は足並み揃わず。 互いに別々の感想を漏らす。

その瞬間、場の緊張感のようなものが臨界点に達した気がした。 そして私の我慢も臨界点に達したのだ。


「ああああああああああっ!!!!」


何故か私は叫び声を上げ、テーブルを両手でぶったたいていた。

きょとんと、目を丸くする二人。 だが知ったことではない。 二人だって私の事を無視して話を進めているのだ。 上等ではないか。


「残り時間十五分!! このくだらないにらみ合いのせいで私が元の世界に戻れなくなったらッ!! どう責任取ってくれるんですか!?」


ユピテルの胸倉をつかみ上げる。 彼は目を丸くしたまま、何の反応も示さず両手もポケットに突っ込んだままだった。


「どうやってここにきたのかそもそもなんできたのかそれ以前に先輩はどうしたのか諸々そんなのは後回しです!! 貴方! 私を連れて行くというのならば急ぎなさいッ!! 時間が無いのがわからないほど脳みそカラッポなんですか!?」


やらなければならないことがある。 こんなところでタイムロスしている時間などないのだ。

ああ、こんなことをしているうちにも時間は過ぎ去っていく。 ふざけた展開だ。 ああ、ふざけている。

こんな風に仕組んだ奴がいるとしたら、顔面をぶん殴ってやらなくちゃ気がすまない。 ああ、何度も何度も。 ぶん殴ってやる。

目の前のこの男も……全てが終わったら殴ってやる。 何度でもだ。


「……ふ。 あはははは! あは! あははは!!」


胸倉をつかみあげられた状態のままユピテルは笑い始めた。

目じりに涙を浮かべながら、覚めきらない笑いの余韻を含んだまま、彼は私の頬に手を伸ばした。


「面白いねぇ君! いいだろう、望みの通りに!」


両手を広げたユピテルの背後の空間が開かれ、そこから巨大な腕が伸びてくる。

その先に居るもの――私は知っている。 銀色の闇、オーディン。


「エスコートしよう! 君が望む世界へ!」


まるで舞台演劇のようだった。 ユピテルは無邪気に笑いながら、仰々しく礼をする。

それがまるで邪気のない行動で、何故かその時私はユピテルが悪いものであるなんて、そんな風には思えなかった。

彼が伸ばす手を取り振り返ると、もうそこにメルキオールの姿はなかった。


「ねえ、どこにいくの?」


「それはアイリス次第だね」


「はぐらかさないで」


「それは無理な話だよ。 なぜならボクは、そういう性格だからね」


くすくすと、笑って見せる。 まるで悪戯を楽しむ子供のように。

その笑顔に戸惑っているのはきっとそう。

あの人の笑顔に、少しだけ似ていると思ってしまったからなのだろう。

私は憎しみを込めて彼を睨みつけるべきだったのだろう。

大切な人を奪い去り、大切な日常をぶち壊しにした、この最悪の敵を。

しかし私の口から出てきた言葉は、自分でもありえない、予想だにしないことだった。


「仕方のない人ですね」


世界が消えていく。

まるでそれはガラス細工のようだった。

ばらばらに砕け散って消えていく愛しい景色のその向こうに、私は私の身体を私に返す。


「きれい」


呟いた言葉。 虹色に砕けた世界のカケラを、私は愛しく思っていた。

握り締めた破片。 それは粒になって消えて、実体のないものになった。


「では行こうか。 色々とお待ちかねだよ」


虹色の景色の中、何もない空間にオーディンが浮かんでいる。

その大きな掌の上、私たちは手を握り締めあった。 が、別にそれは彼に対して特別な情念を抱いているとか感情がどうこうとかそういうことではなく、断じて無く、ただ彼の手を握り締めていないとこの掌から落ちて二度と戻れないような気がして怖かっただけであり、本当に他意はない。

