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カウントダウン

投稿が遅れてすみません。今回で7章ラストです。

 「これで大丈夫だと思います」

 「ああ!ありがとうございます、勇者様!」


 何度も何度も頭を下げながら、お礼を言う親子を見送る。これで今日の分の怪我人は終わりだろう。そう思って、侍女たちに食事を運んでくるように頼んだ。


 「お疲れ様です、コルネリア様。今や大人気ですね」

 「あはは……ちょっと戸惑うばかりです」


 苦笑いをする彼女に、水差しから水を取って手渡した。コルネリア様は素直に受け取ってくれ、ありがとうございます、と頭を下げた。

 私たちがしているのは、魔族が王城を占拠したときに攻撃を受けた人々の治療だ。八魔将があの性格だったこともあり、男性が多かった。不幸中の幸いだったのは、死者は出なかったこと。そこまで外に出るということはなく、配下の魔族たちも殺すことには興味が無いようだった。そのため、被害は怪我人のみ、ということだったのだ。……重傷者も多かったため、必ずしも良かったとは言えないのだが。


 「うーい、こっちも終わったぜ。今日もいなかったみてえだな」

 「うん。まあ、いない方がいいんだけどね」

 「魔族の方も完全に退去したようだ。影は見当たらん」


 王城の庭に立てられた仮設テントに、ジリアン様、凛花様、アルヴァ様の順で入って来る。流石に、城の内部はまだバタバタとしているため、こうした活動は外でやらざるを得ないのだ。

 ジリアン様と凛花様には怪我人がいないかを街中に出て、確認してもらっている。魔族が去り、怪我人の治療を無償で行っているとはいえ、城下町は意外と広い。その上、まだ魔族がいるのではないかと怯えている人々に、いきなり王城に来い、と言えるはずもなかった。そこで、勇者である二人に確認をしてもらうのと安心させるために街を回ってもらっているのだ。今のところ、効果はあるようで助かっている。


 「あの魔物はどこに?」

 「仕事が終わると共に消えた。恐らくであるが、ユートのところに向かったのだろう」

 「……そうですか」


 アルヴァ様の淡々とした説明に、少し苛立ってしまう。アルヴァ様に対して、ではなく、あの魔物に対して。私だってユート様と会いたいのに。と脳内で小言を呟きながらも、片付けを始めていく。

 アルヴァ様とあの魔物が行っているのは、まだ街に潜んでいる魔族はいないかどうかの確認だ。影があればどこに何があるかわかる魔物には、この仕事はぴったりだったのだ。文句を言ってはいたものの、ユート様に頼まれると渋々といった様子で仕事をしていた。もしいたときのことも考えて、アルヴァ様も共に行動している。現在は確認されていないため、本当に城下町から出ていったのだと思う。


 「で、そっちはどうよ?」

 「日に日にコルネリア様の人気が高くなっていきますよ。今では聖女と呼ぶ方もいるそうです」


 最後に、私がしていることなのだが、コルネリア様の補助だった。軽い怪我や応急処置程度ならできるため、そこまで大きくない怪我や多く人が訪れたときなどは私も出ることで対応している。また、怪我人の方から話を聞くのもほとんど私だった。コルネリア様はあがり症なところがあるので、私が対応せざるを得ないのだ。それでも、治療するときはしっかりとしているので、流石と思うのだが。

 それからは互いの情報を交換しながら、昼食が運ばれて来るのを待った。とそこで、ユート様も呼ぼうかと思いつく。折角久しぶりに会えたのだし、と思いながら、テントを出ようとした。


 「コルネリア様!ユート様を、ユート様を助けてください!」


 そんなときだ。悲痛なまでの声が響いたのは。慌ててテントの中へと戻ると、そこにはぐったりとしたユート様と今にも泣きだしそうなカトレアがいた。


 「ゆ、ユート君!?どうしたんですか!?」

 「……ごめ………ん、ちょっと………やばい、かな…………」


 ユート様はごほごほと苦しそうに咳き込む。サッと顔から血の気が引き、彼の下へと駆け寄る。

 押さえた手にはべっとりと鮮血が付いており、その量も尋常ではない。すぐに軽い身体機能を増進する魔法を掛けた。


 「おい、ユート!?何があった!?」

 「まさか、あの魔族に…………!」

 「いや……レインさんは関係ないよ………」

 『そうとも。余計なことをしてくれたものだ』


 ユート様とカトレアを除く、各々が戦闘態勢に入る。あの魔物も影から這い出て、犬歯を剥き出しにしている。私は声の主からユート様を守るような位置取りへと移動した。

 声の主はテントの中へと唐突に現れる。その姿を見て、私たちは絶句していた。何故なら、それは……ユート様にそっくり。否、そのものと言っても差し支えない程だったからだ。


 『そう警戒するな。戦うために来たわけではない。まあ、尤も……戦ったところで話にはならんがな』

 「んだと?」

 『ふむ?やりたいと言うなら、止めはせんが?むしろ、その方が好都合であるしな』


 その瞬間、ユート様に似た何かは首を逸らす。一瞬遅れて飛来したのは、水の弾丸であった。振り向けば、険しい顔で睨みつけているユート様がいた。


 「ユート様!立ち上がっては………!」

 『いやいや、まったく。素晴らしい精神力だ。素直に褒めてやろう』

 「何をしに来た、アンラ・マンユ……みんなに手を出すなら、僕が相手に………!」


 感嘆した様子で手を叩く何かと、脂汗を流しながらも構えを取るユート様。あまりにも必死過ぎて、見ているこちらが辛くなるほどだった。


 『いや、単なる報告だ。こうして出て来たのは、絶望させるためだとも』

 「絶望………?」

 『ああ。我が復活するまでもう少しということと……お前の死についてだ』


 ………時が止まった。その場の皆が声を失う中、口を開いたのはユート様だけだった。


 「……最近、異常に体調が悪いのはカウントダウンってわけ?」

 『その通り。お前は素晴らしい働きをしてくれた。お前の能力を喰らい、お前が我の力を使ったおかげで、我は全盛期の力までもう一歩、といったところか。なかなかに存在しない逸材だ。自らの命を削ってまで他者を救おうなどという大馬鹿者はな?』

