失命編ー1
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ガルディアン第3支部基地内ー司令室。
アルビーナとポストルが、アールを討伐してから数十分が経過した。
アール討伐により、待機していたパイロットたちの戦闘態勢を解除し、周囲に漂っていた緊迫した雰囲気が解かれる。
テモワン指揮の下、オペレーターたちは、アルビーナ機とポストル機を回収手配も完了し、後は2人の帰還を待つのみ。
「噂以上の実力だなアルビーナ大尉」
以前からアルビーナの実力を耳にしていたテモワンだが、実際に彼女の実力を目の当たりにし、能力の高さに感服する。
彼女が人工適合者であり、生まれながらパイロットとして高い能力を持つとは言え、それだけではない実力を兼ね備えている。
日々精進し続け、幾多の戦いを潜り抜けてきたからこそ他の人工適合者よりも秀でた操縦技術や反応速度を習得できたのだろう。
(シレディアと同じ研究所で生まれた人工適合者……恐らくアルビーナ大尉は)
意味深な言葉を内心で呟いたテモワンは、自身の顎に手を当て、脳内で考察し始めた瞬間、非常事態を知らせるサイレンが、ガルディアン第3支部基地内に鳴り響く。
同時に轟音が鳴り響き、ガルディアン第3支部基地全体が激しく揺れ、司令室の正面に設置された大型モニターが、非常事態を知らせる文字で埋め尽くされ、規則的に赤く点滅する。
過去に例を見ない事態にテモワンは、全身から冷や汗を流し、オペレーターに状況確認をさせる。
「何が起きた!?」
経験のない非常事態に一瞬で冷静さを失ったオペレーターたちは、危機迫った表情でキーボードをいじり、状況把握に務める。
「く、クリミネルによる襲撃です!既に基地内部にクリミネルの戦闘員が侵入した模様!」
「な、なんだと!?」
宣戦布告もなく突然クリミネルが、ガルディアン第3支部基地へ襲撃を仕掛けてきたのだ。
「皆に状況を知らせろ!それと基地内全体の防衛システムを作動させろ!」
「だ、ダメです!防衛システムが機能しません!」
「そんな馬鹿な!」
「防衛システムがクリミネルにハッキングされたようです!」
侵略者を討伐し、安堵したのも束の間、クリミネルから襲撃を受け、先手を取られってしまった。
このタイミングでクリミネルが堂々と襲撃してくるなど誰も予想できなかっただろう。
既に手札を封じられ、追い詰めれてたテモワンは、焦りから険しい表情で自身の唇を噛み締める。
「こうも簡単に防衛システムを……!基地内に潜んでいたスパイの仕業か」
ガルディアン第3支部に潜んでいた裏切り者が、あらかじめ基地の防衛システムを無効化したとテモワンは考察した。
そうでもなければ基地の強固な防衛システムを短時間で破るなどあり得ないからだ。
「警備隊は!?」
「既に出動し、対応しておりますがクリミネルに突破されています!」
ガルディアン第3支部基地に所属する職員のほとんどが対人戦未経験であることからクリミネルの歩兵部隊に苦戦を強いられる。
そもそもガルディアン全体で見ても対人戦を経験している人の方が珍しい。
「司令!領土内にも被害が出ております!収容民たちにも犠牲が!」
「外道な!」
防護壁内の領土内もクリミネルのエグゼキュシオン部隊に襲われ、罪なき収容民が戦火の炎に包まれ、命を落としている。
「狙いは領土?いや、シレディアか!?」
テモワンは、クリミネルの狙いがシレディアである可能性が高いと導き出した。
その根拠としてシレディアは、2度も単独で超大型を撃破し、彼女が持つ異常な力を世に示した。
結果、ガルディアンに留まらず、喉から手が出る程、シレディアの力を欲する組織が以前よりも増加しただろう。
超大型を圧倒できる程の彼女を手にすることができれば、自身の戦力を大幅に増強できる。
もしかしたらシレディア1人を戦力に加えただけでガルディアンとクリミネルの戦力差が、一気に逆転する可能性だってある。
「シレディアとの連絡は!?」
「通信システムが破壊されて連絡できません!」
既にシレディアの安否を確認する術は、クリミネルによって閉ざされてしまった。
今のテモワンにできることは、彼女の無事を祈ることだけだが、祈る暇すら与えられなかった。
「動くな」
何者かに背後からハンドガンを向けられ、テモワンは驚きのあまり目を見開く。
一気に顔から血の気が失せ、青ざめたテモワンは、ゆっくり両手を上げ、抵抗の意思がないことを示す。
他の職員たちも侵入してきた数人の歩兵に銃を向けられ、恐怖に震え、泣き出す者や挙動不審に陥りながら両手を上げている。
「数年ぶりですね上官」
