さよなら
「……それでは、まずコルネリア様とアルヴァ様の転送を始めます」
「は、はい!」
「ああ、頼む」
私たちが初めて会った場所。召喚の間にて、私たちは揃っていた。昨日のパーティーを最後に、送還に関わるものを除けばもう会える人はいない。送り帰すこと自体も私一人で事足りる。そのため、この場にいるのは5人だけだった。
円形の大きめな台の上に、二人が乗る。私はカードを二人の足元に置いて、目的地をコルネリア様の世界へと設定した。アルヴァ様のも変更しなくてはいけないため、少し時間は掛かったが。
「あ、あの、シルヴィアさん!」
「はい、なんでしょうか?」
「私、ここに来れてよかったと思ってます!今まで、ありがとうございました!」
私は目を見開いて……頭を下げた。私たちの我が儘に付き合ってくれた、優しいハートの勇者様に向けて。
「いいえ。コルネリア様にはたくさん助けられてきました。多くの人を癒し、王国が侵略されたときも早期に回復できたのは、あなたの力があったからです。こちらこそ応じてくれて。助けてくれて、ありがとうございました」
「……私からも礼を言おう」
今度はアルヴァ様が礼を述べた。結局、あまり変わらない表情ではあったが、気持ちは本物なのだろう。それがわかる程度にはアルヴァ様のことを理解できたと思う。このダイヤの勇者様を。
「アルヴァ様、最も危険な役割を引き受けてくださり、ありがとうございました。あなたがいなければ、被害が大きくなっていたこともあるでしょう。本当に、感謝しています」
「ああ、役に立つことができたのなら幸いだ」
送還の準備が整う。あとは魔力を使い、魔法を発動するだけだ。
「……さようなら、ですね。お二人のこれからが幸せであることを、この世界から祈っています」
「……はい。私も、シルヴィアさんがユート君に早く会えるように祈ってますね」
「さらばだ。願わくば、君の人生に幸があることを」
コルネリア様は手を振って。アルヴァ様は敬礼で、私たちを見ていた。やがて、二人の姿は光の奔流に呑まれ、光が消えたときには見えなくなっていた。残っているのは、ハートとダイヤのカードのみ。彼女たちの世界に戻ったのだろう。
少ししんみりした気持ちも残っているけれど、まだ仕事は終わっていない。今度は凛花様とジリアン様を、ジリアン様の世界へと送り届けなければならないのだから。
「うし、じゃあ帰るか。俺の仲間も待ってるだろうからよ」
「はいはい、愛想尽かされてないといいけどね」
「なんでだよ!?」
二人が台の上へと移動する。私は先ほどと同じように、二人の足元にスペードとクローバーのカードを置く。
台から降りようとしたとき、手を取られた。
「シルヴィア、ありがと。ここに来て、あなたに会えてよかった」
「人生何があるかわかんねえもんだな。だが、こういう経験も悪かなかったさ。礼を言うぜ」
「……礼ぐらい、普通に言いなさいよ」
ジリアン様の脛を凛花様が蹴り、その場で跳び上がっていた。その変わらない様子に、私はくすくすと笑ってしまう。
暴力的と言われながらも、間違ったことを許さず、私が思い描いたような王道を行く人。立場に関わりなくできた、初めての友人。スペードの勇者様。
変態やスケベなど言われながら、人が犠牲になることを許さなかった優しい人。口ではなんだかんだ言いつつ、面倒見がよかった兄貴肌の男性。クローバーの勇者様。
どちらも馴染みやすくて、気兼ねなく話すことができた。それがどれだけ私を助けてくれたことだろう。
「お二人とも、ありがとうございました。本当に……何と言えばいいか………」
「だから、もうそれはいいって。困ったときはお互いさまでしょ?」
「そういうこった。あんまり気にし過ぎんなよ」
二人は笑顔で手を差し出してくる。それが何を示すのか、わからないわけではなかった。二人の手を握って、最後のあいさつを交わす。
「では、お元気で」
「うん。シルヴィアこそ、無茶しないようにね?」
「姫さんは平気でやるからな。それだけが心配っちゃ心配だ。ま、あいつがいりゃあ、いいストッパーになるか」
私が首を傾げると、急に言葉を濁す。凛花様の方を向くと、苦笑いをしながら、ごめんねと謝られた。どうやら話せないらしい。
私は釈然としないものを感じながらも、魔法を発動する準備を終える。
「最後に、一つだけ。城下町にある宿のエリサ、って人を訪ねてみて。何かわかると思うからさ」
「それは、どういう………?」
「私からは話せない。でも、きっと無駄にはならないからさ」
そういうことなら、と私は頷く。魔力を流して、光がだんだん強くなっていく。
「シルヴィア!後悔のないようにね!」
「自分がしてえと思った道を歩け!俺たちから言えるのはそれだけだ!」
「………はい!」
二人の声が遠のいていく。眩しくて閉じた目を開けば、二枚のカードが落ちているだけ。何も知らなければ、先ほどまでここに4人の勇者様がいたことなど、誰も信じてはくれないだろう。
カードを拾い、懐に仕舞う。扉を開けて、外へと出る。
「……………?」
ふと、誰かに見られた気がする。だが、振り返っても当然のように誰もいなかった。
(気のせいでしょうか………?)
まだ甘えてしまっているのかもしれないな、と思いながら、扉を閉める。厳重に鍵をかけて、その場を後にするのだった。
※ ※ ※
「城下町のエリサさん、ですか………」
私は城下町へと下りて、エリサと呼ばれる人を探していた。父にはもう許可を取ってあり、しばらく暮らしていける路銀と旅の荷物を持って来ている。諦めたような目をしているのが印象的だった。
現状何も手掛かりの無い私は、凛花様の言葉に従って城下町を捜索している。何かヒントがあるのではないかと。
「ここ、でしょうか………?」
人に尋ねつつ、一軒の宿の前に着く。そこはとある冒険者と結婚したエリサ、という人が経営している宿らしい。私は恐る恐る中へと入るのだった。




