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瞳、その向こうに(1)


始まりの記憶は、風の音だった。


遠く、香る花の甘さ。 大きな腕に抱かれ、静かに眠り続けていた。

青年は、ただただ静かに少女を見つめ続けていた。 その距離は僅か、身体を揺らしただけで唇が重なってしまいそうな距離。

実際はそこまで近くはなかったのかもしれない。 けれども少女はそう感じていた。 ゆっくりと開く瞼の向こう、瞳に溢れる光の螺旋の中、そのシルエットを確かに捉えていた。


「おはよう」


彼は言った。 少女は静かに目を細める。

初めて目にした光は、少女の瞳にはまぶしすぎたのだ。 暗闇の中、静かに眠り続けてきた。 数え切れないほどの年月の果てに、ようやくその瞳に届いた光――。

だから、目を細める。 世界はかくも美しく、しかし溢れんばかりに世界を照らしあげる光は、少女の目には眩し過ぎた。

目のくらむような世界。 故に少女は目を閉じ、耳を済ませる。

五感を研ぎ澄ます。 身体に触れる青年の指先の温もりに。 静かに吹く、風の音に。


「……だれ?」


その言葉は無意識に飛び出したものだった。 少女が意識して言葉を話したわけではなかったのだ。

だが思えばそれは少女にとって致し方の無い事であり……そして同時に、それはきっと彼女の始まりの言葉だった。


「だれ?」


故に反芻する。 心の中で、そしてそれは再び唇を動かした。

ゆっくりと開く瞼。 淡く光りに照らされて、背にした眩さの中、青年は微笑んだ。


「――リイド。 リイド・レンブラム」


その姿は魂の奥底に刻まれ、忘れることは出来なかった。

何よりも印象的だったのはそう、きっとその光りや、温もりや、風の音などではなく。


きっと、そう。 光りに照らされ、くっきりと浮かび上がった、闇の姿――。


見開いた瞳の奥に、見えていたもの。


少女はその事だけ、どうしても、忘れ去る事が出来ないで居た――。




⇒瞳、その向こうに(1)




「先輩の……元になった、存在?」


理解不能な状況に、私は言葉を繰り返していた。

途端、私は大きく息を吐き出した。 理解できない事がまた一つ増えた。 まるでずっと息を止めていたかのように、全身の細胞が酸素を欲しがっている。

クエスチョンマークが頭上をフォークダンスしている。 全く、どういうことだ? ついさっきまで、私はずっと、そう、途切れる事も無く彼女と話を――。


「時間が無いんだ、アイリス。 君の肉体と、魂と……その二つが完全に乖離してしまえば、君は元の世界に戻れなくなる」


振り返る。 目の前に居たはずのメルキオールは、何故か背後のテーブルに腰掛け、マグカップを片手に微笑んでいた。

瞬間移動? いや、違う。 彼女は普通にそこに移動したのだ。 ただ、私の意識が、一瞬、途切れた――?

自分の手を見つめる。 何故だかわからないが、それは自分のものなどではない気がした。 違和感は最初から確かにあった。 それがどんどん強くなっている。

それに心なしか息苦しい。 脳に酸素がきちんといきわたっていない感覚。 額を押さえ、その場に跪いた。


「何、この感じ……」


「『現実』……つまり、君のいた世界と、『この世界』との時間の流れは均等じゃない。 だから、あっちの世界で時間がとても流れたのかもしれないし、逆にこっちの世界でとても時間が流れたのかもしれない。 どちらにせよ、君は魂だけこの世界に居る事になる――不具合が起きて当然だよ」


「メルキオール……。 いいえ、違う。 貴女は、私が知っているレンブラムなんかじゃない」


「そう、君が知っているレンブラムは……ボクとは違う」


確かに私は無意識のうちに呟いた。 『先輩の、元になった存在』と。

この文章はおかしい。 先輩、という部分に該当する人物を私は知らないからだ。 それはカイトやベルグとは違う。 もっともっと、別のものだ。

先輩という言葉は特別な意味を持っている。 特別な響きをしている。 それが何よりも証拠。 実際口にしてみれば判る。 その言葉を紡いだ唇の感触が……それを教えてくれる。


