劇を見るようです
「あの、ユート様?」
「ん?何?」
カトレアが急に声を掛けてきたので、先を促す。
「……これ、本当に来るんでしょうか?」
「来るみたいよ?」
今の状況を見て、なんだか戸惑いの表情を浮かべていた。うん、まあ無理もないかな?今の僕たちはただ歩いてるだけなんだから。ただし、カトレアとシルヴィアさんがそれぞれ僕の両手を取っている、というのが前につくけど。
「なんかね、こうしてると不機嫌になったシドさんが追ってくるんだよ。理由はよくわかんないんだけど」
未来を見ても、わけのわからないことを喚いてただけだったしねえ。
「……シドさん、まだ諦めていなかったんですか………」
カトレアの表情が曇る。何かまずいこと言っちゃったかな?
「カトレア?大丈夫?」
「あ、は、はい。なんでもありません………」
そっか。何か隠してそうだけど、話してくれそうもない。いつか話してくれるといいんだけど。
「シルヴィアさんも大丈夫?緊張とかしてない?」
「あの、緊張は持った方がいいと思うのですが」
ちょっと困ったような顔でシルヴィアさんがそう言ってくる。うーん、だけど。
「あらかさまに警戒してると、逆にむこうも気付いちゃうんじゃないかな?そうなったら、カトレアが一人になったときが心配だし………」
そう、こっちがはっきりとわかってますよアピールをすれば、むこうも罠かと思って何もしてこないと思う。だからこそ、今は緊張感はない方がいいんだ。ことが始まったら、持った方がいいのかもしれないけど。
「なるほど、それは確かにそうですね。そういうことでしたら、今は楽しみましょうか。せっかくこのようなところに来ているのですし」
シルヴィアさんの言葉に頷く。今僕たちがいるのは市なんだよね。貿易が活発なところだから、どうやらいろんなことをやってるみたい。屋台もあるし、もう少ししたら劇なんてのもやるらしい。
「なら、劇でも見てく?見たことなさそうだし」
カトレアもシルヴィアさんも、今まで忙しかったから見たことがないんじゃないかな?そう思っていったことだったんだけど、どうやら当たってたみたい。
「そうですね。そういったものを見る機会がなかったので……ユート様が問題なければ見てみたいと思います」
「私も見たことはないですね。森で育ったので、劇団なんてものが来ることはありませんでしたし………」
二人の反応を見て決めた。よし、見に行くことにしよう。
※ ※ ※
「どうだった?」
「とてもよかったです。これならあれだけの人がいたのも納得できますね」
シルヴィアさんは楽しめたみたい。笑顔で応えてくれた。うん、よかった。それに対して………
「カトレア?いつまで泣いてるの?」
「だ、だって、本当にいい話で………」
カトレアはさっきから涙を流しっぱなしだった。よっぽど感動したみたい。シルヴィアさんも苦笑している。
話の内容は勇者についてのものだった。異世界に呼ばれた勇者は、世界の危機に対して戦ってほしいと願われた。勇者は戸惑いながらも、人々のために戦い続けた。でも、そんな彼もある日怪我をしてしまう。彼は傷ついた体を引き摺って、街へと帰ろうとした。けれど、途中で力尽きて倒れてしまう。そんな彼を救ったのはたまたま通りかかった村娘だった。その子は一生懸命に傷を治そうと手当てをする。その甲斐あって、勇者は回復し、また戦えるようになった。勇者はその女の子にいたく感謝をして、度々会うようにまでなった。二人が次第に惹かれ合うまでにはそう時間はかからず、いつしか勇者はその女の子のために戦うようになった。そしてついに、世界の危機をどうにかしたのだ。勇者は異世界に召喚した人から元の世界に帰れることを教えられた。その世界の危機は去ったから。でも、勇者は首を振って帰らないと言う。元の世界に帰るよりも大切なことができたから、と。勇者は思いを寄せた女の子ととある場所に住み始めた。そこは荒野だったけれど、勇者の力で花が咲き誇る、美しい国に変わった。そして、勇者とその女の子はいつまでもその国で幸せに暮らしたのでした、めでたしめでたし。で、話が終わったのだ。
「でも、この話の勇者ってさ。もしかして………」
「はい。サクラ連邦を作った方と言われています。実際にそういった記録もあるようですし」
「そうなんだ。じゃあ、その人は一人の女の子のために世界を救って、国まで作っちゃったんだ?」
それが本当ならとんでもない話だと思うんだけど……そう思ったけど、シルヴィアさんもカトレアも違う意見みたい。
「ロマンチックですよね。私もそのような恋をしてみたいです」
「その女の子が幸せになれて本当によかったです………」
……うん、すごいアウェイ感。そういうものなのかな?
「……おい」
いきなり呼び止められる。呼び止めてきた声には聞き覚えがあって、今まで待ち構えていたその人の声だった。ゆっくりと後ろを振り向けば、《未来視》で見た通り不機嫌そうな狼の獣人がいた。
「やあ、シドさん」
僕のその言葉にシドさんは唸ってくるだけだった。