他意は……ないはずだ。


「〜〜♪」


振り返ると、彼は歌を口ずさんでいた。 その様子はとても満足そうで、何故あの時彼はあんなふうに私たちに向かってきたのか、それが判らないくらいだった。

ユピテル。 オーディン。 そう、私は思う。


私は、世界の事を……先輩の事を……どれだけ理解していたのだろう、って。


彼が口ずさむ歌声だけが、虹色の世界に響き渡っているようで、それはまるで、夢の世界のようだった。




「「 うおおおおおおおっ!! 」」


二人の声は、同時に空に響き渡った。

距離を置いたカイトとマサキ。 カイトは銃剣を、マサキは予備の刀を構える。


「なんで、カイトちゃんが霹靂の魔剣に……? マサキちゃん、戦っちゃあかん! 二人とも、戦っちゃあかんってぇっ!!」


「それが――」


「どうしたああああああッ!!」


二機の刃がぶつかり合う。 二人の意見は完全に一致していた。

確かに動揺はある。 複雑な思いではある。 しかし、だからといって、刃を下ろす理由にはならない――――!

激しく打ち合う二機。 何度も刃をぶつけ合い、がむしゃらに殴りあう。

マサキにしてみれば、カイトがレーヴァテインに乗っているということは許せないことだった。

東方連合……いや、難民が霹靂の魔剣などと、レーヴァテインを呼ぶ理由。 魔剣、という言葉は決していい意味ではない。

持つものを呪い、近づくものを傷つける暴走する刃。 それは強すぎる力であり、そしてその力をジェネシスは人間の為に使わなかった。

まさに、自分たちを見殺しにした象徴。 それが霹靂の魔剣、レーヴァテインなのである。

そのパイロットが、よりにもよって、自分たちが憧れていたあのカイト・フラクトルならば。 それは決して許せることではない。


「裏切り者がああああああ〜〜〜〜ッ!!」


マサキがそう考えるのもおかしなことではなかった。 第一のアーティフェクタのパイロットが、リイド・レンブラムであるということを、彼は知らない。

そしてカイトもまたマサキを許せるはずもなかった。 約束した、誓った、守ると。 その町を、人々を、容赦なく葬り去ったテロリスト。

許せるはずがあるだろうか。 互いに、自分たちだけのことならばきっと二人は許しあう事が出来ただろう。 だがもうこれは、子供の喧嘩ではない。

マサキは、自分だけではない。 同じ難民と、そしてキョウの思いを抱えている。

カイトもまた、自分だけではない。 イリアや、仲間たちとの思いを抱えている。

双方刃を収めるわけにはいかず、そしてためらう理由とするには少々不出来だった。


「カイトさん! あの機体の中には、エアリオが!」


「判ってる!! コックピットは攻撃せず、行動不能にする!」


だが言うほどそれは簡単な事ではない。 故に上手く戦えず、決定打となる攻撃を仕掛けられないでいた。

マサキはそれを理解している。 卑怯な手だといわれようが構わない。 勝った者こそが。


「勝たなきゃ意味がないんやアアアアッ!!」


レーヴァテインの装甲に、初めて刃が届いた。 しかし、その刃は表層のフォゾン装甲に阻まれ、なんらダメージにはならなかった。

刃を掴み上げ、へし折り、ティアマトは全身する。 伸ばした指先の指示に従うように、翼が分解され、スサノオに迫る。


「何!?」


上空から落下したその鉄板のような翼は一瞬でスサノオの周囲に突き刺さり、降りのようにスサノオの身体を拘束する。


「終わりだ、マサキ……!」


「こんなものでスサノオを封じたつもりに……!?」


そうしてようやく気づいたのだ。 機体が全く動かない事に。

ティアマトの翼は封印の翼。 それに取り囲まれれば、スサノオの機能を停止させるくらいは容易いのだ。


「ぼくが……このぼくが負けた……? あの、魔剣に……」



「ぉぉぉぉぉおおお待たせしました〜〜〜〜ッ!! 真打登場だっぜぇ!!」



声はレーヴァテインの後方からだった。 反応が一瞬遅れ、カイトは攻撃をまともに受ける事になった。


