また会う日まで
ようやくここまで辿り着けました。明日か明後日には完結できるかと思います。
「……あれ、でも11の魂を必要にするなら、全然足りないんじゃ?」
今更ながら気付いた。先生、姉さん、クロ。全員合わせても、まだ3つ。まるで足りていない。これじゃ戻れないよね。どうしよう?
「随分とお困りのようじゃない?」
神様の前で悩んでいると、新しい声が聞こえた。それもまた知っている声で、すぐに顔を上げた。
「レインさん?」
「あら、ちゃんと覚えててくれたのね。嬉しいわ」
僕が殺してしまった八魔将の一人。女魔族のレインさんがいた。とはいえ、格好がまずい気もするのだけど。露出度が高いし。案の定、クロに喧嘩を売られてた。すぐに取っ組み合いに発展してるし。元気だねえ………
「……お前も力を貸すのか?意外だな」
更に現れたのは、先ほどまで戦っていたはずのクロノ。口調からするに、やはり魂を差し出してくれるらしい。
「レインさんならなんとなくわかるけど……クロノはどうして?」
「なに、最後に満足のいく戦いをしてくれたのでな。その礼というやつだ」
「ふーん?」
「あとは……そうだな。生まれた子供が生きていれば、お前ぐらいの歳だっただろう」
「そっか」
何があったかまではわからないけど、クロノはクロノで思うことがあったみたい。ありがとうと礼を言って、その厚意に甘えることにする。これで後6つの魂か。
「それじゃ、ちょうどいいな。俺のも使ってくれ」
「ええ。迷惑を掛けたお詫びということで」
「シドさん……ディアボロスまで」
狼の獣人と、魔族になったことで少し体格が良くなった超能力者が現れた。神様に渡すのは自らの魂。
「いいの?」
「気にすんな。カトレアが悲しんでたら、ツバキさんも悲しむだろう。あとは俺なりのけじめってやつだ」
「父さんと母さんに恥じるようなことはしたくないですから。今度は正しい選択をしたかったんです」
「そう。喜んでると思うよ、どっちもさ」
それはジリアンさんと凛花さんのことだけじゃない。カトレアのお母さん……ツバキさんの方もだ。
「……戻った後に、ジリアンさんと凛花さんにメッセージでも伝えとくよ。言いたいこととかある?」
「そうですね……折角ですから、いつかまた三人で暮らしたい、とでも伝えておいてくれますか?あのままですと、別々の道を行ってしまいそうですから」
「了解。ちゃんと伝えとく」
ディアボロスは二人が一緒に暮らしていってほしいんだろう。実際、仲はいいとは思う。でも、それを口に出すのは恥ずかしいんじゃないかな。だから、きっかけになれればいいと思って、こんなことを言ったんだと思う。
「どうやら元のあなたに戻ったみたいね。あの頃の優しいあなたに」
「………!」
シドさんが弾かれたように振り向く。僕も同じ方を向けば、どこか見覚えがあるような女の人が二人立っていた。一人は赤が混じったような茶色の髪をした獣人。もう一人は銀色の髪をなびかせた人間。ああ、この人たちが。誰なのかはすぐにわかった。
「カトレアのお母さんとシルヴィのお母さん、だよね?」
「はい。娘がいつも世話になっています」
「ごめんなさいね。あの子、少し固いところがあるでしょう?」
「ううん。むしろ僕が世話になりがちだし、いつもなんとかしようと頑張ってるのはシルヴィだから」
二人とも優しそうな人で、先生に似てる気がする。世の中のお母さんってみんなこんななのかな?そう思ってしまうぐらいには、いい人たちだと思った。
「それで?どっちを選ぶのかしら?」
「それは気になりますね。実際、どっちの方が好みなのですか?」
二人に迫られて、苦笑いを浮かべる。たぶん、選ぶと言っているのはあの二人のことだろう。僕にとって大事なあの二人。
「二人とも幸せにできるように頑張ります………」
僕に言えるのはそれが限界だった。とはいえ、むこうもからかう程度のつもりだったのかもしれない。すぐに離れてくれた。
「それじゃあ、送り帰そうか。別れのあいさつを済ませてくれたまえ」
「あれ?まだ2つ足りないよ?」
先生、姉さん、クロで3つ。八魔将の二人で5つ。シドさんとディアボロスで7つに、カトレアとシルヴィのお母さんで9つ。まだ足りないはずだ。でも、神様は笑うだけ。大丈夫ということらしい。
「それじゃあ、あの子のことよろしくお願いします。大変だと思うけど、頑張ってね?あと、シド君?お話はむこうでしましょう?」
「は、はい!そんじゃ、勇者様。元気でな」
獣人の二人が去っていく。大変なのは百も承知。でも、諦めるつもりはない。手を振って、二人と別れた。神様が作った白い門のむこう側へと消えていった。
