憔悴
シルヴィアさんたちと再会してから1週間。依頼だったり、みんなと話してたりして時間をつぶしてたわけなんだけど。日が経つごとにカトレアは憔悴していった。カトレアとしては普通に過ごしているつもりじゃああるのかもしれない。でもはっきりとわかるし、シルヴィアさんに確認してもやっぱり明らかに元気がないように見えるそうだった。
(うーん……クロにはむこうから話してくれるのを待て、って言われてるけど………)
これは待ってても大丈夫なものなんだろうか?別にクロを疑うわけじゃないんだけど……どうもこのままじゃいけないような気がする。
(クロには悪いけど……聞いてみようかな。もしかしたら何か手伝えるかもしれないし)
そうと決めたらすぐに行動に移そう。カトレアは今は部屋にいるはずだよね。このところはあんまりベッドから出て来ないし、間違ってないと思う。シルヴィアさんに今日はカトレアの様子が気になるから部屋にいるよ、って話しておいて自分の部屋に戻る。
部屋に戻ると、予想を裏切らず布団が膨らんでいる。カトレアが寝ているんだろう。正確には寝てはいないんだろうけど。
「カトレア?起きてる?」
「…………」
うーん、だんまりかあ。いつもなら応えてくれるはずなんだけど。こういうところもおかしいと思う理由なんだよね。
「ねえ、何があったの?いくらなんでもこの頃は変だよ?」
「……………」
それでも何も話してくれない。どうしたものかなあ。
「やっぱり何も話したくない?」
「……すみません。今は………話しかけないでください」
「どうして?」
「私は……あなたを嫌いたくはありません。それに………もしこれ以上話していたら、取り返しのつかない言葉を吐いちゃいそうで…………」
ひどいことを言っちゃいそう、ってことなのかな?別にそんなこと気にしないのに。
「うん、わかった。静かにしてるよ。でもそれくらい様子がおかしい、ってことは覚えていてほしいかな」
「………はい」
無言の時間が流れる。この部屋には何もないからぼーっとしているとだんだん眠くなってくるんだよね。眠っちゃいけなそうだから寝ないけど。あれ?なんで寝ちゃいけないんだっけ?
(んんっと……なんだか似たようなことが………あった、ような………?)
考えているうちにだんだんうとうとし始めたようで。体が前に倒れて、はっ!っとなるのだけれど。意識は半分以上朦朧としてる。
「……ユート様?そんなに眠たいのならベッドに入った方がいいのでは?」
「……大丈夫………起きてるから…………」
「半分ほど寝ているような気がするのですが……無理は体によくありませんよ?」
「……寝てる間に………カトレアが………いなくなっちゃうかも、しれないし…………それは嫌だから…………」
「…………」
眠くない、眠くないと心の中で呪文のように唱えてみるけど、まったく効果はなく。あっさりと意識を失ってしまったのだった。
※ ※ ※
(ああ、また僕の記憶か………)
何度も何度も見せられればもう疑問に思うこともなくなる。いつもと同じ、人工物で埋め尽くされた場所。その中をゆったりとした速度で歩いていく。いや、浮いているのだから動いていくといった方が正しいのか。
(今日は何の記憶なんだろう?)
何か手掛かりになるようなものならいいと思う。まあ、クロの話によると僕が見る夢はどれも意味のあるものなのだそうけれど。
いつものように前を歩いている過去の自身についていきながらぼんやりと考える。そのときの自分は散歩中らしく、クロと一緒にぽてぽてと歩いていた。ちなみにリードはついていなかった。なかなかの懐きっぷりだ。普段のクロを知っているからこそ、あまり不思議には思わなかったけど。
(……?何か忘れているような?)
そう、何かをしなくてはいけないと思っていたはずだった。何を忘れているのだろう?考え込み、すぐに思い当たる。
(あ……カトレアを見てなきゃいけないんだった)
いつの間にか寝落ちしていたのか、と今更ながらに気付く。夢を見ているから気付きそうなものなのだけど。でも、見てなきゃいけないことを忘れていたんだから仕方なくはあるんだろうか?どうなんだろ?首をひねりながら考えていると、そこで重大なことに気付く。
(……夢から覚めるのって………どうすればいいんだろう?)
そもそも起きる方法がわからない。外部に連絡を取れればいいのかもしれないが……そんな都合のいい魔法はなく。というより、誰に起こしてもらうのだろう?うーん……と唸って立ち尽くす。
(まあ、何とかなるのを待つしかないかな………)
そう結論付け、しばらく進むといつもの浮遊感に襲われる。いつもより早いなあ、とぼんやり思う。寝ている体勢が悪いからだろうか?
(あれ?誰かいる?)
過去の自分の方を振り返ると、どうやら誰かと話しているようだ。白衣を着てはいるが、体のラインから見るに女性なのだろう。
一抹の疑問を抱えながらも、心配な点もある。その浮遊感に身を委ね、意識を手放した。
※ ※ ※
「……カトレアは?」
誰に向かって言った言葉でもなかったが、その言葉に対する返事は自分の足元から発せられた。
「ベッドの中だ。まさか寝てしまうとはな」
「うっ……ごめんね?」
「別に気にしてはいない。主のことだからな」
「……なんだか馬鹿にされてるような………?」
「気のせいだ」
「そっか。でも、何もなかったの?」
「いや?脱走しようとしていたぞ?」
「ええー………」
「むろん力ずくで止めたがな。あまり目を離さない方がいいぞ?」
「うん……わかった」
止めてくれていたクロに感謝しつつ、カトレアがまた逃げないように見張ることにする。今度はクロと話しながらだから寝なかった。
けれど、事態は自分の知らないうちに動いていた。それがいいことなのかどうかはまさに神のみぞ知ることなのだろう………