お祭りに行こう 前編
「お祭り?」
「そう。今日遠征に行っていた勇者様たちが帰って来るみたいでね。歓迎するためにもお祭りをしようってことになったのさ。街を挙げてのものだからなかなか大きな祭りになると思うよ。行ってきたらどうだい?」
「だって。どうする?」
「……行くしかないと思いますよ」
「そっか。じゃあ行こう」
お祭りかあ。知識としては知ってるけど、実際に見るのは記憶をなくしてからは初めてだ。どんなものなんだろう?
(あれ?なんだろ、これ?)
前にカトレアと別れなきゃいけないかも、って思ったときも不思議だった。でも、これはあのときみたいに不快な感じはしないし……何なんだろう?
(まあ、いいか)
結局、いつものように深く考えずに流したのだった。
「……カトレアよ。お前は行かないという選択肢はなかったのか?」
「……ユート様のあのうきうきとした雰囲気で行く?と聞かれて行かないとは言えませんよ………」
「……お前もなかなか難儀な性格をしているな」
なんだかクロとカトレアが話してるけど、変なこと言ってないよね?この頃のクロはなんだか棘があるからなあ………
※ ※ ※
お祭りが始まる時間に街に出ると、いつもとは全く違う風景が広がっていた。あちこちにランプがともされ、いろんな種類の屋台がある。そして何より目を引くのはいつもはここまでいないであろう人の数だった。まだ祭りは始まっていないはずなのに、多くの人が屋台を見て回ったり、せわしなく動いていたりしている。いつも見慣れている街から知らない場所へと来てしまったかのよう。
(これがお祭りなんだ……来てよかったかも)
カトレアが行かないのならやめておこうかと思ったけど、来てくれてよかった。目を引くものがたくさんあるよ。目移りするっていうのはこういうのを言うんじゃないかな?
「ユート様。お祭りに出かけてもいいんですが、一つだけ約束してください」
「ん、なあに?」
「一人で勝手に歩かないでくださいね?ただでさえユート様は方向音痴なので………」
「方向音痴じゃないよ。道がわからないだけだよ」
「だったらどうして未だに冒険者ギルドに一人で行けないんですか………」
「毎回場所が変わってるんじゃないかな?」
「そんなことがあったら冒険者の皆さんが困りますよ……それにどうやって一日で建てるんですか」
「……魔法で?」
「そんな魔法があったらきっと大工をしている人たちはみんな路頭に迷うでしょうね。いいですか、いつもは匂いを辿って見つけることができますけど、今日は人が多いですから匂いが辿れないんですからね?」
「臭い?僕、そんなにくさいかな?」
「……私たち獣人は魔法をうまく使えない代わりに身体能力が優れてるんです。私がユート様の匂いを辿れるのは単に私の嗅覚がいいからで、ユート様がくさいわけじゃないです………」
「そうなんだ。クロと似たようなものかな?」
「まあ、そうかもしれんな。だが、もしかすると我も負けることがあるかもしれん」
「え?そうなの?」
「勿論、嗅覚において負けるつもりは毛頭ない。実際に我の方が上であるからな。ただ、そうだな。恋する乙女の勘は恐ろしい、というやつだ」
「ちょ、ちょっとクロさん!?な、なななな何を言ってるんですか!?べ、別に私は!」
「安心しろ、カトレアよ」
「何を安心するんですか!ユート様が誤解したら………!」
「え、カトレアって好きな人いたの?僕、全然気付かなかったよ」
「……そういうことですか」
「主はいつもこうであるからな」
「鈍感過ぎますよ………」
「?よくわからないけど、馬鹿にされてる?」
いまいち状況がわからなかった。まあ、いつも通りすぐに忘れるのだろうけど。
※ ※ ※
「……どうしよう」
「本当にどうするつもりだ、主よ」
「……絶対に怒られるよね、カトレアに」
「ならどうしてはぐれたのだ?」
「……だって美味しそうだったんだもん」
僕たちは今、あんなにカトレアに念を押されたのにはぐれてしまっていた。事の始まりはとある屋台を見つけてしまったこと。知識の中にもなかったそれを見つけた僕はふらふらとその屋台に近づいて……カトレアとはぐれてしまった。元の場所に戻ろうとしたんだけど、どこをどう間違えたのかお城の前に来ちゃったのだ。不幸中の幸いはクロがいる事。クロは少しだけお金を持っていて屋台で欲しかったものを買えたし、最終手段で宿に戻ることもできる。だから大きな不安はないんだけど………
「カトレアになんて言おう………」
それだけが問題なんだよね……カトレア、怒ってるだろうなあ………でもはぐれないように手をつないでたら、カトレアが好きな人に見られてたとき誤解されちゃうかも。そう思ってやめたんだけど失敗だったかなあ?
「はあ、どうしよう………」
ため息をつきながら、お城の方を見るとバルコニーだっけ?そこに見覚えのある人がいた。あれ、あの人って………