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お祭りに行こう シルヴィアの場合

 「はあ………」


 今日は勇者様たちが遠征から帰還したということでお祭りをするらしい。勇者の皆様には一緒に行こうと誘われたのだけれど、考えるべきことが多すぎて断ってしまった。今思えばなんて無礼なことをしてしまったのだろうと思う。

 私は勇者様たちが来てから足を引っ張ってしかいないのではないか。ふとそう思った。勇者に頼らなければいけないだけならまだいい。だが争いから無縁だった人を巻き込み、勝手に召喚しておいて最後まで面倒を見ず、挙句の果てには自分の手で勇者を傷つけてしまった。


 (私が何とかしなければいけないのに………)


 やるべきことはわかっているのに、自分の力ではどうすることもできない。それがとても悔しかった。行き場のない思いは口からため息という形で出ていく。


 「はあ………」

 「あんまりため息ばっかりついてると幸せが逃げるよ?」

 「そうなのですか?初めて知りました」

 「まあ、異世界の諺っぽいものだしねえ。凛花さんに聞いたらわかるんじゃないかな?」

 「そうしてみますね………って、え?」

 

 振り返るとそこには私の力が足りなかったせいで、追放されてしまった勇者――――ユート様がいた。


 「ど、どうしてここに!?城の兵士たちが入れてくれたのですか!?」

 「ううん。入りたいって言ったら帰れって言われたよ」

 「なんて無礼な!い、いえ、今大切なのはそうではなくてですね………」

 「クロに頼んで連れてきてもらったんだ。久しぶり、シルヴィアさん」

 「クロとは誰なのですか!?まさか怪しい人物では………」

 「失敬な。小娘如きが」

 「ええっ!?」

 「こら、クロ。失礼でしょ?」


 ユート様の影から出てきたそれはどう見ても魔物だった。私の腰まではあるであろうその大きな狼の漆黒の毛並みはつややかで、月の光を反射している。魔物とは思えないその美しさに何もなければ見とれていたかもしれない。そう、その魔物が威嚇してこなければ。


 「ユート様、離れてください!その魔物は危険です!」

 「ほう、我に歯向かうか。よかろう、その首食いちぎってくれるわ!」

 「なんでそんなに仲悪いのさ、二人は………」


 今度はユート様がため息をついていた。

 

※               ※               ※

 「つまりこの魔物はユート様が使役している、ということですか?」

 「うーん、使役とは違うような……クロとは友達だし、命令するのはあんまり好きじゃないし」

 「そう、なのですか……ですが、魔物使いならばこの城に戻って来ることもできると思います。なんとか皆を説得しますので………」

 「ふむ、あのとき何もできなかった小娘がよくもまあ言えるものだ」

 「……何なのですか、その言い方は?」

 「必要でないから捨てておいて、今さら戻ってきてほしいだなどと随分な言い草だな。それに聞こえはいいが、要は主に戦ってほしいだけなのだろう?虫唾が走る。主よ、この女のいうことなど聞くことはない」

 「それは……確かにそうですが、少なくとも今の生活よりも待遇はよくなるはずです!そもそも、主の心配をするならよい環境に身を置くべきだと思わないのですか!?」

 「はっ、貴様らの何を信用しろというのだ。我は貴様らの目の前には現れなかったが何をしてきたのかは見聞きしている。なんだあれは?騎士共は主に不躾な視線しか向けぬ上に、対応はぞんざい。それどころか陰では役立たずだと罵る始末。王とて本質はさほど変わらん。役に立つものだけをそばに置き、役に立たないと判断すればすぐに捨てる。信用できる要素がどこにある?」

 「っ!?そ、それは………」

 「それだけではない。お前は主に何をしたと思っている?激情に身を任せ、傷つけたではないか?本来ならばこの場で八つ裂きにしておきたいところだ」

 

 足元がぐらつく。確かにその通りだった。自分の都合ばかり押し付け、相手のことを考えてすらいない。安易な考え付きでまたこの人を傷つけようとしている。私は結局何も――――


 「挙句の果てには、今の生活よりもよくなるだと?憐れんででもいるつもりか?人を不快にすることだけは得意らしいな。これだから………」

 「クロ、そこまで」


 パンパンと音がした。見るとユート様が手を鳴らしたようだった。


 「戦うために人を呼んだんだから、戦えなかったら追い出すのは当たり前でしょ?無駄飯食らいは置いときたくないだろうしね。それにシルヴィアさんだってあの事故に悪気はなかったんだと思うよ?」

