私の勇者様
「はあ、これからどうしよう………」
ほとんど中身のない袋を握りしめて城を出る。きっかけは昨日のことだった。
「……解雇、ですか?」
「そうだ。お前が世話をしている勇者は、いや元勇者か。そいつは城を出ていくことになった。つまりお前もお役御免というわけだ」
「ぷっ、何日よ働いていられたの?」
「また路頭に迷うみたい、ざまあないわね」
「亜人風情が思いあがったことをするからよ」
後ろにいたメイドたちからそんな話し声が聞こえた。けれど、私はただ呆然と立ち尽くしてしまった。仕事がなくなるのもあったのだけれど――――
(追放?ユート様が?)
勇者らしい力は何一つ持たなかったあの人だったけど、それでも優しかったあの人は間違いなく勇者だと思えた。周りの人とも仲良くしてるように思えたのに………
ユート様の追放が決まった次の日の朝。かなり早くの時間帯に私は城から追い出された。今まで働いた分のお給料ももらえたのだけれど………
(たったこれだけ、かあ………)
亜人にやる金はないだの、働いた期間が少ないからだの言われて、結局もらえたのは銅貨数枚。何日暮らしていけるかわからない。そもそも自分に何かを売ってくれる人すらいるかどうか。どうすればいいんだろう。
でも、これだけひどいことになったのはユート様のせいだという気持ちは湧いてこなかった。普通はそうなりそうなものなのに。たぶんその理由は――――
(私の味方でいてくれたからだよね)
母と別れてから心が休まるときなんてないと思っていたのに、あの人といるときだけは不思議と穏やかでいられた。きっと優しかったからだろう。最初の夜からずっと、不安だから一緒に寝てくれなんて言ってたけど嘘だというのは気付いた。あんなに自由過ぎる人が不安なんて感じているところを想像できない。薄々私の人間関係が上手くいってないことに感づいていたのかもしれない。あの人と離れている時間の方が少なかったし。
(取りあえず頑張ろう)
どこか森の中でひっそりと暮らしてもいいし、獣人たちが暮らしているような集落を探すのでもいいだろう。あの人がいなければこんな気にはならなかったかもしれない。どこかで野垂れ死んでもいいと思っていただろう。きっとあの人は――――
「やっぱりカトレアだ」
「え?ユート様?」
考え事をしていたために気付くのに遅れたけれど、その人は間違いなくユート様だった。
「カトレアも追い出されちゃったんだ。僕のせいだよね。なんかごめんね」
「い、いえ、気にしないでください!」
「そう?ありがとう。カトレアはこれからどうするの?」
「実はまだ決めてないんです。どうしようかなと」
「じゃあさ、もしカトレアが気にしないんだったら僕と一緒に旅しない?」
「旅、ですか?」
「そう。この世界のこと何も知らないし、自分の記憶もないし。いろんなところを見てたら記憶も戻るかもしれないじゃん」
「ですが、何故私を誘うんですか?」
「ん~、一人だと寂しいし」
確かに寂しいかもしれないけど、別に私じゃなくてもいいような。でも。
「ありがとうございます。ご一緒させてもらってもいいですか?」
「いいよ。これからよろしくね」
「そうですね。もしかしたら倒れてしまうかもしれませんし」
「いくらなんでもそんなしょっちゅう倒れないよ。一応元勇者なんだから、もう少し気を使ってくれてもいいと思うんだけどなあ」
そんなことを言いながら、並んで歩き始める。私を心配してるのはなんとなくわかった。ただ言葉にしないだけ。だからこれくらいの仕返しは許されるだろう。
「……あなたは間違いなく勇者ですよ」
「?なんか言った?」
「いいえ、何でもありません」
(だって、あなたは私の勇者様だから。他の誰が認めなくても、私はあなたが勇者だと信じてます)
「どうして笑ってるの?」
「何でもありませんよ、本当に」
「そう?なら、いいんだけど」
二人は城を出て、街へと向かい始めた。しかし、二つの影のうち一方が形を変えたのには誰も気付かないようだった。