風の中の葛藤02
真新しい制服に着替えた私は緊張していた。そして横歩きで姿鏡の斜め横に立ちにっこりと作り笑いを浮かべ斜め四十五度に体を傾け、おはよう、幼馴染くんといった調子で鏡を覗き込んだ。なるほど確かに女子高生である。疑いをはさむ余地はない。けれども鏡に映った自分自身が魅力的に見えなかったし中学生のころより大人になったとも思わない。なんだか拍子抜けした気持ちである。緊張して身構えた自分が馬鹿らしく思える。ちょっとバッチリ化粧をすれば少しは大人の女性のような妖気がツンと漂うのではと思い化粧ポーチに手を伸ばしてやっぱりやめた。今日は入学式であわただしく、おそらく汗をかくだろうかと思ったからだ。16年前に生まれ16年間、自分なりに少女という期間を充実させるように悪戦苦闘した方だと思っている。けれども鏡の前の私は、日本に数多くいる16才の女子高生と記号化されても文句も言えないほど平凡なたたずまいである。県内でも制服は可愛いし、校則にルーズな高校なのでそれだけでも今までの自分とサヨウナラして、青春を謳歌するための少女漫画的なロマンチックな女子高生ライフが満喫できるのではないかという期待。制服の採寸からあえて袖を通さず楽し気に待ち望んでいたものの、やはり制服が変わっただけでは自分は変わらない。中学から高校という大人になったら誰もがウラヤム時期だというのに私は相も変わらず私自身でしかない。
私はため息をつき勉強机に向かった。今日必要な書類と化粧ポーチと謎のポーチを鞄につめて部屋のドアへ足を傾けるときにくるりと姿鏡の方に振り返った。置いていくぞ、幼馴染くんといった調子で満面の笑顔で。けれども鏡に映る私の笑顔はひきつっており、とてもじゃないが物語の主人公といった調子ではなかった。オーラが無さすぎるのである。私はシュンとした気持ちで部屋を後にした。
玄関でこれもまた真新しい革靴が置かれていた。革靴なので皮ベラが必要である。鞄の中から古着屋さんで見つけた携帯用の皮ベラを取り出した。革靴を履いていると居間の方から母が顔を覗かせ呆れた顔でこちらに近づいてきた。
「もう、入学式だっていうのに何よ、そのすねた顔は…」
「別にすねてないっていつも言ってるよね。なんで入学式そうそう、そういうこと言うかな…」
私はつま先をトントン叩いてみた。この時ばかりは私は大人になれたような気がしたのである。
「お父さんが教科書を運ぶために車で迎えに来るって言ってたけど、お父さんどこ行ったの?」
「さあ。多分有給が取れたから入学式が終わるまで釣りでもしに行ったんじゃないの?あの人かしこまった行事ごとは苦手だから。私は行きたいけどパートが休み取れなくてごめんね。一人ぼっちの入学式だからってすねちゃダメよ。」
「だからすねないってば。別に一人ぼっちでもないよ。大介もいるし鯉二おじいさんも来るって言ってたし。」
母親は人差し指を唇に当てて少し考えるように呟いた。
「とうとう大介くんとも幼稚園、小中高と一緒に過ごすことになるんだから運命って不思議ね。」
運命だなんて随分大げさな表現を使うなあと内心思いながらも、ちょっと二人の間にある歴史の長さを実感としてあることも否定できず、初めてあった日の大切な思い出が遠いようでつい最近のような気持ちもして、要約するとよく分からない気持ちになった。私はため息を一つついて言った。
「じゃあいってきます。お母さん。」
「いってらっしゃい、道子。」
私はドアノブに手を当て右に回し新しい世界へと一歩踏み出した