意味深な発言をした男性は、テモワンに片手でハンドガンの銃口を突きつけ、装着している邪悪に彩られた機械的な仮面を外し、仮面下の素顔を見せる。
仮面下の素顔が露わになるとその左半面に痛々しい傷跡があり、憎しみに染まった黒い瞳でテモワンを睨む。
「お前は……!」
彼の素顔を横目で見たテモワンは驚愕し、言葉を失う。
男は不敵な笑みを浮かべ、テモワンに銃口を向けた状態で、数人の歩兵に指示を出す。
「そいつらを全員殺せ」
男の指示に従い、数人の歩兵は、その場にいたガルディアン職員全員を銃殺した。
テモワンは、慈悲もない残虐な行為に怒りが限界に達し、鬼のような形相で背後の男を横目で睨む。
「ザジリス!」
痛々しい傷跡が特徴的な男の名前は、ザジリス・ガマール。
昔、ガルディアンに所属し、テモワンの弟子だった存在だ。
「オレはあんたのせいで大切なものを失った」
「あの時の復讐のつもりか」
昔、ザジリスは、とある侵略者を討伐するため、テモワンや当時付き合っていた愛する女性と共に出撃した。
順調に侵略者を追い詰めていったが、突如として侵略者が驚異的な力を発揮し、一気に形勢逆転する。
上官であるテモワンは、全力で侵略者に抵抗を試みるも圧倒的な力を前に機体が大破した。
既にザジリスの機体は、戦闘不能な状態まで大破し、その影響で彼も顔面に深手を負い、戦える状態ではない。
ザジリスの恋人が操るエグゼキュシオンも辛うじて動けるが、真面に戦える状態ではない。
テモワンは、自分が犠牲になってでも2人を逃がそうと動いたその時、背後から侵略者が襲う。
それをザジリスの恋人が庇い、ザジリスやテモワンを逃がすため、自らを犠牲に侵略者の足止めを引き受ける。
大事な部下を見殺しにできないテモワンは、何とか彼女も連れて逃げようとするが、大切な人のために犠牲になる道を選んだ彼女の意思を尊重し、泣き叫ぶザジリスと一緒に離脱した。
その後、彼女の機体は自爆し、侵略者を弱らせことに成功し、他のガルディアン支部から救援が駆けつけ、その侵略者を討伐した。
愛する人を目の前で失ったザジリスは、悲しみと怒り、憎しみという負の感情に支配され、彼の心は邪心に染まった。
「一緒に残ろうとしたのにお前が止めたせいで……!お前が彼女を見捨てたせいで!」
「彼女はお前の命が自分より大切だから1人で侵略者と戦ったんだ!もしお前まで犠牲になっていたら彼女の気持ちはどうなる!?」
テモワンが真剣な眼差しで紛れもない真実を伝えるも闇に囚われた彼の心にはもう届かない。
「黙れ!」
ザジリスは眉間にしわを寄せ、憤りを露わにした。
「オレがまたあんたの大切なものを奪ってやる」
ザジリスは不敵な笑みを浮かべ、テモワンの左足に狙い、ハンドガンの引き金を引いた。
銃口から放たれた金色の弾丸が、テモワンの左足を貫く。
激痛に顔を歪め、床に倒れたテモワンの右肩を容赦なくザジリスが銃で撃ち抜く。
「あんたの妻はオレが殺した」
「っ!?」
テモワンには妻がいた。
旧姓ナディシャ・テナプロメッサ。
人工適合者開発を主任する優秀な研究員であり、科学者でもあった。
テモワンと彼女の間には『シレア』という最愛の娘がいたが、侵略者が破壊した瓦礫の下敷きとなって死亡した。
ナディシャは、娘を失った悲しみと憎しみで精神的に狂い、人工適合者の研究及び開発に没頭するようになる。
侵略者を確実に殲滅するため、『人工適合者を超えた人工適合者』の開発を目指した。
亡き娘を人工適合者として生き返らせ、侵略者へ復讐を果たすため、娘の遺伝子を利用した人工適合者の開発に手を出す。
テモワンは、彼女の非道な行為を強く非難し、何度も止めるよう訴えたが、マッドサイエンティストと化した彼女には届かなかった。
そして、ナディシャは、娘の遺伝子から理想とする高い能力を持つ人工適合者を生み出すことに成功する。
実験番号『コードC』、シレディアだ。
シレディアは、シレアの遺伝子から生み出されたクローン人工適合者なのだ。
結果に満足したナディシャは、シレディアの開発データや遺伝子を使い、強力な人工適合者を量産しようとした。
しかし、シレディアに匹敵する力を持って生まれた人工適合者は、コードAとコードMの2人だけだった。
程なくしてナディシャの所属する研究所は、ザジリス率いるクリミネルに襲撃され、彼女はこの世を去った。
「あの時は何も得られなかったが、今日こそコードCを手に入れる」
「娘に……手を出すな!」
「娘?あの兵器を娘と呼ぶとはどこまでも愚かだな」
1発の銃声が室内に鳴り響き、テモワンの命が尽きたことを知らせる。
「……あとは君がいなくなったこの世界を壊すだけだ」
今は亡き愛しい人の顔を思い浮かべ、ザジリスは再び仮面で素顔を隠し、深い闇へ姿を消す。