夢か現か
何度も何度も見ていると慣れてくる。記憶の欠片が散りばめられた夢。独特の浮遊感と過去の自分を見ているある種奇妙な感覚。けれども、もう違和感を抱くこともなくなった。
(さてと、今回の夢は何かな?)
戸惑うこともなくなり、記憶を取り戻すことだけを考えている。もしかすると、それでみんなに何か恩返しができるかもしれない。そう思って。
今回の夢もどうやらあの無機質な構造物の中らしい。過去の自分はいつもここにいるようだから、恐らくここに暮らしているのだろうということは予想できるようになった。ただ、服がいつも同じなのが少し気にかかった。一着しか持っていないのだろうか?
(カトレアあたりに怒られそうだよね……不潔です、って)
綺麗好きなのかな、とぼんやり考える。掃除も定期的にやっているし、ゴミが落ちているところなど一度も見たことがなかった。……実は綺麗好きだからではなく、ユートの体調を考えての行動なのだが。汚いと体に影響を及ぼすのではないかという心配からやっているのである。まあ、鈍感の二文字がよく似合うユートが気付くわけがない。
過去の自分を追っていると、とある部屋の前で立ち止まった。そして、何やらボタンを押して、誰かと話し始めた。その間に近づき、内容を聞こうと思ったのだけれど話し終えてしまったらしい。会話が止まった。少し残念に思っていると、部屋のドアが横に開いた。いきなりのことだったので戸惑ったが、自分が入っていくのを見て慌てて中に入る。
入った中には幾つもの難しげな本が置かれ、書類もまた多く存在した。そのテーブルの前に置かれた椅子に座っていた女性が振り向き、少年に笑いかける。白衣を着ており、長い髪の毛は腰まで伸びている。髪色は自分と同じ黒だった。けれど、同じ黒でもその女性の方が綺麗なように感じる。顔立ちもよく、モデルだと言われたら信じてしまいそうだった。
(……あれ?)
この人を知っている気がする。いや、記憶の中にあるものなのだから知っていて当たり前なのだろうが、そうではない気がする。そう、誰か似ている人がいたような………
長い髪に光が反射し、少し眩しさを感じたところで思い出す。この人は誰なのかを。そして、誰に似ているのかも。はっきりと気付いたそのとき、やはりいつものように浮遊感に襲われた。
※ ※ ※
目を開くと、懐かしい顔を見つけた。まだ夢の中にいるのかな?どうなんだろう?もしかしたら、今までの冒険の方が夢だったのかもしれない。
「ああ、おはよう。先生」
ハッと息を飲む音が聞こえた。目覚めていたのに気付かなかったのかな。
「不思議な夢を見たんだ……別の世界に行っちゃう夢でね。大変なことになってるんだって。だから、力を貸してほしいって言われたんだけど………すぐに追い出されちゃった。でもね、その世界ではクロは喋れるし、いつも助けてくれる人たちがいっぱいいたんだ。あそこでのことってやっぱり夢だったのかな?目が覚めたら先生がいるし…………」
「……いいえ、夢ではないですよ」
ようやく口を開いてくれたと思ったら、僕が思っていた人とは全く違う人の声だった。でも、知らない人の声じゃない。それに、間違っても仕方ないかと思える人なんだ。
「そっか。シルヴィアさんだったんだ」
「……はい。その、先生というのは………?」
「むこうの世界でいろいろと教えてくれた人。シルヴィアさんによく似てるんだ。顔も、性格も」
先生もやたらと責任感が強かったっけ。それでいて、僕にはすごく優しくて。そんなところも似ていると思う。最初に会ったとき、シルヴィアさんが目に付いたのもそのせいだと思う。
「記憶が……戻ったのですか?」
「うん。また、ちょっとだけだけど」
「……帰りたく、なりましたか?」
「そうだね。なったかもしれない」
今はただ先生に会いたいと思ったから。戻れないのはわかっているんだけどね。
「申し訳ありません………」
「別に、謝らなくてもいいよ。シルヴィアさんのせいじゃないんだから」
「ですが!」
「大丈夫だって。今は……すぐに答えを出せないんだから」
体を起こして、周りを見ればすぐに気付く。いつも助けてもらってばかりの獣人の女の子に。気丈に振る舞ってはいるけれど、僕もこの子の前からいなくなってしまったらどうなってしまうんだろう。
クロに問われた選択肢を、今はまだ選べそうになかった。
※ ※ ※
「よう。起きたんだってな。調子はどうだ?」
「うん、大丈夫だと思う」
「……大丈夫か?」
「体を起こす分には問題ないと思いますが……立ち上がるようなことは控えた方がいいと思います」
「……なんでカトレアにも聞くの?」
「そりゃ、あんたの大丈夫は大丈夫じゃないからでしょ?」
「ひどいなあ………」
出会って早々にこれだもの。もう少し優しさを見せてもいいと思うんだ。
「そうは言っても、皆さん心配していたのですよ?ユート様が大怪我をしたと聞いて」
「うーん、そっか。なんかごめんね?」
「まあ、そりゃ別にいいが……気をつけろよ?いつもいつも俺らが助けてやれるわけじゃねえんだからよ」
「うん、わかった」
「で、話すだけなら問題なさそうか?」
「はい、それは大丈夫だと思います」
……なんか、だんだん僕の扱いが雑になってる気がする。味方はシルヴィアさんだけだよ………
「ならユート、教えてくれ。やつは……八魔将はどんなやつだったんだ?」