「何いっ!?」


市街地を吹っ飛ばされていくレーヴァテイン。 空中で姿勢を整え、何とか着地するがビルやら何やらに派手に衝突したせいで直ぐには立ち上がる事が出来なかった。

目にしたのは不恰好な機体だった。 外見認識的にはスサノオだと判るのだが、その両腕が大きく違っている。

通常のスサノオの二倍以上の大きさを持つアンバランスな両手。 背中には巨大な棍棒を携えている。


「隊長――!?」


「おいマサキ。 寝てる暇があったらさっさとイヴ連れて撤退しろ。 ついでに落ちこぼれも拾ってな」


「……了解」


乱入者の棍棒一振りで天の石版を振り払い、マサキのスサノオを救出する。


「逃がすか!!」


「カイトさん、うかつに突撃しないでください! 周囲にまだ、スサノオの反応が二十機近くあります……!」


次の瞬間、次々に向かってくるスサノオの部隊が一斉に放ったミサイルとフォゾンライフルの集中砲火がレーヴァテインに襲い掛かった。

いくらなんでも防衛に回るしかなくなったレーヴァは、天の石版を自分の周囲に展開し、攻撃を防ぐ。 しかしそれはマサキから注意を逸らしてしまうことに他ならなかった。


「おいお前ら! マサキを援護しつつ脱出だ! 霹靂の魔剣は――――俺と手合わせ願うぜえええっ!!」


棍棒を片手に、ぐるぐるを回転しながら殴りこんでくるカスタム機。 石版で防御し、カイトはすぐさま斬りかかる。

しかし、その不恰好な外見にそぐわず、機体は恐ろしい速度と動きで攻撃を回避し、代わりに反撃の蹴りを受けてしまった。


「何だコイツ!? 尋常じゃねえぞ!?」


「アーティフェクタといえども、中身はただのガキだろ!? ぎゃははっ!! 勝てるわけねぇぇええだろぉおお!? 怖い怖い、大人によおッ!!」


レーヴァテインが繰り出した足払いを、地面に突き立てた棍棒を支柱に回避し、空中から蹴りかかる。 それを防いでも、ガードごと棍棒で吹き飛ばされる。

決定的な打撃は受けないとしても、ダメージは蓄積される。 舌打ちし、カイトは距離を置いた。


「どうした? アーティフェクタなら特殊能力の一つや二つ、持ってるもんだろ? 使ってみろよボウズ!!」


「……くそっ! 好き勝手いいやがる!」


「カイトさん……」


エンリルは眉を潜めた。 なぜならば、それはエンリルも疑問に思っていたことだからである。

カイトは全身がフォゾン化し、一度死に掛けた。 それは極端なシンクロの上昇により現象が一気に進んだ為である。

しかしだからといって、そう――――。 今この瞬間も、殆どシンクロしない状態で戦っているのは、疑問であるとしかいいようがなかった。

だが、カイトはエンリルとシンクロするつもりはなかった。 シンクロするということは、エンリルの心に土足で踏み入ると言うことに他ならない。

出来ればそんなことはしたくない。 それに、シンクロすればフォゾン化は進む。 長くは持たない肉体でそれを行うのは、危険以外の何者でもない。

シンクロの度合いによって能力の使用可能領域は変化する。 シンクロが極端に低い状態である今、ティアマトが持つ多くの能力は使えない状態にあった。

そうでなければ。 レーヴァテインが量産機に遅れを取るなどという、この状況は成立し得ない。


「何を心配しているのか手に取るようにわかるぜ? 相方の心配か? それとも、おまえ自身の肉体の心配か……? ぎゃはは、くだらねぇな。 くだらねぇよッ!!」


振り下ろされた棍棒。 レーヴァテインは肩膝を突きながらその重量に必死で耐える。


「戦いにそんなものを求めるんじゃねえ!! 死ぬかもしれないから争いなんだろうが!? だからスリリングなんだろうが!? 相方だって一緒だろうが!! てめえが心配する以前にそいつは駒だ!! 上手く使えなきゃ駒にも失礼なんだよボウズ!! 偽善と欺瞞かボウズ!! それはなあ、ただの自己満足、自己中心ヤローのやることなんだよボウズッ!!!」


