パイロキネシス
「殺した……?そんなの、嘘ですよね………?」
呆然とした表情で尋ねてくるカトレア。そんな彼女に、容赦なく事実を叩きつける。
「ほんとのことだよ。僕の目の前で先生が死んだんだ。周りには誰もいなかった。僕が殺したっていうのが一番筋が通るんだよ」
思い出すのは前に見た夢のこと。火の海の中で誰かが泣き叫ぶ声。
今ならわかる。あのときに泣いていたのは僕だ。記憶とも合致している。燃え盛る炎の中、先生の亡骸を抱いて慟哭していたのだ。
「でも、ユート様の能力に攻撃的なものはなかったはずです!」
「……あるよ」
「そんな……だって、『テレポート』に『未来視』、『テレパシー』と『反重力』だけのはずでしょう!?どう考えても………!」
「『反重力』は上手く使えば、人も殺せるよ。あの施設じゃ天井があったから無理だったけど」
「なら!」
「思い出したんだよ。自分の持ってる力を」
「力………?」
「僕が元々持っていた超能力は4つなんかじゃない。実際は7つあったんだよ」
7つと聞いて、カトレアの表情が驚きへと変わる。
「7つ………!?」
「そう。残り2つの能力はいまだにわからないけど、1つは思い出したよ。それが『パイロキネシス』だよ」
「ぱいろきねしす………?」
「簡単に言えば、発火能力。服に点ければ、人なんか一瞬で火だるまだろうね」
「じゃ、じゃあ………」
「うん、それで殺したんだと思うよ。間違いなく攻撃系の能力だから」
口を閉じ、カトレアを見れば絶句していた。それと同時に、やはり信じられない様子であった。
「……やっぱり、信じられないの?」
「当たり前です!能力があったから、そんなにあっさり殺せるなんて考えられません!」
「……先生も同じことを言っていたと思うよ。でも死んだ。死んじゃったんだ。だから駄目なんだよ、一緒にいちゃ」
「だけど!」
カトレアはなおも反論してくる。信じたくないのかな、やっぱり。僕だってほんとは信じたくない。これはただの夢なんだ。関係ないことなんだ。実は先生は生きていて、僕のことを待っている。
……そうだったら、どれだけよかったことか。
けれど、脳裏に移る記憶が。今なお残っている温もりが消えていく感覚が。これは現実なのだと叫んでいる。
「ねえ、カトレア。さっき言ったよね、僕がホムンクルスだって」
「……はい」
「ホムンクルスには自己の思考よりも、登録された者の命令が絶対ってプログラムが組み込んであるんだよ。もし誰かが殺せと命令したなら、僕は殺すんだよ。それが例え、昨日まで親しくしていた人だったとしても」
「……!そんな………」
「それにね。超能力者は元々不安定なのを薬で制御してるんだよ。能力がいつ暴走してもおかしくないんだ」
僕の腕にある無数の注射の跡。これは栄養剤と精神安定剤、それに能力を安定させる薬を一日に何回も打たれたからできたものだった。そうでもしなければ僕たちは死んでしまうし、能力を暴走させる可能性もあるからだ。人がいなかったあの状況では、どちらの可能性が高いかと言われれば……
「……きっと、先生は僕の能力の暴走に巻き込まれたんだと思うよ。助けようとして死んだんだ。だから、一緒にいない方がいいんだよ。一緒にいれば、カトレアも暴走に巻き込まれるから」
「わ、私は………!」
「……今は、一人にして。もう何も話したくないし、何をする気も起きないから」
そう言って、話を強引に打ち切るのだった。
※ ※ ※
静かに、音を立てないようにして部屋を出る。外に出たことで、決して溢すまいとしていたため息が口から出てしまった。それだけ、とんでもないことだったのだ。
(ユート様……あのままじゃ………)
思うことはただ一つ。自分が恋慕を抱いている相手のことだけだった。話を聞いていて、そして表情を見ていて思ったのだ。
――――このままでは、あの人は死んでしまうのだろう、と。
大切な人を失ってしまったということは、予想以上にあの人の心を蝕んでいた。先程の記憶を思い出したときから、ユート様は覇気がなくなり、生きる気力さえなくしてしまっているようだった。
勿論、大切なものを失った悲しみは自分だってわかっているつもりだ。母を失い、ぽっかりと穴が開いたように感じられるからだ。けれど、自分のものと思い人との失い方はまるで違う。
一方は遠方で、誰かもわからない人に殺された。
もう一方は自分の目の前で、自分のせいで死んでしまった。
自分のときよりもよっぽど辛いはずなのだ。今のあの人には、気持ちがあるのだから。
(だからこそ、自分が死ぬことで償おうと思ってる………)
でも、そんなことは自分が嫌だ。自分勝手で、押し付けがましいことだとはわかってもいる。けれど、もっと生きていいはずなのだ。そうでもなければ、死んでしまった先生という人も浮かばれないと思う。
自分の言葉は届かない。なら、どうすればいいのか。私には今までないほどの苦難にしゃがみ込み、悩むことしかできなかった。




