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事実

 灰色の髪をした狼の獣人さんはシドさんというらしい。シドさんは説明もないままに、僕たちについてこいと言って前を歩き始めた。どういうことなのかよくはわからなかったけど、悪い人じゃなさそうだしついて行くことにした。いざとなったらクロに頼んで逃げればいいしね。

 どうやら向かっている先は街の外みたい。ますます怪しいなあ………でもカトレアの名前も知ってたし、考え過ぎなのかな?街を出てもシドさんは止まることなく進み続ける。そしてとうとう森の中に入っちゃった。


 「ねえ、カトレア。どう思う?」

 「そうですね……何とも言えないです。わからないことが多すぎるので………」

 「クロ。いつでも行けそう?」

 「ああ。いつでも移動できるようにしておこう」


 それだけ言って、再び影の中に隠れた。もしシドさんが悪い人だったとき、クロの能力がばれていることは避けておきたいし。クロが隠れたのを確認して、シドさんの後を追う。もしかしたら見失っちゃったかもとも思ったけど、シドさんは森に入ってすぐのところで待っていてくれていた。


 「……あんまり遅れんなよ?まあ、あと少しじゃあるんだが」

 「あ、うん。ごめんね」

 「別にいいさ。……ところでなんだが、カトレア、さん?でいいのか?」

 「私はカトレアでも構いませんが………」

 「そか。じゃあ、カトレア。その、なんだ。そっちのやつと付き合ってたりすんのか?」

 

 ……何を言ってるんだろう、この人?失礼だけど、そう思っちゃった。


 「な、な……い、いえ!違います!そんな、恐れ多い………」

 「そ、そうなのか……ちと当てが外れたな………」

 「どゆこと?」

 「……いや、付き合ってるんならもしかしたら耐えられるんじゃないかと思ってな。だが、そういうことなら覚悟してもらった方がいい。この先にあるのはどうしようもねえほどに残酷な真実だ。もし、知りたくないなら引き返してくれ。どうしても知りたい。そう思うときだけついてきてほしい」

 「……私のこと、なのですか?」

 「ああ。そうだ」

 「私は……知りたいです。もし私に関係することなんだとしたら、それは逃げてるだけなので」

 「そうか……わかった。ついてきてくれ」


 そう言って再び歩き出す。僕とカトレアもシドさんを見失わないようについて行く。あまり歩いたと感じないうちに、それはあった。木でできた十字架。立派なものではないが、それでも丁寧に作られていると思う。

 

 「あの……これは?」

 「……あなたの母親。ツバキさんの墓だ」

 「……え?」

 「うちのところに来たのはちょうどここ最近だった。帝国と隣にあるっていう王国の間の森。そこから連れて来られたそうだ」

 「そ、れは………」

 「最初のうちはまだ元気だった。奴隷たちは結束が強い方だし、すぐに溶け込めた。でもな、あの人は優し過ぎたんだ」

 「…………」

 「……それは?」


 声も出ない様子のカトレアに代わり、続きを促す。


 「……ミスをしちまった奴隷たちを庇ってたんだ。罰はほとんどあの人が受けてた。それこそ、屈辱的なやつから酷いものまで………体を壊すのは時間の問題だった。それが3週間ほど前のことだ」

 「でも、それなら………」

 「休めるはずじゃないか、か?そんなに甘かったらこうなりゃしねえよ。やつはあろうことかそれでも酷使し続けたんだ!最後はやつの与えた罰のせいでツバキさんは死んじまった!」


 そう言って、ただただ拳を握りしめる。……悔しい、のだろう。何もできなかったからこそ。


 「奴隷の人たちは主に対して攻撃することはできないの?」

 「当たり前だ!できたらとっくに殺してる!」

 「……そう」


 シドさんからカトレアの方へと視線を戻す。カトレアは泣いてるわけでも、怒っているわけでもなかった。ただ、呆然としている。心の中で整理しきれてないんだろう。


 「……後で荷物を渡しに行く。どこに泊まっているのかだけは教えておいてくれ」


 僕にはただ、その言葉に対して頷くことしかできなかった。


※               ※               ※

 どこをどう通り、戻ったのかわからない。いつの間にか宿の部屋にいて、ベッドに腰かけていた。あの人は、シドさんはあんなことを言っていたけど理解できるはずがない。したくもなかった。だって、あんなに元気だったのに。もう少しで会えると思っていたのに。なのに、死んでるなんて………