 「主は人が好過ぎるのだ。何故許す?」

 「え、だって気にしてないし。助かったんだからいいじゃない。シルヴィアさんもそんなに落ち込まないでよ。お城に住んでたときも嫌じゃなかったから」

 「ですが………」

 「それより、せっかくのお祭りなんだから楽しまなきゃいけないでしょ。ほら、一緒に行こ?」

 「はい?どうやって………」

 「クロ、お願いね」

 「はあ、主の頼みなら断れぬか………」


 視界が暗転し、気が付くとそこは城壁の外だった。


 「こ、これは………!?」

 「クロのスキルだよ。《影移動》ってやつ。すごいでしょ?」


 ユート様は自分のことの様に誇っているが、すごいなどというものではなかった。一瞬で移動できるスキルなど見たことも聞いたこともない。


 「主よ。祭りをその女と周るのはいいが、そのままでは無理だぞ。その女は一応、曲がりなりにも王女らしいからな。民が知っていれば、押し寄せてくることもあるだろう。まあ知っていれば、だが」

 「……勇者様方と帰還したので、顔は知られていると思いますが」

 「そうか、ならば一緒に歩くと主が迷惑を被るわけか。邪魔をすることは得意だな、貴様は」


 ……何だろう、このクロという魔物はいちいち私に向かって毒ばかり吐いている気がする。いや、確かにユート様に酷いことをしたのは私なのだけれど、ここまでねちねちと嫌味を言ってくると流石に頭にくる。何となくゾラン兄上に似ているし。口を開けば嫌味が出てくるところなど特に。


 「そうですね。確かに楽しみの邪魔をするのは申し訳なく思います。ですが、いちいち嫌味を言っているあなたのせいでユート様が気分を悪くしたらどうするのですか?あなたも邪魔をしていることになりますよ?」

 「口を開けばこれか。うっとうしい小娘だ」

 「なんでそんなに仲が悪いのさ………」


 ユート様がため息をついたためにここで止めたのだけれど、どうやらこの魔物とは仲良くできそうもない。少なくとも私はこの魔物のことが好きになれそうもない。


 「ユート様。非常に心苦しいのですが、ローブのようなものを持っていませんか?顔を隠せば私だと気づかれることもないと思います」

 「ローブ……クロ、持ってなかったっけ?」

 「カトレアとやらが持っていなかったか?まあ、宿に置いてあるだろうから取ってくればいいのだが」

 「そうなの?じゃあ、取って来てくれないかな?」

 

 ユート様がそう言うと、魔物はあらかさまに嫌そうな顔をした。(魔物、それも狼に表情があるのかどうか後から考えると不思議だったが、あれははっきりと嫌そうな顔をしていた)


 「何故この女のためにローブを取ってこなければならん。自前で用意しろ」

 

 本当にイライラさせてくる。一度白黒つけなければいけないようだ。


 「まあ、そう言わずに頼むよ。あんまり時間かけるとお祭りが終わっちゃうだろうしさ」

 「チッ、主に感謝するのだな」

 「ええ、ユート様には本当に感謝しています。あなたにはそんな感情を僅かにも感じませんが」

 「ほう?我はわざわざ持ってこなくてもいいのだぞ?」

 「なるほど、ユート様のことを考えておきながら命令に背くのですか。たいした忠義ですね」

 「この女………」

 「ねえ、いつまでやってるのさ。お祭り終わっちゃうよ?」

 

 すると、舌打ちを一つして影の中へと消えていった。きっとローブを取りに行ったのだろう。


 「なんで二人はそんなに仲悪いの?今日初めて会ったのにあそこまで仲悪いのも珍しいと思うんだけど」

 「たぶんですが、気が合わないからではないでしょうか?」

 「そんなものなの?」

 「ええ」

 「そうだろうな。そして主よ、我は人ではないから『人』という数え方ではないぞ」

 「あ、お帰り。早かったね」

 「転移して、取って来るだけだからな。そこまで時間はかからないさ」

 「そう、ありがとうね。はい、シルヴィアさん。これで行けそう?」

 「はい。それでは周りましょうか」


 問題はあるようだけれど、取りあえずは祭りの会場へと移動するのだった。

 

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