「少しずつでいい。 思い出すんだ。 君はいつから、『違和感』を覚え始めたのか」


「……私は……」


大きく深呼吸する。 いつからだ。 いつから私はおかしくなった。

数日前、目が覚めると私は見たことも無い場所に眠っているかのような感覚に襲われた。 そして、会えるはずの無い人たちに会えた気がした。

ずっと捜し求めていたのに、会えないはずの人たち。 そして、私の世界は……ゆっくりと……。


「そっか……でも、どうして」


思い出す。 断片的なイメージだ。

光。 そして誰かの背中。 差し伸べられる手。 私はそれを掴もうとして、どこかに引きずり込まれた。

そうだ、私は……誰かに……。


「私に……取り込まれた?」


「うん。 まあ、概ね正解」


彼女は小さく手を叩いた。 拍手、と言えるのだろうが、私は全く嬉しくなかった。


「じゃあ、この世界の記憶は? 私はこの世界の記憶をちゃんと持ってる」


「それは、『ある時点のアイリス・アークライト』よりも先のアイリス・アークライトに君が摩り替わったからだよ。 もっと判りやすく言うと、君は世界を移動した……でも、ちょっと間違った方法でね」


世界を移動すれば、本来ならば記憶や肉体は元通りのままらしい。

冷静に考えてみればそう……。 世界を移動したところで、私は私のまま……私がいた世界をA世界とし、移動先をB世界とするのならば、A世界の私がB世界に移動した場合、A世界とB世界、両方の私が同時に世界に存在することになる。 そういうものなのだ。 でなければ説明がつかないのだ。


「……そうだ。 だって、『リイド・レンブラム』や、『オリカ・スティングレイ』と呼べる存在は――――」


「そう。 君の世界に二人存在していた。 世界を移動した結果でもね……」


「そうです……私、なんでこんなこと、忘れてたんだろう」


まだ記憶が混乱しているのは、『ある地点』……つまり、『この世界の私と、私の記憶が混同している状況』であるからだと思う。

つまり、私がこちらにくる以前の記憶が二つあるから。 今この平和な世界の歴史を歩んできたアイリスと、世界を移動しなければならない局面に立たされたアイリス。 二つの意識が混線しているから、記憶がはっきりしないのだ。

だが、思い出した。 心静かに思い返せば思い出す事が出来る。 私は……そう、オペレーション・メビウスの実験で……。


「じゃあ、ここは……?」


「そう。 君がいた世界とは別の世界。 でも、君が望んで移動したんだよ? 辛い現実から、君は逃げ出したかったんだ」


両手で頭を抱える。 そうだ。 私はあの時こう思った。

こんな世界嫌だ。 遠い場所に、逃げ出したいって。

なんて事は無い。 ユグドラシルは願いを聞き届け、私を遠い場所へ……違う世界へ導いてくれたってだけのこと。

ゆっくりと顔を上げると、目の前にメルキオールの顔があった。 思わず息を呑み、後退する。


「思い出した?」


「……はい。 でもそうなると、余計わからないのは貴女です」


私は、この世界とは関係のない私だ。

そして、彼女は……少なくとも私の記憶にある以上、元の世界に存在しない人間。

けれども、ここにこうして私を連れてきたという事は、私が別世界の人間だと理解しているという事だ。

それは驚異的なことである。 家族でさえ、私の『中身が摩り替わった』事には気づかなかった。

当たり前だ。 外見は完全に一致しているし、私の中にはこの世界の私の記憶や習慣も完全に残っている。 つまり、余計な事をしなければ私はこの世界の私にしか見えないはずなのだ。

少々ややこしくなってきたが、ともかく私が別世界の人間などと見破る事は誰にも不可能なのだ……無論、このメルキオールという人物にも。

だが彼女はそれを見抜いた。 どう考えてもありえないことだ。 私は眉を潜める。


「貴女はこういいましたね。 『君の愛した人の元になった存在』、と。 それは私の世界の私でしか知りえない話です。 なぜならこの世界の私には、愛した人なんていないから」


そう、この世界にリイド・レンブラムはいない。 つまり、私が愛した人=リイド・レンブラムを知っているはずがないのだ。 もし、メルキオールがただこの世界の人間なのだとしたら。


「ボクはただ……君を助けてあげようと思ったんだけどな? あまり長い事、アイデンティティと乖離していれば、君は元の世界の事を忘れてしまう」


「その事には感謝しています。 ですが……」


上着の下、ホルスターから拳銃を抜こうとして、何も装備していない事に気づく。

すばやく伸ばした指先をおずおずと引っ込め、私は代わりに拳を構えた。 メルキオールはそんな私の姿を見て、クスクスと小さく微笑んでいた。


「……どういうことですか? 本当に貴女、何者なんですか?」


「答えはもう告げてあるよ。 それより、早く戻った方がいい。 でなければ、君は君自身を殺す事になる」


「……どういうことですか?」


「言い方を改めるね。 君は、『この世界の君の自意識を、消滅させる事になる』」


「……」


腕を組んだ。 私の、この世界の私の、自意識?


