境界、紡ぎし者(3)
「瞬間移動!?」
「違います、これは――――確率の変動」
司令部はどよめきに包まれていた。 多くの声を遮った幼き少女は耳を澄ませ、静かに目を見開く。
「聞こえているんですよ、きっとあれには。 だから――わかるんです」
モニターの向こう側、遥か頭上の大地で鎌を振りかざす死神が踊る。
神に死をもたらすための神。 魂を焼いて砕いて叩き潰す、漆黒の神。
イカロスの鮮血を浴びながらそれは感情もなく表情もなくただ静かに心を研いでいた。
コックピットに腰掛けたゼクスは大型の仮面のようなモジュールを装備していた。 頭部を覆いつくすようなその機械の内部、見開かれた瞳に映る数え切れないほどの情報の海。
彼には、『聞こえている』わけではない。 膨大なその可能性の海の中から的確に可能性を選び取り、それを実行に移す、ただそれだけの能力。
タナトスが示す未来の声に従い、少年は神を狩る。 刃を頭上で回転させ、そうして柄を大地に突き刺す。
巨大な闇の波紋が大地を広がり、数え切れないほどの数の人々の白い手が伸び、イカロスへ我先にと伸びていく。
それらは死して尚この世界に残る死者の怨念。 蒸発したフォゾンの結晶体。 明確な殺意と怨恨を持ち、イカロスを束縛する。
「ゼクス=フェンネス……予定通りのプランに従い、目標を殲滅する」
鎌を振りかざし、駆け出した次の瞬間、確かに全員が見た。
その姿が一瞬陽炎のように揺れ動き、空間に弾き飛ばされるようにして次の瞬間にはイカロスの背後に回りこんでいた。
繰り出される反撃を当然のように回避し、身体を捻り、下段から一気に切り上げる。
胸部から上を両断しかねない一撃を腕を犠牲に防ぎ、イカロスは後退。 しかし次の瞬間、タナトスの口が開かれる。
「その確率は――読んでいた」
その両手にすでに鎌の面影はなかった。
何も無い空間から飛び出した鎌は高速で回転し弧を描き、一撃でイカロスの胴体を両断する。
空中でそれを受け取ったタナトスが横一閃に続き、頭から真っ二つに縦一閃。 均等に四等分されたイカロスは全身から大量の血液を吹き出し、大地に倒れた。
「……計画に寸分も狂いは無し。 作戦行動を終了する」
そのゼクスの呟きは誰にも聞こえていなかった。 静まり返る世界の中、鎌をフォゾンに戻し、格納するタナトス。
何もかもが規格外。 そしてそれは間違いなく、紛れも無く。
「あれは……アーティフェクタなのか」
はためくマント。 死神は金色の瞳で静かに死都を見下ろしていた。
⇒境界、紡ぎし者(3)
窓の向こうを流れては、消えていく白い雲。
教室の隅、ぼんやりと眺めるその景色はとても美しく、何が綺麗なのかは判らないのに、ただ胸を打つ。
響き渡る静寂の中、かりかりと、ノートの上をペンが走る音だけが耳に届く。 教師の声が眠気を誘い、私は小さく欠伸をした。
こんなに不真面目な性格だったろうか? それだけが強烈な違和感だった。 教師の語るこの世界に必要だとされる事柄の多くが意味のないものに感じる。
昔の私は、それら世界にあふれる数限りない怖気を誘うような情報の海の中、それら一つ一つの意味や理由など考えず、ただそれを知る事が正しいのだと信じていた。
このハイテクな世の中で、ペンとノートなんてアイテムを使用している時点で少々間違えていると言わざるを得ない。 小型の勉強用端末もあるけれど、それを使う授業は一部のみだ。
世の中には無駄が多いと思う。 けれどそうした一つ一つの無駄が、緩やかに変化していく世界の緩衝材になっているのだと思う。
やがてかさぶたのように剥がれ落ちた優しい思い出や古い風習はゆっくりと消え去り、新しい世界に生まれ変わる。
そう、世界はまるで傷だらけ。 傷ついては忘れて、生まれ変わっていく。
そんな大いなる流れの中、小さな存在である私たちに何が出来るのか。 広大に広がる空の彼方に何があるのかさえわからない私たちは、一体何を知っているのか。
