罪、抱いて眠る(2)
「ほわぁ〜……。 『クリスタルハート』、かわええなぁ」
空港内の超大型ワイドスクリーン一面に映し出されていたのは、エアリオ・ウイリオとエンリル・ウイリオの姿だった。
二人のアイドルユニット名をクリスタルハートと呼称し、ジェネシスが全面バックアップしているだけあり、諸外国にも名の知れた存在となっている。
つまり、このヴァルハラに初めて足を踏み入れた異国の少女がクリスタルハートの事を知っているのも、それに憧れているのも、決して不思議なことではなかった。
画面の中では所狭しとエアリオが動き回り、マイクを片手に汗を流しながら歌っていた。 その様子はとても楽しそうで、凛々しく見える。
わくわくする気持ち。 気づけばその場でリズムを刻んでいた少女だったが、背後から肩を叩かれ正気に戻る。
「……何しとんねん、キョウ? 一人で空港内で踊っとったら、めっちゃ不審者やで。 アホかい」
「ま、マサキちゃん……。 声! 声大きいねん……恥ずかしいやろ? うちらめっちゃ田舎者だと思われてしまうやろ? うう、やめてぇなほんま……」
顔を真っ赤にしながらじたばたしている少女、キョウ。 その姿がいつかのオリカ並に目立っている事はいうまでも無い。
二人は巨大なトランクを持っていた。 二人とも黒髪に東洋的な顔立ちであり、ヴァルハラでは珍しい日系の人間である事が伺える。
事実二人は東方連合の人間であり、つい先ほどヴァルハラに何とか入国したところである。 長い長い危険物検査を乗り越えるのに、大分時間をとられてしまった。
「しっかしあれやな。 ジェネシスの警備はザルやん。 今まで他国に対する配慮っつーもんを怠ってきたしわ寄せが今来てるわけやな。 いい気味や」
「……んでも、ヴァルハラはきれいなとこやよ? 歩いてる人も皆平和そうで、とってもいいところや〜。 争いの無い世界が、やっぱり一番ええよ」
「はっ、どうだか! 他の国食い物にして見殺しにして、そんで平和かいな? アホらし! おら、行くで! ヴァルハラ人がこうウジャウジャおると、吐き気がするわいっ!!」
「まっ……まってぇマサキちゃん! うち方向音痴なん知っとるやろ? 置いてかれたら迷子になるぅ! 置いてかんといてぇ! マサキちゃあん!」
荷物を背負って走り去っていくマサキを追いかけようとし、駆け出すキョウ。 しかし盛大に転び、顔を派手に床に打ちつけ、地面でしばらく涙を流した後、マサキに置き去りにされたことに気づき、再び涙を流しながら走り出し、そうして荷物を忘れた事を思い出して人ごみに戻ってきて三度目の涙を流した。
「まってぇ! まってぇ〜〜!」
そうして二人が去った後、物陰に隠れていた私服姿のゼクスが静かに顔を出す。
それから上着の下の拳銃の状態を静かに確かめ、二人の後を尾行し始めた。
⇒罪、抱いて眠る(2)
「できたーっ! うさぎーっ!!」
元気のいい声と共にメアリーが掲げたのは白い兎のぬいぐるみだった。 とはいえ、若干兎に見えるというだけで、これはうさぎですと言われなければわからないような不恰好なものだったが。
その傍らではオリカがクッキーを齧りながらデスクワークを進めていた。 掲げられたうさぎに目をやり、それからにっこりと微笑む。
「よくできたね〜、メアリー」
「はいっ! ねえ司令、まだお仕事終わらないんですか?」
「ごめんね。 もうちょっとしたら一緒にご飯に行こうね」
「了解です! じゃあメアリーはその辺で暇を潰してきますね!」
両手をぶんぶん振り回し、しかしその衝撃でうさぎを宙に放り投げてしまいあわてて拾いにかけていくメアリーを見送り、オリカは静かにため息をついた。
「――それで、アイリスの様子はどうなの?」
『完全な昏睡状態です。 外傷はたいした事はありませんが、先ほどからどんな呼びかけにも応じないところを見ると、やはりなんらか世界樹からの影響を受けていると考えられます』