 (そんなこと……信じられないよ………)


 ドアの開く音がする。のろのろとそちらに目を向けると、ユート様が入ってきたところだった。一緒にシドさんもいる。


 「これ。シドさんから渡されたんだ。カトレアに、だって」


 渡されたのは一枚の手紙と櫛。見間違えるはずのない、母が持っていたものだった。手紙を開き、読み始める。これもやはり、母の文字だった。


 『カトレアへ。


 これを読んでいる、ということはもう私は生きてはいないのでしょう。私を捕まえた貴族は奴隷使いが荒くて、もうぼろぼろだから。たぶん、もうそろそろ死んじゃうのかもしれないと思う』


 「そんな………」


 『ごめんなさい。あなたのことだから、私を探しているのかもしれない。でも、私が死んでいることを知ったらとても悲しむと思う。それでも、私は他の人を見捨てることができなかった。それには理由があるの』


 「理由………?」


 『奴隷の中にね。子供がいるの。小さいころのあなたにそっくりだった。甘えん坊で、寂しがり屋で、そして勇者様に憧れてたあなたに。私にはその子を見捨てることができなかったの。あなたを見捨てることができなかったように』


 「…………」


 『私が死んでしまって不安なのはあの子たちがどうなるのか。きっと、あの貴族の人はこれからもひどいことを続けるだろうから。そしてもう一つ、あなたのこと。大きくなったけど、あなたが寂しがり屋なのは変わらないのをよく知ってる。だからカトレア。約束をして』


 「……やく、そく?」


 『あなたを大事にしてくれる人を探しなさい。もしかしたらいないんじゃないかと思っても、諦めずに。一人ぼっちで生きていけるほど、人は強くない。あなたが憧れてた勇者様みたいな、そんな人を探しなさい。そして見つけたら、その人を大事にしてあげて。そうすればきっと、私の言ってることがわかる日が来るわ』


 文面が歪んで見えにくくなる。文字が歪んでいるわけじゃない。歪んでいるのは、自分自身のせいだ。


 『もっといろんなことを話したいけど、そうも言っていられない………ごめんなさい。もう、筆を持っているのもやっとだから。あなたに会えてよかった。あなたが私の子供でよかったわ。悔いのないように生きてね』


 文章はそこで途切れている。いや母の名前もあるのだろうけれど、それは文字になっておらず推測でしかなかった。


 (私も……お母さんの子でよかったよ………それにもう、勇者様には会えたよ…………)


 涙がぽろぽろと流れ、頬を伝っていく。生きてるうちに伝えたかった。教えてあげたかった。この人が勇者様なんだよ、って。あとからあとから出てくる思いはあるのに、言葉として口から出るのは嗚咽だけだった。


※               ※               ※

 「……何もしてやらねえのか?」

 「……何をしたらいいのか。それがわからないんだ。カトレアの気持ちが、わからないから」

 「……てめえ」


 胸倉を掴まれる。はっきりとわかるその目に映る感情は怒りだった。


 「ふざけてんのか!見りゃわかるだろうが!」

 「貴様、主に対して何という無礼を………!」


 クロが影から現れ、シドさんを吹き飛ばす。倒れこんだシドさんは睨む相手を僕からクロに変えた。


 「この野郎………」

 「フン、ここで消してやった方がお前の身のためになるだろうな………」

 「……二人とも。静かにしてあげて」


 その言葉を聞いて、何故かどちらも動きを止める。びくり、といった感じで。


 「……お前、怒ってるのか………?」

 「怒ってる?僕が?」


 そうなのだろうか。確かに、いつもと違い他のことなんてどうでもいい。この荒れ狂う何かを特定の誰かに叩きつけたい。そんなものが体中を駆け巡っている気がする。


 「ああ。これが怒り、なのか」


 そう呟く。口に出すともやもやとした何かが晴れるような、そんな気がしたから。


 「……なんて不快な感情だ」

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