ひたすらに授業の内容をノートに書き写す事が退屈だと思うようになったのはいつからか。 そう、誰もがそうだ。 気づかなければ幸せでいられた。 計算をし、文字を書き、それが楽しかった日があったはずだ。
私も同じ事なのだろう。 恐らくそれが人よりもあまりにも遅すぎたというだけで。 だから意味を求めなかった私はずっと無邪気で居られたのかもしれない。
授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、教師が教室を去っていく。 静寂を打ち破るクラスメイトのざわめきの中、ノートをまとめて立ち上がると開け放たれた窓の向こう、優しく甘い花の香りが舞い込んできた。
気づけば教室を飛び出し、私は屋上に立っていた。 共同学園の屋上は小、中、高等学園それぞれの校舎が繋がっており、いまや高等部に上がった姉さんたちとの合流場所としても使っていた。
けれどもそんなことより、ただ私は風に当たりたかった。 長い髪を梳いていく風の香りは甘く、どこか懐かしい。
プレートに覆われた楽園都市。 空は遮られ未だ遠く、手を伸ばす事さえ叶わない。
「何だろう、この気持ち……?」
不思議な気持ちだった。
世界は美しく、儚く、無駄に満ちている。 それは幸福なことで、私は満たされているはずなのに……心に穴が開いたように、どこか満たされない。
何か一つ、当てはまらないカケラ。 全てがあるようで、この世界に足りない何か。 充実感を完全に得られないのは当たり前だと理解しているのに、何故こう心は矛盾するのか。
その胸に当てはまる何かのカケラを私は求めていた。 それがこの世界にあるのかどうかはわからない。 一生見つからないものなのかもしれない。
あるいは生きがいか。 あるいは生涯の意味か。 何でも構わない、それが見つかるのであれば――――。
「よう、アイリス! なんだ、黄昏ちまってよ?」
振り返る。 元気な声の持ち主は勿論カイト先輩だった。 ポケットに手を突っ込み、口笛を吹きながら歩いてくる。
「こんにちは、先輩。 でも、どうしてこんなところに?」
「どうしてって、昼休みだろ? いつもここに集まってるじゃねえか」
言われてみるとそうだった気もする。 なんだか頭がぼーとしていて、当然のこともうまくできない。
いや、出来ているところを見ると、身体は覚えているらしい。 そう考えると人間って上出来だ。 えらいぞ、私。
フェンスに背を預け、カイト先輩は紙パックの野菜ジュースを飲みながら風を浴びていた。 きらきらと金色の髪が揺れて、少しだけ懐かしい気持ちになる。
毎日見ているはずのその姿が何故か哀愁を擽り、近寄り難いような、そんな不思議な距離感を覚えてしまう。
「あの、そういえば姉さんは……?」
「ん? ああ、なんかなぁ、転校生が来たっていうんで、それを見に行くってよ。 ベルグと一緒によってくるそうだ」
「ベルグ先輩と一緒に?」
「まあ、半ば強制的に連衡されてった。 でも噂によるとかなりカッコイイやつらしいぞ? 名前は……なんていったかな? 確か……れん……」
「レンブラム」
「おお、それそれ。 って、知ってたのか?」
「あ、いえ……?」
口から出た名前が信じられず、私は混乱していた。
レンブラム。 れんぶらむ。 誰の名前だろう? 知らないはずなのにすっと溶けるように口から飛び出した言葉。
名前。 誰かの名前。 でもそれは、きっと私にとって大切な名前のはず――。
「あの、私、姉さんを迎えに行ってきますね」
「ああ。 早くしないとメシ食う時間なくなるぞって言っておいてくれよ」
「はい」
平静を装いながら私は頷いた。 気づけば早足から駆け足に変化していて、階段を二つ飛ばしで駆け下り、校舎に飛び込む。
もう全速力だった。 そこまで一秒一瞬でも早くたどり着きたい。 はやる気持ちの理由もわからないまま、私の心臓は張り裂けそうなほど自己主張を繰り返していた。
何かがおかしい。 そこに私を満たすものがあると知っているのに、それはありえないという思いもある。 この二律背反する自意識をなんと捉えればよいのか。
