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失くしたモノ

第8章ラストです。ユートはどうなってしまったのか……?

 どの道、ここに留まっていてもやることはない。ここには魔物は棲んでいない、とまでは言わないが、探すのに時間を取られ過ぎる。また、見つけたとしても寒さと見つけるまでに消費した体力で、まともに戦えるとは思えない。となれば、大陸に戻ってレベル上げを計った方がいいのだ。

 それに、一応魔王城らしきものを見つけたことを報告する必要もある。王城に帰還するにはいいタイミングだったのかもしれない。


 「すみません、何度も頼むようになってしまい………」

 「いや、いいってことですって。こっちもあんまり長居はしたくなかったんで。また力が必要になったときには声を掛けてくださいや」


 船長は笑って許してくれた。そこからの行動は早い。拠点の片づけや出航の準備、次に来るときのための目印を作るといったことを進めていく。クアト島を出たのは拠点に着いてから1時間が経過したときからだった。


 (ユート様が………)


 目を覚ました。帰ったら、何を話そう。勝手に出ていって、自分一人で決めようとしたことを叱ることだろうか。それとも、彼のおかげで結果的に多くの人が救われたことの感謝だろうか。すぐには決められそうもない。けれど、転移で戻ることのできない今は考える時間がある。ゆっくりと考えて、答えを出そうと思った。

 その考えが裏切られることなど、少しも考えず。


※               ※               ※

 王城へと戻ったのは、魔王城を発見してから2週間が経った頃だった。戻る頃には衰弱していた身体も戻っているかもしれないと考えつつ、王城へと入る。王城は八魔将の襲撃事件から少し落ち着いた様子で、廊下を駆け回る姿があちらこちらで見受けられるようなことはなかった。魔族の騒動もようやく落ち着きつつあるのかもしれない。

 父への簡単な報告を終えて、すぐに通い続けていた部屋へと急ぐ。勇者様方もその気持ちはわかってくれたらしく、苦笑しつつもついて来てくれた。


 「カトレア、ユート様の様子はどうですか?」


 部屋の前に見慣れた獣人の少女がいたので、駆け寄っていく。むこうは驚いた様子であったが、すぐに表情を取り繕った。その様子に違和感を覚えてしまう。


 「どうか、したのですか?」

 「い、いえ……どう、というわけではないんですが………」


 彼女の返答は歯切れが悪い。まるで、言いにくい何かがあるように。その様子に、違和感は不安へと変わっていく。あれだけ早く会いたいと願っていたのに、部屋に入ることが躊躇われてしまう。


 「その、なんですが……ある程度、覚悟はしておいた方がいいかと………」


 体調が急変したのだろうか?だが、それならもっと取り乱していてもおかしくないはずだ。この少女ならそうなっていると断言できる。では、父が何かを言ったのだろうか?いや、それならば何かを言ってくるはず。手段を選ばないところはあるが、それでも周囲に何かを言ってから行動に移すはず。何も言ってこないということは、別に何かをしたわけではないと思う。

 取っ手に手を掛けた手が少しだけ震える。扉がやけに重く感じる。この先に何があるのか、知ることが怖い。けれど、開けなければどうなっているのかはわからない。結局開けることができたのは、部屋の前に着いてからしばらく経ってからだった。


 「ユート様……お目覚め、でしょうか?」


 部屋の中に入ると、クアト島へ向かったときから何ら変わりのない光景があった。変わったことと言えば、活けられた花が変わったことぐらいのことだろうか。否、もう一つだけあった。

 部屋の奥に配置してあるベッドに、上体を起こしている人影がある。その人は扉が開いたことを察したらしく、こちらへと視線を向けた。


 「おお、起きてんじゃねえか。よかったな、姫さんよ」

 「あんたね……でも、本当によかった。目が覚めてさ」

 「はい……本当によかったです………」


 勇者様たちも思い思いの声を出しながら、部屋の中へと入って来る。私は安心して、彼へと近づいていった。話したいことや伝えたいことがたくさんあったから。




 ――――それが崩れたのは、彼の瞳を見てからだった。


 「ユート、様………?」


 彼の向ける視線はいつもよりもずっと冷たい。まるで、知らない人を見るかのように。どこか、警戒しているような目だったのだ。私は伸ばしかけた手を止めてしまい、何も言葉を発することができなくなってしまった。