ディスプレイの向こう、アルバのいる病室が映し出されていた。
ヴェクターとアイリスが世界樹の間から救助され、ほぼ丸一日。 重傷のヴェクターは入院中であり、意識を失ったままのアイリスもまたベッドの上で静かに寝息を立てていた。
状況は芳しくない。 アイリスはオペレーション・メビウスの切り札とも言える存在だ。 それに現在はエルサイムの人間でもある。 事故の原因だったとしたら、今後面倒ごとが数限りなく増えることだろう。
「ヴェクターの様子はどう?」
『当分はベッドの上の生活でしょうね。 ですが、事情を伺える位には回復していますよ。 代わりますか?』
「お願いするね」
画面が切り替わり、まるでミイラ男のような惨状になっているヴェクターが映し出される。 画面の向こう側、さえない笑顔を浮かべながら男はかろうじて動く手を振っていた。
『おやおや、これは司令。 お見舞いを待っていたんですけどねぇ』
「それは当分先かな? 仕事が忙しくって。 それで、その忙しい原因について心当たりはないの?」
オリカの口調は穏やかだったが、その眼光は決して穏やかなどではない。 嘘をつく事を許さない、強力な威圧感を秘めた眼差し。 ヴェクターはたじろぐように苦笑する。
『黙っていた事はお詫び致します。 しかし、これもまたオペレーション・メビウスの為です』
「何をしたのかわかるように説明しなさい」
『ユグドラシルに対して一時的接触によるシンクロテストを行いました。 被検体アイリス・アークライトに対し、ユグドラ因子βタイプを着床。 その後、ユグドラ因子内蔵検体による異世界可能性への接触の実験を行ったわけです』
「無断で実行した言い訳を聞きましょうか?」
『ウッフッフ、手厳しい。 流石は新司令官ですねぇ。 リフィルさんを思い出しますよ』
「無駄話はいいの。 早くしてくれる?」
『失礼。 アイリス・アークライトの精神状態は非常に不安定です。 事前に段取りを踏み、何度か世界樹に対するシンクロ練習を試みる必要があると判断しました。 事前にそうして徐々に身体を慣らしていく事は必要な段取りでしょう。 さらに彼女は国際サミット終了後、帰国する予定でしたので私的判断で呼び止める為に奔走致しました。 結果、シド君が倒れた事により彼女の滞在は正式なものとなりましたが、究極的な場合、彼女を拉致してでも計画に参加してもらわねばならないわけですしね』
「それは最後の手段だよ。 出来うる限り本人の意思を尊重したいわ」
『お言葉ですが、サミットでユグドラシルの公表と破壊が望まれている以上、そのような猶予はないかと。 一刻も早く計画を実行に移さなければ、後に残るのは後悔だけです』
「それを決める権限はあなにないの。 次に無断で行動したら、その時はあなたを殺すわ」
『これはこれは……。 ええ、肝に銘じておきましょう』
真摯を気取り礼をするヴェクター。 オリカは盛大にため息をつき、それから普段の優しい眼差しに戻った。
「シドくんとアイリスちゃんのことはこっちでエルサイムに報告しておくけど。 シドくんはまだ目覚めないのかな?」
『意識は直に戻ると思いますが、すぐに復帰できるかと言われると難しいでしょう』
画面が切り替わり、腕を組んだアルバが映し出される。 神妙な面持ちのまま視線を逸らし、静かに語る。
『最悪、エクスカリバーの適合者を降りる事になりかねませんね』
「どちらにせよ辛い選択になるってことか……。 うん、アルバさんはそのまま治療の継続をお願い」
『司令、それと一つお耳に入れておきたい事が』
「なにかな?」
『アイリスの脳波を計測したところ、現状でも正常に起動しています。 ありていに言えば、彼女は今も『目覚めている状態』にあるわけです』
「結果、どうみてる?」
『意識のみ異世界にとらわれ、現在も活動していると……それは、途方もない見解でしょうか?』
「ううん。 だって――」
