更なる謎
「結局、何をしに行ったんだかよくわからねえな………」
「一応、収穫らしい収穫はあったからいいんじゃないの?信用できるかどうかはさておくとしても」
前を歩く凛花様とジリアン様がそんな話をしている。確かに、収穫はあったことにはあった。あった、のだが……あまり、手放しに喜べるようなことではなかったのだ。
それは私たちに宛てられた一通の手紙のせいだった。
「どういうこと?なんで私たちに?」
「そもそも誰が書いたか、ということだろうが……恐らくこれは………」
「魔王から、と考えるのが正しいでしょうね………」
封を切って、中身を読んでいく。勿論、勇者様方にもわかるように声に出して、だ。その内容はこのようなものだった。
『まずはようこそ、と言っておこう。出迎えるものは誰一人いないが、それは許してほしい。そもそも、我らには勇者たちと事を構える気がないからだ。
さて、本題に入ろう。私から君たちに伝えることは二つある。一つは同朋が仕出かしたことの謝罪。もう一つは我らの行方についてだ。
同朋……君たちが八魔将と呼ぶ腕利きの魔族たちと、その配下の魔族がやったことは申し訳なく思う。すまなかった。それで許されると思ってはいないが、謝らせてほしい。だが、彼らの気持ちもわかってやってほしいのだ。
元々我ら魔族は違う世界の住人だった。あるとき、時空の歪みによってこちらの世界へと来てしまったのだ。突然のことに戸惑ったが、元の世界へと帰るため。団結して暮らしていこうとしていた。
人間に憎しみを持ってしまったのは、些細なきっかけだった。同法たちが人間に襲われ、殺されたのだ。我らは人外の見た目であるため、魔物か何かと勘違いしてしまったのだろう。不幸な事件だったという他ない。
だが、それで許せるものがいないわけではなかった。人間との共存など不可能。ならば、滅ぼすか支配するしかないと。そのために立ち上がったのが八魔将だったのだ。
彼らは人間たちを滅ぼす、もしくは支配するために襲い始めた。私の制止の声も、彼らには届かなかったのだ。そして争いは激化し、歯止めが効かないまでになってしまった。
私にできることは、争いを望まない魔族たちをこの地に逃がすことだけだった。この地に巨大な建物を建設し、ひっそりと暮らすために。最終的には元の世界へと帰るために。
これが我らが君たちと敵対してきた理由だ。残った我々に君たちと戦うつもりはない。
次に、我らの行方について。君たちがこれを読んでいるのであれば、我々はもうこの世界にはいないだろう。それはこの世界から去ったからだ。
先日、元の世界へと帰る算段がついた。我らはこれよりこの世界を去り、この世界から魔族というものを無くす。これで争いは収束し、魔族の被害はなくなるであろう。信頼できないのであれば、しばらくの間調査を続けてくれ。見つかることはないと言えるだろう。
最後にはなるが、我々のしてきたことは許されないことかもしれない。すまない。このような形にはなってしまったが、戦いは終わりにしていただきたい。我らに争うつもりは、もうないのだから。この世界の再興を遠方より祈っている』
手紙の最後には魔王と呼ばれるものより、と書いてあった。中身のことは完全に信用することまではできないが、本当だとすれば頭が痛い。この戦いの引き金を引いたのは私たち、人間側だったということなのだから。
「……で、どうすんだ?」
「父と連絡を取って、調査を開始してもらいます。すぐに信用することは不可能ですから。ですが………」
「本当だったらもう終わってる、ってことか……なんか、呆気なかったな………」
凛花様がぼやいている。とはいえ、ここにいる全員が同じ気持ちだろう。身構えていたところに、この結末。脱力しても仕方ないと言える。
「……?何でしょう?」
手紙の他に、何か硬いものの感触がしたので取り出してみる。それは一枚のカードと、それに添えられた小さな紙だった。
『これを返しておく。あの白髪の人間に感謝を』
そんな言葉と共にあるカードは、本来であればここにあるはずのないカードだった。魔族が持っているはずのないもの。そして、私に。いや、私たちにとって大きな意味を持つカード。
――――笑う道化師の描かれたカードが、添えられていたのだ。
(何故、これがあそこに………)
手にしたジョーカーのカードは、間違いなくユート様の物。それは手に持った感覚からもわかる。魔力はなくなっていたが。ユート様が記憶を取り戻したのか、とも考えたが、それは違うはずだ。なにせ、ユート様の髪の色は黒。白ではない。城を出たときも、やはり黒だった。
(とにかく、帰ればわかるでしょうか?)
見え始めた王城を前に、そんなことを考えていた。そこで更なる謎が待ち受けているとも露知らず。
※ ※ ※
「……………今、なんと?」
「ジョーカーの勇者が消えたのだ。獣人のメイド共々な」
城に戻った私たちが報告を終えた後に聞いたのは、ユート様の失踪という事実だった。私は父に詰め寄ってしまうほどに動揺していた。
「どうしてですか!?」
「わからん。唐突に消えたとしか言えんのだ。何も残ってなかった故、動機もわからん。隠密たちに魔族の行方と共に探してもらっているが、結果は芳しくない」
「そんな………」
いったい、どうして。そんな思いだけが胸に残る。
「シルヴィア、どこに行くつもりだ?」
「探しに行きます。もしかすると、国外にいるかもしれません」
「それも探してもらっている。少しは頭を冷やせ。このままであれば、勇者たちを元の世界へと帰す役割もあるのだぞ」
「しかし………!」
「勇者たちを帰すまでは待て。その役目が終わっても見つからないようなら、好きにするがいい」
父は有無を言わせない口調で結論付けた。鋭い目に蹴落とされ、私は頷かざるを得なかった。
「…………はい」
それから1ヶ月。魔族が見つかることはなかった。それと同じように、ユート様もまた見つかることはなかった。




