ユートの行方Ⅲ
前に通った道。変わらない光景。たった1年程度では変わらないものがある。逆に、たった1年で変わってしまうこともある。変わらないものはサクラ連邦へと続くこの道であり、変わったのはそこに向かう人数だ。今の私は一人で向かっている。あのときとは違い、ふざけながら進む人はない。それにツッコミを入れる人もいなければ、宥めてる人もいない。離れて周囲を警戒している人もいない。そして何より、皮肉を入れる魔物も、私のライバルである少女も、愛おしく思っていた彼もいない。一人ぼっちだ。
それは当たり前のことだ。その中の4人は自分たちのいたところへ帰る、もしくは新しい地へと旅立っていった。その中の1体……いや、ここでは1人としておこう。1人は冥府へと向かった。この世界に残るのはたった二人。その二人さえ居場所はわからない。そう思っていた。
(けれど違う。違ったんですね………)
思えば、違和感はあった。ここに来るまでに大きなトラブルに見舞われることがなければ、女一人で旅をしているというのに暴漢などに襲われることもなかった。これでも見た目はそこそこいい方だとは思っているし、治安の悪いところにも寄ったことはある。明らかに不自然という言葉が正しい。
サクラ連邦に入国して、いつか寄ったあの占い屋へと走る。……よくよく考えれば、何も手掛かりが無いのであれば、ここに来ればよかったのではないかと思う。あの占い師の占いはよく当たるとの話であるし。まあ、今更と言えば今更ではあるが。
「すみません!ここの主人はいらっしゃいますか!?」
この国が見えたところから駆け出してしまい、ここまでずっと走ってきた。息を切らしながら、占い屋の中からお目当ての人物を探す。幸い、今回もまた話は伝わっていたようだ。いや、この老人であれば自分で占ったということもありそうだ。それはさておき、むこうから近付いて来てくれた。
「ああ、よく来たねえ。伝言は預かっているよ」
「今度は……どこに………?」
息を整えつつ、次の目的地を聞こうとする。次はどこだろう。もしかすると、ウルカ共和国だろうか。もしくは、また王国に戻ることもあり得るのかもしれない。それはそれで面倒ではあるけれど、やめる気にはなれない。だって、その人物はきっと……
「今度はどこかに行く必要はないねえ。この国の一番思い出が深い場所へと向かうといい。そこに彼は要るよ」
「わかりました、ありがとうございます!」
占い屋から出ようとした足が少しだけ止まる。私の考えはあくまで推測の域を出ない。だからこそ、聞いておきたいことがあった。
「あの。待っている人は………」
「お前さん自身がよくわかっているんじゃないかい?」
老婆は優しく微笑んでいた。その笑顔に、私は背中を押されたのかもしれない。もう一度礼を述べて、今度こそ外へ駆け出していた。
大通りを行き交う人々が驚いている。今の私の身体能力は勇者様たちについて行っていたこともあり、常人のそれよりもずっと高い。驚いているのはそのためだろう。けれど、そんなことに意識を割いていられるほど余裕はない。別のことで意識はいっぱいだったから。
初めて会ったときのこと。存在を認知しておらず、病弱そうな彼を呼んだことを申し訳なく思った。才能がまるでなくても、諦めない彼を好ましいと感じた。勘違いから事故を起こしてしまい、後悔を抱えていくことになった。そして、彼が追放されるときに何もできず、自分の無力さを呪った。
祭りの日に再開したとき。彼は魔物を連れていて、一緒に祭りを回ってくれた。魔物には手を焼かされ続けたが、その度に仲を取り成そうとしてくれた。何もできない無力感に押し潰されそうになった私を救ってくれた。
段々と目的地が見えて来る。この国で一番思い出がある場所とすれば、あの場所以外には思いつかない。私はペースを上げて、その場所へと急ぐ。
帝国へ至る道でのこと。再会を喜びながら、悩みを打ち明けてくれた。結局、いい案は出なかったけれど、感謝してくれていた。死にゆく運命にあった私と、この世界に住む人々を助けてくれた。きっと、八魔将を倒せたのも彼がいたからだろう。
バーホルト国で負傷したと聞いたとき。血の気が失せた。助かったときは心底ホッとして、無茶をしないでほしいと願った。とある獣人との因縁を知ったのもこのときだっただろう。初めて一緒に戦えて、嬉しかったことを昨日のように覚えている。
サクラ連邦に来るまで、またも2週間ほどが経っていた。聞き込み調査も含めれば、この国へと至るまでに2ヶ月ほどが経ったことになる。時が経つのは早いと感じた。季節はとっくに夏へと移っている。なのに、この国の象徴である大樹の桜の花は今日も咲き誇っていた。
サクラ連邦でのこと。魔族の襲来で彼は心に傷を負い、立ち上がれなくなってしまった。それが自分のことのように辛くて、どうにかできないかと奔走していた。最後は自分の力で忌まわしき過去を振り払ったと聞いている。素直に凄いと思っていた。
王国に再び戻ったとき。父に怪しがられながらも、超常の力を振るって彼の力を認めさせた。共に暮らせるようになったのが嬉しくて、毎日のように彼と会ったことを思い出す。この頃の私は既に恋する乙女といった様子だっただろう。
ウルカ共和国ヘ向かったとき。彼はまたも私を救ってくれた。死ぬはずであった私をその力で助けてくれたのだ。その代わりに、邪神の呪いとも言えるものを背負わせてしまった。それを今でも悔やんでいる。せめて気付いてあげてればと。
最後は長い階段が待ち受けている。これを上がれば、もう目的地に着く。1段飛ばしで駆け上がっていく。体力的には厳しいものもあった。けれど、足は止められなかったのだ。
王国に八魔将が攻めて来たときのこと。彼は私たちを逃がすために、辛い思いをしながら能力を使った。あの頃にもなれば、それはどれだけ苦しかったのだろう。真実を知ったとき、絶望へと叩き落とされた。
最後の八魔将が宣戦布告をしたとき。彼は万全の体調でないにもかかわらず、加えて勝てるかどうかもわからない相手に挑んでいった。私は身が斬られる思いであったが、彼にとっては譲れなかったのだろう。そこだけは譲ってはいけないと思っていたのかもしれない。
階段を上り終えたときには、完全に息が上がっていた。それでも確認しないことには安心もできず、辺りを見回した。
いつ来ても、満開の桜。舞い散る花びらは一枚の絵のよう。ここで過ごした時間は彼と、彼女と、あの魔物と。そして、勇者様たちと過ごしたかけがえのないものだった。だから、来るとしたらきっとここ。
「ああ………」
それは間違っていなかった。車輪の付いた椅子に腰掛けている、白髪の少年が一人。桜を見上げている。彼は私に気付いたのか、器用にその場で回転してみせた。
向けてくれたはにかむような笑顔は見覚えのあるもの。瞳ははっきりと私を映している。……もう、我慢などすることはできなかった。
『……久しぶり。会いたかったよ、シルヴィ』
「ええ……私も本当に会いたかった………ユート様」
ジョーカーの勇者様がここにいた。私を受け止めて、抱き締めてくれていた。




