新たな力
「ふあぁぁ、おはよ。カトレア」
「はい、おはようございます」
憑き物が落ちたような顔で返事をしてくれるカトレアを見て、よかったと思う。少なくとももう呆然自失といった感じではないみたい。
「これからどうしようか?まだ帝国にいる?王国に戻る?あとは………」
「全く別の国に行く、ですか?」
「うん。カトレアはどうしたい?」
「私、ですか?」
「そう。別に僕はこの世界のことをよく知らないし……どこに行きたいのかもよくわからないかなあ」
「……それなら、別の国に行きませんか?どこかゆっくりと休めそうな、そんな国に」
「わかった。そうしよっか」
そうと決めれば早速準備をしなくちゃ。荷物をまとめ始めると、カトレアも手伝ってくれる。
「ありがとね」
「いえ。これくらいはさせてもらわないと………」
「そっか」
「……ユート様?」
「なに?」
「その、どうしてあの貴族の人を殺したんですか?」
カトレアの顔を見返す。冗談交じりではなく、本気で聞いているようだ。
「教えたのはクロ?」
「ええ、まあ………」
「……?殺した理由、だったよね?」
「はい。差し支えなければ聞いておきたいんです」
「えっとね。カトレアが悲しそうな顔をしてたから」
「……え?」
「なんかね、変な気持ちになったんだ。シドさんが言うには怒りだそうだけど」
「そう、ですか………」
カトレアの表情に影が落ちたように感じる。何か変なことを言ったんだろうか?
「あ、そうだ」
「はい、何でしょう?」
その一言でまた元の優し気な表情に戻る。思い過ごしだったのかもしれない。そう思いながら言葉を続ける。
「記憶がね、戻ったんだ」
「え!?本当ですか!?」
「うん。とは言っても、やっぱりほんのちょっとだけど」
「そうですか……今度はどのような記憶が?」
少しだけ不安の色を混ぜた表情で聞いてくる。そんな顔をしなくても、大丈夫なのに。
「僕はね。超能力者なんだ」
※ ※ ※
「君には二つの選択肢がある。一つはこの世界に留まること。これはお勧めしない。今の生活がずっと続く……いや、もっと酷くなるだろう。今まで以上に辛い日々が待っていることになる。もう一つは今から行われる異世界召喚に応えること。こちらはこれからのことはわからない。何しろ僕の手を離れることになるのだからね。ただ、自分の手で運命を切り開くことができる。時間は多くはないが、まだある。ゆっくりと考えて………」
「……もう決めたよ」
「早いね。それで?どちらを選んだんだい?」
「僕は……異世界に行くよ。もう、誰かに何かを勝手に決められるのだけは勘弁だ」
「そう。なら、僕から君に餞別を上げよう。お詫び、と言ってもいいかもしれないけどね」
「……なに?」
「まず一つ。あの犬を連れていけるようにしてあげよう。気になっているだろう?」
「それは………」
「二つ目。君には感情をあげよう。むこうで楽しむためには必要だろうしね」
「そう。それはどっちでもいいや」
「ひどいなあ。君の才能の代償だから仕方ないとは思うけど」
そう、金髪の男の子は苦笑する。僕のことを知っていると思ったのは当然のことだった。この子は僕の世界の神様なのだから。
「むこうに行ってからは少し戸惑うだろうけど我慢してね。いきなり発現したものだから不安定になるのは仕方ないんだ。それと、記憶も封じさせてもらう。あまりの情報量にパンクしちゃうかもしれないからね」
「…………」
「おいおい、殺気を向けないでくれよ。封じると言っても、一時的なものさ。必要になったら思い出すはずだよ?」
「わかった」
「そして、最後は………」
※ ※ ※
「覚えてるのはそれだけ。今回もそこまで大したことじゃなかったかな?」
「え、ええっと……ちなみに今の話のどこから超能力者、という話が?」
「ああ、それはスキルで知ったんだ。新しいスキルを覚えたから」
「そうなんですか?」
「うん。こんなスキルだったよ」
《--のーりー》:《テレポート》、《未来視》が使用可能
「てれぽーと……とみらいし?ですか?」
「うん、そうだよ」
あの貴族の館から逃げるのに使ったのはテレポート、貴族がどこにいるのか知ったのは未来視だ。どちらも戻ってから能力を試すとすんなりと使えた。元から自分のものだったのだろう。
「どんな能力なのですか?」
「テレポートは転移能力だよ。重さに関係なく5つのものか人までを知っているどこかに一瞬で移動させられるんだ。未来視はもっと簡単。未来が見える能力だよ」
「ええっ!?それ、無茶苦茶過ぎませんか?」
「とは言っても、自分で発動させるのが前提だし。そこまで無茶苦茶じゃないよ」
「そ、そうですか………」
カトレアが唖然としてる。そんなにおかしなこと言ったかなあ?不思議に思いつつ、荷物を入れていくのだった。
※ ※ ※
「悪い、お前ら。先に行っててくれ。あとで追いつくからさ」
「あ、ああ……大丈夫なのか、シド?」
「ああ、問題ない。ちょっと一人になりたいだけなんだ。だから、すまない………」
「……わかった。なるべく早く追いつけよ?」
集団から離れ、完全に一人になる。そこでやっと息をつく。もうこれ以上は限界だったのだ。
「くそっ、何故あいつなんだ!?何故、俺じゃないんだ!」
呪詛を叩きつけるかのように吐き捨てる。もし、あれ以上皆といれば八つ当たりしてしまいそうだった。
「くそ……ちくしょう………」
「何をそこまで苛立っているのだ?」
「誰だ!?」
辺りを見渡すが、誰もいない。気配すら感じられない。
「話を聞いてやろう。存分に話すがいい」
得体のしれない人物に話すなどどうかしているとも思ったが、別に隠すことでもないとイライラを叩きつけていく。その声はその間、一言も話さなかった。そして、聞き終えた後に口を開く。
「おお、おお、それは簡単な話よ。その男が悪いのだ。何かをしているに違いない」
「何か、だと?」
「そう。スキルかもしれんし、薬かもしれぬ。いずれにせよ、そうでもない限りここまで一途な主を突き放すはずもないだろう?」
「……!ああ、そのはずだ!」
「その娘を手に入れれば主の心の傷も癒えよう。だが、障害はその男だ」
「あいつ、が………」
「そうだ。やつを憎め。殺したいと願え。さすれば、私が力を与えよう………」
「力………」
「そう、力だ。欲しいのだろう、その娘が?」
「ああ……俺は………力が、欲しい」
「ようこそ、我らが同士よ」
静寂が訪れる。その場にはもはや誰も残ってはいなかった。