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その死は怒りとともに

 とある貴族の屋敷。そこでは今日も奴隷が働かされていた。理不尽な命令や躊躇してしまうような命令も普通にされる。だが、それに抗うことはできない。奴隷たちの首についたその紋章は主に対して明確な敵対行動を取ったとき、その奴隷に痛みを与えるという効果が付与されている。その痛みは絶大で、一度効果が発動すれば立っていることも難しい。気の弱いものならショック死してしまう、といった代物だ。5分もしない内に発狂するものとて出るだろう。そのため、主に逆らうことはできない。逆らったが最後、死んでしまうかもしれないのだから。

 ただ、一つ。たった一つだけこの屋敷の主がミスをしてしまったとすれば、それは。


 ――――――眠っていた猛獣の尻尾を気付かないうちに踏んでいたことだろう。


 獣は静かに牙をむく………


※                 ※               ※

 「にしても、ほんといい趣味してるよな~。ここの主様ってよ?」

 「おいおい、そんなこと言うなよ。誰が聞いてるかわかんないんだぜ?まあ、あの亜人の女は惜しいと思ったけどさ!」

 「お前、あんなのがいいのかよ?」

 「いやいや、遊ぶとしたらだって。結婚とかだったらマジ勘弁だわ。あんな下等なやつらなんてさ」

 「だよな~。お、噂をすればその下等種族くんじゃないか。どうしたんだよ、遅くなってさ。迷ってでもいたのか~?」

 「やめとけやめとけ。あんまり長居させると俺らに臭いが移るじゃねえかよ。獣臭くなるとか嫌なんだけど」

 「ははっ、だな!とっとと屋敷の中に行けよ。んでもって、お仕置き受けてくんだな」

 「死んじゃわないといいけどなあ、あの亜人みたいによ?」


 その言葉を聞いて、わかった。ああ、この人たちも同罪なのか、と。


 「『水刃』」


 ぼとり、と音がする。あとに残ったのは首のない体と体のない頭だけ。


 「……おい、本当にいいのか?」

 「別に。早く行ってよ。じゃないと、誰が敵だか(、、、、、)わからなくなる」

 「あ、ああ……わかった」


 そう言って、シドさんは走り出す。僕の言ったことを守ってくれるんだろう。


 「……クロ。軽蔑する?僕のこと」

 「いや?誰が何と言おうと我の主は主だけだ。そして、主の決めたことならばそれに従うまで」

 「……そう。じゃあ行こうか」


 そして、その場から消えた。音すら残さずに。例え、誰かが来たとしてもここに誰かがいたなどと思いもしないだろう。見渡す限り(、、、、、)に人などいないのだから。


※               ※               ※

 その日もいつも通りに過ごしてきた。ミスをした奴隷がいれば鞭で打ったり、女だったら服を脱がさせて働かせたり。奴隷は好きだ。裏切ることができない上、自分の思い通りにすることができる。そして、その目に絶望を宿らせたときの愉悦感。たまに思ってる以上に使える奴隷がいるのもいい。


 (さてと、あの奴隷に奉仕でもさせるか。失敗をしたのだから当然よな。うむうむ、あとは気晴らしにあの亜人でも痛めつけるとするか。悲鳴を上げるさまはまあ面白い)


 そんなことを考えていたから、気付くのに遅れてしまう。その事に気付いたのは間抜けにも、自分の部屋に戻ってからだった。


 「おい!誰か酒を持って来い!急いでな」


 が、普段返って来るはずの返事や聞こえてくるはずの足音がしない。


 (んん?まさか、怠けているのか?まったく、儂を無視するとはいい度胸だな!)


 皆罰してやろうと部屋から出て、はたと考える。自分がここまで歩いてきたうちで何か人が発した音を聞いただろうか、と。


 「い、いやいやいや。落ち着け」


 ただ、寝ているだけかもしれないと自分を落ち着かせる。そう、まさか全員いなくなってるなどあり得るはずがないのだ。




 ―――普通(、、)ならば。


 「ああ。やっと来たんだ。待ちくたびれていたよ」


 部屋から出て、階段へとつながる長い廊下の突き当たりに一人の少年がいた。黒い髪と目をした珍しい少年だ。だが、今大事なのはそこではない。


 「き、貴様!どこから入ってきた!?」

 「どこからって、入口にある門からだよ」

 「門番がいたはずだぞ!そんな簡単に入れるわけがない!」

 「うん、いたね。死んだけど」

 「な、なに?」

 「だから死んだよ、その人たち。いや、正確には殺したかな?まあ、あなたにとってはどうでもいいことだよね」

 「お、お前は何を言っておる!?」

 「わからないなら見せた方が早いかな?はい、これ」


 何かを投げられて、反射的にキャッチする。そして、それが何か理解できたとき放り出していた。


 「ヒ、ヒィ!?」


 それは人間の生首だった。血が滴っており、まだ仄かに温かい。それが死んでから時間があまり経っていないことを表していた。


 「まだいる?見せて欲しいなら見せてあげるけど」

 「な、何が目的だ!?金か?女か?欲しいものをやろう、だから儂を見逃してくれ!」

 「……そう。なんでもくれるんだ」

 「あ、ああ!なんでもやろう!」


 それを聞いて、軽く安堵する。どうやら交渉できぬ相手ではないらしい。確かに損はするだろうが、それなら後で実力者でも雇い、奪い返せばいい。ここまで虚仮にされたのだ、当たり前のことだろう。


 「じゃあ……決まったよ。欲しいものが」

 「ほ、ほう!何かね?」


 ゆっくりと少年は近づいてくる。ただ、凶器の類はない。詠唱をしているわけでもないので魔法を使われることもないだろう。そう、ほっとしていると………


 「うん、あなたの命でいいや」

 「は………?」

 「『水剣』」


 ドスッ、という音がする。何の音だ?と思っていると急に倒れてしまう。力を込めて、立ち上がろうとするも力が入らない。そして気付く。赤い液体が広がっていることに。それは自分の下に広がっていて………


 (まさか、儂は死んで………?)


 それがその屋敷の主が最期に考えた事だった。


※               ※               ※

 「……誰?」

 「俺だ……死んだのか、こいつ?」

 「なんだ、シドさんか……死んだよ。ちゃんと殺したし」

 「そ、そうなのか………」

 「欲しい?」

 「な、何言ってんだ?」

 「いや、憎んでたんでしょ?だったら欲しいかなって。鬱憤晴らすために殴ってもいいし、ばらばらにしてそこら辺の動物に食わせるんでもいいし。もう僕がすることはなくなったから好きにしていいよ」

 「い、いや!遠慮しておく………」

 「そう。じゃあ、屋敷から出た方がいいよ」

 「な、なんでだ………?」

 「燃やすから。火ならキッチンにでもあるでしょ」

 「……なあ」

 「何?手短にお願いね、急いでるから」

 「……お前、なんとも思ってないのか?人を、殺したんだぞ………?」

 

 振り返ってシドさんを見る。その顔から推測するに……驚いていたのだろう。


 「……別に。なんとも?」


 その言葉だけを残し、踵を返す。とある貴族は滅んだのだった。

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