「それは今どこにあると思う?」


「……私の中ですか?」


「でも、今の君は?」


「別世界の私の意識が行動を支配している……あっ」


「うん、そういうこと」


盲点だった。 そう、この世界の私にも、そりゃちゃんとした日常というものがあり、意識があり、自我があり……ともかく、そういうものがあるのだ。

しかしそれを今私は上書きしてしまっている状態にある。 彼女の生活を横取りしてしまったのだ。 自分自身に対して彼女という言い回しもあれなのだが、ややこしくなるので混ぜ返さない事にする。


「とにかく、私の意識がこの世界を離れないと、この世界の私の意識が直に消えてしまう」


「補足するなら、君の意識がこの世界に完全に定着したら、君は元の世界に帰れなくなる」


「…………」


私は腕を組み。 それから、空を仰いだ。

無論室内だから空なんて仰げない。 まあそれは……気分の問題だ。


「何でそれを――――早く言わないんですかああああああっ!!!!」


久しぶりにあせっている自分が居た。 やばい。 やばすぎる。 これは本当にやばい。


「どうすれば元の世界に戻れるんですか!? お願いです、教えてください!!」


「そんなにあわてなくても、まだタイムリミットまで二十分もあるよ」


「二十分!? 『たったの』!?」


思えばなんだか頭がくらくらする。 これは酸欠なんかじゃなくて、そう……とにかく『予兆』だ。 『危険信号』だったのだ。

私の意識は途中で一度途切れたのだ。 腕時計を眺めると、確かに彼女ともう一時間以上話している事になる。 しかし、実際記憶にあるのは三十分程度。

つまり三十分。 意識が途切れたら私は戻ってこられなかった。 つまりどういうことか? もう一度意識が途切れたら、アウトってこと!