重量に耐え切れずコンクリの地面がめしめしと音を立ててへこんでいく。


「う…………ぉぉぉおおおおっ!!」


シンクロが高まる。

二人の間にある境界線がゆっくりと溶け合っていく。

しかし次の瞬間、カイトはそれをやめていた。

意識的であるのか、無意識的であるのかはわからない。 ただ、とにかく結果としてシンクロは成されなかったのである。


「カイトさん、どうして……」


「ちっ! くだらねえガキだな!」


蹴り飛ばされたレーヴァテインが大地に倒れる。

それを見届け、カスタム機もまたヴァルハラを去っていった。


「カイトさん……」


「判ってる。 何も言うな、エンリル……。 何も……」


「……」


カイトは静かに空を仰いでいた。

無論そこには空などない。 だからきっと、気分の問題だった。

レーヴァテインのコックピットから見上げる空。 倒れた無様格好のまま、カイトはため息を漏らした。



れーばてっ!


第八話

『男女がそろえば恋は可能だ』



「わ〜…! 懐かしいっ! 全然変わってないね、この辺は!」


明るい笑顔を振りまいて彼女は深く息を吸い込み、生きていることを楽しむかのように、やっぱり深く吐き出した。

派手な服装でボクの前を歩くイリアは乗り気ではないボクの表情とは正反対にとても楽しそうで、ボクはなんともいえない気分になった。

今日はイリアが転校してきてから始めての休日だ。 少しだけ暑い人工照明に照らされ、ボクはワイシャツのネクタイを緩めた。

イリアはなぜかボクの家を知っていた。 わざわざ家までやってきたかと思うと、朝っぱらからボクを町へと連れ出した。

一体何が狙いなのかはわからなかったが、眠い頭と落ち着かない心は表情に丸々出てしまうのか、多分きっとボクはとても不機嫌な顔をしていた。

二人して歩く町並み。 ちなみにボクは生まれてからこの方おそらくずっとこの町で暮らしてきたはずなので、別に珍しいものは存在しない。

見慣れた景色を歩くイリアは、なぜか『懐かしい』といった。 その言葉の意味をようやく脳が吸収し、ボクは疑問を吐き出した。


「イリアは昔、この辺に住んでたの?」


「うん。 本当に小さい頃なんだけどね」


「そうなんだ……」


自然とボクらの肩は並んだ。 それは別にボクがあわせようとしたわけではない。 イリアが勝手に合わせてくれたのだ。

ボクらの歩幅は違う。 男女なのだから当然のことだった。 けれどもイリアはボクにあわせ、当たり前のように笑ってくれていた。

それはちょっとすごいことだと思う。 彼女はボクの心の壁をつきぬけ、いつでも笑顔を届けてくれる。 そんな風に生きていくことが出来るというのは、尊敬にすら値すると思う。 少なくとも、ボクは。


