別れの前日
「そなたたちの活躍、実に見事であった。魔族を討ち倒していったことは、我々の世界で語り継いでいこう。また、細やかではあるが、褒美も用意した。持っていくといい」
魔王城から戻って、さらに2か月が経った。春も本番となり、暖かくなってきた。着るものは厚手のものから薄手のものへと変わりつつあり、もうしばらくすれば夏に入るであろう。そんな時期に、ようやく魔族がいないということが確たるものとなった。それはつまり、勇者様たちがそれぞれの世界へと帰るということを表している。……やはり、いざ別れるとなると寂しいものがあった。
今は労いの意味を込めて、武勲を表彰している。勇者様方は皆居心地が悪そうにしているので、あまりこういったことは好きではないのかもしれない。どちらかと言えば、この後のパーティーの方が楽しんでもらえそうだ。……最初は忙しいかもしれないが。
「最後に。此度のこと、本当に感謝する。おかげで我々の世界は救われた。この先の人生に幸があることを祈っている」
父が退席し、ようやく式が終わる。これからパーティー会場へと移動する。案内する役割は私に任せられていた。
「それでは行きましょうか、皆様」
真面目な表情は人がいなくなってから、すぐに崩れた。疲れることであるし、仕方のないことかもしれない。
「だああ、やーっと終わったぜ……こういう堅っ苦しいとこは苦手なんだよな………」
「あんたはそうよね。見るからに粗野だし」
「あんだと?」
今日も今日とて、二人は言い争っている。だが、それを見るのも今日が最後なのだろう。明日にはそれぞれの世界へと帰ってしまうのだから。
「そういえば、なんですが……元の世界じゃないところにも送れるんですか?」
「ええ、送ることは可能ですが……何故でしょうか?」
「ああ、それは私がコルネリアの世界へと行こうと考えているからだ」
「そうなのですか?」
声がひっくり返ってしまう。それほど驚くような言葉だったのだ。まさか、この人が人を好きになるなんて……と失礼極まりないことも考えてしまう。だが、理由としては簡単なものだった。
「まだ答えが出せていないのでな。コルネリアの世界に行って、探していこうと思っている。……それに、しばらく戦いはしたくないのでな」
「そう、ですね……わかりました。アルヴァ様はコルネリア様と同じ世界にお送りします」
「ああ、助かる」
頭を下げたアルヴァ様に、気にしないでくださいと手を振った。続けて、もう一人の勇者様はどうするか聞こうとして……動きが止まる。その人はここにいないから。
「シルヴィア?」
「い、いえ、なんでもありません。行きましょうか!」
ユート様はまだ、帰っていなかった。失踪してからそろそろ3ヶ月になる。
※ ※ ※
(長かった冒険も終わり……明後日からはまた元の姫へと逆戻り、ですか)
パーティー自体は成功だったと言えそうだ。すり寄って来る貴族などには辟易していたようだが、それ以外は食事ももてなしなども上手くいったと思えた。実際、貴族たちの余計なことさえなければ100点だったとも言っていたのだから。
そして、明日は遂に勇者様たちを元の世界へと帰す。……今日で本当にお別れなのだ。先ほどまでは話をしていたが、明日も色々とやることはある。早めに休んだ方がいいだろうと、話は短めに切り上げたのだ。
(けれど……まだ、やることは残っていますからね)
それは明日の儀式のことだけではない。いまだに見つからないユート様を見つけることもだった。まだ捜索は続けられているそうだが、一向に見つかる様子はない。父も諦めたようで、勇者様方を元の世界へ送った後には私が探してもいい、とのことだった。……後ろで姉様が笑っていたので、手を回してくれていたのだろう。その方が面白そうと考えたから。
不意に、ノックの音が響く。どうぞ、と入室を促せば、立っていたのは凛花様だった。驚いている私をよそに、私の方へと歩いて来た。
「ここ、座っていい?」
「あ、はい、どうぞ。……すみません、気が回らず………」
慌てて謝る私に、凛花様は気にしないで、と苦笑していた。
「急に来た私が悪いんだしさ。シルヴィアは悪くないよ」
「ですが……いえ、そう言っていただけると助かります」
尚も食い下がろうとはしたものの、そう言うのは少し違う気がした。素直に礼を言って、話を進めることにした。
「ところで、何故こんな時間に?何かあったのですか?」
「うん。明日のことなんだけどさ。私も元の世界に戻すのはやめてもらっていいかな?」
「は、はあ……では、どこに?」
「ジリアンのところに行こうと思ってる」
「ジリアン様、の世界にですか?」
意外だった。てっきりコルネリア様の世界に行くか……ここに留まるものかと思ったからだ。
「……まあ、色々あってね。むこうもいいって。それに、あいつ駄目駄目だから」
そういう凛花様の顔は楽しそうだった。……本当はあの二人の仲は良かったのではないか、と思ってしまうほどに。
「……それにさ。元の世界に帰っても窮屈なんだ。親にああしろ、こうしろ、って言われて。まるで用意された道を歩かされてるみたいで」
「それは……少しだけ、わかる気がします」
一国の姫として、振る舞いに気を付けて。周りの目を気にしながら、正解の道を歩こうとして。それをこのままずっと続けていく。それは苦痛以外の何物でもないだろう。
「……ありがとね、シルヴィア。私をここに呼んでくれてさ」
「……いいえ、それは私の台詞です。私たちを助けてくれて、ありがとうございました」
互いに頭を下げて、どちらからともなく笑い出す。
「あのさ、一つ聞いていい?」
「なんでしょうか?」
「私たち、友達になれたかな?」
普段なら、恐れ多くて頷くことはとてもできない。けれど、その目に映った不安と、今まで共に戦ってきた記憶があって、否定することはできなかった。
「……そうですね。無礼でなければ、そうでありたいと思います」
「そっか。親が決めた人じゃない友達はシルヴィアが初めてかも」
「ふふ、それは嬉しいです。私もそうかもしれませんね」
それからも話が止まることはなかった。初めて本音で話し合える友達と、夜が明けるまで語り合うのだった。




