記憶の片鱗
なかなか話が進まない……
案内された部屋は大きくて、勇者って本当に歓迎されてるんだなって思ったよ。凄いと思ったのはこれだけ大きい部屋なら普通は3人――――頑張れば4人でもいけるかも――――で使いそうなのに、これが僕の部屋だってことだよね。個室らしいよ?2人で使っても十分だと思うくらいなのになあ。しかも、ベッドは天蓋付きだし。ソファもあるよ。まさに至れり尽くせりだね。
「さて、と」
部屋の中をある程度確認すると、ベッドに横になる。疲れたっていうのもあったけど、もし休んでなかったってみんなが知ったらどうなることか。ろくな目には合わなさそうだよ。晩御飯までは時間もあるみたいだし、少し寝てようかな。わ、ベッドふかふかだ。よく寝られそうだね。
そうして寝転んでいると、段々意識が遠く………
※ ※ ※
また、同じ夢。黒髪の少年は何かと歩いている。少年は興味を引くものを見つけたらしく、何かとともにそちらに近づいていく。立ち話をしているところから知り合いにでも会ったのだろう。しばらく話した後、やはり何かと一緒に駆けていった。
(話をしていた人は誰なんだろう?)
そう思い、近づいていく。そして、ドアから話していた人物を確認しようとしたその時。
「……ま。………様」
体をゆすられたような気がした。同時に、やはり意識が浮上していく。
(また、何もわからないままだったな………)
きっと起きれば、また忘れてしまうのだろう。夢の内容などそんなものだ。起きたときに夢をはっきりと覚えているなどほとんどないことだ。だから。仕方のないことなのだけれど………
(結局、僕は何者なの………?)
※ ※ ※
「起きてください!勇者様!」
「ん………」
目を開けると、そこには女の子の顔が。起きていきなりドッキリってよくないと思うんだ、僕。
まあ、そんなことは一旦置いとこう。その女の子を確認してみる。部屋に来たときはこんな子いなかったよね?だって、メイド服着てるし。メイドさんだよね?こんな特徴的な人なら見落としそうもないしねえ。少し赤みがかった茶色い髪がさらさらと揺れてる。にしても、近いなあ。
「うーん、あのさ」
「は、はい!何でしょう!?」
「いや、どいてくれないと起き上がれないんだけど………」
「え………?あ!すみません、すみません!今すぐどきます!」
って言って、遠くまで離れちゃった。そこまで離れてくれとは言ってないんだけど………
「ふにゃ?」
あれ?何あれ?
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
「は、はい!何ですか!?何かいけないことでもありましたか!?」
「そんなに緊張しなくてもいいんだけど……あのさ、その耳って本物?」
そう。メイドさんの頭の上には耳があった。犬の。
「あ……はい。本物です………」
「そうなんだ。ちょっとこっちに来てくれない?」
「え?あ、はい」
体を起こして、ベッドに腰かける。その間に近づいてくれた。腰かけると同時に近づき終わっていた。さすがメイドさんだね。
「どういうことなんでしょうか………?」
「え?声に出てた?」
「いえ、そう言わなきゃいけない気がしたので………」
女の子の勘って凄いね。あれ?でも、ジリアンさんも似たようなことしたよね?ジリアンさんも実は女の子?
「んなわけあるか!」
あれ?ジリアンさんの声が聞こえた様な……?女の人じゃなかったんだね。
「ええと、それでなんでしょうか………?」
「ああ、そうだった」
考え事してたから最初の目的忘れてたよ。
「よっと」
「わっ!」
頭の上の耳に触ってみた。どう見ても本物だったけど、触ってみるとやっぱり本物なんだなって思ったよ。ちょっと変な触り心地だったけど。
「耳のブラッシングしてないの?」
「ブラッシング………ですか?」
知らなさそうだし、してないみたい。だから滑らかな手触りにならないんだよ。いいもの持ってるんだし、ちゃんと手入れした方がいいのに………
「あれ?」
また、疑問が。でも、今度は自分のこと。
(なんでブラッシングのことに詳しいの?)
自由落下だの、質量と重さの違いだの、ブラッシングのことだの。なんで変なことばかり知っているんだろう。
(僕は本当にどうだったの………?)
記憶がないことが不安になった。その時。
少しだけ頭に痛みが走る。
「え?」
メイドさんがそんな言葉を発したことを確認するよりも早く。僕はメイドさんの方に倒れていた。
「!勇者様!?どうしたんですか!?」
軽く揺さぶられて、意識を取り戻す。何かを思い出しかけていたような………
「大丈夫。ただ、ちょっと目眩がしただけだから」
「本当ですか?食事ができたので呼びに来たのですが、体調が悪いようでしたら無理をしない方が………」
「ううん。ほんとに大丈夫だから。早く行こう」
「は、はい………」
感じた不安を気のせいだったということにして、部屋を出る。
思えばこの日からだったのかもしれない。記憶を取り戻すきっかけとなったのは。
そして、この時は気付くことはできなかった。僕の影が少しだけ揺らめき、形を変えたことに。