「メルキオール! どうしたらいいんですか!? 私、まだやらなくちゃいけない事が……っ」




「その心配ならいらないよ。 ボクが君を連れて行く」




心臓が高鳴った。 それは、なぜかはわからない。 ただ、その声に聞き覚えがあることは確かだった。

ゆっくりと振り返る。 ただそれだけの単純な作業に、私は何時間もかけているような気がした。

所謂スローモーション。 静かに呼吸を整えながら、ゆっくりと、ゆっくりと、振り返る。

リビングの入り口の扉は開いていた。 そこに背を預け、一人の少年が腕を組んで微笑んでいる。


「君と会うのも随分と久しぶりだな。 アイリス・アークライト」


しかし、その言葉を聴いて私は我が耳を疑った。 いや、第一声で気づくべきだったのだ。

途端に自分の表情がこわばっていくのを感じた。 銃は……ないんだった。 だがどちらにせよそんなのが通用するような相手でもない。

姿勢を低く構え、いつでも逃げられるようにする。 張り詰めるような、凍てついたような緊張感の中、私はゆっくりとその名前を口にした。


「――――ユピテル」


リイド・レンブラムと全く同じ顔をした少年は、混沌とした笑顔を浮かべ、静かに瞳を輝かせた。




「時間やな……。 ったく、結局一時間以上ここで待ちぼうけかい」


静寂を引き裂くマサキの声。 振り返ったその場所、暗闇の中に輝く二つの瞳がある。

東方連合の主力量産型機動兵器、『スサノオ』。 深緑のカラーリングを施された機体はゆっくりと身体を起こす。


「……いつの間にそんなものを」


エアリオの疑問も尤もである。 いくら警備体制が甘い、緊張感のないジェネシスとて、巨大な人型兵器を持ち込めるほど、容易くはない。

故に結論は一つだった。 これは行き当たりばったりの作戦行動などではない。 以前に一度だけ、そう。 スサノオを堂々と持ち込めるタイミングがあった。


「まさか、式典の時には既に……」


「あれからそろそろ一週間……。 そんだけの時間があったっちゅうのに、お前らは計画に気づく事が出来んかったわけや」


「東方連合は、ジェネシスと全面戦争でもするつもりなのか」


「その答えは……『NO』とも言えるし……『YES』とも言えるわな」


「何だそれは」


「世界は白黒だけで動いてるわけやない」


銃口を突きつけたまま、ゆっくりとエアリオを移動する。

スサノオのコックピットの乗り込んだエアリオの両手両足を、先ほどと同じようにコックピット脇の非常ハッチの開閉ノブに括りつけ、身体をしっかりと固定した。


「操縦中に暴れられたらかなわんからな」


「……」


エアリオは黙り込んでいた。 彼女に逃げ出そうなどという考えは毛頭なかった。

理由はシンプルだ。 この後連れて行かれる場所に、自分の過去と真実がある……エアリオはそんな僅かな可能性に賭けていたのだ。

そこでもしかしたら命の危険にさらされるかもしれない。 しかしそんなことはお構いなしだった。 ある意味、今エアリオは正常な思考が出来ない状態にあると言えるのかもしれない。

そうなってしまうほど。 そこまでして。 彼女は、自分の過去の中の誰かを、思い出したいと願っていた――。


「さぁ、行くで。 これは――――ぼくらの復讐なんやっ!!!」



マサキが叫び声をあげるのと同時に、ヴァルハラの各地に隠されていたスサノオが爆発と共に姿を現した。 配備場所は無作為。 その数合計六機。

それだけの数を隠すのが限界だった。 しかし何の前触れもなく、市街地にスサノオが現れる……。 それは十分すぎるほど驚異的な状況だった。


「何事!?」


「はっ……はい! 現在情報を確認中ですが、何分量が多すぎて……!」


第一司令部で、オリカは苛立ちに拳を震わせていた。

巨大モニターに映し出されるヴァルハラ全域の立体映像の、各地がレッドサインで覆われていく。

プレートに甚大な被害を受けた箇所も少なくない。 突然出現したスサノオは、あろう事か街中で銃器を発砲。 市民に対し無差別攻撃を開始したのである。


「各プレートごとに避難誘導を! 通常のプレート防衛システムで迎撃して!」


「駄目です! 機動兵器が相手では、防衛システムでは手も足も出ません!」


「ヘイムダル隊は!?」


「現地に向かっていますが、間に合いませんッ!! それに、ヴァルハラ全域に次々とスサノオの反応が……!!」


それは、ダミーだった。

とても長持ちするような代物ではない。 女子供でも容易に持ちあるく事が出来るような小さなアタッシュケースの中、3センチ四方程度の大きさの小さな黒い機械が敷き詰められていた。

その持ち主である少女――キョウは、町中に設置しながら歩いていたかく乱システムを作動する。 実際に稼動しているスサノオは合計六機だったが、あらゆる場所に設置されたスサノオと同じ反応を示すダミーシグナルを発動する事で、ジェネシスの目をくらませていたのである。


「これで、マサキちゃんたちが怪我せんで済むかなぁ……」


町中を駆けずり回ったせいで、キョウは汗だくだった。 額に浮かんだ玉のようなそれを拭い、空を見上げる。

実際にスサノオのいない場所に、ヘイムダル隊が到着する。 レーダーを頼りに移動するしかないほど巨大すぎるヴァルハラの構造が逆にジェネシスを苦しめていた。


「司令!!」


「今度は何っ!?」


「ヴァルハラ近海に反応あり! 合計二十機以上のスサノオが、高速接近中! ヴァルハラ到着まで、およそ七分!」


「七分……!?」


舌打ちした。 ヴァルハラはパニック状態だった。 指揮系統もめちゃくちゃになってしまっているのは、恐らくヘイムダル隊の隊員たちが実戦を一度も経験した事がないからだろう。