何度目か判らないため息。 オリカは困ったように微笑んだ。
「――私も、同じ見解だから」
「んで、何でお前は最近俺のところに入り浸ってるわけ?」
大幅に拡張改造が施されたトレーニングルームの片隅、むすっとした様子で椅子にかけているエリザベスの姿があった。
その傍らで紙コップの紅茶を飲んでいるミリアルドは、妹の奇妙な行動に少々興味を抱いていた。
事件からもうじき二日。 盛大に撃墜されたエリザベスのテイルヴァイトは現在修理中で、それを待つ間暇をもてあましている。
それは判るのだが、何故わざわざ嫌っているミリアルドのところにやってくるのか。 しかし、ミリアルドは別段それを拒みもしなければ、深く理由を訊くつもりもなかった。
昔から妹は時々こうして嫌っているはずの兄のところに駆け込んでは、何も言わずにむすっとしていた。 逃げ場所、というと聞こえは悪いが、エリザベスにとってミリアルドは確かに兄であったということだろうか。
ミリアルドの問いかけに答えるそぶりを全く見せないエリザベスの前に紅茶を差し出し、ミリアルドは立ち上がる。
「撃墜されたのをムカついてるってわけでもないんだろ?」
「……うるさいなあ。 なんだっていいじゃない」
「よかないだろ。 お前がここに居るとねぇ、俺も新人たちの訓練にいけないんだし」
「じゃあ、あたしなんかほっとけばいいでしょ」
「じゃあお言葉に甘えて……」
「ちょっとお! この人でなし!! 話くらい聞きなさいよ、ばかあっ!!」
その場を去ろうとすると突然騒ぎ出すエリザベス。 ミリアルドはそれを予見していたかのように笑いながら椅子に腰掛けた。
「で? 少しは素直に相談する気になったかい? このお兄さんにさ」
「うっさい死ねぼけぇ……」
「じゃあな」
「待ってよ!! もう意地悪すぎ! 最悪!」
「やっかましいなあ……。 で、なんだよ?」
「……」
テーブルに身を投げ出し、エリザベスは頬杖を着きながらちらほらとミリアルドの様子を伺う。
紅茶を飲みながらその様子を伺っていたミリアルドだったが、エリザベスの一言に表情を変えざるを得なかった。
「ミリアルドは……恋ってしたことある?」
「……熱でもあるのか?」
「死ねぼけぇ!」
「本気か? 俺たちバイオニクルが恋って……ん〜……いや、ないだろ」
苦笑を浮かべるミリアルド。 しかし対するエリザベスは顔を真っ赤にして固まっている。
泣き出しそうなその表情からしてよほど深刻なのだろうと判断を改め、ミリアルドはため息を零しながら眉を潜めた。
「……で、なんで急にんなこと言い出したワケ? というか、まずは『恋』という単語をどこで知ったのかって事だけど」
戦いの事しか知らないバイオニクルにとって色恋沙汰などそれこそ正気の沙汰ではない。
愛する相手も、愛する意味も、愛する心さえ持たなくて当然。 兵器として、機械の一部として、ただの歯車として生まれた子供たちが誰かを愛する気持ちを持つと言う事自体、彼らにとっては不思議な事だった。
ジェネシスに吸収されるまで、彼らは戦う事しか知らなかった。 戦う事だけが全てだった。 それ以外のことに気持ちを向けたことなどなかった。
だから、『家族』というつながりが最上位であり、最下位であり、つまるところ他には何も無かったのである。
しかし彼らは徐々に人々と交わり心と言うものを理解し始めていた。 事実、ミリアルドは今の状況……『組織』というものを家族のように想い、大切にしている。
仕事一筋で融通の利かなかったカロードも、少しずつ変わろうとしている。 無論その変化は平等で、エリザベスにも訪れただけの事。
だが、恋となればそれは別だ。 それは人間の永遠のテーマとも言えるし、バイオニクルにとっては最大の謎とも言えるだろう。
「……そもそも、俺らは生殖行為をする必要がないじゃん?」
「せいしょくこうい?」
