弟がいたら……
「また寝ちゃいましたね………」
怖い夢を見たというのにまた寝ようとする、というか寝られる精神がすごいと思う。しかも幸せそうにすうすう寝てるし……いきなり体を起こそうとしたようなので、何事かと思った私の心配を返してほしい。
(でも、さっきの表情………)
普段のユート様はあんな不安そうな顔をすることなんてなかった。一週間以上も一緒に暮らしてきて、たったの一度も、だ。何を見たのか聞きたい気持ちがあるけれど、それに聞けば答えてくれると思うけれど。でも、あんな顔をさせるようなことを思い出させたくないという気持ちもある。だから――――
(そのことについては聞かないようにしよう)
窓の方を見ると空はもう明るくなり始めている。この時間から眠るのは私には少しできそうにない。
(それにもう少しこのままにしないといけませんしね)
改めてユート様の顔を見てみると、起きているときとは違ってどことなく表情がわかりやすい気がする。いつも無表情で何を考えているのかわからないものだから、一度思い切って聞いたことがあるのだ。
――――いつも何を考えているのですか?
そうして返ってきた答えが………
――――別に何も?
だった。
流石にこれはあっけに取られて、たまたま近くにいたシルヴィア様と言葉を失った。何を考えているのかわからないと思ったらそもそも何も考えてなかったなんて………
二人でやっと呆然とした状態から立ち直り、詳しく聞いていくとどうやらこういうことらしかった。考え事をしないわけではないのだが、大体は「ああ、困ったなあ」、「お腹減ったなあ」、「酷いなあ」などとそう思ったあとは思考が続かずただボーっとしているのだそうだ。だから、よく「あれ、今何考えてたっけ?」となることが多いなのだとか。それを聞いて呆れ、そしてユート様らしいと苦笑したものだ。もしかしたら、小さなことを気にしないのはそういった理由があるからかもしれない。
(もし弟がいたら……こんな感じなのかもしれませんね)
頑張り屋さんで、自分の手に余るようなことまでしようとして。困らせることを起こすのに、何故か放っておくことができない。
(お母さんがいて、ユート様がいて……それでまたあの森で暮らせたらな………)
ただそれが叶わない夢なのはわかっている。母がまだ帝国にいるのかどうか。見つけても返してくれるかもわからない。例えそれができたところで、魔王が倒されればユート様は………
(いけない……変なこと考えちゃった)
一瞬考えてしまった邪な考えを頭から追い出すように、ユート様が起きるそのときまで頭を撫で続けるのだった。