帰還しよう
「ユート様、喜ぶのはいいですけど、私のことを忘れてませんか?」
『そんなことはないよ?なんなら、カトレアも来る?二人ぐらいなら大丈夫だからさ』
「……そ、それじゃあ遠慮なく」
隣に別の女性がやって来て、同じくユート様に抱き着いた。それはよく知っている女性で、こちらも久しぶりと言えただろう。
「カトレア、何か書置きでもしてくれればよかったではないですか」
「そこはユート様が秘密にしたいと言っていたので……準備にも時間が掛かったので………」
「準備、ですか?」
いったい何の?そう思った私の疑問にはユート様が答えてくれた。
『その前に移動しようか。シルヴィも疲れただろうし、休みたいでしょ?』
パチン、と音が鳴ったときには見知らぬ建物の中にいた。ざっと見たところ、誰かの一軒家のようだ。家具や小物も取り揃えられていて、少しお洒落な感じがした。
「ここは?」
『ん?ああ、僕の家だよ。正確には僕たちの、だけど』
「はい?」
今何と言ったのだろう?聞き間違いでなければ、家と聞こえたのだが。まさか、とは思うのだが………
「ユート様、元の世界には帰らないおつもりですか?」
『そうだよ?戻っても大していいことないし。先生も姉さんもいないなら、帰る意味はないよ。それに、カトレアとシルヴィのこと任せといて、って言っちゃったし。そもそも、帰る方法ないし』
「え、いや、ちょっと待ってください?色々と質問したいことが増えたんですが」
『そうだろうね。だから、順序を追って話していこうか。カトレアにも話していないから、きっと聞きたいだろうし』
ユート様はいたずらっ子のように笑う。その様子は前と同じではあるけれど、どこか違うものも感じさせる。
『さてと、どこから話したものかな………』
※ ※ ※
「……?ここは………」
辺り一面が真っ暗な世界。アンラ・マンユのところまで戻って来てしまったのだろう。とはいえ、やるべきことはやって来た。もう後悔はない。……少しばかりの心残りはあるけど。
「ようやく戻って来たか。遂に復活の時が来たようだな」
「……契約ではそうだね」
そして、これはどうしようもないこと。諦めて命を差し出すつもりだった。……つもりでは、あった。
「ただ………」
邪神へと転移能力を最大出力で使い、首と胴体を切り離す。むこうは驚いた様子であったが、すぐに元通りになった。……やっぱりか。
「抵抗する気か?」
「まさか。けど、カトレアやシルヴィに迷惑掛けたでしょ?それの仕返しだよ」
それ以外のつもりはなかった。まあ、それだけと言われた方は驚きだろうけど。仕方ないと割り切ってもらおう。むこうの機嫌はいいみたいだし。予想通り、僕を笑ってその命を奪おうとした。
でも、僕はわかっていなかった。僕の友達はずっと抵抗をしていてくれていたことを。何より、僕が仕返しをするのを待っていたことを。
「これで終わりだ。ご苦労だったな、実験体よ」
「そうだね。ご苦労だったよ、優人君?」
突然、世界が割れた。真っ黒だった世界は白に埋め尽くされ、失われつつあった何かの流出が止まった。第三者の声はこの世界へと来る前に聞いた声。どこか懐かしさを感じていた。
「貴様……何故ここにいる!?」
「決まったこと。君を今度こそ打ち滅ぼすためさ、アンラ・マンユ」
「おのれ……アフラ・マズダアアアアアアアア!」
僕を人間へと変えた神様がアンラ・マンユと打ち合う。強力な力を持つ邪神に、勝つ方法はあるのだろうか。加勢した方がいいのかと思った僕の考えはすぐに裏切られた。決着はあっさりと着いたのだ。
神様の剣が邪神を貫いていた。邪神の剣は神様の剣の前では無力過ぎたのだ。何の障害にもならず、すぐに砕け散っていた。
「な、何故だ……力は、取り戻せていたはず………」
「それは君の勘違いさ。彼の能力たちは君の中でずっと抵抗していた。君は力を取り戻してなんかいない。むしろ、弱体化していたのさ」
「おのれ、おのれおのれ!」
それでも懸命に抵抗を続けていた。だが、神様に胸を触られた瞬間、邪神は消し飛んでいた。残っていたのは黒い球。それが何かを僕は知っている。これまでずっと見て来たから。
「アンラ・マンユの能力?」
「そう。あとはこいつを厳重に封印すれば、ようやく平和が戻ってくる。ありがとう、君のおかげだよ」
「いや、そんな大したことしてないよ?」
「君の能力たちが君を生かしたいと思ったからさ。そうさせたのは君だし、最後の超能力での攻撃のおかげでここも見つけられた。ほら、君のおかげだろう?」