「あ、それはわかんないのね……。 つまり、人間が恋する理由は子孫を残すためなわけだ。 で、俺たちバイオニクルは子供を作っていく必要がないだろ? だから恋ってのはよくわかんないなあ」
そう、バイオニクルの製造方法は『人の手で人工的に生み出される』事である。
であれば、最初から子孫の繁栄などという気持ちは存在しないし、そうする理由もない。 尤も、まだ世界に生を受けて日の浅い彼らの中にそうした感情が芽生えたところで特に不思議はないのだが、
「つーか、俺らは子供作れないじゃん」
「……子供、作れないの?」
「作れねぇよ? だってそういう風には作られてねーもん」
それは事実であり、バイオニクルの中ではカロードとミリアルドだけが知る事実だった。
全くの初耳であるエリザベスは理解に苦しむ単語の羅列に首をかしげながらも、懸命に耳を傾けていた。
「そもそも、俺たちバイオニクルに与えられた役目は二つある」
一つは、生体兵器としての役目。
高い神話適正を持ち、兵器を扱う事に長け、肉体的にも精神的にも戦闘を前提とした性質を持っていること。
そして二つ目は、
「……『アダムとイヴ』としての役目だよ」
「……? ぜんぜんわかんない。 あたしにもわかるように言ってよ」
「んーまあ、ともかく俺たちは子供を作れないの。 同じバイオニクル同士だったらひょっとするとひょっとするかもしれないけどな。 まあ、人間相手じゃ無理だ。 生物学的に殆ど違う生き物だしな」
「……えっと、つまりどういうこと?」
「つまりだ。 愛の究極系である子供を産むという行為が出来ない俺たちは、恋し愛する者としてはちょっと失格気味ってわけだ」
ミリアルドが突きつけたその言葉はエリザベスの頭の中に重く響いた。
途端、目にうるうると涙を溜めながら俯くと、幼い子供のように肩を震わせながら首をかしげた。
「なんかよくわかんないけど、とにかく恋、出来ないってこと……?」
「んー……かも」
「うあああああ〜〜んっ!!! ばかああああっ!!」
椅子を振り上げ、思い切りミリアルドの頭上に叩きつけると泣きながらエリザベスは訓練室を飛び出していった。
紅茶の髪パックに顔面を突っ込みずぶぬれになりながら頭の巨大なたんこぶを押さえ、ミリアルドは顔を上げた。
「いってぇ……。 血が出てるよオイ……」
涙目になりながら頭をさすり、静かに息を零した。
カイト・フラクトルが市街地に繰り出したのは完全なる偶然だった。
言い方を変えれば『気まぐれ』……そう、明確な理由は存在しない。
悲惨な状況を迎えたジェネシス本社周辺地区は、現在でも封鎖されていて一般人は立ち入ることが出来ない。 制服を脱ぎ去り、私服に袖を通したカイトは立ち入り遮断の黄色いテープに囲まれた残骸を前に、眉を潜めていた。
イリア・アークライトが再び現れ、ヴァルハラで暴れまわったという意味。 そして、それは紛れも無くイリアであったという確かな想い。
実際に拳をぶつけあえば判らないはずが無い。 何度も何度も訓練を繰り返した二人なのだ。 拳を交え、全てがわかってしまった。
この世界のイリアは死んだ。 しかし、まだイリア・アークライトという存在全てが消えてしまったわけではない。
他の世界のどこか、遠い場所で……イリアと自分が笑って暮らせるような未来があるのかもしれない。
少なくとも、あの時、あの瞬間、イリアが死んでしまう可能性を乗り越えたその先から、先日のイカロスはやってきた。 つまり、先日のイカロスのその先にもイリアが生存している可能性は十分に存在する。
ならば、他の世界……ここではないどこかで、イリアに再会できるのではないか? そんな風に期待してしまう自分が確かに胸の中に居て、困惑する。
ユグドラシルの向こう側にいければ願いを叶えられるのだろうか? そんな邪な想いが振り払えず、一人憂鬱な思いを抱えていた。
「イリア……」
振り切ったつもりだった。
いつまでも惨めにウジウジしていても仕方が無い。 彼女が作ってくれた、教えてくれた未来を、守り抜く。
