偽り編ー2
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ガルディアン第3支部基地内最上階ーテモワン自室。
モガディシオとの戦闘を終えてから数時間が経過し、辺りが夕暮れ時に包まれる中、自室で仕事をしていたテモワンは、目に疲れを感じ、目頭を押さえる。
そして、机の上に置いてある白いカップを手に取り、薄味の紅茶を一口飲んだ。
「歳には敵わないな」
歳と共に衰えていくことに切なさを抱き、独り言を呟いたテモワンは、椅子の背もたれに背中を預けた。
自室には時計の針が時を刻む音だけが響き、それ以外の物音は一切しない静かな空間だ。
疲れた瞳を閉じ、少しの間、疲れを癒すつもりだったテモワンだが、ふと昔を思い出しているとそのまま眠ってしまった。
*
テモワンが眠る寸前に昔を思い出していたせいかそれが夢に影響する。
それは人工適合者研究所から幼いシレディアを預かった時のこと。
「新しいおもちゃを用意したんだ」
テモワンは、新しく用意した積み木を幼いシレディアの前に広げ、彼女に見せてあげる。
しかし、シレディアは、目の前に広げられた積み木をじっと見つめ、積み木で遊ぼうとせず、瞬きをするだけだ。
彼女の機械的な表情から感情を読み取れず、困ったテモワンは、自身の顎に手を当てて考え込む。
「んー……」
今のシレディアは、積み木で遊びたくないのではないかと勝手に解釈したテモワンは、予め用意していたクマのぬいぐるみを持ってくる。
「これはどうだ?」
広げた積み木を少し避け、クマのぬいぐるみをシレディアの前に置くが、それに対しても全く反応を示さない。
これは幼い人工適合者によく見られる反応であり、何事に対しても反応を示さず、まるで心が存在しない人間のようだ。
テモワンは、同じ人間に対し、嫌悪感を抱かざるを得ず、湧き上がる感情が表に出てしまう。
人類が生き残るためとは言え、自然の摂理に反し、科学の力で生命を創造した挙句、その命を戦うための兵器として利用する。
そんなやり方に不満を抱くテモワンだが、どうすることもできない自分にまで嫌気が差す。
人工適合者からすればテモワンも憎悪の対象であり、基地に立て籠もる臆病者に見えるだろう。
彼自身、それを十分に理解しており、できる限り人工適合者に寄り添い、彼らの拠り所になりたいと思っている。
「これはぬいぐるみだ。こうして抱っこしたり動かしたりして遊ぶんだ」
テモワンは、実際にシレディアの前でクマのぬいぐるみを抱っこしたり動かしたりして見せる。
「ほら」
テモワンは、ぼっとした表情のシレディアにクマのぬいぐるみを手渡し、同じように遊んでみるように勧める。
「さぁ、遊んで……ん?!」
遊んでくれると思い、期待に胸を膨らませた矢先、テモワンは言葉を詰まらせる。
何故なら、シレディアが両手に持っていたクマのぬいぐるみを軽く投げ飛ばしたからだ。
「な、投げて遊ぶものではないぞシレディア」
困り顔をしたテモワンは、床に落ちたクマのぬいぐるみを拾い上げ、再びシレディアに手渡す。
「さぁ……ん?!」
今度こそ遊んでもらえるかと思った矢先、またシレディアはクマのぬいぐるみを軽く投げ、床に落ちたクマのぬいぐるみをぼっと見つめる。
「ぬいぐるみで遊びたくないのか?なら、積み木はどうだ?」
戸惑いながらテモワンは、クマのぬいぐるみの時と同様、シレディアの前で積み木を使った遊びを実践し、彼女に見せてあげる。
「こうやって遊ぶんだ。シレディアも……ん?!」
テモワンが積み上げた積み木を片手で崩し、バラバラになった積み木を丁寧に1個ずつ投げ始めた。
「おいおい!どうして投げるんだ!?」
慌ててシレディアの行為を止め、投げられた積み木を片付けていくテモワンは、ふと子育てをしていた頃を思い出す。
(子育て……か)
思わず寂しげな表情を浮かべてしまったテモワンは、積み木を一纏めにし、積み木を専用のボックスに収納し、部屋の片隅に置く。
「シレア……」
テモワンは、常に肌身離さず制服の胸ポケットに入れている大切な家族写真を取り出し、今は亡き娘の名前を静かに呟いた。
悲しみに満ちた彼の気持ちを察したシレディアは、静かにテモワンに近づくと彼の人差し指をぎゅっと握る。
「シレディア」
彼女の予想外の行動に驚きつつも嬉しいテモワンは、なるべく彼女の視線と合うよう腰を低くし、優しく彼女の頭を撫でた。
「ありがとうシレディア」
そこで夢が終わり、慌てて目を覚ましたテモワンは、部屋に設置された古時計を見る。
自分が約30分くらい寝ていた事実を確認し、まだはっきりしない意識の中、椅子から立ち上がり、背伸びをした。
「懐かしい夢を見たのもシレディアが少しの間、ここから離れるからか」
そう独り言を言ったテモワンは、シレディアのガルディアン第2支部異動命令が記載された資料を手に取り、納得がいかない表情を浮かべる。
「噂通り新機体を用意していたとは何処までシレディアを兵器として扱うつもりだ」
自分の娘を兵器として扱われることに憤りを隠せないテモワンが見つめるその先には、画面上に機体情報が映し出されたタブレット端末があった。