まあ、そんなのはどうでもいい。 もうすぐ、目の前に、その答えがある――。
「あら、アイリス? カイトが先に行かなかった……って、ちょっと!?」
教室の前には人の山が出来ていた。 聞きなれた姉さんの声を無視し、その山を掻き分けて教室に飛び込む。
しかし途中で足が縺れ、思い切り倒れてしまう。 それに気づいた周囲の人々が道を開け、自然とその先に居る人物の目の前に放り出される事となった。
息を呑む。 顔を上げればそこに居る人が誰なのかわかるはずなのに、全ての答えがあるはずなのに、それを知る事を怖がっている私が居る。
でも、知りたい。 この胸の穴を埋めてくれるものがあるのであれば、その名前に全てをかけたい――――。
「あの……大丈夫?」
声が聞こえた。 それに違和感を覚え、私は顔を上げた。
綺麗な黒髪。 ゆるくウェイブした前髪。 整った中性的な顔つき。 すっきりとした細いシルエットの人物が、私に手を差し伸べていた。
その手を取り立ち上がる。 目の前にあるその顔を見て、私は違和感を覚えずにはいられなかった。
「あ、ありがとうございます……。 ええと、失礼ですけど、貴女が……レンブラムさんですか?」
「……そう」
そう、『彼女』は。
前髪の合間から除く魅力的な笑顔で私を捉えていた。
「ボクが、メルキオール・レンブラム。 ――――君は?」
彼女はそう言って、懐かしい笑顔を浮かべていた。
「やれやれ、これは酷いことになりましたねぇ……」
瓦礫の山の中、ぼろぼろの姿で顔を出したのはヴェクターだった。
爆発の寸前、すぐさまシェルター部に飛び込んだため一命を取りとめたものの、一張羅のスーツは焼け焦げ、ついでに身体のあちこちの骨が折れているようだった。
鋭いさすような痛みの中、何とか這い出し、ユグドラシルの間に戻る事が出来たのは、素直に彼の努力の結果だったと言えるだろう。
抱きかかえたアイリスは殆ど無傷だった。 しかし小さく寝息を立て、目覚める気配の無い少女は危険な状態であると言えた。
ヴェクターの計算では、このような状況は想定されていなかった。 いや、想定はしていたが、事実こうなってみるとここまでのものなのかと愕然とするしかない。
アイリス・アークライトはこの世界を拒絶し、『向こう側』へと手を伸ばしてしまった。 しかし闇雲に『ここではないどこか』を目指したところで、それがどこに繋がるのかもわからない。
しかしそれでも連れ戻せるだけの自信があった。 そのために複雑な幾重にも積み重ねた外部補助を通していたはずなのだ。 しかしアイリスは、ユグドラシルは、その予想の範疇を一撃で突破してしまった。
大切な因子を一つ消費し、さらには約束を持つアイリスさえ無くしてしまえば、最悪計画は頓挫しかねない。 それでもヴェクターはこの状況を幸運だと考えていた。
「何はともあれ、救助を待つしかありませんねぇ」
砂の上にアイリスを寝かせ、自分も横になる。 同時にむせ返り、口から血反吐を吐き出した。
そんなヴェクターの救難信号が本部に届く頃、一応の敵を撃退し本部はジェネシス全域の復旧作業に追われていた。 オペレーターの誰もがその救難信号に気づかなかったのは、仕方のない事だったと言える。
「みんな、あとをよろしくね。 私は現場に行って来るから」
オペレーターにそう告げ、席を立つオリカ。 その後を小さな少女がついて歩き、端末を操作しながら顔を上げた。
「やっぱり過去のデータと照合した結果、あれは紛れも無くイカロスです。 でも、全く同一のものかと言うとちょっと違うと思います」
「メアリーがそういうならそうなんだろうねー」
データ上で完全に一致しているだのなんだのそんな事はどうでもよかった。
メアリーが違うと言うのであればそれは違うのだろう。 だとすれば、オリカが手加減をするはずもない。
レーヴァテイン=イカロスと思しきものは本部格納庫に回収された。
