異譚者編ー1
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ガルディアン第4支部基地内ー1階廊下。
フルエザが羽化してから数時間が経過した。
現在もフルエザが海底で活動を停止していることを良いことに各支部の司令たちが話し合いを続けている。
いつフルエザが動き出し、人類へ猛威を振るうか分からない緊迫した状況だというのに呑気なものだ。
こうしている間も次々と出現する侵略者を討伐する為、各支部のパイロットたちが討伐に追われている。
ガルディアン第4支部に護衛役の応援を派遣するほど戦力に余裕がガルディアン支部は少ない。
だからと言って救援もなしにガルディアン第4支部が全戦力を投入する訳にはいかない。
戦力が手薄になったところを侵略者やクリミネルに攻め込まれては元も子もない。
ガルディアン第3支部の壊滅以来、クリミネルがいつ攻めて来るか分からない為、どの支部も必要以上に神経を張り詰めている。
しかも、ガルディアン本部の意向で各支部の戦力バランスを保つ政策により、各支部の機体保有数を最大8機までとしている。
つまり、現状どの支部も他の支部へ応援を派遣するほど余裕がないということ。
戦力バランスを保つ為とは言え、思わぬところでガルディアン本部の政策が仇となった。
「お偉いさんたちは呑気に話し合いばかりして」
今、この瞬間にもフルエザが再び活動を再開し、被害を拡大させる危険性は大いにある。
それにも関わらず、一向に動けない現状にポストルは、怒りと不満を募らせていく。
ガルディアン第4支部は、エグゼキュシオンを4機しか保有しておらず、安易に出撃できないのは理解している。
他の支部も侵略者討伐に追われ、安易に応援を派遣できないことも理解している。
しかし、このままでは次々と出現する侵略者、そしてフルエザの手によって壊滅的被害を受けてしまう。
居ても立っても居られないポストルは、意味もなく基地内を徘徊し、そのまま機体格納庫へ足を踏み入れた。
「マリヴィナ中尉?」
ふとポストルの視界が、虚な表情で自身の機体を見上げるマリヴィナを捉えた。
こんなところで何をしているのかと気になり、ポストルは彼女へ近づく。
彼が近づいていることに気づかないマリヴィナは、昔の記憶を思い出していた。
それは遡ること12年前のこと。
今は無き人工適合者研究所のとある1室で、室内の中心には筒状の培養槽がある。
培養槽の中には、幼子のマリヴィナが入っており、生まれたままの姿で黄緑色の液体内に浮かんでいる。
瞳を閉じたまま浮かび続ける様子を興味深そうに見つめ、白衣姿の女性研究員2人が会話を始める。
「コードMの成長は順調ですね」
「ずっと失敗続きだったけどようやくコードCに近い力を持つ人工適合者を生み出せたわ」
2人の女性研究員は、自分たちの成果に達成感と喜びを感じ、嬉しそうな表情で専用のタブレット端末を見つめる。
「ナディシャ所長も喜びますね」
「えぇ、所長の望む『力』を持った人工適合者だからね」
「コードAの開発も順調らしいですよ」
「コードAもコードMも同じくコードCの遺伝子を使って生み出された存在。言わば3姉妹というべき人工適合者ですね」
そんな会話が、培養槽内で液体に浸され、浮かぶだけの幼いマリヴィナの耳に届く。
少し前までこの会話を思い出しても会話の意味が分からなかった。
しかし、超大型を圧倒するシレディアの恐ろしい力を映像で見たマリヴィナは、その意味を理解しつつあった。
超大型を破壊し尽くす獣の如きあの力こそ、研究員の1人が口にしていた『力』ではないかと。
「私に戦う以外の価値なんてない。この先ずっと利用されて死ぬまで戦わされて死ぬだけ」
自分が生み出された意味と自分の存在価値に絶望し、マリヴィナは暗い表情で俯く。
「何してるんですか?」
背後からポストルに声をかけられ、驚いたマリヴィナの身体が反射的にビクッと跳ね上がる。
「ぽ、ポストル准尉!?」
いつも冷静な彼女が、大袈裟なまでの驚きを見せたことに困惑するポストル。
「だ、大丈夫ですか?」
冷静さを取り戻したマリヴィナは、何も答えず、俯いたまま黙り込む。
その様子を見たポストルは、あまり詮索しない方が良いと考え、静かにその場から去ろうとする。
「ポストル准尉は、シレディア大尉をどう思ってるの?」
質問の内容に驚いたポストルは、足を止めるとマリヴィナの方へ顔を向けた。
「ど、どうってその……き、気になるというか」
ポストルは顔を赤く染め、動揺しながらシレディアに抱く気持ちを曖昧に表現する。
しかし、マリヴィナがポストルに聞きたかったのはそういうことではない。
「シレディア大尉も私と同じ人工適合者。戦う為だけに生み出された兵器。なのにあなたは人工適合者を普通の人間として見てるの?」
その質問を聞いた瞬間、ポストルの脳裏に一昔前の出来事が蘇る。
それはポストルが、ガルディアン第3支部の中庭で初めてシレディアと出会い、言葉を交わした時のことだ。
当時のシレディアは、自身を戦う為だけの存在と肯定し、孤独に戦っていた。
今のマリヴィナは、昔のシレディアと同じだとポストルは感じた。
「俺にとってシレディアもマリヴィナ中尉も人間です。人工適合者とか関係ありません」
「……あなたもニコルと同じお人好し」
何故、ニコルの名前が出てきたのか不思議に思いつつポストルは言葉を返す。
「お人好しの方が人に優しくできて少しでもその人に近づけると思うので、俺はその方が良いと思います」
優しく微笑むポストルを無意識にマリヴィナの心が拒絶し、彼から視線を逸らすと背を向ける。
「利用されるだけの兵器に心なんてない」
何処か寂しげな背中のマリヴィナは、静かに格納庫を後にするのであった。