失命編ー4
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ガルディアン第3支部基地内ー第1格納庫。
ミソンプは、初恋の相手を庇い、銃弾に倒れた。
ポストルをライフルで銃撃しようとした歩兵は、ミソンプの裏切りに一瞬驚いた表情を見せた後、力尽きた。
銃弾が貫いた腹部から出血し、彼女が身につけているガルディアンの制服に赤い染みが広がっていく。
ポストルは、必死に彼女の腹部を両手で強く押さえ、止血を試みるが、残念ながら血は止まらない。
「ミソンプ!」
ポストルは、何度もミソンプの名前を呼ぶが、彼女の瞳から徐々に光が失われていく。
彼女の視界は、ほとんどぼやけ、既にポストルの顔も見えなければ彼の声も聞こえない。
意識が深い闇へ沈む中、走馬灯のようにこれまでの記憶が彼女の脳内を駆け巡る。
遡ること数年前、ミソンプは、クリミネルからの命令でガルディアンに新兵として潜入した。
クリミネルから与えられた任務は、ガルディアンに潜入し、コードC及びガルディアンの情報収集だ。
同じ時期にポストルたちも新兵として入隊したが、当時のミソンプにとってどうでもいい人たちだった。
いずれ裏切りるのだから馴れ合う必要はないと関わりを避け、孤独に行動してきた。
そもそも人工適合者は、戦う為の兵器であり、普通の人間とは分かり合えない。
そんな間違った考え方を抱き、孤立していた彼女を気にかけ、言葉をかけたのがポストルだった。
「ミソンプ……だったよね?」
正直ミソンプは、いきなり人を呼び捨てにするポストルを無遠慮な男だと感じた。
不快感を露わにしたミソンプは、正面に立つ彼から視線を逸らし、無愛想に言葉を返す。
「……何か用?」
「一緒にご飯でもどうかなって」
同期とは言え、ほとんど会話したことがない相手を食事に誘うなどミソンプには全く理解できなかった。
「1人で食べるから」
ミソンプは、ポストルを避けるようにその場から立ち去ろうとした瞬間、彼に右腕を掴まれ、引き止められてしまう。
彼の手を強引に振り解くこともできたが、何故か彼女の体は動かなかった。
「俺も今1人だし、1人で食べるより誰かと食べた方が楽しいと思うよ」
「はぁ?ってちょ、ちょっと……!?」
ミソンプは、強引に腕を引っ張られ、不本意ながらポストルと一緒に食事をした。
これが彼女にとって、初めて誰かとする食事だった。
クリミネルにいた頃、朝昼晩と粘土のような感触がする不味い栄養管理食品と水が配給される。
毎日それを牢獄のような狭い部屋で食べていた。
(不思議と美味しい……)
心無しか質素な食事がいつもより美味しく感じ、誰かと会話しながら食事するのが楽しいと思えた。
その後、ポストルとは互いに時間が合えば一緒に食事をし、他愛もない会話を繰り返した。
いつしか彼に興味以上のものを抱いたミソンプは、自身に芽生えた感情が恋愛感情であると知った。
数ヶ月が過ぎたある日のこと。
「誕生日おめでとうミソンプ」
そう言ってポストルは、ラッピングされた可愛らしい箱をミソンプに手渡す。
数時間だけ許可を得て基地から出た際、商店街に寄ったポストルは、少ないお金で彼女の誕生日プレゼントを購入したのだ。
ミソンプの誕生日は、クリミネルに生み出された日であり、ガルディアンに入隊する際、その日付けを登録した。
「大したものじゃないけど誕生日プレゼント」
「開けていい?」
「もちろん」
丁寧にラッピングを解き、箱を開けたミソンプの瞳に映るシンプルなデザインの白いリボン。
高級な品ではないが、彼女にはどんなものよりも美しく、まるで宝石のように輝いて見えた。
「ありがとうポストル」
ミソンプの中に生まれて初めて嬉しいという感情が芽生え、ずっと悲しげな表情をしていた彼女の表情が和らぐ。
人工適合者として生み出されたミソンプの誕生日を祝う者などいなかったからだ。
つまり、ミソンプにとってポストルは、誕生日が存在しなかったのも同然だった彼女に初めて誕生日を与えてくれた存在なのだ。
「誕生日……ありがとう」
「お礼なんていらない!今度はみんなでミソンプの誕生会をしよう!だから死ぬな!」
ポストルの瞳から涙が溢れ出す。
何故なら、ミソンプの瞳から輝きが失われ、瞳が閉じていくからだ。
「生きて……ポス……トル」
「ミソンプ!死ぬな!」
ポストルは、瞳が完全に閉じたミソンプの体を何度も激しく両手で揺らし、涙を流しながら彼女の名前を呼ぶ。
しかし、彼女から言葉が返ってくることは決してない。
大切な者を失ったポストルの悲しみが、天に木霊する。