 「カトレア……これは、いったい………?」


 いつの間にか隣に来ていた彼女に、混乱する頭でそれだけを絞り出す。今の私にはその言葉を発することだけで精一杯だった。


 「……記憶を失くしているみたいなんです。何も、覚えていないようで………」

 「そん、な………」


 カトレアは辛い気持ちを我慢するかのように、感情を込めず教えてくれた。けれど、実際は思っている以上に辛かったのだろう。起きた彼は彼女を覚えておらず、その状態で2週間もの間世話をしなければならなかったのだから。

 地面がガラガラと崩れていく錯覚に陥る。願っていたはずの状況は悪い知らせをも連れてきたのだった。


※               ※               ※

 「ユート様、食事の時間ですよ」


 今日も同じ時間に訪れて、手にした食事を手の届く範囲に置いておく。今のユート様は左手が使えないらしく、更には声も出ないらしい。何かを言おうとして、口をパクパクさせているだけの様子を見て、そうなのではないかと推測することができた。昨日コルネリア様が診てくれたのだが、それは間違いがないようだった。つまり、もう話すこともできないということ。

 だが、ユート様は私たちを警戒している。私が食べさせようとしたところで、拒否されるのがオチだった。かと言って、何も食べなければいずれは衰弱して、死んでいってしまう。そこで考え付いたのが、どこかに置いておくこと。そのまま放置し続ければ、害はないとわかるらしい。手をつけてくれた。その間は他の作業をしていればいい。そして、食べ終わったら片付ける。この繰り返しだ。


 触れ合えないことは寂しい。でも、生きてくれている。記憶はなくても、もしかすれば思い出してくれるかもしれないし、いつかは慣れてくれるかもしれない。そうすれば、またあの頃の優しいあの人に戻ってくれる。そう信じて、今日も頑張っていた。そう、そのつもりだった。

 視界が不意にぼやけてしまう。おかしいな、と目を押さえると、濡れているのがわかる。それを自覚すれば、後は早かった。頬を流れ落ちる雫は止まらず、後から後から溢れる。嗚咽を漏らすまで、時間は掛からなかった。


 「ど……して………どうして、全部忘れて………」


 涙が止まらない。気丈に振る舞ってきたが、心はもう限界だった。また笑って私を迎えてくれる。そんな期待を裏切られたのだから、折れるのも早いというもの。どうしようもなく、やりきれなくて、泣きじゃくることしかできなかった。

 涙が止まったのは、ドサリという音が聞こえてから。振り向けば、ベッドからユート様が転がり落ちていた。高さはそこまでではないとはいえ、手が自由に使えないユート様からすれば痛いはずだ。慌てて駆け寄る。


 「すみません!今戻すので、少しだけ我慢して………!?」


 警戒していても、今だけはどうか我慢してほしい。そう思って、彼を抱え上げようとした。けれど、それよりも早く、ユート様の手が伸びた。


 「………え?」


 何をされるのか、と身を硬くする私。その手はまっすぐ伸びて……私の頬を撫でた。

 戸惑う私をよそに、ユート様は指で頬を撫で続ける。しばらくして、私は彼が私の涙を拭っているのだとようやく気付くことができた。


 「ユート、様………?」


 向けられる目はやはり、知らない人を見る目だ。けれど、警戒の色はない。その瞳に映るのは、あの頃と同じ心配の色。片方だけ動く手で、そっと触れている。大切なものに触れるように。

 彼をベッドへと戻す。抵抗はされなかった。


 「……あの、どうぞ」


 ふと思い立って、近くにあった食事を差し出してみた。ユート様は少しだけ見ていたが、すぐに口に含んだ。と思うと、口をまた開ける。もう一度、ということだろうか。


 「……ふふ、こんなときでもユート様はユート様なんですね」


 また涙があふれてくる。彼は心配そうな目で、私の頭を撫でた。私はそれを頬へとずらし、両手で包む。感じられる熱は心を癒し、とても愛おしいものに感じられた。

ということで、次話から最終章に入ります。投稿するまでが少し空いてしまうかもしれませんが、最後まで付き合っていただけると幸いです。

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