 「待って……待って、ください。どういう、ことなのですか………?」


 私が口にできたのは、それが精一杯だった。周囲が歪んだようにぐらつき、立っていることさえ難しいと感じる。そんな私を嘲笑うかのように、目の前の何かはニタリ、と笑う。


 『簡単な話だ、この国の姫よ。お前は死ぬはずであった。ディアボロスという八魔将に殺されて、な。だが、その未来を変えようとしたのがその能力者だった。やつは悪魔の力を使い、お前が死ぬ未来を防いだ。その代償に、自らの寿命を縮めてな』

 「私の、せいで………?」

 『まったく、愛とは素晴らしい!それが歪めば、容易に憎悪や嫉妬となる!そこの姫のおかげで憎悪の道に引き摺り込むことは本当に簡単であったよ!ああ、そうであった。そこの獣の少女にも感謝をしないとなあ?』


 恐る恐る後ろを振り返る。怯えた瞳で何かを見る彼女は、もう何も聞きたくないといった様子であった。それが愉快であるのか、邪悪な笑みを浮かべる何かはますます嬉しそうに嗤う。


 『お前が素っ気ない態度を取ってくれたおかげで、なかなか能力を使わなかったそいつを唆すことができた。あのときの嫉妬に狂ったそいつの姿と言えば!いやはや、素晴らしいものであったよ。礼を言おう、少女よ』

 「あ……そん、な………」


 カトレアの瞳が絶望の色で埋め尽くされる。きっとそれは私も同じなのだと思う。ドサリ、と音を立てて、その場に膝をついてしまう。


 『ククク、本当に見物だなあ?ディアボロスとやらをつついてみた甲斐があったというものだ』

 「………なんだと?」


 低い、それでいてドスの利いた声が聞こえた。顔を上げれば、怒りで顔を歪めているジリアン様がいた。


 『おや、口が滑ったか。まあいい。ディアボロスを憎しみの道に引き摺り込んだのは我だ。実際には配下の者を動かして、そうなるように仕掛けただけだがな?』

 「……てめえのせいで………!」

 『だが、あやつは失敗作だった。前世が失敗作なら、今世も失敗作よ。神の力を蓄えられないやつでは、我の力を取り戻すには不十分。だからこそ、思い通りに動いてもらったのだよ。最期は……ッフ、ゴミはゴミなりに役に立った、というところか。駒程度の価値はあったわけだな』

 「黙りやがれぇ!」


 ジリアン様が何かに斬り掛かる。それを回避した何かに、追撃するのは凛花様だ。こちらもかなり怒っているらしい。いつもよりも覇気が増している。


 「あいつは必死に生きてたんだ!それを……それをゴミだと!?ふざけんじゃねえ!」

 「あんたが何なのかは知らないけど……すべての元凶って言うなら容赦はしない!」

 『クク、いい憎しみだ。口を滑らせたかいがあったというものだな』


 ジリアン様と凛花様の攻撃によって、すぐに何かは斬られた。だが、数秒後にはその場に復活する。形が崩れた後に、また同じ形を取ったのだ。まるで実態がないかのように。


 「クソッ、こうなりゃ………!」

 「ジリアンさん、やめて。そいつには何をしても効果がないよ」


 再び振り返ると、息を上がらせながらも、自身の足で立ち上がっているユート様がいた。その姿を見て、何かは驚いた様子であった。


 『……つくづく驚かされる。お前の身体は酷使してきたせいで、ボロボロのはずだが?加えて、我の力で不治の病魔に侵され、本来なら立つこととてできないのだがな』

 「そんなもの……それより、もっと辛いことを知ってるから、だよ………」


 もはや、意識も朦朧としているのだろう。目の焦点を辛うじて合わせている。息をすることも苦しそうで、気を抜けばすぐに倒れてしまうといった様子だ。


 「本体は僕の中にいるんだろ?それで、僕が死んだら、次の宿主を探す……違う?」

 『その通り。我は負の感情を吸って強くなるのでな。その姫たちの絶望、勇者たちの憎悪。どちらについても、いいものを吸えるだろうさ』

 「そうかい……じゃあ、死ぬわけにもいかないだろうね………」

 『それは無理だな。お前の寿命はもう決まった。回避することはできん』


 息が詰まる。耳を塞ぎたくなる。なのに、身体を動かすことができず……その言葉を聞いてしまったのだ。


 『お前の余命は後1年だ』 

7章はこれでラストです。次章から終わりに向けて進めていくので、今後もユート君を応援していただけると幸いです。8章は色々と作業を終えてから更新になりますが、あまり間隔を空けないよう努力するつもりです。それでも遅くなってしまったら、すみません。


追記:『元死神は異世界を旅行中』の方で、ユートVSレオンを書いてみました。よろしければ読んでいただけると幸いです。

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