風の中の葛藤07
この高校の校舎は4階建てである。
一階に3年生、二階に2年生、三階に1年生、そして四階は特別教室になっている。なぜ年を経るごとに下を下がるのか分からないが、仮に窓際になれば校庭を一望できるので願ったり叶ったりではあった。
教室の入り口に貼ってある座席表を見てガッカリした。私の席は廊下側の一番前だった
何も見えないし、ちょっと居眠りというわけにもいかない。
山下の「や」だから窓際を期待したわけだけど、何を基準に選んだやら、名前は50音順に並べられているわけではなかった。
教室はすでに既知の友人同士でグループ形成されており私は焦った。もう少し早く教室についていれば如何様にもできたはずである。
大介の方を見ると既に男子グループの中で談笑しており彼のコミュニケーションスキルには舌を巻く。
本当は性悪な人間だと糾弾してやりたい気持ちも若干ながらわいた。
私は遅れてきたことを後悔する気持ちで椅子に座ったが、椅子に座ったとたん、その後悔を打ち砕いてくれる可憐な声が私に投げかけられた。
「はじめまして!私は大阪瑠衣。瑠衣って呼んで。どこの中学?ああこっちの娘は川島優子ちゃん。私たちは別の中学だったけどもう仲良しになったの。」
となりに目をやると、小さな可愛らしい女の子が満面の笑みを浮かべて、大きな瞳をくりくりしながら私のことを見つめている。
一瞬たじろいだがたじろいだままだと失礼に当たるので私は作り笑顔を浮かべて私の名前と出身の中学を答えた。瑠衣ちゃんは道子ちゃん、みっちゃん、みーちゃんと独り言をつぶやいた後、「じゃあ、道子ちゃんと呼ぶね。」そう言った。
随分フレンドリーな人だと思う一方で渡りに船だと私も積極的に対応しようと思った。
瑠衣ちゃんは小さな体を大げさに動かす。身振り手振りで話すしぐさがいちいち可愛い。
「ねえねえ、この学校って髪を染めても良いんでしょ?道子ちゃんは何色にするか決めた?私は金髪か赤髪が良いなって思うの?パーマもかけてみたいし。」
するとその横で穏やかな微笑を浮かべた優子ちゃんがたしなめるように言った。
「あんまり派手な色にしたりすると上級生や他校の不良から目を付けられちゃうわよ。瑠衣ちゃんは綺麗な黒髪なんだから今のままで良いのに。」
なんだか優子という名前だけあってお姉さんタイプだなと思った。
ディスカウントストアのチラシに出てそうな綺麗な大人の女性といった感じである。
私はぽつりと呟いた。
「私は髪の色は買えようとは思ってないよ。髪を染めると服装が難しくなるし。基本的に今のままで良いかなあって。」
瑠衣ちゃんは驚天動地といった感じで対応する。
「もったいない。なんのためにこの高校を選んだのさ。スカートの丈を短くしようと髪の色やパーマをかけようと文句を言われない事で有名な学校なのに!」
ははは、と笑いながら、でも考えてみたら校則が自由なのに黒髪のままなのは確かにもったいない気もする。
でも基本的に私は白人さんや黒人さんのモデルの写真集を眺めることが好みだから日本人はやっぱり黒髪がいちばん似合うと思うタイプである。
それに私が派手な色で染めたら家族会議ものだし、大介がくどくどとお説教を並べてきそうで気が引けた。
「優子ちゃん、優子ちゃんって下の名前でよんでもいい?」
優子ちゃんはどうぞと答えた。
「優子ちゃんは何色に染めるのか決めているの?」
「そうねえ。できることなら栗色に染めようかと思っているけど補導員とかにお説教されたりしたら嫌だから結局黒のままだと思うなあ。」
瑠衣ちゃんうーと唸り声をあげてため息をついた。
「二人とも優等生だなあ。男子を見て御覧なよ。入学式早々ワックスやムースをベタベタつけて自由にしているのに。私は絶対に金髪にする。整髪料は嫌いだからパーマもかけようかな。」
そんな風に自分のこれからの容貌について語り合っていると、教室の扉を開き女性教諭が入ってきた。タイトな黒のスーツに純白のブラウスで気品あふれる綺麗な女性だった。
男子はざわざわと盛り上がる。男子生徒にとって綺麗な女性教諭というのはいつの時代だって憧れなのかもしれない。
しかし私の美への試行錯誤を追求した目はごまかせない。周到に化粧を施した上での美貌だと見抜いた。
多分男子は30代前半くらいに勘違いしているかもしれないが私のスキャンが正しければ40才前後だとにらんだ。
そうして右手に持った長い先生用の定規をいきなり教卓にバシンバシンと叩き、
「静粛に!」
と叫んだ。
「初めまして私は飯倉です。いきなりですがあなた達はこの学校の事を誤解しているだろうと思っています。確かに我が校は服装に関する校則はありません。だからと言ってルーズな学園生活を送ればペナルティは付きます。具体的に言えば遅刻三回で校内清掃、赤点を取れば一週間の補修、喫煙飲酒は即停学、などなど。詳しい説明は後程、体育館で説明があります。なにやっても許されると思ったら大間違いです。その辺は誤解のないように。ではこれからみなさんに各自の出身中学と簡単な自己紹介をやってもらいます。では山下道子さんから。」
私は唐突な関白宣言に戸惑っている上に名指しで指名されたことに狼狽した。
飯倉先生は冷たい視線で私の事をぎろりと睨んだ。
「聞こえなかったのですか山下さん、あなたが自己紹介をしてくれなかったら先に進めないのですが!?」
私はビクッと背筋を伸ばした後、慌てて立ち上がり自分の出身校と古着を漁るのが趣味だという事を説明した。
説明が終わった後、先生は「はい次!」と私の後ろの生徒を指名し、自己紹介の輪を紡ぎ終わるまで私語厳禁といった調子だ。その頃になると男子生徒の「当たり」と思っていた担任が、こりゃ「外れ」を引いたという空気がクラス中に重く垂れさがっていた。
まあどこの世界も自由なんてないわよね、と一人頭の中で呟いた。
優等生の中で息苦しさを覚えて不良になっても、不良の中にもシキタリや上下関係はあるわけで、群れの中で生活するしかない人間が、たった一人で自由に生きられるわけがないと今更ながらに痛感する思いだった。