あの日の真実
カトレアが死んだ。その事実を受け入れられなかった。なんとか生き返るんじゃないかと、いろいろと試した。血を止めようとして、心臓マッサージをして。何度も何度も心臓の音と、呼吸を確認して。それでも、カトレアが目を覚ますことはなかった。
(僕の、せいだ………)
最初から《テレポート》を使って逃げていれば、カトレアが死ぬことはなかった。《未来視》を使っていれば、カトレアが死んでしまう未来を知ることができた。目を開いていれば、カトレアが飛び込んでくるのはわかった。あと、あと……
後悔しても、後悔してもカトレアが戻ってくることはない。後から後から自分を責めることしかできない。失ってからやっと気付いた。カトレアは本当に大事な人になっていたんだ。先生と同じくらいに。今になってやっと気付くなんて、僕は本当に馬鹿だ。
「ふん……悲しいか?ならば、同じ場所に………」
「うわあぁぁぁぁぁぁ!」
悲しくて、辛くて、自分への怒りが止められなくて。慟哭の声を上げる。先生を失ったときも、きっと同じ気持ちだったのかもしれない。
「な、なんだ、これは!?」
抑えられない気持ちは能力の暴走という形で現れた。炎が吹き上がり、荒れ狂う。辺り一面はたちまちにして、火の海へと変わる。魔族はこちらに向かって走ろうとしてきたが、一瞬にしてどこかへと消えてしまった。転移能力のせいなのだろう。ただ、そんなことはどうでもよかった。カトレアの体を抱えて、泣くことしかできない。ここ一面がどうなるかなんてことは、考えることすらできなかった。
『……悲しい?』
「だ、れ………?」
唐突に女の子の声が響いた。聞いたことはないのに、何故か知っている声。そんな不思議な声に気を取られてしまい、一瞬泣くことを止められた。
『やっと気付いてくれたね。悲しかった?その子が死んじゃって』
「当たり前だよ……大切だったんだ……本当に。なのに、今気付いても何の意味もないよ!」
『そんなことはないよ。よかった、間に合って』
「間に合ってなんかない!カトレアは………!」
『まあまあ、落ち着いて。言葉の意味がわかるためには、全部を取り戻さなきゃいけないしね。もう干渉できるようになったし、大丈夫でしょ』
「何、が………?」
『じゃ、行こうか。あの日のことを思い出す旅に。ボクたちのことを思い出す旅に』
その瞬間、僕は意識を失った。
※ ※ ※
「ここは………?」
意識を取り戻すと、夢の中のように自分が浮いていた。ということは、寝てしまったのだろうか。
『違うよー、ここは君の記憶の中。ひょっとしたら、あの子のために役立つものがあるかもね?』
「……!本当に!?」
『ほんとほんと。なにせ、君のことを身を挺して助けてくれた子だからねー。ボクだって助けてあげたいとは思ってるんだよ?』
「そう、なの?」
『うん。救うためにも、記憶を辿ってくれないかな?』
「わかった」
例え、これが嘘だったとしても。ほんの少しでも可能性があるなら、それに賭けたい。その思いを胸に、歩き始めた。
しばらく歩くと気付く。ここは戦場だ。死体があちこちに転がっているし、間違いないはずだ。そして、この先にいるのは……
「よくやってくれた、《悪夢》。君の活躍なしに、我々が勝つことはできなかっただろう」
「いいよ、別に。それが命令だったし」
「いやはや、ほんとに素晴らしいものだな、ホムンクルスってよ。命令には絶対遵守、一体だけでも戦況を変えられるだろ?いざとなりゃあ、捨て駒としても使えるしな!」
「中将、口を慎め。ここまでの性能を持ったホムンクルスは破格なのだ。捨て駒として使うには惜しい」
「へいへい。わかっておりますよ、総司令殿」
テントの中には、高齢の威厳のあるおじいさん、ガラの悪そうなおじさん、そして僕の姿があった。
「もう帰ってもいい?決着はついたでしょ?」
「そうだな。これ以上は君に目立たれても困る。研究所に帰りたまえ」
「わかった。報酬は後日?」
「そうだな。ちゃんと払っておこう」
総司令と呼ばれていたおじいさんの言葉に頷くと、その場から僕が消える。転移したのだろう。そう認識すると共に、情景が変わる。無機質めいた構造物。ここが研究所なのだろうか?研究所からは、警報の音が聞こえてきた。
「緊急警報……?何かあったのかな?」
過去の僕が消える。転移を発動するのと同時に、僕の視界も変わっていく。過去の僕についていってるのだろう。突然、移動が止まる。着いた先に見えたものは、見なければよかったと思うような光景だった。
「みん、な………?」
子供が殺されていた。何十人も、惨い殺し方で。中には遊ばれたのか、服を引き裂かれた女の子もいた。部屋は血の海で染まっている。
突然、足音が聞こえてきた。そちらを見やると、銃を持った軍人がそこにはいた。下卑た笑みを浮かべた軍人たちは、過去の僕を見て指を指す。
「おい、いたぞ。ターゲットだ!あいつを殺したら、プラス1000点な?」
「さっきは殺し損ねたからなー、あいつは俺が貰う!」
「いや、俺だ!」
いくら鈍くても、何をしたのかわかった。この人たちは……
「お前らが、殺したのか………」
底冷えするような声で、僕が威圧する。軍人たちは笑って、突撃してくる。それが答えだった。
軍人たちの体に火が点いた。何の前触れもなく、いきなり。笑っていた軍人たちは自身の異変に気付き、悲鳴を上げた。そんな彼らの様子を僕はもう見ていなかった。
「先生……先生はどこ?」
再び、転移を始める。今度は先生を探しているのだろう。液体の入ったカプセルの並ぶ場所に来たとき、それに気付いた。
「先生………!」
幸い、先生は生きていた。僕に気付くと、先生は駆け寄ってくる。
「ああ、無事だったのね……!よかった、本当に………!」
過去の僕は先生にギュッと抱きしめられている。身を委ねているところから、本当に先生を信頼しているのがわかる。今は先生の腕の中で、満足しているのだろう。そんなときだった。
「……!危ない!」
ダン!と大きな音が響いた。過去の僕は床に倒されている。驚いたような顔をしているが、本当に驚いたのはその後だった。先生が僕の方へと倒れてきたのだ。
その胸には、銃弾による傷があった。