格納庫には引き裂かれたレーヴァテインが横たわっていた。 すでに調査が始まっており、コックピットを作業員たちが強制的に開放しているところだった。
大型のチェーンソーを持った作業員たちに指示を出していたルドルフが振り返り、オリカに気づく。
「よお。 悲惨な目にあったぜ」
「ルドルフ君、無事だったんだね。 よかったよかった」
「無事じゃねーよ……。 格納庫の中まで炎が来なかったからいいものの……。 で、なんでいきなりレーヴァテインが出てくるんだよ?」
作業用のゴーグルを外し、指先でくるくると回しながらグチをこぼす。
しかしその疑問に答えは出せなかった。 オリカは腕を組み、静かにイカロスを見上げる。
「いきなりだったからね。 何がなんだか。 でも、多分……」
「目覚めたって言うのか? ユグドラシルがよ」
今までのユグドラシルは、眠り続けていたと言えるだろう。
長い間、静かに凍結が続いていたユグドラシルの目覚め。 それはたった一度だけ、過去にも確かにあった事例である。
「四年前にも、確か同じ事が起きた。 私の両親が死んで、カグラちゃんのお父さんが死んで。 そうしてこの世界が少しずつ捻じ曲がってしまった、大本の事件」
レーヴァテインプロジェクトという一つの大きな計画が頓挫する原因となったその日、ユグドラシルは眠りについた。
そうしてそれから四年間、ずっと眠り続けていたのだ。 しかしそれを誰かが揺り起こしてしまった。
目覚めたユグドラシルに何が起こるのかは全くの不明。 なぜならば、四年前の事件の当事者は一人残らず死んでいるからである。
故にそれは一つの結果を示しているとも言える。 そしてそれは現実となり、莫大な死傷者を出す事件となってしまった。
「……ユグドラシルの目覚め、かあ。 オペレーション・メビウス、また難しくなっちゃうかな」
ため息を漏らすオリカ。 その視線の先、作業員がコックピットの強制開放を成功していた。
開かれたコックピット。 オリカはそれを覗き込むため、軽快な動きで機体の上に上り、そうして中身をのぞきこんで顔をしかめた。
吐き気を催すような血の匂い。 その鮮血の景色の中、パイロットは血まみれで倒れていた。
全身を様々なケーブルが這い、それらにつながれるように……否、拘束されるような姿で眠るその人物は、紛れも無くとっくに死んでいた。
血の海に足を踏み入れ、オリカはその前髪を撫でる。
額から血を流し、苦悶の表情を浮かべる少女――イリア・アークライトは、事切れた姿でそこに眠っていた。
「……どういう事?」
口元を押さえる。 死んだはずの人間が目の前に居て、しかもまた死んでいる。
コックピットを去り、近くで待機していたルドルフの下に降り立つと静かに息を吐き出した。
「で、どうだったよ?」
「イリアちゃんだった。 こらこら、メアリーは見ない方がいいよ? 結構グロテスクだから」
「はう……な、中が気になりますう……!」
「めっ」
「……はーい」
イカロスに上ろうとしているメアリーを引き戻し、静かに思考を研ぎ澄ます。
突如現れたレーヴァテイン。 そしてパイロットであるイリアと、その特殊なコックピット。
さらには暴れ周り、町を破壊したという事実。 これら全て一つ一つが重大すぎる異常事態だ。
「――――忙しくなりそうだね、これから」
「何だ生きていたのか、カイト」
「……てめーは一言目がそれか?」
医務室の扉が開き、エリザベスとカロードが肩を並べて顔を出した。
中で治療を終えたカイトはもげた腕を残っている腕で庇いながら席を立つ。
「か、カイト……あんた、手はどうしたの……」
「あ? ああ、これか。 爆発の衝撃でぶっ壊れちまった。 せっかくいい義手なのになぁ」
「……義手?」
あわててカイトに駆け寄り、腕を見るエリザベス。 悲痛な表情でカイトを見上げ、その困ったような笑顔を見て何故か涙腺がゆるくなった。
目に涙を溜めながら俯くと、カロードは明後日の方向を眺めながら咳払いし、カイトはおろおろと視線を泳がせた。
「ど、どうしたいきなり……?」
「何でもない……」