そう誓ったはずだった。 しかしどうだ。 誓いなどという言葉は現実を前に一撃で砕け散ってしまった。
再び失った人に会うことが出来るかもしれない。 愛した彼女の笑顔を見る事が出来るかもしれない。 一度でもそう考えてしまうと、もう駄目だった。
会いたいという気持ち。 やり直したいという気持ち。 絶対に不可能ならば捨て去れる希望。 しかし、淡くでも輝いている限り、忘れることなんて出来ない。
風に靡く前髪。 幻のようにイリアの姿を追い求めていた。 いつでもそうだ。 カイト・フラクトルという少年は、ヴァルハラにやってきてから、ずっとイリアの後を追いかけていた。
イリアがいてくれたからこそ、今の自分が居る。 それがあまりにも重大すぎて、様々な想いががんじがらめになる。
そう。 イリアがいてくれたからこそ、あの地獄のような景色と記憶から逃れることが出来たのだから。
毎日毎日明日も無く流離い、明日の生活を憂うような日々。 生きているだけでも奇跡的で、いつ死んでしまうかもわからない旅路。
次々と倒れていく仲間。 そして天使の襲撃と、無残に食い殺された友と母と自分の世界――。
まぶたの裏に焼きついて離れることが無いその地獄は、今でもカイトの胸に生き続けている。 いや、それは確かに封印したはずだった。
だが、それさえも。 それさえも、ユグドラシルならば……無かった事に出来るのではないか? そんな想いがあるから、封印を解いてしまったから。
一つ求めれば全てを得ようとせずには居られない人の愚かしさが、無意味なまでに過去の傷を穿り返してしまっていた。
「俺とした事が、情けないにも程があるぜ」
「そんな事は、ないんやないかな」
突然の声に振り返る。 立っていたのは服装だけ派手な少女だった。
虎模様のジャケットにミニスカート。 きらきらと輝く派手なアクセサリ類。 しかしそれにしては髪は黒一色で、酷く浮いて見える。
特に化粧も施されていないその幼い顔立ちは、外見とは正反対に落ち着いていて柔らかな印象をかもし出している。 茶色の瞳はカイトに微笑みかけていた。
「人間みんな、いろんな思い出をかかえてると思うねんな。 だから、時々振り返って……居なくなってしまった人のこと、思い返してあげるんは、決して悪い事なんかやないんやで」
「あ、ああ……? それで、誰?」
「うん〜?」
溶けるような、ゆるゆるとした笑顔だった。 しかし二人が見詰め合ってから数分後、少女の様子は一変した。
突然荷物をほうりなげ、カイトに駆け寄ると、ぺたぺたと顔を触りまくりながら目を見開いた。
「もしかして……カイトちゃん?」
「……んん? いや、確かにカイトちゃんだけど、お前は――?」
そこまで口にした瞬間、カイトは言葉を失った。
カイトちゃん、という懐かしい呼び名。 確かにもうずっと昔、そんな風に自分を呼んでいる人が居た。
しかしそれは、まだカイトが流浪の民だった頃の話である。 ヴァルハラに移住を求め、そして断られ……皆殺された忌まわしい記憶の中。
確かにそこには少女がいた。 ぼろぼろの着物で、無邪気に笑ってカイトに手を振っていた、あどけない姿――。
「キョウ……? キョウなのか?」
「そやあ……。 キョウやぁ。 なんやん……カイトちゃん、生きとったんか……? よかった……。 ほんま、よかったぁ……」
ぽろぽろと、涙を零すキョウ。 カイトも釣られて涙を流し、それから互いに抱き合った。
「おいっ!!! 生きてたのかよおっ!!! はははははっ!! んだよおい、スゲエ元気そうじゃねえかっ!!」
「そんなんお互い様やん! カイトちゃん、死んだと……死んだもんやとばっかり、うち、思って……!」
互いに飛び回りながらその場で抱き合いクルクルと回転した。 懐かしい旧友との再会に、二人ともちょっとどうにかなっていたのだろう。
周囲の人たちの目を全く気にしないままはしゃぎまわると、唐突に離れ、お互いに見つめあう。