そんなものなのだろうか?話が前に進まなそうなので、僕はどういたしまして、とだけ言っておいた。今更だけど、神様に敬語使ってないね、僕。
「さて、そんな君にご褒美だ。条件付きではあるものの、元の世界へと帰してあげよう。君の彼女たちが待つ、あの世界へ」
「え、いいの?」
意外だった。そういうのは駄目かな、と思っていたのだ。姉さんの件も駄目だったし、許してくれないと思っていたから。
「それとこれとは話が別さ。絶対悪を封印する手助けをしたんだ。これぐらいしても罰は当たらないよ」
「そうなんだ。で、条件って?」
そっちの方が気になる。カトレアやシルヴィに会えないとかだったら、生き返っても意味ないからねえ。神様はそうだね、と頷いて、一本指を立てた。
「まず一つ。前ほど長くは生きられない。寿命は後30年ほどと考えてくれたまえ。それが限界なんでね」
「うん、わかった」
それぐらいなら構わない。元々寿命は減ってたんだから、このぐらいは安いものだし。次に二本目の指が立てられる。
「二つ。身体に更なる制限が掛かる。もう歩けないだろうし、手も満足に使えないだろうね。声すら出すことはできない。色々と不自由にはなるけど、介護者がいれば生きていけるかな」
「うん」
それもまた構わない。カトレアに頼めばやってくれそうな気がする。愛想を尽かされないことが前提にはなるけども。僕の努力次第なのかな。
「最後に、だ。生き返らせるために、11の魂を貰う。そのうち1つは今生きている誰かの命だ。それが条件だよ」
「魂、か……それは………」
予想はしていなかったけど、わからなくはない。一つの命を救うために、より多くの命を必要とする。生きている人の命は一つのみ、と言うだけ親切なのだと思う。でも、そこまで命に執着したいとは思わない。誰かの命を奪ってまで、なんて………
「そうか。それは都合がいい。我の命を使え」
聞き覚えのある声。振り向けば、僕の友達の姿があった。共に冒険してきた、大事な友達の。
「クロ!?」
「主よ、生きろ。ここで死ぬことは許さんぞ?」
「でも………」
「それに、むこうも許してくれんだろうさ」
鼻で示したのは見覚えのある人影。ずっと会いたいと思っていた人たちだ。
「先生……姉さん………」
優し気な笑みを浮かべた黒髪の女性。金髪の勝気そうな女の子。どちらも僕を庇って死んでしまった人だ。そして、僕を人として見てくれた大切な人。そちらに駆け出そうとして………
「こんの、馬鹿がぁ!」
……思いっ切り殴られました。痛いです。やったのは勿論、姉さんです。襟首掴まれて、前後にシェイクされる。
「なんで無茶すんなと言ったのに、聞かないんだお前は!あたしがどんだけ心配してたと思ってんだ!挙句に死んだ!?ふざけんな!」
「うあああ、ごめんなさいぃぃぃ」
「ごめんで済めば、警備員は要らねえんだよ!」
ああ、シェイクされて何か出そう。あ、食べたのは随分前だから出ないか。そんな僕たちを止めてくれたのはやっぱり先生だった。
「まあまあ、その辺りにしてあげて」
「けど………!」
「優人もちゃんと反省してるでしょうから。ね?」
「うん………」
先生に言われたら頷かざるを得ない。もしも否定しようものなら、悲しそうな顔をするから。それを見るのは嫌だし。
「優人、優しい子に育ったわね。嬉しいわ」
「そうかな?そうだったらいいな」
「だからこそ、悲しませちゃ駄目よ?待っていてくれてる人がいるでしょう?」
「そう、だね………」
カトレアも、シルヴィもきっと待っていると思う。それに、帰りたいとも思ってるんだ。あの世界に。
「それじゃあ、戻らないとね。戻れるでしょう?」
「うん………」
でも、それは先生と。姉さんと。そして、クロとの別れも意味している。それもそれで寂しいんだ。
「だああ、もう!男が一度決めたことをうじうじ悩むな!お前は帰る!いいな!?」
「うん。わかってる」
きっと、何を言っても先生や姉さんやクロは帰そうとする。だから、僕が覚悟を決めなきゃいけない。今度こそ別れる覚悟を。
「先生、姉さん。今までありがとうございました。とっても楽しかったです」
僕は頭を下げた。頬を流れ落ちるものも感じたけど、気にしないように。先生たちが安心して見送れるように。
「……いいえ。私たちも楽しかったわ。元気でね、優人」
「今度は無理すんじゃねえぞ。いいな?」
声にならない声で、うんと頷く。神様に向き直って、僕の決意を伝えた。
「僕を……カトレアとシルヴィのいるところに帰してください」




