関係編ー1
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ガルディアン第3支部基地内ー第1格納庫。
小型の空コンテナに座るアルビーナは、赤いパイロットスーツに包まれた美脚を組み、携帯端末でとある動画を観ている。
それはシレディア専用機とペラロネとの戦闘動画であり、シレディア専用機が発揮した圧倒的な性能にアルビーナは、動画を何度観ても夢中になる。
現段階で判明しているシステムに関する情報は、彼女が所属するガルディアン第2支部の司令から聞いて知っている。
クレアシオン社によるとアルビーナ専用機にもシレディア専用機に搭載されているリミッター解除システムと同じものが搭載されているとのこと。
試験的な意味でクレアシオン社は、人工適合者専用のエグゼキュシオンにリミッター解除システムを搭載していたのだ。
「恐らくシレディア特尉は、この力を使い熟せていない」
幾多の戦いを潜り抜けてきたアルビーナは、シレディアが意図せず解放した己の力を上手く制御できなかったと考えている。
まるで理性を失ったかのように荒々しく、己の身までも滅ぼすかのような狂った戦い方は、普段のシレディアから想像できない。
これまでの戦闘記録を確認しても彼女があそこまで荒々しい戦い方をしたのは、ペラロネとの戦いが初めてだ。
その点を踏まえ、シレディアは力を制御できず、一種の暴走状態に陥ってしまったのではないかという見解をアルビーナは導き出した。
「本人の意思とは無関係に発動したみたいだし無理もないわ」
自身の機体にリミッター解除システムが搭載されていることなど知る由もなく、意図せず発動させたのだから使い熟せなくても無理ないだろう。
「シレディア特尉自身もあの時の状況をよく分からないって言うし、さっさと発動条件が分かって欲しいわ」
発動条件が分からない歯痒さに苛立ちを見せるアルビーナは、タブレット端末から視線を移し、自身の機体を見上げた。
アルビーナ専用機にも同じシステムが搭載されている現状、戦闘中にシレディアのように意図せずシステムを発動させてしまう恐れがある。
もしそうなった場合、自分はその力を制御できるだろうかという不安がアルビーナの中に過る。
そんな彼女を視界に捉えたポストルは、何をしているのか気になり、第1格納庫に足を踏み入れ、アルビーナに近づいて声をかける。
「どうしたんですかアルビーナ大尉」
ポストルの言葉に反応したアルビーナは、自身の機体から視線を逸らし、顔を横に向けて彼と視線を合わせた。
シレディアと初対面した際、彼女の隣に彼がいたことから見覚えはあるが、彼の名前を知らないアルビーナは、首を傾げて尋ねる。
「あなたは?」
名前を聞かれたポストルは、アルビーナに自己紹介をしていなかったことを思い出す。
「すみません自己紹介がまだでした。ポストル・ペアレント新兵です」
彼の名前を聞いた途端、ア聞き覚えのある苗字にアルビーナは、反射的に反応を示す。
「ペアレント……もしかしてキャラバン司令の息子?!」
「は、はい」
「まさかキャラバン司令の息子にこんな風に会えるなんて思っていなかったわ」
アルビーナは、以前から話を聞いていた人物と偶然的な出会いを果たしたことに驚き、座っていた空コンテナから立ち上がり、ポストルに左手を差し伸べ、彼と握手を交わす。
「改めてあたしはアルビーナ・フォルデーヌ大尉よ。よろしくポストル新兵」
「こちらこそよろしくお願いします」
想像以上に友好的なアルビーナにポストルは、内心で驚いていた。
何故なら、アルビーナが人工適合者である点から出会った当初のシレディアのように拒絶されるのではないかという不安を抱いていたからだ。
しかし、彼のそんな不安とは真逆にアルビーナは、自ら握手を求め、友好的な態度を示した。
人工適合者という特殊な出生から恐らく差別や人権を無視した理不尽な扱いを受けてきたと思われるが、態度や表情から他者を毛嫌いしているようには見えない。
「キャラバン司令の息子に会えて嬉しいわ」
アルビーナが所属するガルディアン第2支部の司令は、ポストルの義母であるキャラバン・ペアレントが務めている。
アルビーナは、キャラバンから度々息子の話を聞かされていたため、ポストルの苗字を聞いて彼女の息子だと分かったのだ。
「あなたのことを度々司令から聞いているわ」
「わ、悪い話じゃないといいんですが」
変な噂や幼い頃の話など他人に聞かれると羞恥心を抱いてしまうような内容の話をキャラバンがアルビーナにしているのではないかという不安にポストルは陥る。
さらにポストルは、エグゼキュシオンのパイロットになるため、キャラバンの反対を強引に押し切り、試験を受けた経緯からキャラバンと疎遠な状態だ。
様々な不安に襲われ、それが表情に出てしまっているポストルを見たアルビーナは、あまりに感情が分かり易い彼にクスッと鼻で笑い、腕を組んで言葉を返す。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あなたの悪い話は聞かされてないから」
「そ、そうですか」
安堵した表情を浮かべるポストルにアルビーナは、ふと彼らのような親子関係が羨ましく感じた。
人工適合者として研究所の培養漕内で誕生し、本当の親と呼べる存在はおらず、孤独な人生を歩んだ経験から余計にそう感じるのだろう。
「たまにはキャラバン司令に連絡してあげなさいよね」
予想もしていなかった彼女の言葉にポストルは、目を見開いて驚き、思わず硬まってしまう。
そんな彼に疑問を抱いたアルビーナは、不思議そうに首を傾げる。
「なに?」
「い、いえ!アルビーナ大尉からそう言われるとは思っていなかったので」
親子関係が羨ましいから大切にしてほしいと素直に言えないアルビーナは、頬を赤く染め、腕を組んで彼から顔を逸らす。
「キャ、キャラバン司令があんたから連絡来ないっていつもあたしに愚痴るからよ!」
実際はそんなことはなく、アルビーナが本心を隠すための嘘だ。
しかし、毎日愚痴っている訳ではないが、ポストルがエグゼキュシオンのパイロットに合格した際、キャラバンが息子とやり取りしていないと寂し気に呟いたのは事実だ。
事実を知る由もないポストルは、義母であるキャラバンが毎日愚痴を零し、アルビーナに迷惑をかけていると思い込み、頭を下げて謝罪を述べる。
「す、すみませんご迷惑をおかけして!」
「わ、分かったのならさっさと連絡しなさいよね」
そう言い捨て第1格納庫を後にするアルビーナの背中を見送るポストルは、キャラバンへ連絡をするのに若干の抵抗と気まずさを抱くもこれ以上周りに迷惑をかける訳にはいかないと決心を固めた。