「イリアはさ、なんで引っ越してきたの?」


「んー。 元々は上のプレートにいたのよ。 でも父さんが本社勤務になるんで、高級住宅地に引っ越してきたわけ」


「……本社勤務って、ジェネシス?」


「そう、ジェネシス。 あたしの父さんはね、科学者なのよ。 ジェネシスの電化製品開発室の」


ボクは楽しそうに家族の事を語るイリアの話に相槌を打った。

イリアの両親はともにジェネシス勤務らしく、とても忙しいらしい。 それでも仲の良い家族で、アイリスという妹……この間あったな……がいるということ。

それだけ聞いていると、それなりにお嬢様っぽく見えてくる。 確かにそれなりに気を使えば、れっきとしたお嬢様だろう。

パンク系ファッションの方向に気を使っているので、チョットお嬢様には見えないんだけどね……。


「そういえばリイドって二年より前の記憶がないんだよね?」


「うん。 別に困ってないからいいんだけどね」


「……二年前って事は、それより前のことはもう覚えてないんだよね?」


「二年より前は全滅だけど……それがどうかした?」


「べ、べつになんでもないけど……」


なぜか、イリアの表情が少しだけ曇った。

というよりは、少しだけいじけているように見えた。

それからボクは散々イリアの気まぐれなショッピングにつき合わされ……両手に紙袋を抱え、息を切らしながら町を練り歩いた。

正直体力があるほうではないし、女の子と一緒に歩くというのもめったに無い経験だったけれど、それを気にするほどイリアはボクにとって遠い存在ではなくなっていた。


「少し休憩しようよ……っ」


「もー、なっさけないわねぇ……。 もうちょっとシャキっとしなさいよ、シャキっと」


「むちゃくちゃだよ……」


額の汗をぬぐい、荷物をベンチに下ろした。

町の各所には、人工的に作られた自然公園が存在する。 人工的なのに自然公園。 なんか変だ。

まあともかく、ジェネシス管理の憩いの場である。 木陰でシャツを仰いでいると、イリアは木漏れ日に照らされながら遠くを眺めていた。

高台にある公園からは町を一望することが出来た。 上のプレートまで届くんじゃないかってくらい巨大なビルが立ち並ぶこの都市で、この場所だけは少しだけ雰囲気が違うような気がした。


「前にもここに来た事があるの」


「……元々ここに住んでたんだよね?」


「そ。 だから、帰ってきたっていうのが正しいのかな?」


腕を組み、彼女はボクに背を向けている。 真紅の髪が風に靡いて、きらきらと輝いていた。

まるで揺らめく焔のようだと、なんとなくボクは思っていた。 彼女は振り返らず言葉を続ける。


「リイドってさ……エアリオのこと、やっぱり好きじゃないんじゃない?」


「急になに?」


「見てて思ったのよ。 なんとなく、相性悪いんじゃないかなぁって」


脳裏をよぎるのはこの間の出来事だった。

相変わらずエアリオとはギクシャクしたままだし、確かにボクらの関係は良好なものだとは言えない状態だ。

それにしたって元々好きだとは言ってないのに強引に推し進めてきたのはイリアじゃないか。 勝手なやつだなあ。


「エアリオが別の男の子と付き合うんだったら、リイドは別の女の子と付き合えば良い……そうは思わない?」


「……アイリスに聞いたの?」


イリアはあいまいに笑ってごまかした。 これぞ姉妹ネットワークの恐ろしさというところだろうか。


「リイドはさ……あたしと付き合えばいいじゃない」


「はっ?」


なんですと?


「リイド・レンブラムは、イリア・アークライトの事が大好きだったのよ」


「……な、なにそれ?」


「さあ? どっかで聞いたセリフ。 で、それを真実にしてみない?」


それは……ボクに、君を大好きになれっていうこと?

振り返ったイリアは少しだけ照れくさそうにボクに手を伸ばした。 『だめ?』と訴えてくる上目遣いの瞳を見ていると、首を横に振る気力がどんどんそがれていく。


「……どういうつもりかしらないけど」


盛大にため息をつき、ボクは手を伸ばした。


「どうなっても知らないからね」


触れ合う指先。

イリアは無邪気に笑って、小さくうなずいた――――。



次回! ハートフル学園ラブコメディー『れーばてっ!』

なぜかイリアと付き合うことになってしまったリイド! しかし、付き合うということがどういうことなのかわからないリイドはイリアへの態度に困惑する!

一方、エアリオは二人の関係を知り、複雑な心境に! 真実は果たしてどこに向かうのか!


安っぽい売り文句にも慣れてきた次回! 『おしえてABC!』を、お楽しみに!


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