「すげえなつかし〜〜〜!! ホント、よく生きてたな、キョウ……」
「カイトちゃんこそ……。 ほんま、よかった。 よかったぁ」
嬉しそうに笑いながら『よかった、よかった』とうわごとのように繰り返すキョウ。 カイトは表情を緩め、静かにキョウの頭を撫でた。
まだ彼らが世界中に見放され、誰からも助けの手を差し伸べられる事が無かった頃。 二人はよく一緒に遊んでいた。
他にも友達と呼べる者は数多く存在した。 子供たちは助け合い、励ましあい、辛い時代を乗り切ってきたのである。
その中でも他の子供たちを励まし、率先して大人を手伝い続けたカイトは子供たちの中でちょっとしたカリスマであり、キョウもその頃カイトに憧れた一人だった。
「あんとき、ぎょうさん天使が襲ってきて……。 みんな死んでもうたとばっかり、うち思ってたんや」
「俺もだよ……。 でも、ほんっとよかった!」
「うんっ! あ、そや! あのなぁ、マサキちゃんも来とるんよ〜」
「マサキもか! すげえなそれ!! ホンット、よかった……! でもそのマサキのやつの姿が見えないんだが?」
「はうあ! せや……うち、マサキちゃんに置いてかれてもーて……うああ、ここどこやねん……!?」
途端にうろたえ、周囲をきょろきょろと見回すキョウ。 相変わらずなその様子に笑いを堪えながら、カイトは手を差し伸べた。
「一応、このあたりには詳しいんだ。 一緒に探そうぜ」
「カイトちゃん……やっぱり頼りになるなぁ。 うん、一緒にさがそーや♪」
手を取り合い、笑う二人。
しかし二人が捜し求めている少年は一人、歓声ざわめくコンサート会場に居た。
薄暗い裏路地でトランクを開くと、中にはアサルトライフルなどの銃器一式と通信機が内蔵されていた。
マサキはそれを折りたたみ隠し持つと、静かに会場に忍び込んでいく。
いくら裏とはいえ、警備は存在する。 裏口には暇そうにあくびをしている警備員が二名、緊張感の無い表情で棒立ちしていた。
「……間抜け面しよって。 これだからヴァルハラ人は阿呆なんや」
拳銃のセーフティーを外し、消音機を組み込む。
静かに物陰に隠れながら駆け出し、一瞬で警備員二名の頭部を撃ち抜いた。
悲鳴もなく倒れこんだ二人の死体を蹴って脇に押しやり、息を殺して侵入する。 その手順は非常にスマートで、卓越した技術を持っていることが伺える。
事実そうした訓練を嫌というほど繰り返してきたマサキにしてみれば、この程度の警備は甘すぎる部類だ。 闘争とは遠い生活を送ってきたヴァルハラの人間の緊張感の無さは、確かに深刻な問題であると言えるだろう。
同じ手順で警備員を射殺し、さくさくと進行する。 やがてたどり着いたのはクリスタルハートの控え室だった。
中で待機していた美容師を射殺し、銃弾を再装填する。 遠くから聞こえていた歌声が止まり、同時に客の歓声が耳に届く。
「……そろそろやな」
数分間、そこで息を殺し続ける。 開いたドアの影に隠れることが出来るように身を潜め、待ち続けた。
しばらくすると気の抜けた声と共に扉が開く。 すぐさま視界に飛び込んできたエアリオに背後から襲いかかるマサキだったが、横から伸びてきた長い腕がその身体を思い切り吹き飛ばした。
「っつうッ!?」
すぐさま銃を構えるマサキの視界に飛び込んでくるすばやい男の足。 長く伸びた屈強な一撃は一瞬で拳銃を吹き飛ばし、マサキに襲い掛かってくる。
護衛である、ベルグであった。 一瞬で危険を察知し、エアリオを庇ったのである。 しかしマサキもプロ。 隠していたアサルトライフルを取り出し、構える。
しかしそれも腕でそらされてしまう。 しかしマサキはそれを狙っていた。 ライフルを放り投げ、隠していたもう一丁の拳銃を突きつけた。
「邪魔やで」
「ベル、」
エアリオが叫び声をあげるよりも早く、音も無い銃弾がベルグを貫いた――――。
れーばてっ!
