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災厄はすぐ後ろに

 はあ、はあ、と荒い息が近くから聞こえる。視線を少し下げれば、誰のものかは容易にわかる。いや、長らく一緒に過ごしてきたんだ。見なくたってわかる。僕を背負って走っているカトレアのものだった。

 あちこちで火が上がっている街中を倒壊物を避け、障害物を越え、陥落している場所を飛び越えて走っている。こんなにアクロバティックな運動をしているのだ。疲れないはずがなかった。それに加えて、僕を抱えて走っているのがさらに状況を悪化させている。人を抱えて、こんなに足場が悪い中を走るカトレアは素直にすごいと思った。


 「カトレア、さっきから言ってるでしょ。僕を置いて先に行ってよ。そうすれば逃げられるじゃない」


 さっきからずっとこう言ってるのに、カトレアは返事をしようとすらしない。どうやら本当に僕を背負って逃げるつもりらしい。どうしてここまでして、僕を助けようとするのかがわからない。僕は君を殺すかもしれないのに。なんでここまで必死になれるんだろう。

 やがて、狭い道を抜けて大きな通りに出た。そこでは昨日までとは、いや、さっきまでとはまるで違う光景が広がっていた。狭かった先程の道のものよりも、よっぽど原型を留めていない建物。助けを求める声。泣き叫んでいる子供。そして、そんな人々に襲い掛かる魔族たち。平和だった国はわずかな時間で、地獄絵図のような状況へと変わっていた。


 「……ッ!」


 カトレアは思わず上げそうになった悲鳴を必死に堪えて、元来た道に戻る。かと思えば、進路を変更してさっきとは別の道へと走る。大通りを通れば、魔族に見つかってしまうからだろう。現に気付いたらしい魔族が1、2体ほどついて来たようだ。買い物のときに下見したのであろう裏道を右に左に曲がり、時には隠れてやり過ごしながら魔族からやり過ごしていく。

 今も、細い路地に隠れることで魔族から逃げていた。


 「……どうして、って言ってましたよね」

 「……?」

 「私がユート様を助ける理由です。わからないんですよね?」

 「うん。正直、どうかしているとしか思えないよ」


 今ではだいぶ記憶が戻った。その記憶からわかったことは、自分がとんでもないやつだっていうことだった。

 僕の世界では戦争をしていた。その戦争を有利に進めるために、超能力を研究していたのだ。当然、超能力は人を殺すために使われた。僕も人を殺してきたのだ。初めてこの世界に来て、殺し方がわかったのはこのせいだったのだろう。


 そんな殺しをやってきた僕がわかったのは、人っていうのは自分の命が最優先だってことだった。誰も彼もが死にそうになったとき、真っ先に自分の命のことを懇願する。どうか自分だけは見逃してください、って。いつもそうだったのだから、カトレアの行動理由が理解できない。どうして自分の命がわざわざ危険に晒されることをしているのだろう。


 「……前に話したことがありましたよね。母と引き離されてからは、ずっと一人で暮らしてきたって」

 「そうだね」

 「味方は誰もいなくて、寂しい気持ちを押し殺さなければいけなくて。ずっと気を張り続けていたんです」

 「そう」

 「そんなときに、あなたは来てくれました。私の味方になってくれて、傍に居てくれました」

 「たったそれだけじゃない。何もできてなんかないよ」

 「あなたにすれば、確かにたったそれだけだったのかもしれません。でも、私にとっては忘れられない、本当に大切なものだったんですよ。それを失いたくないんです。それが今、私を動かしている原動力ですよ」


 カトレアが微かに笑う。そんなカトレアがやっぱりわからなかった。これもまた感情のために動けているんだろうか。僕にはそれすらも判断することができなかった。


※               ※               ※

 「ここを抜ければ大通りです。ここからは狭い道がありません」


 緊張したような声。さっきの光景を思い出しているのかもしれない。僕の足を改めてきつく締め付ける。そして、一つ深呼吸をして……


 「やっと追いついたぜ……鬼ごっこはもう終わりだ」


 その声にカトレアは素早く反応して、飛び出していた。振り返ったそこには、人型の魔族がいる。最近はあまり人型の魔族を見ないから、いなくなってしまったのかと思っていた。その魔族は爪がとても長く、遠目から見れば、剣と間違うかもしれない。その爪には赤く濡れた液体が滴っており、ここに来るまでにも人を襲ってきたのであろうことが窺える。最初に出会ったカルラに似て、獣がそのまま人になったようなタイプだ。黄色い肌に、黒いまだら模様。恐らく、ヒョウだと思う。だとすれば、高いところに逃れたからといって安心することはできない。ヒョウならば、木登りもできるからだ。

 カトレアは魔族と出会ってしまった不幸を表に出さないように、顔を平常に保とうとしている。ただ、やはり緊張は解けないらしく、顔が引きつってしまっている。それもそうかもしれない。魔族とこんな至近距離で、ほとんど一人とも言える状況では向き合ったことがないのだから。


 「さあて……狩りの時間だぜ」

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