シドとの再戦Ⅰ
「あなたは!?何故ここにいるのですか!?」
シルヴィアさんが動揺したように叫ぶ。シドさんはちらりとシルヴィアさんを見たけれど、その問いに答える様子は無いようだった。シルヴィアさんが知っていることを疑問に思ったのか、凛花さんが口を開く。
「シルヴィア、あいつ知ってるの?明らかにヤバそうなやつだけど」
「……はい。カトレアさんを無理矢理自分のものにしようとしている獣人です」
「無理矢理って……普通じゃないね」
凛花さんが警戒を強める。さらに、アルヴァさんも警戒度を強めたみたいだった。
「あれは獣人なのか?魔族の気配がするが?」
「力を求め、魔族と契約したのです。その力を使い、ユート様を亡き者にしようとしているのです」
「そいつぁ、完全に正気じゃないわな。単なる逆恨みじゃねえか」
ジリアンさんが呆れたように呟く。けれど、その言葉にシドさんが反応した。
「逆恨みだと!?そんなわけがないだろう!その男さえいなければ、俺はカトレアを手に入れていた!その男がいなくなれば、カトレアは俺の元に帰って来る!必ずな!」
シドさんは笑っているのだけれど、どこかおかしい。カトレアやシルヴィアさんみたいにこれまであって来た人は、大体笑うときはこんなものが胸に込み上げてくることはなかった。時々変な人はいたけれど、それでもこんな違和感のようなものは感じなかったんだ。だけど、この人は違う。どこか壊れたような、そんなものの気がする。
「わ、私はあなたのところになんか行きません!」
「わかっている。その男にそう言わされてるんだろう?今解放してあげよう………」
シドさんがいきなり地面を蹴る。その動きを止めたのはクロだった。
「ならばその前に、我がその憎しみから解放してやるとしよう。ありがたく思うのだな」
そう言っている間も、シドさんの足に強く噛みついているクロ。そんなクロをシドさんは憎々し気に睨む。
「邪魔をするな、畜生風情が!」
「貴様には言われたくないところだな!」
双方から殺気が噴き出る。気の弱いコルネリアさんなんかは、オロオロし始めてしまった。
「それにしても、シドさんって牢獄に送られたはずだよね?どうして脱獄できたんだろう?」
「誰かが手引きしたのでしょうか……?しかし、私の正体を明かした上で、さらに念押しまでしておいたはずですし………」
シルヴィアさんも混乱してるようだった。そんな中、カトレアが怖い顔をしていた。それを不思議に思い、尋ねてみる。
「カトレア?どうしたの?」
「どうやって脱獄したのか、わかったんです」
「そうなのですか!?いったい、どのように………」
「たぶん、力尽くだと思います。目についた人はみんな殺して」
シルヴィアさんが息を呑む。凛花さんたちも驚いているようだった。
「本当なのですか!?」
「少なくとも、自分のものではない血の臭いがします。それも複数。あの様子だと、恐らく………」
カトレアが言葉を切る。その先は言わずともわかった。
「……このまま放っておくのは危険なようですね」
「そうだね。躊躇いなく人を殺せるっていうのは、もうほとんど魔族と変わりがないよ」
「実質ストーカーみたいなもんだしな。それに、魔族とも契約してるんだろ?確実にアウトじゃねえか」
「そうだな。一応、捕らえて情報は引き出すとしよう。背後関係がわかるかもしれん」
なんだか物騒なことになってきちゃった。でも、シドさんがやったことが許されることではない、っていうのはなんとなくわかった。
「あ、危ない」
みんながシドさん確保に動き出そうとしたそのとき、クロが押し込まれそうになっていた。咄嗟に《テレポート》を使うことで、怪我はなかったけど。
「大丈夫?」
「……面目ない。主に助けてもらうなどと」
「ううん、クロがいなくなったら困るからいいよ。それにしても、そんなに強いの?」
シドさんの方を見ると、僕の方を見ていかにも邪悪そうな顔をしている。それを見て、やはりよくわからない感情が浮かぶ。
「……強くはなっているな。スピード、パワー。前よりもかなり増している。今は降って湧いた力に翻弄されているから、なんとかなっているのであろうが……慣れればまずいだろうな」
「じゃあ、畳みかけるなら今ってことかな?」
「そうだろうな」
「わかった、そういうことなら」
僕はジリアンさんの方へと歩いていった。ジリアンさんたちは既に戦う準備と布陣を整えているけれど、僕が近づいて来るのを見て怪訝そうな顔になる。
「ユート、今は危ねえ。カトレアちゃんと一緒に後方に下がってな」
「ううん、それは無理。だって、捕まえたいんでしょ?それなら今しかないじゃない」
「どういうことだ?」
そこで、クロから聞いた話をジリアンさんたちに伝える。それを聞くと、ジリアンさんは渋い顔をしていた。
「そいつはやべえな……チャンスは一回コッキリみてえなもんかよ」
「だから僕も手伝おうかな、って。僕が動きを予測するから、ジリアンさんは指示してよ。クロもそれでいい?」
「主が言うことならば」
「いやいや、待て待て!予測するってったって無理があるだろ!そんな不確定なことにゃあ………」
「いえ、ここはユート様を信じてください」
シルヴィアさんが口を挟む。ジリアンさんはまだ何かを言おうとしていたけれど、結局信じてくれるらしい。凛花さんたちにも声を掛けた。
「あ、来るよ。正面からの突撃」
「あいよ。おい、狼さんよ。止められるか?」
「誰に向かって言っている」
クロが《影潜伏》と《影分身》を使用する。どうやら分身たちに足を噛みつかせることで、止めるみたい。ただ、タイミングが難しいそう。だから……
『クロ、タイミングは僕がカウントするよ。それに合わせて』
「わかった」
シドさんの動きと《未来視》で予測を立てる。
『今!』
僕の声と同時に、分身たちが足に噛みつく。シドさんは予想できなかったようで、頭から倒れた。うん、痛そう。
「今だ、ダンナ、狂暴女!」
「後でひっぱたくからね」
そうは言いつつ、凛花さんとアルヴァさんはシドさんに向かっていく。ここからが正念場だろう。