シドとの再戦Ⅱ
戦況は硬直状態に陥っちゃったみたい。だんだんとだけど、シドさんが自分の力に……いや、魔族から貰った力に慣れ始めているのかも。前衛のクロ、凛花さん、アルヴァさんは相当に苦戦していた。シルヴィアさんとジリアンさんも援護しているんだけど、有効打にはなっていないし。全部肌に弾かれてるんだよね。とうとう人をやめたか、ってジリアンさんが呟いていたのが印象的だった。
そんな状況でもなんとかついていけてるのは、敵の動きが先にわかり、的確に指示できているのが大きいと思う。それに補助魔法をシルヴィアさんが使えたから、それで若干こっちが有利なくらいかな。でも、いつ崩れるかわからない。何しろ、今も能力は上がり続けてる。気を抜いたらやられかねないんだよね。
『次は凛花さんの方に蹴りでの攻撃』
「ああ、狂暴女!しゃがめ!同時に二人が攻撃!」
『シルヴィアさん、体勢が崩れるから今のうちに妨害系のやつお願い』
『わかりました!』
ジリアンさんの指示と同時に、凛花さんがしゃがむ。一瞬遅れて、シドさんの蹴りが凛花さんがいたところを通り抜けていく。蹴りを放ったことで無防備となったところに、クロとアルヴァさんが攻撃を仕掛ける。クロは膝裏へ噛みつき、アルヴァさんは両手に発砲する。シドさんは辛うじて躱すけれど、無理な体勢で避けたのが災いして、体勢が崩れた。
「彼の者を拘束せよ!『バインド』!」
そこにシルヴィアさんの魔法が襲い掛かる。シドさんは転がって避けようとしたものの、完全には回避しきれず、左腕に魔法を受ける。すると、シドさんの左腕はだらりとぶら下がる。困惑している様子だけど、それも当然。『バインド』が当たると、受けた部分が動かなくなってしまうのだ。体に当てれば、確実に相手の動きを止めることができる。シドさんみたいに避けられれば意味はないけれど、十分に強い魔法だと思う。
「これで少しは楽になると思うのですが………」
「……ううん。これ以上はもう駄目みたい」
僕はシルヴィアさんの言葉を否定する。なぜなら、視えているからだ。これ以上戦えば……
「……タイムリミットか?」
「うん」
「そうか、なら仕方ねえ。ダンナ、狂暴女!これ以上は無理だ!殺す気で戦え!」
「……わかった」
「なっ……!いいの、本当に!?」
凛花さんは戸惑っているけど、仕方がない。だってまた捕まえる気で行けば、今度は完全に力をコントロールできるようになる。そうなれば、誰かが大怪我を負うのは目に見えている。だからなのだ。
「あと、狼さんよ。遠慮は要らん、確実に仕留める気で行ってくれ」
「ふん、元よりその気だ」
クロは相変わらずだったので、ジリアンさんは苦笑している。まあ、さっきまで本気で攻撃を仕掛けていたからねえ。最初からシドさんを殺す気でいたんだろう。
ジリアンさんの指示があってからは、アルヴァさんの動きが変わった。銃弾を惜しみなく使い、ひたすら急所に向けて放ち始める。シドさんは油断していたのか、急所に当たることはなかったものの、腕に、足に、お腹に銃弾を受ける。痛みに顔を歪めたところ、クロが四方八方から襲い掛かり、噛みつかれる。噛みつかれた場所には急所もあり、なんとか引き離したときには出血量がすごいことになっていた。
「クソ……聞いてないぞ……なんでこんなやつがここに居やがる!」
「それについては偶然という他はないな」
「認めねえ……認めねえぞ……お前なんかにカトレアを渡してたまるか………!」
「まーだ言ってやがるのか。しつけえやつだな」
ジリアンさんが呆れた様な顔になる。戦いはほとんど決まったようなものなのだ。あの状態からは助からないだろう。出血量を見れば、後数分もあれば事切れると判断できる。それをわかったのか、シルヴィアさんも凛花さんも複雑そうな表情だ。コルネリアさんに至っては、吐きそうになっていた。
ふとカトレアの方を見ると、悲し気な顔をしている。例え嫌いだったとしても、知っている人がいなくなるのは悲しいのだろうか?そんなことを思ってしまう。カトレアに声を掛けようとした、そんなとき。
「おお、おお。そうであるな。悔しかろう?憎かろう?」
新しい声に驚いて振り向くと、シドさんの傍に別の影があった。それは人型ではなく、ましてや動物のものですらなかった。
遠目から見れば、ただの山のような形にしか見えない。けれどよくよく目を凝らせば、詳細がわかる。それは人のような物体が無数に重なり合ったものなのだ。耳をすませば、微かに呻き声が聞こえてくる。黒いそいつはシドさんを抱え上げ、ズルズルと這いずる。
「……てめえは、誰だ?」
ジリアンさんがかすれた声で尋ねる。それもそのはず、目の前の何かからは凄まじいプレッシャーが放たれているのだから。
「おお、おお。答えてやろう、惰弱なる人間よ。我が名はヴィシュアグニ。八魔将が一人なり」
「八魔将、だと!?」
そう言われれば、納得はできる。それほどまでに圧力が強いのだから。でも……
「カルラやボルグよりよっぽどやべえじゃねえか………!」
「おお、おお。愚かさを通り越して、憐れみすら感じるな。人間よ。あやつらはなりたてにすぎぬ。元々八魔将であったのは、我を含めて三人しかおらぬ」
「……っつーことは」
「お主らが倒したのは、力のなかったものだということよ」
その事実にジリアンさん含め、全員が絶句している。僕だって驚いていた。あれで弱い方だなんて………
「この場は引いてやろう。面白い男を回収できたのでな。せいぜい生き残るといい」
その魔族が何かを放つ。動こうとはしたけれど、何かをするより前にそれを受けるのが先だった。
※ ※ ※
「皆さま、無事ですか!?」
黒い波動を受け、何故かゾラン兄様からの嫌がらせの記憶が掘り起こされたけれど、すぐに立ち直る。既にあの魔族とシドという獣人はいなくなっている。
「大丈夫だ」
「こっちもなんとか」
「うう、大丈夫です………」
ジリアン様を除く三人が返事をしてくれた。他の人はと振り返ると、様子がおかしかった。
「大丈夫ですか!?」
すぐさま駆け寄り、様子を確認する。そのうち、二人からは返事があった。
「……ああ、まあな。あの魔族、嫌なもん残しやがって」
「……はい。平気です」
ジリアン様とカトレアさんは青い顔をしていた。それでも大丈夫だと言い張る二人に、強くは追及できず、最後の一人に駆け寄る。
「ユート様、お加減は……ユート様?」
近寄ってはっきりと気付く。ユート様の様子がおかしいことに。
ユート様の顔は青を通り越して、白い。はっきりとわかるくらいに血の気が引いている。それに、激しく動揺しているのだ。こんな顔を私は見たことがなかった。
「う、あ………」
「ユート様?」
「うああああああああああああああああああああああ!」
「ユート様!?」
頭を抱えて叫び出すユート様。私は混乱することしかできず、この人の名を呼ぶことしかできなかった。