ジェネシスが現在保有しているヘイムダル隊……特に、オリカ率いる運用本部に預けられているヘイムダルは20機弱しか存在しない。

そのパイロットの誰もが二年前には存在しなかった。 あの争いの時代の後、訓練を受け始めた人々ばかりである。

故に突然の状況……しかもホーム内市街地という戦場に身動きが取れなくなっているのである。 オリカの指示も、混乱した状況では上手く伝わらない。


「それに比べて敵は完全にプロね……。 人間を撃つ事にためらいがなさすぎる」


逆に言えば、ヘイムダル隊は人を殺した事も無いような子供ばかりだ。

実際の戦場……確かに天使を相手にする戦いならば、彼らとて十分に活躍できるかもしれない。

しかしあくまでもジェネシスが想定してきたのは対神戦闘であり、人間同士で争う事を前提としていないのだ。

そんなオリカの不安は実際の戦場で実現しようとしていた。 マサキを乗せたスサノオが地上に飛び出すと、その反応をかぎつけたヘイムダルが二機、迫ってくる。


『う、動くなあっ!! 動いたら本当に撃つぞ!』


「あぁ? 何言ってんのや、お前ら――――阿呆かあッ!!」


瞬時、二刀を構えたスサノオが疾走する。 対応する事も出来ず、僅か後退するという反応だけを残し、ヘイムダル二機はあっさりと両断されてしまった。

市街地のビルに倒れこんだヘイムダルの残骸が大爆発を巻き起こし、逃げ惑う人々が次々に吹き飛ばされていく。

炎の海の中、マサキは静かに怒りを露にする。 逃げ惑う人々を見て、ゆっくりと、ゆっくりと、脳内にあの頃の記憶が戻ってくる。


「……助けてほしいか? 死にたくないか? でもなあっ! 誰も助けなんかきやしないんやあっ!! お前らのうち誰が……誰がぼくらを助けようとしたあああああっ!!」


半狂乱になりながら、トリガーを退く。

脚部のフレアユニットに内蔵された小型のミサイルが一斉に発射され、町を炎が飲み込んでいく。


「お前らさえ……お前らさえいなければ、ぼくらは――――ッ!!」




『大丈夫だ! 俺が見てくるから、お前らは待ってろ! 皆の事は、俺が助けるから!』




死と炎が渦巻く地獄のような景色の中。

絶望的な景色の中。 マサキは覚えている。

自分の隣で泣きじゃくっているキョウの声。 そして、自分たちの目の前で強がって笑った一人の少年の姿を。

あの頃自分たちが憧れていた一人の少年の姿。 そして、その少年が走り去った先で起きた大爆発――。


『カイト……カイトぉおおおおっ!! いったらあかん! カイト! カイト〜〜〜〜っ!!!!』




「…………うおおおおおおっ!!」


フォゾンライフルに武器を持ち替え、何度も何度も執拗に引き金を引き続ける。

目は血走り、憎悪と怒りにまみれていた。 その瞳に映しているのは今この世界などではなく、過ぎ去ってしまった遠い過去の記憶。

大切な友達を守る事が出来なかったという、大きな無力感――――。 そして、何もしなかった世界に対する、ささやかな復讐。


「ぶっ壊れろォッ!! ヴァルハラアアアアッ!!」



戦火は町の至る場所に広がっていた。

燃え盛り崩れていく日常。 スサノオの襲撃は進み、やがてジェネシス本社ビルへと近づいていた。

三機のスサノオがフォゾンライフルを構える。 目当ては最上階、社長室である。


「ジェネシス社長、カグラ・シンリュウジ……! その命、貰い受けるッ!!」


パイロットの一人がそう叫んだ次の瞬間、放たれ、社長室を貫いたはずの光。 しかし、それは空中で拡散していた。


黒煙が広がっている。 しかし、爆発の余波は決してビルまで届く事は無かった。

直後、煙の中から一陣の風が飛び出した。 駆け抜けるシルエットは黒。 あわてて迎撃するライフルの弾道を弾き飛ばし、黒い影は一瞬で三機とすれ違う。


「――遅いんだよッ!!」


背後で爆発する三機を振り返る事もせず、カイト・フラクトルはそう叫んだ。

漆黒のレーヴァテイン。 それは、かつてガルヴァテインと呼ばれていたものに良く似ている。

いや、二つは同じ存在だったのだ。 ならば、同じ干渉者を乗せた今の状態は、同一のものであると言えただろう。

漆黒の翼を広げ、裏切りの銃をぶら下げ、レーヴァテイン=ティアマトはゆっくりと立ち上がった。


「……こちら、レーヴァテイン=ティアマト。 これより、敵勢力の迎撃に入ります」


カイトの背後、端末を操作しながら淡々とエンリルが告げた。

ティアマトは翼を広げ、一直線に駆け出した――――。



れーばてっ!


