カトレアの過去
部屋に戻り、ベッドに座る。凛花さんからは行儀が悪いんじゃない?って言われたけど、そうは思わないんだよね。というか、あんまりこれは駄目っていう知識はないような?それだけ自由に育ったのかなあ?
カトレアはわざわざ椅子を持ってきて、僕の真正面に位置するように置き、そこに座った。別に隣に座るんでもいい気がするんだけど。
「ええと、どこから話せばいいんでしょうか……?理由だけを話した方がいいんでしょうか、それとも最初から話した方がいいんでしょうか………」
「できれば最初からでお願い。カトレアのことあんまり知らないし」
カトレアは少なくとも、記憶を失った後の僕のことをよく知っている。だけど、僕はほとんどと言っていいほどにカトレアのことを知らない。これでいいのかな?とも思ってたんだ。もし、問題なければちゃんと聞いておきたい。
「わかりました。あまり明るい話ではないですが、初めから話します」
そうして、カトレアの過去についての話が始まった。自分が元々森でひっそりと暮らしていたこと。しかし、最近になって奴隷を増やすためにその森に人間たちが来たこと。自分はお母さんのおかげで助かったけれど、そのお母さんが捕らわれてしまったこと。そして、捕まえたのがこの帝国の人間だったこと。
「だから私は会いたいんです……もう一度、母に。もし叶うのなら………解放してあげたい。そう思ってるんです」
「そうなんだ」
通りであんなに焦っていたはずだ。早くお母さんに会いたかったのだろう。近くまで来ているのだから尚更。
「すみません……今まで黙っていて」
「別にいいよ。気にしてないから」
「ですが………」
「そんなことより、探し始めた方がいいんじゃないかな?ここの国だとやっぱり別行動はできないみたいだし」
クロをカトレアにつけて、僕が一人で行動するということも考えた。考えたんだけど……クロが僕を放っぽってカトレアについて行ってくれるのか?と聞かれると、無理かなあと思う。そりゃあカトレアのことを認めはしているものの、やっぱりクロは僕優先みたいだし。でも、シルヴィアさんの話からするとカトレアを一人にするのも危険だし………この選択肢しか取れそうにない。
「……はい。ありがとうございます」
「うん、じゃあ早速………」
「そのことだが、主よ」
「?クロ、どうしたの?」
「……明日になってからの方がいいのではないか?」
「え、どうして?」
「どうしても何も、今はもう夕方だぞ?」
「え?そんなに時間経ってたの?」
「まあ、そうだな。主が昼まで寝ていた上に、どこぞの誰かが忘れ物がないかあたふたしながら確認し、結局あって取りに戻り、見送りするだけと言いつつ立ち話に花が咲き長話になり、そしてやたらと長い身の上話をしていたせいでこの時間までかかったわけだ」
「……ええと、つまり?」
「奴隷を売っているところはもう閉まっているだろう。探すのは明日にしろ、ということだ」
「なるほど」
「意外と時間が経っていたんですね………」
そういうことなら仕方がない。この世界だとお店は早く閉まるもの、って凛花さんから聞いたし、明日から頑張って探そうか。
「じゃあ、カトレア。ご飯食べて、早めに寝る?明日の早い時間から探したいでしょ?」
「……え?手伝って、くださるのですか?」
「え?言わなかったっけ?」
「で、ですが、これは私の事情ですし………」
「でも、一人で行動したら戻ってこれなくなるかもしれないんでしょ?なら、僕も一緒に行くよ。カトレアがいてくれないと困ることだっていっぱいあるし」
「……それは………」
「いつも迷惑かけてるみたいだし、これくらいはさせて。いいでしょ?」
「……はい」
やっと笑ってくれた。ここのところそういった表情を見てなかったし、よかったと思う。
「それじゃ、何か食べに行こっか。ここの宿は食事出ないみたいだし」
「ですね。早く行って、明日の朝から探しましょう」
と、はぐれないように手を繋いだまではいいのだけれど。
「……まるで恋人同士だな」
「く、クロさん!?何を言ってるんですか!?」
顔を真っ赤にして怒り出した。うーん、何なんだろ?脳裏ににやけてる表情のジリアンさんが浮かび、再度首をかしげるのだった。なんだかんだ言ってても、結局手は離さなかったのだけれど。
※ ※ ※
夜。すっかり静かになった部屋を見回して、少し前まではここまで来れるなんて思ってもなかったと苦笑する。きっと隣で寝ているこの人がいなければ途中で諦めるか、誰かに邪魔をされてここまで来れなかっただろう。本当に不思議な人だと思う。
(そういえば………)
不思議、という言葉で思い出した。あの馬車でのことを。みんなを驚かせた奇跡は絶対にユート様のものだろう。けれど、もう一つ気になることを呟いていたのだ。
――――ああ、これが代償なのか。と。
今日の夕食時に聞いてもそもそも何も覚えていない様子。前にクロさんから口止めされていたからそこで止めたけど………
(どう考えても、あれが代償ですよね………?)
魔法を使い終えたとき。急に血が噴出し出した。目から、鼻から。時折せき込むと血を吐いていたことまであった。それがあの奇跡の代償で間違いないだろう。そして、それは……命に関わるものだ。あの場ではコルネリア様がいたからこそ何とかなったが、もしいなかったらと考えるとぞっとする。
(……あの奇跡は使わせないようにしなきゃ)
強くそう思った。