「何でもないってこたないだろ……。 ええと……とりあえず言ってみろよ」
「何でもないったらなんでもないの! ばかぁっ!!」
凄まじい音量で叫び、駆け足で医務室を飛び出していく。 その際弾き飛ばされたカロードは壁に頭をぶつけ、そこをさすりながらカイトに歩み寄った。
「もう少し上手く出来ないのか、お前は」
「無理だって!! なんでエリザベス泣いてたんだよ!?」
「……お前がいつも無茶をするからだ」
「あ? 何かいったか?」
「いや」
小さな声で呟いたそれはカイトの耳には届かなかった。 二人してアルバに頭を下げ、医務室を後にする。
「カイト、見たか? 本部施設もだいぶやられたようだ。 なんでもユグドラシルがかかわっているらしい」
「ユグドラシルが……? なるほどな。 まあ、あれだけありえない事尽くしじゃあ、もうユグドラシルしか考えらんねーもんな」
「何にせよ、これでまた一つ厄介ごとが増えたと言う事だ」
「厄介ごと?」
ため息をつき、視線を伏せるカロード。 首をかしげているカイトを残し、先に歩き始める。
「少しは考えても見ろ。 これでユグドラシルの危険性を、僕たちは自分たちで証明してしまった事になる」
「それがどうしたんだよ?」
「世界が黙ってはいないだろう、これはもう」
「……そっか。 そうだよな……レーヴァテインまで出てきたんじゃ、もうマジで危ないもんな」
「厄介以外の何者でもない。 全く、何が原因なのやら。 原因はさっさと究明してもらいたいところだな。 レーヴァテイン相手では、僕らでは歯が立たなかった」
「そういえばよ。 助けに着たあの黒い機体、どこかで見覚えないか?」
「見覚えも何も……。 一年前、僕らを襲った機体だ。 サマエル・ルヴェールの痕跡を探っていてな」
「あー……あいつか。 って、なんであれがジェネシスに!?」
「それもこれから、確かめに行くところだ」
「ほー……。 お前って頭いいな」
「それは、カイトが馬鹿なだけだろう」
「んだと!?」
そんなやり取りをしながら二人は司令部に向かう。
その頃、その話題のパイロットは一人、人気の無い通路で端末を操作していた。
作成しているのは特殊なメールであり、ゼクスは当たり前のように複雑なそれを操作し、アドレスにメールを送る。
送り先には、サマエル・ルヴェールと。 そう、記されていた。
れーばてっ!
第三話
『お姉さん面して親切にしてくる女の子は基本的に死亡フラグ』
「リイドって、部活とかしてないの?」
えらく唐突な質問だった。
イリアが引っ越してきて数日が過ぎ、ボクらは相変わらずの関係を続けていた。
イリアの人気はあいかわらずで、何故かエアリオとは仲が悪い。 というよりは、一方的にエアリオが警戒している印象だけど。
放課後、さて帰ろうかと思い鞄を背負おうとしたところ、隣の席の女子から質問が飛んできた。 って、書くと何か別に唐突でもなさげ。
「部活って……何もしてないよ?」
「そうなの? 何か面白い部活が無いかと思ってさ。 聞いてみようかと思ったんだけどね。 全部の部活に仮入部してみたんだけど、いまいちピンと来るのが無くて」
君はハ○ヒか。
頼むから無いなら作ればいいとかいわないでほしい。
「君は本当に部活やった方がいいと思うよ。 君は暇だからいちいちボクにからんでくるんでしょ?」
全く、どこに行くにもついてくるんだから。 心が休まる瞬間がないよ……。
「ねえ、これからどこ行くの? ついてってもいい?」
「えぇ〜……。 そういわれてもなあ……」
と、ボクが抵抗したところでそれは無駄なあがきなわけで。
何故か知らないまま、ボクらは校舎裏にあるフォゾン光学研究部の旧部室に足を踏み入れていた。 誇りっぽい匂いがして、夕日が差し込んでいる。
「適当なところに座ってよ。 今お茶入れるから」
適当に組み立てた携帯用の発熱機の上にやかんをのせる。 インスタントのコーヒーだったら、一応常備している。
日課とも言えるこの場所でのひと時に、誰かを招くのは始めての事だ。 当の来客はあちこちを眺めながらきらきらと目を輝かせている。
