負傷
「……その八魔将さんが何の用かな。僕たちはそこまで強くはないのだけれど」
下手な挙動をすればすぐに殺される。そんな予感があったし、現にそうなる未来も見えている。なんとか隙を作って、その間に転移しないと。
「強くないのか。それならそれでよし。我らの糧となってもらおう」
「強かったらどうするつもりだったのさ」
「そのときもそのときよ。倒せばそれだけ強くなれるというもの。どちらにせよ、願ったり叶ったりだ」
どうやら好戦的っぽいやつみたい。これはこれでめんどくさそうなタイプだなあ………
「……主よ、どうする?我が時間を稼ごうか?」
クロが小声でそう囁いてくるが、黙って首を振る。それは悪手だから。
「駄目だよ。あいつは強い。たぶん、足止めにもならないと思う」
「そうか」
素直に聞き入れてくれる。緊迫した状況下でのことだし、僕の能力を信用しているのもあると思う。
「でも、それだけじゃない。状況が最悪過ぎるんだ」
「どういうことだ?」
「一つ。今僕たちは完全に囲まれてる。下手に動けば、飛び出してくるよ。二つ。あいつ、知覚能力がすごく高い。さっきのは驚いてたみたいだからたまたま離れることができたけど……次は転移しようとする前にやられると思う。最後に。あいつには物理攻撃が全く効かない。効くのは弱点の水魔法だけだよ」
「……つまり、我とカトレアは完全に足手まといになっているわけか………」
悔しそうに吐き捨てる。何もできない自分に無力感を持っているのだろう。けど、そんなことを言ってる場合じゃないんだ。
「ううん。包囲してるやつは物理も効くはず。数が多すぎるのが問題だけど………」
「何体ほどだ?」
「……たぶん、軽く50は超えてると思う」
いくらなんでも、そんな数相手に戦うのは無謀だ。今の戦力じゃ確実に負ける。
「わかった。包囲している方は我に任せろ。主は隙をついて逃げることだけに集中せよ」
「ありがとう。お願い」
クロのことは信用してるから、できるというなら問題ないと思う。そう頼んだと同時に、一斉に敵が現れる。見る限り、魔物に加えて十数体程度の魔族のようだ。警戒すべきなのはあの八魔将だけだろう。
――――――――そう、思っていた。
ふと、八魔将の後ろから登場したフードを被った人影に気付く。攻撃されていないところを見るに、魔族の味方らしいけど………
「……久しぶりだな。会いたかったぜ」
その言葉とともに、フードをゆっくりと外す。その下から現れた顔には僕だけじゃなく、カトレアも絶句した。
「そんな……どうしてここに!?」
フードを被ったその人物は、帝国で出会った元奴隷。シドさんだった。
※ ※ ※
「ククク、そんなに動揺してていいのか?」
その声によって現実に引き戻されたときにはもうすでに遅かった。熱風が隣から吹き付けてくる。僕の隣にいるのは………
「……!カトレア!」
慌ててカトレアの方へ向くと、そこには炎でできたドームが完成していた。上の方にまで視線を送るが、空気の出入り口となりそうなものはない。
「さてと、このままではあの女は死んでしまうぞ?どうする?」
「おい、どういうことだ。カトレアには手を出さないという話だっただろう」
「ならばさっさとあれらを殺してこい。その後に解放してやる」
「貴様………」
「できなくはないだろう?同士となったのならな」
「……当たり前だ」
シドさんがこっちへと向かってくる。目まぐるしく変化する状況に混乱し、正確な答えが出せなくなってしまっている。
(僕は……どうすれば………?)
パチン。そんな音がした。一瞬遅れて感じたのは、頬の痛みだった。見れば、アメリアさんが平手を振り切っている。平手打ちをされたのだ、と今更ながら気付く。
「何やってんのよ。むざむざカトレアちゃんを危険にさらして」
何も言い返せない。間違いなく僕のミスだったからだ。
「おい、貴様………」
「あんた、あの中からカトレアちゃんを助けられるの?」
いきなりの質問に困惑する。アメリアさんが僕に話しかけてくるっていうのもあったし、まだ混乱状態から回復しきっていないっていうのもあった。けれど、このままじゃいけないということだけはわかったからなんとか答えを口にする。
「……助けられるよ。邪魔さえ入らなければだけど………」
「そう、じゃあとっととやりなさい」
アメリアさんはそう言い残し、クロの方へと歩いていく。足止めをしてくれるようだ。
「……やれるのか?」
「それはこっちのセリフよ」
「手助けはせん」
「望むところよ」
こんなときでも二人は言い争い、敵へと突っ込んでいく。……二人は信用してるんだ。僕と僕の能力を。
「カトレア、聞こえる?返事はしなくてもいい、聞こえたら音を鳴らして」
炎のドームに閉じ込められれば、息をするのも苦しいだろう。下手をすると、あと数十秒で死んでしまうかもしれない。不幸中の幸いだったのは、少し大きめにドームを作ってくれたことだ。小さかったら、僕が動揺している間に死んでしまっていただろう。
中から手を鳴らす音がする。どうやら聞こえているらしい。
「……これから中に入るものがあるからそれを掴んで。できそう?」
音が鳴る。恐らく、できるということだろう。そこはカトレアを信じるしかない。
「じゃあ、行くよ?」
もし魔法を撃ったり、火に耐性のありそうなものをドーム内に入れようとしたりすれば、あの八魔将はその時点で攻撃していただろう。だから、意表を突く行動を取る。
「何っ!?」
ためらわずに自分の腕をドーム内に突き出す。凄まじい痛みが左腕を襲うが、その程度のことは無視して奥へ奥へと突き進める。そんな行動にあの魔族だけではなく、包囲していた敵も戸惑う。でも、それこそが望んでいたことだったんだ。
感覚が半ば失われた腕に誰かが触れたような感触。無理矢理手を握れば、自分のものではない手の感触と握ったときの痛みを感じる。それと同時にクロとアメリアさんを視界内に収め………
「……転移」
バーホルト国へと、遠距離転移をした。決して、左手で繋いだ人を離さないようにして。
総合評価がいきなり上がったので、「えっ、そんなにブックマーク登録増えたの!?」となりましたが、実際は評価点をしてくれた人がいただけでした。びっくりしましたが、よくよく考えてもみれば、感想貰ったのも評価点してくれてる人が多いのもこっちなんですよね。ユートのごとく、首を傾げながら今日も執筆しております。
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