赤き処刑人編ー2
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ガルディアン第3支部基地内ー第1格納庫。
シレディアが目覚めてから2週間後の朝。
彼女は、第1格納庫の隅に置かれた空コンテナの上に座り、肩を落とし、珍しく落ち込んだ表情を浮かべる。
何故なら、シュミレーターの成績が急激に右肩下がりであり、今日の成績が過去最悪を記録したからだ。
「ん?」
第1格納庫を偶然通りかかったテモワンは、暗い表情で俯くシレディアを見かけ、油や鉄の混じった臭いが漂う第1格納庫に足を踏み入れた。
俯くシレディアのそばに近づくなり、普段は他の人に見せないまるで我が子を心配する父親のような表情で、落ち込む彼女の顔を覗き込む。
「どうした?」
「……最近思い通りに機体が動かなくて」
それを聞いたテモワンは、思い当たる節があるのか彼の眉が意味深にビクッと動いた。
ペラロネとの戦闘以降、自身の反応速度に機体が遅れて動いているような不快感がシレディアを襲い、その不快感から集中力が削がれ、訓練用の侵略者相手に苦戦を強いられる。
「わたし……弱くなって」
シレディアは、意図せず未知なるシステムを起動させた結果、その代償として自身の能力が低下したのではないかと思い込んでいる。
軽い記憶障害に続き、成績不振となれば彼女がそう考えるのも無理ないだろう。
しかし、彼女の能力が低下した訳ではないことを知っているテモワンは、彼女に敢えて原因を伝えず、彼女の頭に優しく手を当てる。
「超大型との戦闘で疲れているだけだ。少し休んだ方がいい」
「しかし」
「今ある時間を大切にしろ。休みたくても休めない日だってある」
「……はい」
シレディアは、不本意ではあるがテモワンの言葉に従い、空コンテナから降り、背中に影を落としながら第1格納庫を後にした。
そんな彼女の背中を見送ったテモワンは、真剣な眼差しに変わり、静かにシレディア機を見上げた。
「まさかあのシステムが起動する時が来るとは……。彼女が生きていたらどんな顔をしただろう」
テモワンは、シレディアが意図せず発動させたシステムの存在を前から知っていた。
人工適合者専用機のみに搭載された名も無き特殊システム。
エグゼ・リアクターのリミッターを解除し、出力を限界まで高め、機体性能を完全に引き出すシステムだ。
システムの基礎理論を構築したのは、シレディアの生みの親であり、テモワンと親しい関係にあった1人の女性科学者。
今から遡ること13年前、彼女が所属していた研究所が、クリミネルの襲撃に遭う。
クリミネルの動きや狙いを予測していた彼女は、人工適合者や自身が開発したシステムに関するデータなどを予め全て消去していた。
それにより、人工適合者やシステムに関する重要なデータをクリミネルの魔の手から守り、クリミネルに痛手を負わせることに成功した。
しかし、それはガルディアン側にとっても大きな痛手だった。
国際法で人工適合者の開発・生産が禁止されるまでシレディアに匹敵する強力な人工適合者を量産できず、彼女のデータを頼りにしたかったからだ。
また、人工適合者に対応したシステムをエグゼキュシオンに組み込み、人工適合者を中心とした戦力増強を計画していたが、その機会も失った。
肝心の開発者である女性科学者は、クリミネルの襲撃により、命を失い、この世から頼みの綱が消え去ったと誰しもが絶望した。
しかし、システムに関するごく僅かな基礎データが、ネットワークを通じてクレアシオン本社に転送されており、それをとある技術者が発見した。
恐らく女性科学者は、これから起きることを予想し、予めクレアシオン社へデータの一部を転送していたと考えられる。
データを送ったことをクレアシオン社側に伝えなかったのは、極秘でなければクリミネルがクレアシオン社を狙う可能性が高いと彼女は判断したからだろう。
敢えて完成したデータではなく、不完全かつ一部のデータしか転送しなかったのもクリミネルの魔の手から守るためだったと考えられる。
データを発見した技術者は、数名のチームでシステム開発に取り組み、数年かけてようやくシステムの構築に成功した。
彼女が生前に構築したシステムとは多少異なる点があるかもしれないが、十分に性能を発揮するだろうと期待を胸に人工適合者専用機として開発されたシレディア機に試験的な意味合いで極秘裏に組み込まれた。
「何がきっかけで発動したのか……」
技術者の機体とは裏腹に今日という日までシステムが発動することはなかった。
あまりの影の薄さからシステムの存在自体を忘れていた者も多くいるくらいだ。
理由として2つほど挙げられる。
1つは、システムを構築した技術者ですら明確な発動条件を特定できていないからだ。
シレディア専用機に搭載する前に何人かの人工適合者で試験を行ったが、全くシステムは発動しなかった。
それを見たクレアシオン社上層部は、システム開発中止を検討したが、暗号化されたデータを解析した結果、『特定の……み……能』とメッセージがあり、特定の条件を満たせば発動できると判明。
恐らくその条件を満たすのは、システムを構築した女性化学者によって生み出された人工適合者の3人だろうとクレアシオン社は考え、その3人が搭乗する機体に組み込んだ。
もう1つは、試験的ということもあり、システムを重要視する者があまりいなかったからだ。
ほとんどの人は、いずれシレディアか他の2人が、システムを発動させるだろうと呑気に思っていた程度だ。
「あれが彼女が言ったいた『殲滅の力』か」
荒ぶる悪魔の如く敵を破壊し、悉く敵を殲滅する力。
それと引き換えに強固な肉体を持つシレディアが、4日間も意識を失い、軽い記憶障害まで引き起こした。
「本部は今頃、シレディアのことをあれこれ好き勝手に話しているだろう」
ガルディアンの記録上、超大型の侵略者を2度も単独撃破したのは、シレディアだけだ。
彼女の力は驚異的であり、ガルディアン上層部が優秀な戦力としてシレディアに注目している。
一方、中にはシレディアの持つ力が自分たちに向けられたり、クリミネルのような組織に悪用される可能性を危惧する者たちもいる。
テモワンは、シレディアを兵器としてしか見ないガルディアン上層部に失望し、何も変わらない現状に嫌気が刺す。
「どいつもこいつもシレディアを道具として扱って」
一瞬、険しい表情を浮かべたテモワンは、胸ポケットから1枚の写真を取り出す。
写真には白衣を着た黒髪の女性に抱かれ、満面の笑みを浮かべる幼い女の子が映っている。
母親とその娘が写された家族写真であり、写真に写る娘は、まるでシレディアをそのまま幼くしたかのようだ。
「シレア……」
今は亡き、娘の名前を呟き、そっと写真に触れるテモワンの表情は悲しみに満ちていた。