「ねえねえ、ここって何? 秘密基地?」
「みたいなものかな。 元部室なんだけど、前にここを使ってた部活の人たちが変人の集いみたいなので、ガラクタ大量に残して全員卒業しちゃったんだ。 だから、片付けられもしないまま倉庫みたいになってるんだよ」
元々校舎から遠いし、そんなに人がきたがるような場所じゃない。 勿論、出て行けといわれれば出て行くつもりだけど、今のところ言われないから構わないだろう。
それはもしかしたら生徒会長とボクが知り合いだから、ということもあるのかもしれないけれど、まあひとまずはここはボクの秘密基地と言って差し支えない。
「なんだか素敵ねー……。 うらやましいかも」
「そう? ガラクタしかないけどね、ほんと」
「でもそのガラクタをいじった形跡があるけど?」
「ああ、これは……」
苦笑する。 確かにボクはここのガラクタをいじっては発明家を気取って遊んでいたりする。
「夢、ってほど具体的でもないんだけどね。 ボク、いつか宇宙に行ってみたいと思ってて。 ほら、今は月のテラフォーミングやってるでしょ? 渡航制限がかかってなければ、月にもいけるわけだけど……」
居住空間を月に移す、と言うのはもう何年も続けられている計画のひとつだ。 人類は今宇宙へと大いなる一歩を進めようとしている。
宇宙空間での生活を可能にしたのも、やはりフォゾン光学の力が大きい。 その力を学べば、いつか空へいけると考えるのは子供らしい浅はかな考えだろうか。
それでもボクはそうしていつか空の向こう、誰も行ったことのない場所へ行ってみたいと思う。 恥ずかしいことだけどね。
「ふ〜ん……なんかちょっと、かっこいいわね」
「そ、そうかな?」
この話を人にするのは初めてだった。 なんだか少しだけ嬉しくて笑ってしまう。
コーヒーを差し出すと、イリアは小さく笑ってそれを口につける。
「あちちち……」
「そ、そう? 結構ぬるいけど」
「猫舌なのよ……。 ねえ、それでさ、あんたって結局エアリオのことが好きなんでしょ?」
「ぶろほっ!!!」
思い切りコーヒー吹いた。 いじってた途中の機械にモロにかかって煙を吐き出している。 終わった……。
「何言い出すんだよ……。 前の文と何の脈絡もないじゃないか!」
「えー? だって、気になるんだもんしょうがないでしょ?」
「……そのために付きまとってきたの?」
「そうとも言うわね」
こいつ……。
「……エアリオの事は好きだけど、でもそういうのなのかはよくわかんないな。 そもそもボク、女の子の事好きになった事ないし」
「子供の頃のあわ〜い初恋の思い出とかないの?」
「ボク記憶喪失で二年より前のこと何にも覚えてないから」
「……さらっと重い設定出たわね」
「気にしてないからいいよ。 ま、そんなわけでぜんぜんそういうのはわかんない」
「ふうん……。 でも、エアリオはあんたの事好きなんじゃない?」
「ええええ!? え、エアリオがあ!?」
ありえないと思いつつ、ちょっと想像してしまう。 エアリオはすごく可愛い女の子だ(黙っていれば)。 ものすごい美少女なのだ(食べている間は)。
それがボクの事を好きなんて、ちょっとすごい状況じゃないか? 苦笑を浮かべていると、イリアは悪戯な笑顔を浮かべながらボクを指差した。
「ねえ、あたしが手伝ってあげようか?」
「えっ? 何を?」
「あんたと、エアリオの恋が実るように、よっ!」
一体何を言い出すのか。 しかしイリアはその時完全に本気だった。
断ったのにイリアは自分で勝手に自己完結すると勝手に帰ってしまった。
残されたのは、翌日からの奇妙な約束と、エアリオへの奇妙な気持ちだけだった……。
次回! ハートフル学園ラブコメディー『れーばてっ!』
イリアの奇妙な冒険……ではなく計画に巻き込まれたリイド。 エアリオは本当にリイドのことが好きなのかを確かめるため、二人はエアリオを尾行し……。
次回、『唐突すぎる別れ』を、お楽しみに!