救出しよう
「もう少しです!」
その声を聞き、転移する速度をさらに上げる。結構な速度が出ているのに、やはり疲労のひの字も感じられない。普通の人からしたらかなり理不尽だろうなあ。そんな場違いな感想をぼんやりと考えられるくらいには余裕があるみたい。
「……ユート様、変なことを考えていませんか?」
僕の思考を読んだかのようにカトレアから声が掛かる。
「……そんなことはないよ?」
「嘘です。ユート様が嘘をついても、すぐにばれるんですからやめてください」
「そんなにわかりやすいかなあ………?」
「わかりやすいです。バレバレです」
「……………」
カトレアがひどい。出会ったばっかりのときは、もうちょっと言い方に柔らかさがあった気がするのになあ………
「あ、あれかな?」
話を逸らすわけじゃないけれど、どうやら目的の場所が見えたようなので確認してみる。案の定、カトレアからは肯定が返ってきた。
「あそこです。血の臭いの発生源なので」
一旦、転移をやめる。そのまま突撃してもよかったんだけど、そうすると後が怖い。カトレアとクロからのお説教コース一直線になるし。それは勘弁したいところだよね。だからまずは様子見をするために、草陰となる位置に移動する。
(ええっと、どっちが不利なのかな?)
頭を出して確認しようとしてみたけど、カトレアに止められる。
「私が確認します。ユート様は転移する準備をしていてください」
「え?準備しなくても転移できるよ?」
その言葉に絶句される。あれ?おかしなこと言ったかな?
「……もうほんとに無茶苦茶ですね………」
「そうかな?普通だと思うけど」
少なくとも僕は普通だと思うんだけど。僕の言葉にカトレアはため息をつく。
「そう思っているのはユート様だけです……とりあえず、知覚能力に関しては私の方が上です。私に任せてください」
「まあ、そういうことならいいけど」
よくよく考えてみればそれもそうなので、カトレアに任せることにした。そのことにほっとしたようで、やっと草陰から覗いてみようとする。
「カトレア。様子を見るつもりならもう必要ないぞ」
そのとき、急にクロが影から出てきた。
「え?どういうことですか?」
「主たちが問答をしている間に様子を見てきた。だから必要ないと言っている」
「あ、そうか。クロに頼めば、すぐにわかったのか」
《影潜伏》を使って、ほんの少し顔を出せばいい。どうやらそんなことができる魔物がいるとは思われていないみたいだし。よっぽど安全に敵情視察ができるよね。
「ありがとね、クロ」
感謝の言葉とともにその背中を撫でる。クロは体を弛緩させているから、どうやら気持ちよかったみたい。というか、いつもやっているようなことだからどこを撫でればいいのかはなんとなくわかるんだよね。
「ところで様子はどうなっていたんでしょうか?」
「女が一人襲われていたな。相手は男の集団だから女の方を助ければいいだろう」
「そっか。わかった」
助けるべき方はわかったことだし、早めに助けるとしようかな。せっかくここまで来たのに助けられませんでした、じゃカトレアに悪いし。
「クロ、いつでも大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「じゃ、行くよ」
「へ?」
カトレアの手を取って、立ち上がる。勢いよく顔を出した僕に驚いたのか、その場にいる全員の動きが止まった。……僕とクロ以外。
(襲われている女の人は……あ、あの人か)
クロの言っていた女の人を集団の中から探す。とは言っても、そこまで時間がかかるわけでもなかった。そりゃあ、その女の人をいかにも悪そうな人たちが囲んでるんだからすぐにわかるよね。女の人を《テレポート》で僕たちのところまで転移させる。いきなり消えた女の人に戸惑いを隠せなさそうな男の人たちを横目に逃走に移る。……んー、でもちょっとくらい嫌がらせはしておくべきかな?
「えい」
次々と呆然としていた男の人たちを転移させて、道のわきに生えていた木の上に移動させておく。まあ、運がよければ降りられるんじゃないかな?全員転移させて、嫌がらせを終わらせた後………
「クロ、どっち行けばいいんだっけ?」
「……締まらないな、主よ」
そんなことを呆れられながら言われたのだった。仕方ないじゃない。わからないんだもの。
※ ※ ※
ようやく落ち着けそうなところまで来たので、転移をやめる。カトレアの手を放し、女の人と向き合う。さてと、何から話せばいいのかな?
「ユート様、その前に」
口を開こうとする前に、カトレアに声を掛けられる。振り返ると、どうやら怒り心頭といった様子のカトレアがいた。
「……ええっと。どうしたの?」
あまり刺激しないように話しかける。こうなっているとき、下手なことを言うと絶対にお説教コース一直線だからなあ………
「どうしていきなり立ち上がったんですか?」
………?何の話だろ?今座ってるよね?
「そちらの方を助けるときです。転移する前に急に立ち上がったじゃないですか!」
「ああ、あれかあ。意表を突いた方が安全かなって」
「もし弓矢が飛んできてたらどうするつもりだったんですか!ちゃんと周りを確認してですね………」
ああ、これは駄目なやつだ。お説教モードに入っちゃってるから、もう嵐が過ぎるまで待つしかない。
(……早く終わらないかなあ………)
遠い目をしながら、そんなことを考えたのだった。