カトレアの死
「どう、して……殺さない、って言ってたはずじゃ………!」
「俺とて予想もしていなかったな。この女がお前を庇いに来るなどと」
庇う?誰が?誰を?わかっていることなのに、理解したくないという気持ちが邪魔をする。爪を引き抜かれたカトレアはまるで人形のように、地面に倒れる。胸の傷からどくどくと赤い液体が流れていく。
ふらふらとカトレアに近づくも、反応はない。何もできなくて、ただ立ち尽くしてしまう。
「ゆー、とさま……?」
「カトレア!」
カトレアの声が聞こえたとき、咄嗟に膝をつき、叫んでいた。魔族は何故か、攻撃をしてこない。抱き起して、顔を覗き込めば青白い顔ではあるけれど、意識はあるようだった。きちんと僕を見ている。それを確認すると、持っていた布で傷口を押さえる。白い布地はすぐに真っ赤に染まった。
「ご無事……でしたか………?」
「そんなことよりも、自分のことを………!」
「教えて、くれませんか……怪我をしてないか……?もし……もし無事でなかったら………」
腕を強く掴まれた。その剣幕に勢いを呑まれ、正直に答える。
「大丈夫だよ……怪我もしてないよ………」
「そう、ですか……よかった………」
「よくなんかない!全然よくないよ!」
満足そうに笑っているカトレアに、思わず怒鳴っていた。ここまで声を荒げたのは初めてかもしれない。必死に布を強く押さえるも、血は後から後から流れ出していく。この止血は半ば意味がないのだ。混乱する頭で救い出せるか考えていく。
「今すぐなんとかするから……!あと二つの能力のどっちかが、傷を治すやつなら………!」
「ユート様………」
「もしそうじゃなくても、コルネリアさんなら治せるはずだよ!《テレポート》を使えば、すぐに………!」
「ユート様……もういいです」
カトレアは首を横に振った。こんなときまで、ずっと笑って。それがどうしてか、無性に腹が立った。怒っても仕方ないのに、カトレアに怒っていたのだ。
「なんで……なんで笑うの……自分が苦しいはずなのに!なのに、どうして!」
「……ユート様……一人は寂しいですか………?」
「……当たり前だよ」
だから、ひとりぼっちにしないで欲しい。カトレアに生きていて欲しい。ふっ、とカトレアが笑う。それは消えそうなものが今にも消えてしまいそうな、儚い笑みで僕をいっそう追い詰めた。
「そういうことですよ……私も同じだったんです……一人は嫌だから……あなたから離れることはできませんでした………」
カトレアが僕に手を伸ばす。その手は僕の頬を撫で、そっと流れていた涙を拭った。血を吐かないように、頑張っているのだろう。時折、何かを飲み込むような仕草を見せる。それでも気丈に話しかけ続けた。
「母を失ってから……私はずっと一人でした……そんな私を救ってくれたのが……あなたなんですよ………?」
「ぼく、が………?」
「はい……あなたはずっと私の傍にいてくれました……ひどいことを言われても……軽蔑の目に晒されても……ずっと私の味方でいてくれました……それが本当に嬉しかったんです………」
「それなら、ずっと一緒にいればいいじゃない!なんで生きるのを諦めるの!?」
「……もう、助かりませんよ……どんなに頑張っても………」
カトレアのその言葉の通り、鼓動はだんだんと小さく……いや、もう止まっている。何故喋れるのか、不思議なくらいだ。そんなことは認めたくなくて、ずっと首を振り続ける。小さな子供が駄々をこねるように。僕のそんな様子に、カトレアは困ったような顔をする。
「ユート様……ユート様は暖かいですね………」
唐突に、カトレアが呟く。僕は意味がわからず、カトレアを見つめた。
「ホムンクルスだとか……超能力者だとか……そんなことはどうでもいいんですよ……?あなたは私の勇者様なんですから………」
頬にやっていた手を移動させて、僕の手を握る。
「ほんの少しの時間でも……夢を見ているようでした……私は幸せでしたよ………?」
「そんなの、嘘だ……だって、カトレアは………」
「そうですね……これから傍にいることはできないです……それだけが心残りですね………」
握っていた手を強く握りしめて、僕を見る。
「ユート様……今度こそ、生きてくださいね……?私からの最後のお願いです………」
「最後なんて言わないで……もっと、一緒にいようよ………」
「ユート様……お願いですよ?生きて、もっといろんなものを見てください……大丈夫、あなたは一人じゃありませんよ……あなたを好きでいた、女の子からのお願いです………」
視界が滲んでよく見えない。けれど、必死なその様子に嫌と言うことはできなかった。声は出せなくても、首を縦に振った。そのことにカトレアは安心しているようだった。
「よかった……生きてくれて……好きな人を守れて……本当によかった……あなたに会えて……本当に………」
よかった。その言葉は音になっていなかった。閉じられた瞼は、もう開くことはない。僕は冷たくなったカトレアの体を抱きしめて泣いた。