第七話

『きみの笑顔』


アイリス・アークライト。 それが彼女の名前だ。

彼女は見た目通り、イリアの妹だった。 ボクの一つ年下になる。

物腰柔らかな態度の彼女は、隣に立って何も言わずに本を読んでいた。 古ぼけた文庫本は、何度も何度も読み返しているように見える。 そしてそんな彼女の姿をボクは容易に想像することができた。

何も言わずに廊下の隅、壁に背を預けて考え込むボクの隣。 そこは決して居心地のいい場所などではないはずなのに、アイリスは何も言うことはなかった。


「……ていうか、なんでそこにいるの?」


「お邪魔ですか?」


「いや、そんなことはないけどさ……」


なんとなくやりづらい雰囲気だ。 なんというか、こう当たり前のようにいられると、こっちとしてもどこかへ行くことも追い払うこともできないわけで……。


「ええと、レンブラム先輩、でしたか? 姉がいつもお世話になっているんですよね?」


彼女は本を閉じないで問いかけた。 視線は相変わらず文面の活字に向けられている。


「お世話してるっていうか……まあそうとも言うのかな?」


「姉さんが最近よく貴方の話をするんです。 だから少しだけ興味があって。 何度か教室にも覗きに行ったんですよ? 貴方は気づいていないようでしたが」


「……そうなんだ」


なんとなくいい気分ではなかった。 ただ、彼女がドアの影に隠れてひょっこり頭だけ出して教室を覗き込んでいる姿を想像すると、ちょっとだけかわいらしくて笑ってしまう。


「わざわざここに来なければ話しかけるつもりはなかったんですけどね。 ただ、わざわざ部室に来ていたので、せっかくだからと思って」


「部室?」


「ご存じないんですか? ここ、調理部の部室なんですよ」


部活動に疎いボクとしては調理部なるものが存在すること自体知らなかったわけだけど。

そっか、調理部ね。 なるほどね。 まあそんなものもあるんだろう、とそれくらいにしか考えていなかったボクだったが、アイリスの話はソレにとどまらなかった。

まず彼女も調理部員であるということ。 そして今中にいる少年は料理部の部長であるということ。 ついでにエアリオはここ数日毎日のように部長さんとお昼を一緒にしているということ。

聞いているだけで気が滅入りそうだった。 髪をわしわしかき乱しながらボクはため息をついた。


「姉さんの言ってた事、本当なんですね」


「……なにが?」


「先輩が、エアリオさんのことが好きって話です」


「……」


もう驚かなかった。 イリアのことだ、平然と言いふらしていてもボクは別に驚かない。

それがまったくの誤解だといちいち解くのもめんどうだったが、妹さんはイリアと違って話が通じそうだったのでボクは一応誤解を解くことにした。


「では、あれは姉の誤解なんですか?」


「そうだよ。 でも君のお姉さんは一人で盛り上がってるみたいだけどね」


「そうなんですか」


ぱたんと、本が閉じる音がした。

気づけばアイリスはボクを見つめていた。 静かに微笑み、それから目を閉じる。


「では、余計なお世話かもしれませんが……お伝えしておきますね」


「なに?」


「エアリオさんは、学内でも有名な美食家兼大食いです」


そんなのいわれるまでもない。 周知のことだ。 ボクだって知ってる。

だから毎日ボクはエアリオのお目にかなうように必死に料理を作ってるんじゃないか。


「私から言えることはそれだけです。 それでは、がんばってください」


「え? あ、ちょっと!」


アイリスはそのまま去ってしまった。 追いかける事は可能だったのに、ボクはなぜか追いかけられないでいた。

結局何をどういうわけなのかわからないまま、進展はない。 エアリオと部長が部室から出てきそうになり、ボクはあわてて身を隠した。


「くそ……なにやってんだ、ボクは」


これじゃまるでストーカーだ。

まぶたに浮かぶ彼女の笑顔が拭い去れない。

でもきっとそう、これは偶然だ。

ちょっとだけ、アイリスの笑顔が……頭の中で再生されてしまう気がするのは。


何もできないまま、ボクはみっともなく教室に引き返す事にした――――。



次回! ハートフル学園ラブコメディー『れーばてっ!』

イリアからの突然のお誘い! 休日に二人でショッピング……って、もしかしてデートなのか!?

だんだんとコメディから離れてきたような気がする今日この頃! 明日はどっちだ!


次回!『男女がそろえば恋は可能だ』を、お楽しみに!

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