第五話
『正義の使者、レーヴァテイン!』
前回までのあらすじ。
ボクはロリコンにうっかり射殺されました。
「……うう……ここは……どこだ?」
気づけばボクは眩い光りの世界の中に居た。
何も無い、ひたすらに白い砂が続いている世界。 ゆっくりと身体を起こすと、空から声が聞こえてくる。
『力が……力が欲しいか?』
「……アー○ズ?」
『違う……。 そういうのはいい……』
そうですか。
『単刀直入に言おう……。 リイド・レンブラム。 貴様は死んだ』
そりゃ単刀直入だ。
『だがしかし、このままでは貴様も報われぬだろう……。 好きな女子といちゃいちゃすることもできず、変態ロリコンに射殺されてうっかりジ・エンドでは……』
主に読者が許さないと思う。
『お前の命を救う手段がないわけではない……。 リイド・レンブラム。 私と契約するのだ』
「け、契約……! 急にファンタジーっぽくなってきたぞ!」
『王の力はお前を孤独にする……』
「じゃあいらないかも……。 なんか目とか光りそうだし」
『まあ待て。 ジョークだ。 マイケルジョーダンだ。 フッフッフ』
随分ユニークな天の声だなあ。
『契約を結べば、色々と都合がいい展開になる……』
「……ねえ、エアリオは? まさか二人とも、あの変態に殺されちゃうんじゃ……」
『なきにしもあらず』
「そんなの嫌だよ……。 まだこの企画だって始まったばっかりなんだ……。 ボクは! まだ……何も出来てない!」
『では我が名を叫ぶのだレンブラム。 さすれば貴様に新しい力を与えよう』
「判った……! 結ぶぞ! その契約!」
『了解した。 我が名は――――』
「見て! リイドの身体が光ってる……!」
う、うーん……なんだか心臓が痛いけど、意識がはっきりしてきたぞ…/・・・。
「って、ボクすごい輝いてるんだけど……」
『ひとまず蘇生させたが、そのままではお前は直ぐにまたお陀仏だ』
「天の声……! どうすればいいの!?」
『とりあえず、後ろの女子二名よ』
「な、なんだ……?」 「な、なに……?」
『レンブラムとキッスをするのだ』
「「 な、なんだってーっ!? 」」
『そういう非科学的現象が起こりそうなのはいい。 早くしろ。 ちょっとチュってするだけだ。 今時キスくらい小学生でもしているぞ。 問題ない』
「り、リイドと……」 「キス……」
二人とも早くしてくれないとなんかボク口の中に大量の血液とかが逆流してきて……うえ。
だめだ、意識が遠のく……。 せっかく復活できたのに、速攻死んじゃうなんて……。
『ほら急がんか。 リイドがくたばってもいいのか?』
「わ、わかった……。 わたしが行く!」
エアリオの声が聞こえる。 ていうか、なに? どういう状況。
『強くリイドを助けたいと願いながらちゅーするのだ。 そうすればリイドは助かる』
「わかった……! 死ぬな、リイドーっ!!」
「え、え〜〜〜〜っ!?」
エアリオの真っ赤な顔がキス……っていうかむしろ突撃してきて激突した瞬間!!!
眩い光りが周囲の世界を染め上げ、ボクの身体を襲っていた痛みも苦しみも全てが癒されていく。
「「 こ、これは……!? 」」
全身を包み込む光の装甲。 ボクとエアリオの感覚が一つに繋がり、そして――。
『それがお前の新しい命……。 霹靂のレーヴァテインだ!』
ボクは光の鎧に覆われていた。
みなぎる凄まじい力。 そして何より、ボクは今……エアリオと合体している!?
「ま、まさか……!? この少年が、アーティフェクタの適合者だとでもいうのか!?」
と、何か説明じみた事を叫んでいる変態。
しっかりと拳を握り締める。 せっかく変身ヒーローになれたんだ。 悪党をやっつけとくくらいは、問題ないだろう。
「うおおおおおりゃあああーーーーっ!!」
「ぐはあ〜〜〜〜っ!!」
と、殴った勢いで吹っ飛んでいくロリコン。 キラーンと星になるエフェクトと効果音と共に、存在は消え去った……というかそこまで遠くに吹っ飛ぶと恐らくヴァルハラから飛び出しちゃってる。
「どうやらなんとか契約が成立したようだな」
先ほどまで頭の中で聞こえていた声が、すぐ隣から聞こえる。
視線を向けると、そこには随分と背の高い女性が立っていた。 出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる……ありていに言えばナイスバディの女性は、下着と見まごうような布面積の少ない服を着用し、笑顔を浮かべていた。
「…………誰?」
変身した状態のまま、ボクは女性を指差し首を傾げていた――。
次回! ハートフル学園ラブコメディ『れーばてっ!』
リイドに変身能力を与えた謎の女性レーヴァの登場! そして、リイドの奇妙な学園生活が始まろうとしていた……!
本編斜め上に直進するおまけ番外編あとがきシリーズ!
次回! 『ラブコメディには何らかご都合主義な設定が必須である』を、お楽しみに!