「私も行きましょうか。あの人には私が認めたから大丈夫、と言っておいてください。シルヴィが迷っているようなら、無理矢理にでも連れて行って大丈夫ですからね?」
シルヴィのお母さんはなかなかにアグレッシブだなあ、と苦笑する。考えておきます、とだけ言っておいた。また一人、門のむこうへ行ってしまう。
「僕もここで。また機会があれば、どこかで会いましょう。今度は敵としてではなく、友達として」
「そうだね。そうなってほしいな」
また戦うのはこりごりだし、と言うと、あなたでも嫌なことはあるんですね、と返された。失礼な。あるからね?そんなことを言い合って、二人で笑う。ひとしきり笑った後、ディアボロスも白い門へ。
「私もこれで失礼する。魔王様のことだが、どうか救ってやってくれれば幸いだ」
「どういうこと?」
そこで初めて聞いたのだけど、魔族という種は他の世界からの来訪者だったらしい。ある意味、彼らも被害者だったのだ。八魔将が滅んだ今、魔族に戦う意志はないだろう、と。そういうことなら、と僕は引き受けた。レインさんの頼みでもあるし、助けてあげようと思った。
「助かる。それでは、さらばだ」
クロノも門をくぐる。残るのは4人。
次に近付いてきたのは、レインさん。どうやら気を遣ってくれたらしい。女の子相手だと気を遣うんだよね、レインさん。まあ、クロはどうなのかわからないけど。
「これでほんとにお別れね……楽しかったわよ、一緒にいたときは」
「うん。僕も楽しかったし、いっぱい助けてもらったから。ありがとう、レインさん」
「あー、もういい子過ぎるわね!連れ帰りたいぐらいだわ!」
僕を抱き締めるレインさんは別れたときとまったく同じ。グルル、と唸り声がするまで、放してくれなかった。じゃあね、と手を振って、名残惜しそうに去っていく。残りは3人。
「優人。私たちはもう見ていられなくなるけど、ちゃんと生きなさいね。今まで通りで十分だから」
「そうだぞ。けど、無理はすんな?いいな?ほんとにいいな?」
「あはは、姉さん、わかってるって」
何度も何度も念押しされて、信用はそんなにないのかな、と思ってしまう。今までが今までだっただけに、仕方なくはあるのだろうけど。
急に、視界が暗くなる。先生と姉さんと抱き締められたと気付いたのは、頭を撫でられてからだった。
「ありがとう、優人。私のところに来てくれて。本当に、ありがとう………」
「これからも頑張れよ……?負けんじゃねえぞ………」
姉さんの声は掠れていて、泣いているのだろうとわかる。先生もたぶんだけど、泣いているのかもしれない。二人につられて、少しだけ涙が零れてしまう。
「元気でね、優人」
「…………うん」
姉さんに至っては大号泣し始めてしまって、先生に連れて行かれていた。そんな二人を見えなくなるまで。ううん、見えなくなってもずっと手を振り続けていた。ずっと、忘れないように。
そして、最後の一人になった。この世界で一緒に旅をしてきた友達。僕はしゃがみ込んで、彼に目を合わせた。
「クロ………」
「そうそう、そういえばなんだけど」
唐突に神様が声を上げた。僕もクロも驚いて、振り返ってしまう。
「これだけ一斉に魂が来てしまうと、多すぎて見逃してしまうかもしれないな。一つぐらいはねえ」
「それって………!」
「生き返らせることはできないけどねえ」
なんだ、と肩を落としてしまう。クロだけは一緒に連れて行ってもいい、ということだと思ったのに。でも、クロはわかったらしい。ぺこりと頭を下げた。
「どういうこと?」
「ここで主が来るまで待っていてもいい、ということだな。主よ、我はここにて見守っていることにしよう。無茶をしても見ているからな?」
「あー……うん、わかった」
無茶したら、クロが怒るだろうなあ。それにクロのことだから、すぐに死んでも怒られそう。思わず肩を竦めてしまう。
「……またね、クロ。いつになるかまではわからないけど、ちゃんと戻ってくるから」
「ああ。我はいつまでも待ってよう。長生きをしてくるといい。いろいろなものを見ながらな」
「うん」
僕は元来た道を歩いていく。時折、クロの方を振り返りながら。友達の顔を忘れないように。
ふと、誰かが横を通り過ぎる。黒くて長い髪を後ろで一括りにした男の人。腰には剣を差している。もう一人は銀色の髪を長めに伸ばした、どこかシルヴィに似た女性。二人は腕を組んで、神様の方へと歩いていった。
「………大丈夫。きっと違う未来にしてみせるから」
通り過ぎて行ったのはきっと。残る二つの魂はあの二人だったのだろう。すれ違っていた二人はまた会うことができた。それを知れれば、僕は十分だ。
(帰ろう。二人の待つ場所に)
段々光が近付いて来る。そして………