突然の出発
「えっ?出発するの?」
「ああ、どうやらそうするみたいだ。なんでも本当に魔族がいるのか怪しい、のだそうだ」
「不注意過ぎないかなあ………?」
「そうだね、私もそう思うよ。けれど、証明もできないから止めることもできないのが難しいところかな………」
この町に来てから2週間。カトレアと話をしてから1週間が経った。この頃は受け答えも生返事ばかりだし、大丈夫?と聞いても無視されることもあるし。クロが話してもほとんど空元気のようなものだし、どうしたものかと悩んでたんだよね。ちなみに考えていたのは僕とクロ……と、シルヴィアさん。食堂で二人して唸ってたところに声をかけられて、参加してくれたのだった。……まあ、どちらかというと強制的に参加したの方が正しいのかもしれないけど。聞けば僕を傷つけちゃったときのお詫びに、とのことだった。すっかり忘れてたよ。それを正直に言ったら、苦笑していたけど。あとユート様らしいですね、って言葉も貰った。どういうことだろ?
でもまあ、いい案は全然出ないのだった。そもそもカトレアがなんでそこまでして帝国に行きたがっているのか誰もわからないし、魔族がいることにはどうしようもないのだから仕方がない。それに加えて、クロとシルヴィアさんの仲が悪いのもあってなかなか状況がよくならないんだよね。カトレアが脱走しようとする回数が多くなっているから悪くはなってるけど。
「わかった。カトレアにも話しておくね」
「ああ、そうしておくといい。出発は明日だそうだ」
「また急だね………」
「困ったものだよ、あの商人にも。自分のことしか考えていないようだからね」
「そうなんだ。まあ、なんにしても教えてくれてありがとね、シンシアさん」
「このくらいは構わないよ。さて、荷物を纏めてくるかな。君たちも明日に遅れないようにね」
「うん、また明日」
そう言って、シンシアさんと別れる。そして、部屋に戻ると………
「……またやってたんだ」
「ああ。こいつにも困ったものだ」
逃げようとしてクロに捕まえられたカトレアがいた。今日だけでももう7回目だ。まだお昼にもなってないのに。
「カトレア、もうやめようよ………」
「…………」
うーん、今日も黙ってるのかあ……それに、睨んでるっぽいし………まあ、何もすることないから気がたつのも仕方ないのかもしれないけど。
「そうだ。カトレア、一つ言っておかなきゃいけないことがあるんだけど………」
「………何でしょうか?」
「出発する準備をしといてくれ、だって。なんでも明日にはここを出るらしいよ?」
「……!!本当ですか!?」
「……うん、さっきシンシアさんがそう言ってたし………だから揺らさないで………」
頭がガックンガックン揺れて、大変なことになってる。うっぷ、なんか出そう。
「……いい加減にしろ。これ以上何かするようなら流石に手加減せんぞ」
クロがおもむろに口を開く。その声は低く、さほど大きくはなかったけど聞く人には怖く聞こえるんじゃないかなあ?ほら、カトレアも怯えてるし。
「す、すみません……どうかしていたみたいです………」
「謝るのは我ではなかろう。謝るべきものに先に謝れ」
「は、はい。すみませんでした、ユート様」
「うん、いいよ……けどさ………」
「……はい、謝っただけで許してもらえるほどのことじゃないとはわかってます………」
カトレアは申し訳なさそうだったけど、そうじゃないんだ。
「いや、そうじゃなくてね………」
「え……?では、一体………」
「頭シェイクするのは……もうやめて………気持ち悪くなる………」
あ、やばい。これ我慢できないやつだ。
「……あ!すみません、すみません!」
「……カトレア、ちょっと僕から離れて」
「……え?」
そう言うと、クロが気を利かせてくれたのかカトレアは影の中に沈んだ。ふう、これで………
「おろろろろろろろろろろろ」
胃の中にあるものを全部床にぶちまけちゃいました。やっちゃったなあ………
※ ※ ※
「ごめんね、片付けさせちゃって………」
「いえ!今まで失礼なことをしてしまったので………」
吐いちゃったものはカトレアが全部片付けしてくれた上、準備までやってもらうことに。クロがやれ、とは言ったからとはいえ流石にひど過ぎないかなあ………?
「それでこれからどこへ………?」
「あ、そっか。カトレアは部屋に籠りっきりだったから知らないんだっけ。シルヴィアさんたちの部屋だよ。お世話になったし」
「……返す言葉もないです………」
申し訳なさそうな顔に戻る。別に気にしてないからいいのに。……頭シェイクは気にしてるけど。
「シルヴィアさーん、今いるー?」
「はい、何でしょうか……カトレアさん?問題は解決したのですか?」
「……ええと、はい。ご心配をお掛けしてしまい本当に申し訳ありません………」
「気にしていないので大丈夫ですよ。ところでどのような用件で?カトレアさんの報告でですか?」
「ううん?明日、この町を出発するんだって。だから挨拶に来たんだけど………」
「ええ!?外にはまだ魔族が………」
「どうも魔族がいるかどうか怪しいからだって」
「そんな危機感のない……その商人の方はどこにいるのですか!?」
「わからない、シンシアさんに聞けばわかるのかもしれないけど……でも、自分のことしか考えてないから考えを変えるのは大変かも」
「そんな………」
シルヴィアさんも困り果ててるみたい。そりゃそうだよね。いきなりそんなこと決められても戸惑っちゃうし。
(どうしようか………?)
突然の状況の変化に、二人して頭を悩ませたのだった。